資格

 気にしたら負けだと思った。彼女は困ったように適当にあしらっているだけのように僕にはみえた。そいつがくる度、彼女は僕に謝った。

「ごめんね。」

「別に気にしませんよ。僕は関係ないですから。」

「まあ、そうだよね。」

 いつもだったら、なんでそんな冷たいこと言うのかな、とかこぼす彼女の口は諦めたように笑っていた。どこで間違ったのかわからなかった。それでも、謝り続ける彼女の行動はいつかに彼女の口から聞いた好きと言う気持ちを表していると考えた。僕はそうして不安をかき消した。鳴り続ける地震速報を無視して寝続けて、幸せな夢に浸っていたのだ。

 彼女が口を開けばそいつのことを話すようになった。最近ずっとまとわりついてくるんだよね。話は面白いんだけど、なんか嫌なんだよね。そんな話でも、僕と彼女との時間にくい込んできたのが許せない気がした。でも、気にしたら負けだ。彼女があいつと帰るようになった。何回も誘ってきて、何度断っても、どんなに酷いこと言っても諦めないんだもん。気にしたら負けだ。彼女があいつと出かけたという話をした。それが転換点だった。もう僕を失望させるのに十分だった。時が来たのかもしれなかった。引き際だとは思いたくなかった。僕がまた要らない子になるという想像をしたくなかった。いらない子にならないように先の先の話をしてきた。約束をしてきたつもりだった。この先何ヶ月かしたら、僕とあの子は他人のようになるんだと思いたくなかった。友達なのかすらもわからない。一番じゃないのは分かってた。一番になりたかったけど、僕と彼女の間にある、何かを感じてしまったのが間違いだった。それが気の所為だとしても、一度気になってしまったものを無視できるほど、僕の心は弱ってなかった。僕は負けた。

 僕は彼女を試すことにした。その日、僕はお昼にあのベンチに行かなかった。ひとりで過ごす四十五分は暇だった。彼女も同じように感じてくれるだろうか。戻ってきたら、なんというだろうか。「君がいないと寂しいんだよ。」とか、また歯が浮くようなセリフをいうのだろうか。

 僕はあの時どうするべきだったのか今でもわからない。いつどうすればよかったのかもわからない。戻ってきた彼女は何も言わなかった。帰り道、彼女はまたあいつと帰った。

 次の日、ベンチに来なかったのは彼女の方だった。

「最近あの二人一緒にいないよね。」

「ああ、あの子、飽き性だから飽きちゃったんだよ。」

「だねぇ、好きな曲コロコロ変わるもんね。」

「ね。そだ、」

 以降のクラスメイトがしていた会話は書くに値しない意味の無い世間話だった。絆創膏で見ないフリしたはずの爪のヒビ割れが、他の人に心配される度に疼くように、僕は彼女との溝に気づかなければならなかった。謝れば戻るかもしれないと思わなかったわけじゃない。間の悪さの復活した僕にはそんな機会を得ることはできなかった。

 別によかったんだ、一人でいることに安心していた僕を都合のいいやつにしてる分には構わなかったんだ。なのに、なんなのかわからなかった気持ちを僕に教えておいて、好きだとかデートだとか言っておいて、どこかへ行ってしまう君はなんなんだ。依存してるのかもしれない。依存がダメなことも知っている。彼女が依存してくる奴なんて求めていないのも知っている。だから、せめて離れていかないでほしかった。僕といなくてもいいから、僕の代わりを見つけないでほしかった。彼女の隣に他の誰かがいることに耐えられない。綺麗じゃない独占欲も許して、受け入れて欲しかった。この数ヶ月、幸せな夢を見ていた。楽しい楽しい夢だった。暖かい色の絵の具だけを使って描かれた世界だった。ふとした時に感じる孤独を考える暇もないまま、毎日欲しい言葉をくれる彼女に甘えていたんだ。恋という幻想を寒いセリフとして彼女に話したとき、恋は幻想じゃないのにねと爆笑した彼女を見て、案外彼女はロマンチストなのかもしれないと思った。そんな彼女の隣で彼女の言葉に本当はドキドキしながら、照れ隠しにひねくれたセリフを吐き続ける僕を想像していたんだ。今となってはあり得るはずもない未来になってしまった。were toで表される起こる可能性の著しく低い仮想世界にすらそんな未来はない。もう幻想は十分だよ。いつか壊れる関係なのはわかっていたんだ。

 強くなりたいと泣いていた昔の自分を思い出した。泣き虫の自分を抜け出すために、感情を押さえつけたことを思い出した。寂しさに耐える夜はもう嫌だ。抱きしめてほしい。一人の夜は寒すぎる。行きた心地がしないんだ。迷子なんだ。自分がいてもいなくても何も変わらない事実が傷口を何度も抉って、抉る心すらいつの間にかなくなってしまった。自分がわからないなんて何度も消費した言葉でわかりかけた気持ちにも蓋をして、苦しみから逃れようとした。あの日から、僕は本当は何も変わっていない。泣きたいのに泣けない。僕には泣く資格がないのだ。

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