運命

 教師が機械的に「こころ」を解釈していく。そこにあるのは愛ではない。強大な義務感とちょっとばかりの安堵だ。日常への。変わらぬ日々への。文句ばかりをいうくせに、みんな義務に不変に縋ってるのだ。僕もこの人たちと同じになれるだろうか。毎日を無駄に生きられるだろうか。


 朝、教室、彼女をみた。僕は、俯いた。


 そんなこと出来るわけなかった。戻れるわけなかった。日常なんて壊れたのだ。彼女をみた瞬間にうずく心の鎮め方がわからない。

 彼女をみる度に弾む肩は痛む胸は脈打つ脳はどうすればいい。彼女の吸い込まれるような鬼灯に目を奪われてしまう僕はどうしたらいい。

 彼女の教えてくれたSNSは何も教えてくれなかった。何も救ってくれなかった。でも、何かを埋めてくれるものにはなった。ギターを弾いてはSNSを徘徊して、小説を読んではSNSを徘徊した。そのうち、僕は彼女の裏垢にたどり着いてしまった。


 僕はみつけてしまった。

『人のこと好きになるのは簡単なのに、同じ気持ちを返されると冷めてしまうの。』

『変わらないものを愛していたい。』

『変わってしまわないでよ、離れるしかないじゃない。』

『代わりは幾らでも現れるのに、私を満たすひとつが見つからない。』

『愛したいけど、愛されたくない。』


 身が裂けそうになった。自分の芯から叫ばれる悲鳴に引き裂かれそうになった。悲鳴というか、咆哮だった。胃の中の何もかもを吐き出すように叫んで、僕は何かを掴んで、そのまま走った。狂ったように笑って?泣いて?僕は叫んだ。途中で何が出ようと、何を踏もうと、何にぶつかろうと関係なかった。

 あの時、僕が笑わなかったら。

 あの時、何も言わなかったら。

 あの時、僕が変わらなかったら。

 もし、僕が僕じゃなかったら。

 そこに続くのは、彼女は僕のそばにいたのに?傲慢さに吐き気がした。僕のすべてを吐き捨ててしまいたい。そうだ、全部捨てよう。全部全部破って燃やして捨ててしまおう。

 咄嗟に掴んできた何かはギターだった。靴も靴下も走りながら無心で脱いで、僕はたどり着いた海で叫んだ。初めて入った海を味わう余裕もなく、叫んで濡れて死のうとした。でもできなかった、いつかにも思った生きていたくないのに死にたくない矛盾が僕の邪魔をした。僕に覚悟をさせなかった。僕は持ってきたギターを弾いた。いや、弾いてなどいなかった。あれは曲でも叫びでもコードでも、あまつさえ音でもなかった。どれだけ叫んでもどれだけギターをはじいても波音に全てかき消された。周りに家もほとんどない海岸でこんなことしてるのは僕ぐらいだった。心底楽しかった。涙か海水か汗かも分からぬ液体が頬を伝った。僕は自由だ。罪なんて知るか。寂しさなんて知るか。何度でも言う、僕は自由だ。どこへだって行けるしなんだってやれるんだ。僕は自由だ。

 息があがって肩で息をしていた。ギターは全ての弦が切れてもう何の意味を持たなかった。疲れたはずなのに、僕は今までのどんな時よりも力がみなぎっていた。なんでもやれる。これは気がしたのではなかった。確信だった。覚悟だった。

 砂浜に寝そべって、永遠とやれなかったことをやりきって死ぬまでの計画を立てていた。唐突に僕の視界に入ってきたのは、月のような少女だった。この人との出会いは運命だった。綺麗なものなんかじゃない運命だ、宿命だ、因果だ、そんな恐ろしいものだった。


「もうすぐ死ぬ?」


「いいえ。」


「なら、私と話して。」


 それから色んなことを話した。今までのこと、今のこと、これからのこと、在り来りな世の中への不満を話した。

 そして、夜が明ける前に二人で打算も期待もない約束をした。


「「ふたりで世界を壊そう。」」

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