親愛なるお母様、お父様、お姉様、お元気でしょうか。今わたしは、皆さんの怒鳴り声や泣き叫ぶ声、コップや皿の割れる音を聞きながら、この手紙を書いています。先に言っておくと、これは皆さんの喧嘩を仲裁するためのものではありません。互いの主張が強すぎて着地点を失った皆さんへの救いでも、御涙頂戴もの『それ』でもありません。それでも書きます。この手紙が皆様に届かないことを願って、この手紙でわたしを理解されないことを願って、わたしに媚びてくるようにならないことを願って、それでも、自分の記憶が薄れていかないことを願って。

 まず、お母様、ここまで育ててくださって、本当に感謝しています。亭主関白の父をあしらいながら、こんな面倒な子供を二人も育てるなんて並大抵のことではなかったはずです。まあ、あいにく姉はあんなふうにグレてしまって、わたしはこうして一人部屋にこもって皮肉を言うぐらいしか脳がない、嘘つきになってしまいましたが。姉と父の喧嘩が始まると、お母さんはいつもわたしを自分の部屋へ逃しますね。喧嘩に巻き込まれて、怪我をしないように、そこで発せられる汚い言葉を、わたしには聞かせないように。部屋でヘッドホンでもして、音楽でも聴いてなさいって、いつもそう言って送り出して、お母さんは喧嘩の渦中へ戻っていく。お母さんはさぞかし辛かっただろう、苦しかっただろうって思います。家が静まったその後、決まってわたしの部屋に来て、ベットで寝転がって寝たふりをするわたしの頭を撫でながら泣いていたお母さん。あなたの存在だけが心の支えだって、あなたは純粋に育ってね、あなただけが生き甲斐で、希望だって、いっつも言っていたね。お母さんは知っている?わたしが家族が喧嘩して、家が壊れそうになる不安を抱えながら、何もできない無力感に泣いていたこと。読書をしはじめた理由、泣くことにも飽きて、することがない部屋で現実逃避をするためだったこと。その果てに考えてばっかになって、こんなひねくれた娘が出来上がったこと。あなただけが希望だって言われたから、お母さんが喜ぶかなって言うのがわたしの全ての判断基準だったこと。あなたは自由に生きてっていうあなたの存在が私を不自由にしていたこと。そして、こんなふうに考えてしまうようになってしまったこと。私はあなたが好きなのかもしれません。愛しいのかもしれません。もう、私にはよく分からなくなりました。あなたの言うことを聞く私をみてあなたが喜ぶ姿と、自由に生きて欲しいという願いの矛盾が私には重すぎたのです。あなたは悪くありません。その矛盾を抱えながらも、あなたに聞き分けのいい、いい子だと思われたくて格好をつけ続けた私が悪いのです。私がばかだったのです。

 次にお父さん。考えたのですが、あなたに語れることはさほどありません。養ってくれてありがとう。共感を強要される類のお姉ちゃんへの、お母さんへの愚痴はしんどかった。それだけです。あなたに文句を垂れる時ことができるほど、私はあなたに愛情を持ちえないらしいのです。あなたは優等生を装う私には興味がなかったようですね。あなたと喧嘩ばかりしている姉の方にこそ関心を向けているようでした。わかりやすいばかな子は愛されるのだということ、それが唯一あなたから学んだことです。

 最後、お姉ちゃん。私があなたに思うこと、ただただ羨ましかった。本当にそれだけです。わけもなくむしゃくしゃする気持ちも、未来への不安も、過去からくる痛みも、あなたは全て誰かにぶつけて、消費している。苦しいでしょうね、辛いでしょうね。わかるよ、私にだってあるもの。お姉ちゃんだけかと思った?その苦しみは自分以外の誰にもわからないと思っている?そんなことないんだよ。お姉ちゃんになら、私の苦しみがわかるはずだ。その苦しさを笑顔の裏に押し込めて、さらなる苦痛に耐える日々がどれだけ苦しいか。わかってよ。お姉ちゃん言ったよね。

「あんたはいいよね。なんも考えずに愛されて。」

私が何も考えてないと思ってるなんて、心外だった。でも、その時感じたフラストレーションも私は笑顔の裏に隠した。

「へへへ。そうかな?」

 舌打ちをして、どこかへ行ってしまうあなた。私は何を間違えましたか?私は考えてるって、あんたのせいで毎日毎日悩んでるって、負けじと叫べばよかったですか?あなたと喧嘩をすればよかったですか?それで何かが変わりますか。あなたは正気に戻りますか?家は平和になりますか?反実仮想です。現実はさらなる家の崩壊でしょうね。もう、飽き飽きです。争いも暴力もガラスの割れる音も、一人きりの部屋に響く自分の呼吸音にも。

 家族のみなさん。家庭崩壊を演じるのは楽しいですか。私は何度も何度も祈りました。神様も仏様も信じていないけど、イエスにも菩薩にも願いました。それがご利益違いでもいいから、どこかの誰か、ヒーローみたいに私を連れ出してくれる人を願い続けました。きっと、それが間違いだったんです。自分で状況を変える勇気も、それがいい方向になる想像も、私にはできなかった。それが全てでした。ごめんなさい。ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。

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