次に思い出されるのはあのことでしょうか。私の初めてのあだ名の話です。生まれつきに歯の本数が足りず、歯並びも悪く、滑舌も悪かった私なのですが、犬歯が二本とも前歯のすぐ横に生えていました。両親の計らいで、幼い頃から矯正やら何やらをして歯並びや滑舌はマシにはなっていましたが、犬歯は変わらずそこに立派に生えていました。

 その時のことはよく覚えています。リーダー格の女の子が周りの女の子に一人一人振り分けていくんです。あなたは可愛いからあの子ね、あなたはかっこいいからあの子、あなたは頭がいいからあの子、そして、私の番が来て、あの子は歯が尖ってるからあの子ねと、屈託のない笑顔で言い切りました。悪意のない悪ほどの悪はありません。それでも、こちらとて純粋無垢な子供です。コンプレックスをいじられて、都合のいいもののように扱われ、私の苦労なんか知ろうともしないで、それを忘れさせてもくれないで、あだ名にするだなんて酷いことには、嫌だと素直に言えばよかったのです。泣きわめいて抵抗していても不思議がないほどのことだったと思います。そこでまたあなたが出てきます。あなたはまた同じように突然に来て言いました。

「キャラがついて良かったじゃん。いじめられなくて済むし、一人にならなくて済むし。血を吸う真似をするだけだよ。すごく簡単じゃない?」

 幼稚園でいじめられていても、どこへ行っても馴染めなくても、どんなにひとりの私とでも友達でいてくれたあなただから、その言葉は私にとって間違いであるはずがありませんでした。そんなことあってはいけませんでした。でも、嫌だと思っている自分もいる。本当にあなたが正しいのか、あなたの言葉を聞いて自分を偽る度に感じる痛みは我慢するべきなのだろうか。また不信感が募る、けれどそれでも言いなりになってしまうのが、その時の私でした。

 いじめを見て見ぬ振りをした時もそうでした。いや、あれは見て見ぬ振りというより加害者側だったように思います。暴力なんてわかりやすいものでもありませんでした。裏で陰口を言いながら、その人のことを仲間内の中に入れるのです。そうして、言葉で貶めていくんです。

 その子だけを仲間外れにしたLINEグループで共通の話題をいくつか作っておきます。そうして、こんなふうに問うのです。

「ねえねえ、このテレビ番組みた?」

 その子以外は当然知っていますから、会話が弾んでいきますが、その子にわざわざ話を振るんです。その子が見てないんだというと、話を振った子はあからさまに申し訳なさそうな顔をする。他のみんなは信じられないといった顔をする。その子の居場所を作った上で、居場所を徐々に無くしていくんです。みんなについていけない私はなんてダメな子なんだろう。私だけみんなと違う。けど、仲良くしてくれているのに、そんなこと言えない。こんな心理状況を作るんです。それを見て、マジで空気読めない。てか、ほんとに友達だとでも思ってんのかな。ほんと、気持ち悪い。そんなことを吐いていく加害者たち。周りから見たら、仲が良さそうな女子のグループ。中身は少しでも触れれば体が黒く染まっていくような狂気な意思に満ちた悪。

 いじめを受けていたのは私の友達でした。いえ、あの子にとっては私は今でも友達かもしれません。私は到底あの子の友達とは言えません。それほどの悪です。意志の弱い私でも、いじめの予兆がみえた時、私はあの子の友達で居続けよう、味方で居続けよう、あいつらに立ち向かおうなんて思っていました。なのに、あなたは言いました。

「そんなことしたら、あなたまでやられるよ。それに、あの子だって裏切るかもしれないよ。なのに危険を犯す必要ある?どうせ、そんな酷いことにはならないって。主犯のあの子にそんな勇気はないでしょ。だから、主犯の子とも仲良くしながら、あの子の味方もすればいいんだよ。」

 あなたの言葉は甘美に私を誘いました。主犯の子の悪口に付き合って、同調して、あの子を相手に裏に皮肉を込めた言葉を吐きながら、主犯のいないあの子と一緒の登下校では味方なふりをして相談に乗りました。どっちつかず、誰かにいじめがバレても、きっと怒られず、友情だって壊れない。私はずるい人間になりました。いじめはクラス替えによって強制的に人間関係がリセットされるまで続きました。罪悪感に蝕まれて過ごす日々の中で、あなたが笑う姿が私の目には醜くうつりました。

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