第3話

 宝条院美咲と名乗った小娘の言葉で、場所を移す事になった。

 連れて来られたのは応接間。小娘が片側正面に座り、我がその反対、小娘と対面になるように座った。我と戦ったあの女は小娘の背後に立ち、我を警戒している。


「さて。まずは自己紹介をしましょうか。あたしは宝条院美咲! 桜ノ宮皇国随一の大財閥、宝条院グループを率いる宝条院宗家の次期当主よ! よろしくね?」


 ふむ。名乗られた以上、こちらも名乗らねば筋が通らんか。

 いいだろう。特に拒絶する理由もない。



「統一国家アドラメレクが王、魔王アラクである。よろしくするかどうかは貴様らとの会話の流れ次第だが、直ちに敵対するつもりはない。よきにはからえ」



 “ほう……?” と、思わず感嘆の吐息が口からこぼれ落ちる。


 美咲と名乗ったこの小娘、随分と肝が据わっているらしい。

 仮にも目の前にいる人間が王を名乗ったというのに、驚くでもなく、笑い飛ばすでもなく、ほんの僅かに眉を顰める様子をみせただけとはな。


 我の言葉に疑問を抱きつつも、嘘と断言は出来ないと判断したか。


 桜ノ宮皇国、あるいは宝条院家とやらがどれほどのものかは知らんが、これだけでこの小娘の優秀さは推し量れるというもの。少なくともこれをトップに戴いている内は、つまらん失敗で家が潰れるような事だけはなかろうな。


 一方、そんな小娘の判断を悟れず怒っている者もいるようだが。


「こいつ……! お嬢様、この無礼者を今すぐ斬っても構いませんかッ!?」

「やめなさい霧江。今はそういう場面ではないの。それより早くあなたも自己紹介をしなさい。この場で名乗っていないのは、あなただけになったのよ?」


 “うぐぅ……っ!” 心底嫌そうに表情を歪めた女。


「……宝条院家所属美咲様付き専属護衛武官、鷹峰霧江です」


 それだけ言って女――鷹峰とやらはそっぽを向いた。


 嫌々言っているのが態度からアリアリと伝わってくるが、一応名乗りはしたな。

 我はてっきり、鷹峰は何かと理由を付けて名乗らないと考えていたが。私情よりも命令を取れる程度の忠節は備えているようだな。

 まあ己の感情に従って行動するなど、護衛失格もいいところだがな。


「ごめんなさい。霧江は頑固で、あたしの命令も時々聞かなかったりするの」

「構わん。自らの領域に突然怪しい者が、それも女専用の浴場に出現したのだ。敵愾心を抱くのは間違っていない。護衛の行動としては大いに間違っていると思うが」


 仮にスェリアが主であれば間違いなく鷹峰をクビにしていただろうな。

 アレは己の役目を果たさない者に対しては頗る厳しい女だ。仮に我が王としての仕事を放り出して遊び惚けるような事があれば、我に対してだろうと説教をする。


「それでアラクさん? 不勉強で申し訳ないんだけど、あたしは寡聞にしてアドラメレクという名前の国を知らないの。何処にある国なのか教えてくれないかしら?」

「知らぬのも当然だ。アドラメレクはこことは違う世界、異世界にあるのだから」


 そう口にした直後。鷹峰が水を得た魚のようにはしゃぎだした。


「……やはり私達を騙そうとしていたのだな!? 異世界などと、頭のおかしい出任せを口にして! ――お嬢様、やはりこいつは敵です! 今すぐ斬る許可を!」


 だが小娘は己の部下の言葉に返事をせず、じっと我を見ている。

 異様な雰囲気を感じ取ったのか、鷹峰も困惑して騒ぐのをやめた。


「お、お嬢様……?」

「静かにして、霧江」

「は、はい。申し訳ありません」


 さて。小娘は今、一体何を考えているのだろうかな。


 我は待たされる事をあまり苦とは感じん性質だが、そう時間を掛けずにポータルを設置して相互間で移動ができるようにするとスェリアと約している。

 故に苦ではなくとも、あまり時間を掛けたくはないのだが。


「異世界、と言ったけれど。それを証明する事は出来るのかしら?」

「証明、証明か。これは難しい事を聞く。そもそも我はこの世界に来たばかり。あちらの世界とこちらの世界の違いなどもまだ調べておらんのだ。一体何を見せれば貴様らが一目で異世界のものだと理解できるのか、まったく判断がつかん」


 だいいち、人のいる場所に出る事は現時点では想定しておらんかったからな。

 異世界の人類が存在する可能性は頭の片隅にあっても、それとの遭遇について考えるのは十分に異世界を調べてからでも間に合うと思っていた。


「うーん。なら、そもそもどうやってこっちの世界に来たの?」

「それはポータルのランダム転移機能を使ってだ」


 “ポータル? ランダム転移機能?” 困惑気味に呟く小娘。


 ほう? 言葉が通じんという事は、ポータルやそれに類するものはこの世界ではまだ開発されておらんのか。これはよい事を知った。

 ここは未知の世界。有利に立てる材料は一つでも多い方がいい。


「ポータルとは二拠点間を魔法によって繋ぎ、瞬時での移動を可能とした魔法装置の事だ。そしてランダム転移機能とは、ポータルの行き先を指定せず、一方通行ではあるがポータルが存在しない場所へと人を送れる機能の事だ。……まあこちらは文字通りに命懸けとなるので、専用のポータルがなければ出来んようになっておるが」


 そもそも民間のポータルにはランダム転移機能を備えたものは存在しない。

 仮に機能を付けてウッカリ発動してしまえば目も当てられんからな。ポータルは必ず相互間の転移でなければ行えない制限を付ける事が法で定められている。


 ……転移先を指定してないとはいえ、女用の風呂に出るとは思わなかったが。


「魔法!? そちらには魔法が存在しているの!? 本当に!?」


 ――しかし。どうも小娘の反応が我の想定しているものとは違った。


「あ、ああ。こちらには魔法があるが、そちらにはないのか?」

「ええ! 創作された物語の中には魔法を扱う作品も数多くあるけど、少なくとも表向きには、こちらの世界には魔法は実在していないとされているの! ……あ! もしかして異世界人のあなたとあたしが問題なく話せているのも魔法によるもの!?」

「そうだ。魔法がないと言う割りに、よく分かったな?」

「創作は自由だもの! 中には言葉を翻訳する魔法を扱う物語もあるわ」


 なるほど。空想を題材とした物語で扱っていたから理解できた、か。

 随分と想像力のある種族なのだな。実在しないものを解するとは。


 しかしそこまで想像力があるのであれば、ポータルを理解できないというのは不思議だな? 移動の簡略化というのは、一定以上に文明を発達させた種族が必ず直面する難題の一つの筈だが。もしや違う言葉が宛がわれていたりするのか?

 ……ふむ。その辺りは要検証だな。どこかで調べる時間を確保したいが。


「お、お嬢様。そんな奴の言葉を信じるのですか? そんな怪しい……」

「霧江。何事も疑ってばかりでは他者との交流は出来ないわ。――それに! そんなにも信じられないというのなら、彼に実演してもらえばいいじゃない!」


 “じ、実演とは?” 鷹峰が恐る恐る小娘に尋ねた。

 小娘は薄い胸を張り、意気揚々と答えた。


「――実際に彼に魔法を使ってみせてもらうのよ!」

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