第4話

「――さあ! 早速魔法を見せてちょうだい!」


 魔法の実演の為、再び移動した我ら一行。

 移動したのは屋敷の中庭。到着した途端、小娘から催促された。


 ……うぅむ。もう少しばかりこの中庭を見たかったのだがな。我がアドラメレクで所有している庭園に規模で大きく劣ってはいるが、この中庭の美しさや独創性は中々のものだ。こちらが負けているとは思わんが、真似したい箇所が幾つもあった。

 しかし呑気に楽しむ訳にもいかぬか。名残惜しいが仕方ない。


「して。見せるのは構わんが、どのような魔法が見たい」

「そうね、リクエストとかしてもいい?」

「いいぞ。どのような魔法であれ、どうせ手間は変わらぬからな」

「やった! ならこんな感じのものを――」


 そこから語られた小娘のアイディアには呆れるしかなかった。

 この世界には魔法が存在しておらぬはずなのにやけに具体的で、しかも指示がやたらめったらに複雑で、細かく、繊細なのだ。

 本人は要望を口にするだけだから楽だろうが。やれやれ随分と面倒な。


 我が肩を竦めていると、恐る恐る鷹峰が尋ねてきた。


「お、おい。大丈夫なのか? かなり難しそうな内容だったが」

「やってやれん事はない。面倒なのは確かだがな。……しかし意外だ、まさか貴様が我の心配をするとは。我を警戒していたのではなかったか?」

「茶化すな! ……ふん。お前がお嬢様を失望させないか心配なだけだ」


 質問に答えるついでに茶化してやれば、鷹峰は僅かに怒り、それからツン、と澄ました表情を浮かべてそっぽを向いてしまった。振り返る様子は一切ない。

 ……これは機嫌を損ねてしまったか? 揶揄い過ぎは良くないかもしれん。


「ちょっと二人とも! 早く始めるわよ!」


 我と鷹峰が話していると、小娘が頬を膨らませて催促してきた。我らから少し離れた芝生の上に座り込み、バンバンと地面を叩いている。

 この姿だけを見ていれば、とても名家の令嬢だとは思えんな。


「お、お嬢様!? はしたないですよ……っ!」

「クワハハハッ! 待ちきれんようだな」


 “待っている者もいることだ。すぐにでも始めるとしよう”。

 “貴様もあるじの隣にでも座っていろ”。


 そう伝えれば、鷹峰も我から離れ、いそいそと小娘の隣に腰を下ろした。

 案外とあの女も楽しみにしているのか? 気分の高揚を隠しきれておらんな。可愛いところもある。ほんの数分前までは攻撃的なイメージが強かったが。


「ドキドキするわね、霧江!」

「静かにしましょう? お嬢様」


 観客の期待も高まっている。失敗はできん。

 では――いざ、ご照覧あれ!


「“火精よサラマンドラ土精よノーム風精よシルフ水精よウンディーネ”」

「“我が手に出でよ精霊よ。夢幻の如く舞い踊れ!”」



「“四精よ踊り狂え、大衆魅せる華となれダンス・マドリー・スピリッツ!”」



 生み出すは四種の精霊。火精、土精、風精、水精。

 それぞれの属性に相応しい色、相応しい姿を持って現れたそれらを、緻密にコントロール下に置きつつ――宙を泳ぐように躍らせる。

 時折周囲を“炎で作った花”や“氷で作った龍”などで賑やかしながら。


「はわぁ……!」

「…………っ!」


 感動しているからか、言葉すら出てこない様子の二人に我は笑った。

 言葉などなくとも伝わってくる。あれほどキラキラと光る眼で見られれば、二人がこのささやかなショーを見て何を思い、感じているのかなど。


 ほぼほぼ思い付きから始まったこの催しだが、存外悪くはない。

 我にはエンターテイナーの才があるようだ。引退後の暇潰しに考えておこう。


 ――そして開始から10分ほど。

 最後に全ての精霊を花火として打ち上げ、幕引きとした。


「ご静観、感謝する」


 直後、観客二人だけだというのに盛大に打ち鳴らされる拍手。

 小娘や鷹峰が興奮した様子で手を叩いていた。


「凄いわ、本当に凄い! まさか現実で本物の魔法を見られるだけじゃなくて、あんなにも素敵なショーを見せてもらえるなんて! 心から感動したわ、今のを記録していないのが悔やまれるくらいよ! 霧江もそう思うでしょう?」

「え、えぇお嬢様……。本当に凄まじい。あれが、本物の魔法……」


 小娘は興奮冷めやらぬといった様子で、対照的に鷹峰はどこか上の空。

 おいおい我は人の心を抜き取る魔法など使っていないぞ? 一時的に忘我してしまうほどに心が震えたというのなら悪い気はせぬがな。クワハハハッ!


「お気に召して貰えたか?」

「ええ、もちろんよ!」


 小娘は満面の笑みで頷き、そして。

 鷹峰の方を見やり、言った。


「これで彼の言葉が出鱈目でない事が証明されたわね、霧江?」

「……はい。その通りですね、お嬢様」


 小娘の言葉にほんの僅かに暗い表情で同意を示す鷹峰。


 ふむ。二人の会話から凡そ次の行動は読めた。我は気にせんが……小娘と鷹峰本人は気にするか。ならばこちらは動かず、大人しくあちらの動きを待つとしよう。

 そう考えていると、予想通りに鷹峰が我に頭を下げた。


「すまなかなった。根拠もなく貴殿を疑ってしまって」

「謝罪を受け取ろう。……元より気にしてはおらなんだがな。異世界の存在など、確たる証拠がなければ信じるのは難しかろう。疑って当然だ」


 “感謝する”と口にし、鷹峰は再び真摯な態度で頭を下げた。

 そんな己の従者の姿を横目に捉えつつ、小娘が口を開いた。


「ねえアラクさん。住む場所はもう決まっているの?」

「決まっているわけがあるまい。我が転移してきたのはこの屋敷だぞ? 屋敷の外すらろくに見ておらんのに、拠点を見つけられるはずがあるものか」


 ポータルを設置する事を考えれば、広い土地を確保する必要がある。

 念の為、早めに候補地を見繕っておきたい。直ちに必要という訳ではないが、あまり事を荒立てる気のない現状では、どれほど時間が掛かるか分からぬからな。

 人のいる世界だ。こちらの社会制度に則って確実に手に入れたい。


「ねえ、それならウチに住むっていうのはどう!?」

「む、この屋敷にか? しかしな……」


 この屋敷は我の城ほど広いわけではないが、住み心地だけを考えれば、そう悪くはなさそうだ。国随一の大財閥を率いる家柄とも言っていたし、調度品や家具などは全体的にハイレベルで纏まっている。今いる国でこれ以上を求めるのは難しかろう。


 しかし、かといってこの屋敷に住むというのはどうなのだ?


 ある程度話して性格も分かってきたとはいえ、小娘や霧江はまだ出会ったばかりで関係の薄い他人だ。ついでに言えば文字通り住む世界が違う異世界人でもある。

 この規模の屋敷ともなれば使用人なども相当数がいるだろう。そのような信用出来るかどうかも分からぬ者達が多数存在する場所に、仮にもアドラメレクの王である我が、軽率に身を置くというのはどうなんだ? ……と、思わなくもない。


 だがここを逃せば拠点の当てがなくなるのも確かだ。

 果たしてどうするのが最も我が国の利益となるか。うーむ、悩むな。


「住んでくれるなら便宜だって沢山図るし、要望にも可能な限り応えるわよ? ウチが傾かない程度になら、自由にお金だって使ってくれて構わないわ!」

「お嬢様、そのような大事な事を勝手に決めるのはまずいのでは……?」


 鷹峰の言葉に、小娘は“何を言ってるのよ、霧江!” と叫んだ。


「異世界人なんて、この機会を逃せばあたしが生きている内にもう一回巡り合うなんて奇跡が起きると思う? それにもし異世界と商売が出来ればどれほどの利益が出るか! 個人としても宝条院の次期当主としても、この偶然は絶対に逃せないのよ!」


「確かに理屈は分かりますが……それでも、些か無理があるような」

「なによっ、じゃあ霧江はあの素晴らしい魔法をもう一度見たくないわけ? ここで彼を逃しちゃったら、もう絶対に見る機会なんてなくなるのよ!?」

「う、うぅ……。それを言われてしまうと私も弱いのですが……」

「ほらほらっ、あなたも素直になっちゃいなさい! 自分の気持ちを誤魔化して生きると健康にもよくないわよ? 人間は自分に正直なのが一番いいんだから!」


 なにやら我が考え込んでいるうちに随分と盛り上がっているな。


 ……しかし便宜を図る、か。それはよい事を聞いた。

 ならばここは一つ、その便宜次第で我の今後の身の振り方を決めるとするか。元よりランダム転移の時点で出たとこ勝負。悩む意味など然程ないのだから。


「……我の我が儘を一つ聞いてくれるのであれば、この屋敷で世話になるのも吝かではない。元より宿泊場所の宛ても無い事であるしな」

「なになにっ、なんでも言って? 全力で叶えてみせるわ!」


 我の言葉に即答する小娘。便宜を図ると言った途端に要求されたのだ、少しは悩む素振りがあってもいいところだが――即断即決とは。よい指導者になりそうだ。


「ある程度の広さがある土地を貰いたい」

「土地? 何に使うのか聞いてもいい?」

「ポータルを設置したいのだ」

「ポータルって……瞬間移動が出来るって言う?」

「そうだ。あれがあれば我が国と行き来が出来るのでな」


 瞬間、小娘はガッツポーズをした。

 小柄な体格に似合わぬ雄々しい声を上げる。


「っしゃ来たァ! ほらね霧江? あたしの判断は間違ってなかったでしょう!?」

「は、はい。そうみたいですねお嬢様……」

「アラクさん? あなたのお国とこの国が繋がったら商売する許可を貰う事って出来ないかしら? こっちは全然便宜とかなくていいから!」


 商売か。その程度の許可であればなんら問題はないな。

 こちらの国の商いがどの程度のレベルにあるのか知らぬ故、この小娘の家が率いるという財閥がどれほど我が国で通用するかはまったくの未知数ではあるが。

 まあ仮に問題があればその時に対処すればよい。


「もちろん構わんとも。我が国では自由に商いが行われているからな」

「ありがとうアラクさん! 流石あたし! こんな常識外れの幸運を引き寄せるなんてなんてツイてるのかしら! 異世界と繋がったら一番乗りしてやるわ!」


 大はしゃぎする小娘。一方、鷹峰は心配の種が尽きぬようだ。

 どことなく不安げな表情を浮かべている。


「けれど大丈夫でしょうか……? 執事長が聞いたら一体何て言うか」

「大丈夫! 波多野ならきちんと説明すればすぐに許可を出してくれるわよ!」


 小娘は自信ありげにそう言って胸を張った。

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