波調
君が心底嬉しそうに笑っている。満ち足りた、満月のような笑顔を私に向けている。君はいつかの帰り道に何気ない口調で恋は幻想じゃないと大真面目に言うようなロマンチストだから、もしかしたらその純粋な瞳で私との未来を私の奥に見ているのかもね。でも、ごめんね。私は君を巻き込むよ。罪に苛まれ続ける私たちを救うのは共依存して生きることじゃきっとない、それは更なる罪の始まりに違いない。私たちは罪を犯したその日から、生きることは苦痛にしかなり得ないから。私たちの救いは死だけなんだよ。ああ、愛しいな。寂しさから逃げるように殻に閉じこもるくせに、結局人に期待してる純粋な君が愛おしい。犯罪に手を染めて、罵倒されたかったはずだ、気づかれたかったはずだ。私が気づいてあげる。私が君の唯一になってあげる。だから、君も私の唯一になって。
「ねえ、希望ってなんだと思う。」
ー死、生きることからの罪からの解放。
「今日この瞬間ですかね。」
ーほんとに君はロマンチストだな。ごめんね。純粋な君を私は汚す。
『辞めればいいじゃん。そんなことしないで、その人の手をとって生きていけばいいじゃん。諦めるにはまだ人生は長いよ。罪なんて忘れてしまいなよ。』
焦った顔をした私のようなものが彼の肩越しに波に映り込んでいるのが見えた。私はその顔を見て、間違ってなかったと確信した。
「そうだね。本当に。」
ーやっと解放されるんだもの。
『やめて!』
私はさっき彼が落としたナイフを拾った。そして、きっと満たされた気分で夢心地の君にそれを持たせて、そして一思いに刃を私に刺した。
痛い、苦しい。私の罪の罰だ。できるだけ苦しんで死んでやる。私なんかが解放されるには楽に死んでなるものか。ああ、なんで君はそんな顔を?私は君をまた地獄に落とすんだ。君に自殺幇助かうまくいけば殺人の罪を負わせようとしてるんだよ。
「な、え、なんで。」
_解放されたかった。全部君は知ってるはずだよ。
「あた、しをすくっ、てくれる、っでしょ。」
「だからって、そんな。」
_もう、いいんだ。疲れちゃったんだ。ごめんね。君を巻き込んで。ごめん。
「へへ。」
「離れてください。まだ、間に合うでしょ。病院行きましょう。ねえ。」
_行かないよ。離れないよ。君の腕の中で私は死にたいんだ。君の体温を感じながら。
「や、、だ。っふ、慌ててんの。」
_苦痛の根源を塞ごうと体が必死になっているのを感じる。酸素が足りない。それらが流れ出ると同時にどんどん頭がぼうっとしていく、息が絶え絶えになる。それでも、これだけは言わなくちゃ。
「好きだよ、君が、ほん、とに。」
_これはほんとだよ。きっと他の誰よりも。世界中の誰よりも、私は君のことが好きだよ。私を解放してくれる人。私を唯一にしてくれた人。私の唯一になった人。
「っなんで、僕の名前すら知らないでしょ。なんで。ねえ、ねえ。僕も好きだから。なんで。死なないでよ。待ってって。」
_待たないよ。君のこれからにも私は残り続けるよ。それに、私は君の名前を知ってる。君に似合いすぎるほど美しい名前。そして、君のことを表せなかった名前。君は嘘をつけなかった。君は美しく飾れなかった。君は正直で純粋でそのままで美しかった。私が気後れするほどに。君のほうこそ私の名前知らないでしょ。でも、それでいいんだ。それがいいんだ。もしすぐに後を追ってでもくれるなら、二人で地獄に落ちようか。嘘つきで罪人のわたしたちで、煉獄の業火に焼かれよう。そしたら、ずっと一緒だよ。だから、泣かないで。私なんかのために泣かないで。
君が私のあの日話した約束を並べている。
私は全ての力を使って君を抱きしめた、私を君の中に刻みつけるために、君の寂しさをかき消すように。
ああ、最期だと唐突に思った。随分前から無だけなんだ。君の体温だけを感じてる。
瞼にぼやけた彼女の姿が現れた。彼女は私を泣きそうな目でみつめながら聞いてきた。
『・・・あなたは私が嫌い?』
「嫌いだよ。でも、好きになりたかった。全部忘れてやり直そう。次は、ちゃんと。」
『うん。』
私たちは二人手を繋いだ。次に知覚した体温は、君の荒れた指先で、そして離すもんかと言うように強く私の手を握ってきた。私はそれを精一杯に強く握り返した。
「繡、ありがとう。」
素直の対義語 霜月 偲雨 @siyu_simotsuki_11
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