第2話

 強い風のような音が聞こえた。目を開けると病院から帰ってすぐにソファーに寝ころんだまま眠ってしまったことに気づいた。体を起こすとキッチンに真子の後ろ姿を見つけた。夜まで寝てしまったのだろうか。壁時計を見ると、十二時半を回っている。窓の向こうはまだまだ明るい。明らかに昼だった。

「あ、起きた?」

「うん……。帰ってきたの?」

「心配だったからね。おかゆだけでも作ろうと思って」

 ありがとう、と言った。おかゆだけでも作ってくれたらいいのに、と朝に考えてしまったことを思い出す。その思考になる自分がまた嫌いだった。そんなことを知らずに真子はわざわざ家に帰っておかゆを作ってくれた。

「熱はどう?」

「うん、朝よりちょっとましかも」

 良かった、と真子は言い、僕に顔を近づけてきてそのまま唇を合わせた。

「風邪がうつるよ」

「いいよ」

 真子が僕の背中に腕を回してきた。僕も同じようにする。少しやせただろうか? 僕も心配になる。

「じゃあそろそろ会社戻るね」

「ありがとう、わざわざ」

 真子はまだ心配とつぶやきながらドアを開けた。

 真子のつくった卵がゆを食べるのは初めてだ。真子と付き合って以来、こんなに体調を崩したのは初めてだからおかゆをつくってもらう機会などなかった。もし真子が体調不良になったら今度は僕がつくってあげよう。

 薬の副作用が効いたのか、おかゆを食べたあとにまた寝てしまった。でも頓服を飲んだおかげで嘘みたいに平熱に戻っている。一人が寂しくてテレビをつけているとバラエティ番組が始まっていた。真子の帰りが少し遅い気がする。いつも夕がたのニュース番組の終わり掛けには帰ってくると言っていたのに。

 きっと昼に帰ってきたから仕事が押しているに違いない。迷惑をかけてしまった。

「ただいま」

 玄関から真子の声が聞こえた。こんなに低い声だっただろうか。僕は心配になって玄関まで行くと、真子が不思議そうな顔で僕を見つめていた。

「どうしたの? 朝より元気そうだけど、なんか焦ってない?」

「いや、なんか声が違う気がして……」

「寝ぼけてるんでしょ」

 真子の笑った顔を見て、無性に愛おしくなり、顔を近づけた。

「風邪が治ってからね」

 無理やり頬を持ち上げながら真子とリビングに向かいながら、何かが引っかかった。真子が返ってきたとき「朝から」と言った。なぜ朝と比較するんだろう。昼にも会ったのに。それに、昼はキスしてくれたのに、夜は断られた。

 真子は手を洗ったあとに冷蔵庫からポットに入れたお茶を取り出した。そのときにおかゆを一瞥した。

「ごめんね、おかゆつくれなくて。自分でつくるの大変だったでしょ」

 僕は思考回路が詰まったかのようなぎこちなさを感じた。きっとまだ熱があって冷静に考えられないのだろう。いや、やっぱり妻の言っていることはおかしい。

「おかゆつくりにお昼帰ってくれたじゃん」

「え?」

 僕の言葉が飲み込めていないのか、妻はまっすぐに僕を見つめた。

「今日、帰ってきてないよ。十一時からの会議が延びちゃって二時間くらいかかっちゃったんだもん」

 そんなわけはない。確かに妻はおかゆをつくりにきてくれたはず。しかし、妻は気に留めることもなく、「久しぶりの熱で頭が混乱してるんだよ。早く寝てね」と言って浴室に向かった。

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