校則い・は・ん〜放課後イケナイ倶楽部

上城ダンケ

せんぱいったらあ♡

 放課後、旧校舎の廃教室。そこで俺はひとり自習していた。


「せんぱぁい、せんぱぁい、何してるんですか?」


 一人の女子生徒がやってきた。教室の扉をガラガラと開け、ズケズケ中に入って、俺の席に座った。


 身長は一五五センチ、ちょっとぽっちゃりした可愛い女子だ。セミロングの髪型はやや古風な印象を与える。


「宿題やってんだよ」

「何の宿題ですか?」

「数Ⅲ」

「数Ⅲ?」

「ああ」

「ふーん。よくわかんないや」


 女子生徒は物珍しそうに俺の教科書傍用問題集を見つめる。


「むつかしそー」

「ああ、難しいぜ。お前には無理だな。お前、文系だろ?」

「そーなんですよー、代数幾何と基礎解析までしかやらないんですよー」


 女子生徒がニコニコしながら立ち上がった。


「まー、美香ちゃん的には、数学なんてどうでもいいんですけどね!」


 美香と名乗った女子生徒が教壇に登る。ひょい、とチョークを手にする。


「ねーねー先輩、ノートに計算するのはやめましょうよ! 黒板使いましょうよ!」


 美香が黒板に相合傘を書く。相合傘の右側に「美香ちゃん」、左側に「先輩」と書いた。


「見て見て先輩! 美香ちゃんからの告白だよ!」

「……黒板への落書きは校則違反、つまりルール違反だぞ」

「えー、女子の告白を無視する方がルール違反ですぅ!」


 ほっぺをぷっくら膨らませて美香が言う。


「だいたい、放課後の教室で男女二人っきりってのが校則違反なんですよ! 知ってますか、先輩!」


 勝ち誇ったかのように美香が言った。


「ああ。知ってる」

「ここで問題です。なんで男女二人だとダメなのでしょう! はい、先輩!」

「あれだろ? 不純異性交遊の温床だからだろ?」

「ピンポーン。正解です!」


 とん、と美香が教壇から飛び降りる。


「では次の問題。不純異性交遊とは、具体的にはどのような行為をいうのでしょうか! ノーヒントでお願いします!」


 昭和のクイズ番組のようなノリで美香が言った。


「キスとか、触りっことかだろ?」

「つまりAとBですね? それだけですかぁ? もっと先があるんじゃないですかあ? CとかDとか……あるいはZとか!? 先輩のえっち!」


 美香のオーバーなリアクションに、俺も思わず笑う。


「なんだよ、AとかBとかって」

「ええー! Aはキス、Bはぺ、ペッティングですよっ! んでCは、Cは……え、えっち! です!」

「いや、知ってるさ。知ってるけどな、最近は聞いたことないぞ? 美香、お前、本当に古いな。昭和だ」

「え? 昭和以外に何があるんですか?」


 ゆっくりと俺は立ち上がった。


「とりあえず、今日も指摘しておく。俺は校則違反をしていない。なぜなら、教室には俺しかないからだ」


 強い口調で美香に告げる。


「え? 先輩、何を言ってるんですか? 私がいるじゃないですか!」

「美香、お前、去年何年生だった?」

「ん? 二年ですよ?」

「今は?」

「二年です」

「そうだ。お前は去年も今年も二年生だ。お前だけ学年が進行していない」

「留年ですかね?」


 美香が首をかしげる。


「お前の制服、なんだ?」

「え? セーラー服ですよ?」

「ウチの制服はブレザーだぜ」

「ブレザー? 私立でもないのに?」

「20年前、創立80周年を機に変わったのさ」

「創立80周年? それって12年後ですよ? 今年は創立68周年でしょ?」

「……美香。今、昭和何年だ?」

「昭和63年ですよ?」


 美香が不安そうに答えた。夙川はゆっくり首を横に振る。


「それはもう30年以上前なんだよ、美香。お前、幽霊なんだよ」


 俺の姿が、高校三年生から中年男性に変わる。


「代数幾何や基礎解析なんて科目名はないんだよ、美香。今は数Ⅱていうんだ」

「数Ⅰなら知ってますよ、先輩!」


 美香が笑う。だが、俺は笑わない。笑えない。


「昔もこんな感じだったな。俺は数学の教師になろうと、大学の数学科を目指し、毎日放課後、生徒会室に残って勉強していた。で、一つ下の後輩だったお前は俺と勉強したいといって、俺と一緒に毎日生徒会室で勉強していたんだ」


 俺は黒板の相合傘を消した。


「……俺が生徒会長、お前が書記。俺は知ってたよ。お前が俺のことを好きだって。だがな、俺、あの頃、彼女いたんだ」

「……知ってますよ。副会長の梅田さんですよね」

「そう。あの日、俺は梅田と放課後、初めてキスをした。すると梅田、胸を触って欲しいって言ってきたんだ。だから、俺は胸を触った。つまりいきなりAとBだ。気分が盛り上がった俺たちは、生徒会室で……性行為をした」

「え?」

「俺と梅田さんが性行為をしてる時、お前が生徒会室に入ってきた。で、俺と梅田を見て、外に駆け出して行った。俺は後悔しているよ。追いかければよかったって」

「もういいです、続きはいいです」


 美香が懇願するが俺はやめない。


「梅田さんとの行為を途中でやめるわけにはいかなかったからな。なんと言ってもお互い初体験だったしな。しかし、まあ、ルール違反だな。生徒会室で性行為するなんてな」

「そんなこと聞いてないっ!」


 美香が叫ぶ。


「重要なことなんだ。聞いてくれ。だから、とにかく俺は行為を途中で止めることはできなかった。お前が屋上へ向かう階段に向かったとわかっても、突発的に飛び降りるかもしれないと気が付いていたのに、梅田さんとの行為の方を優先したんだ。そして、お前は……飛び降りた。死んだんだよ」


 ゆっくり美香の肩に手をかけた。


「美香。お前は幽霊なんだ。旧校舎の地縛霊なんだ」

「先輩が悪いんです! 先輩が、先輩があんなことするから!」

「ああ、俺が悪い。校舎内で不純異性交遊は校則違反だ」

「はあああ? 違うでしょ! 私に対して、悪いんでしょ!? 何それ! 校則違反だから悪かった? 意味わかんない!」


 美香がキッと俺を睨む。美香は泣き出した。


「好きだったんです。先輩のこと。だから諦めようって……我慢しようって……」

「何回めだろうな、そのセリフ」


 表情を変えずに俺は美香に言う。


「美香。人は死んだらあの世に行く。それがルールなんだ。だから、成仏してくれ。この旧校舎は明日から解体工事が始まる。俺は今、母校で教師、それも校長をやっている。俺が校長として赴任してすぐ、旧校舎の幽霊が噂になった。胸騒ぎがした俺は、この三年間、毎日お前が飛び降りた時刻にこの教室にやってきた。そして、毎日、このやりとりをお前としているんだ!」


 俺は語気を強める。


「時間がないんだ。なあ、美香。成仏してくれ!」

「……いつもここで私が消えるんですよね」

「ああ、そうだ。成仏なんかしない、と言いながらな」

「今日は違いますよ。だって、明日から解体工事なんでしょ?」

「そうか。やっと成仏してくれるのか」

「ええ。でも、その前に、聞きたいことがあります。先輩、今の話に嘘がありますよね?」


 美香の顔つきが変わる。あどけない少女の面影が消える。


「本当のこと言ってください。でないと、成仏できません」


 美香の服装が急速に乱れた。まるで……事後のように。


「な……なんのことだ……」

「あの日、先輩がえっちしたの、梅田先輩じゃないですよ。私ですよ。覚えてないんですか? 一緒に勉強していたのに、いきなり襲いかかってきたんじゃないですか? 私、嫌だって言ったのに、無理やり。写真まで撮って。親や先生に言ったら写真ばら撒くぞ、と脅して。だから……だから、私、飛び降りたんですよ? なんで、認めないんですか?」


 俺の額に汗がにじむ。


「まて。それは違う。話せばわかる」

「生徒会室で不純異性交遊が校則違反なんだったら、レイプだって校則違反ですよね、先輩。ていうか、レイプって重罪ですよね? 罪を犯したら償うのがルールです。それにね。私は死んだんです。目には目を、死には死を、ていうのがルールじゃないですか?」


 美香がじりじりと俺に迫る。


「あのね、私、わかったの。私が成仏できなかった理由ね、先輩がルール守らないからなんだぁ」


 美香の手が俺を掴む。ぐいぐい、窓ガラスに向かって俺を引っ張って行く。なぜか俺は抵抗できない。声も出ない。


「さ、ルール守りましょ、せんぱぁい♡」

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