破壊

 手始めにSNSを使って学校関係者の裏垢を晒し始めた。校長は小っ恥ずかしいポエムアカウントが生徒全員にバレたために、毎年十分近くあった始業式の話を三分で切り上げた。その三分間すらもクスクスという笑い声が絶えなかった。生徒指導部長は不倫がバレて退職せざるを得なかった。離婚調停中らしいという情報も晒した。生徒も例外ではなかった。仕事量に文句を言っている生徒会長の裏垢も晒した。爽やかイケメンとか騒がれていた裏の腹黒さに支持率はガタ落ちし、仕事を押し付けられていることがわかった副会長に支持が集まっているらしい。バレー部の一部員の裏垢をさらした。顧問の時代錯誤のスパルタ指導が明るみになり、部員の親から批判を受け、裁判になるかならないかという状況らしい。生徒の親も例外じゃなかった。でも、僕がしたのはパソコン好きのやつの下駄箱にそいつが好きな女子からの手紙と共にお願いを入れただけだった。

 模倣犯も現れて、別の学校も含め七十人近くが晒され、うち五十人近くが職か地位か名誉かそれら全てを失った頃、パソコン好きのそいつが犯人であることが判明し、事件は終結したように思われた。僕は次の段階に移行した。先の事件の被害者の中で職を失った人たちのスマホに侵入し、僕の手伝いをさせた。誘い文句はこうだった。

『復讐をしないか?』

 そいつらが復讐を無事に完遂する度、僕の目標に近づいていった。自分たちを貶めたやつ、こんな人生を歩むきっかけになった小中高の教師、友達、いじめっ子、どんなやつへの復讐にも手を貸した、その代わりに思いついた犯罪の数々の実行も任せた。そして復讐はさらなる復讐を生む。僕はその完璧なサイクルを作りあげた。

 好きな女子への気持ちを綴った裏垢を明かされたシャイな男子高校生は唯一その存在を知っていた友の家に忍び込んで何よりも大事なゲーム機を売り飛ばした。その上で、その友の彼女に友の悪行の数々をリークし、別れるように仕向けた。それだけじゃ飽き足らず、友のバイト先にも家にも毎日のように脅迫文が届くようにし、彼のスマホにもゲーミングPCにも正体不明のメールが何通も届くようにした。そうして、友を不登校に追い込むことに成功した。全て僕が考えた案だった。シャイな高校生にはゲーム機を買った金で売れないバンドのライブチケットを買えるだけ買うように指示をした。そして、僕は複数の仲間と共にXでそのバンドのことをひたすらにつぶやきトレンドに載らせ、感動歌詞動画と共にtiktokにコンスタントに投下し、Instagramのおすすめに載るように課金し、インフルエンサーの目に留まるようにして、たった三日で流行をつくりあげた。そして、男子高校生に転売をするように指示を出し、その利益の六割で今度は別の地下アイドルのライブのチケットを買うように指示した。そうして、尽きることの無い収入源を手に入れた。

 シャイな高校生の友達の復讐は彼女に対してだった。情報に踊らされて自分を信じてくれなかった彼女を貶めたいらしかった。簡単だ。彼氏がいなくなり、少しばかりの寂しさに憂鬱になっているであろう彼女には新しい出会いを用意してやればいい。彼女の趣味と合う人を見繕い、DMを送らせる。高校のOBとでも言っておけば警戒心も解ける。そして、徐々に仲を深め、実際に会う。あとは想像してもらおう。書くに値しない愚かな行為だ。自尊心の高いらしい彼女は一気に被害者になる。そして、彼女の復讐を手伝う。なんて素晴らしい罪のサイクル。そうして少しずつ、確実に世界を侵食していった。毎日のように誰かが誰かの裏垢を晒す。監視カメラの映像は世に出るのが当たり前になり、誰もプライバシーなど持てなくなった。有名人のスキャンダルが毎日報道された。犯罪の動画は警察よりも先に我々が晒した。醜いポルノも売りさばいたことでデジタルタトゥーなんてそこらじゅうで起きた。

 そんな中で自殺サイトの運営をはじめた。一人で死ぬ勇気のない人達に集団自殺を進めるサイトだ。各SNSで自殺願望者を探す。見つけた人たちにサイトへのURLを貼る。日を追う事にサイトへのアクセス数が増え、毎日ように自殺を手伝った。死にたい理由は様々だった。友達に裏切られたから、恋人に暴力を振るわれたから、病気で体が動かなくなったから、親の介護に疲れたから、育児に疲れたから、家族が死んでしまったから、SNSで炎上したから、裸の画像が世界中に晒されたから。理由のうちのいくつかはきっと僕のせいだった。僕が生み出した復讐の連鎖がきっと自殺志願者を増やした。だから、僕からは謝罪の代わりに敬意を表そう。死ぬ覚悟をできる人たちは尊敬に値した。

 ここまでで、僕の計画に加担した人の中には警察に捕まったものが何人もいたし、東京湾に沈められた人も何人もいたし、ホームレスになった人も何人もいた。けれど、僕がそうなることは無かった。僕に捜査の手が伸びることはなかった。僕は変わらない日々を送っていた。どっかの誰かが不幸になろうと学校は続いた。顔色の悪い先生たちが代わる代わる執念のように授業をする裏で僕はスマホ一つで指示を出した。そいつらも指示を出して、実行はもっと別のやつがする。誰かが僕にたどり着くことは多分一生なかった。


 あの日から、覚悟を決めた日から、僕は一ヶ月近く毎日浜辺に通った。収益でギターの弦を買って貼り直して、ギターを持って毎日通った。僕が浜辺に座ると決まって数分経ってから少女が現れた。どれだけばらばらの時間に来てもおなじぐらいの時間で現れるから、この少女が神様か何かだと本気で思った。

 ぼくらは毎日世界を壊すために話し合った、それに飽きたらギターを弾きながら歌を歌って、それにも飽きたら砂浜で寝転んで何かを話した。僕がしてきたこと、僕が頑張ったことを話したら少女は僕の頭をかならず撫でてくれた。心地よかった。ただの純粋無垢な自分に戻ったような感覚になれた。


 僕がなんの罪に問われるのか。僕には興味がなかった。することが無くなって、捕まりそうになったら死ぬだけだった。犯罪に染まった日々の中で僕は即死性の毒をも手に入れていた。死すらももう僕の手の中だった。

 駅に爆破予告がされたなら、きっと僕のせいだった。

 学校から人が消えたなら、きっと僕のせいだった。

 家庭崩壊の原因も子供の癇癪の原因も友情に入った亀裂の原因も順調だったカップルの別れ話の原因もきっと全て僕のせいだった。



 休みの日に一件の通知が入った。そこに表示された名前に見覚えはなかったが、そのアイコンがあの日観に行った映画の、鬼灯の最も気にいっていたシーンであることを確認するや否や、スマートフォンの電源を落とした。忘れていた記憶が寂しさが思い出される。

 僕はまた振り払うためにギターを弾いた。月のような彼女に会いに行った。それでも、消えなかった。鬼灯とのあの穏やかな日々を求めている僕がいた。それでも、『久しぶり、元気?』そんな言葉を彼女には言われたくなかった。こんなにも僕はまだ気にしているのに、彼女はなんとも思っていない気がしていた。彼女へ感じているのは怒りではなかった。彼女は悪くないからだ。悪いのは期待した僕だったからだ。期待を覚えてしまった僕だったからだ。彼女を好きになってしまった僕だったからだ。すべての根源は紛れもなく僕だ。

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