気づき

 次の遊びは僕が誘った。駅前で配られたライブのビラに心惹かれて、彼女と観にいった。今までの自分じゃ有り得ない行動力だ。ライブが始める前に近くのカフェでまたご飯を食べて、その時にSNSを始めた。彼女は君に似合うのはつぶやく方かな、と言って、最近青い鳥から黒と白のアルファベットに変わったそれを僕のスマホにダウンロードした。使い勝手がわからず、何をするべきかもわからず、スクロールを続けるうちによく知らないプロレス選手にたどり着いた僕をみて彼女は笑った。

 開場時間になってライブハウスに辿り着き、その場ノリがわからない僕たちは後ろの方に陣を取った。ライブが始まりしばらくした時、僕はステージに釘付けになった。そこでは、名前も知らないバンドの全員がそれぞれに叫んでいた。自分が弾くギターにはない感情の爆発、叫び、技術の奥の奥にある心を感じた。


どこに立っているのか

どこを目指し走っているのか

まだまだ青臭い僕らにはわかるはずもなかった

青春を浪費 催眠術にかかって 逃げている僕たち

どこにも行けないのはわかっていたのに


うだうだする間に消えてく季節

桜流し入道雲

右往左往わからず友情探した

あの日々を


嘘みたいな本当の中を

僕たちは必死に泳いでいた

もがいて 叫んで 何もかもを

笑い飛ばして転げて歩いた

それでも流れた物語に

僕らは必死に掴みかかった

そこにあったのは

幻想だというのに


いつか忘れてしまうのか

そんなことどうでもいいはずなんだ

ゆめゆめみている先だけ見つめていれば良かった

青春の終わり 催眠術がほどけて 散り散りの僕たち

どこにもいける自由さが戸惑い残して


見上げると涙が頬伝った

悲しみだけでも愛したかった

寂しさの罪はきっとなかった

虚無感は青春の証だった

これでいいのか そんなわけないだろ


うだうだする間に泣いてる季節

銀杏並木白い吐息

右往左往わからず宛先探した

この日々を今を


嘘みたいな本当の中を

僕たちは必死に泳いでいた

もがいて 叫んで 何もかもを

笑い飛ばして転げて歩いた

それでも流れた物語に

僕らは必死に掴みかかった

そこにあったのが

幻想でも関係ない 僕らの欲しがったものだ 


 いい歌だと思った。もう出会うことは無いと思っていた、純粋な感情。夢中だった。こんな曲が、こんな歌が、この世界に存在して、僕はそれに出会うことができた。数多の曲が歌が作られ続けているこの世界で、この歌に出会えて、僕は幸せだと素直に思えた。これが本当の幸せなんだと思った。

 そうだ、幸せなのだ。最初の一言で僕の心は鷲掴みにされる。一言一言が僕を癒し。歌声は僕の心に響き渡る。同時に僕の心に開いた穴の存在を確かに実感させる。そんな歌を聞いてるこの瞬間が幸せなのだ。

「好きだなぁ。」

 僕は驚きもしなかった。恐れもしなかった。ただ、好きだという気持ちで腑に落ちた。僕のわがままでふよふよと漂っていた気持ちたちに整理がついた。僕は彼女のことが好きだ。太宰先生のことも好きだ。ギターも好きだし、この曲も好きだ。僕がなんとも思わないと突っぱねたこと全てが好きなものだった。必死の中で掴みかったそれが嘘なはずがなかったんだ。醜くても、綺麗じゃなくても、これがその気持ちなんだとわかった。期待も独占欲も当然の気持ちだということもわかった。好きという気持ちなんてそんなもんだと思った。綺麗なものを見る度に感じていた劣等感ももう感じる必要がなかった。僕は好きが分かるんだ。もう、分からない感情に悩まなくていいんだ。普通の人には足りなくても確かにあると言うだけで感じる安心感。僕は僕に疲れていたのかもしれない。やっと息をつける、そう思った。

「そんなにバンドの曲が良かった?」

 自分で自覚できるほどの僕の笑顔に彼女は疑問に思ったらしい。

「はい。僕にとって希望の唄です。」

「希望なんて言葉、君が言うとは思わなかった。」

「僕も意外です。でも、それが一番しっくり来ました。」

「今日の君は気持ちが悪いね。」

「そうかもしれません。とりあえず、すごく気分がいいです。」

「そう、なら良かった。」

 この時の彼女の表情をみていなかったことを僕は後々後悔した。これだけじゃない、自分の変化に夢中になっているうちに見逃した数々のサインは後に束になって僕におしよせた。そして、幸せだった記憶を曇らせた。その事実に気づく手始めは、一緒にお昼を食べていても、彼女が上の空になることが増えたことだった。考え事してるんだ。僕と違って忙しい彼女だからと自分に言い聞かせた。その時の僕はやっとできるようになった希望的観測や期待に思考の大半を奪われていた。無事な脳で考えたことがかえって間違っているように感じた。彼女が僕のことを好きではなくなったなんてことは間違っているに決まっていた。消えない不安は見ないふりをした。


 その不安が事実かもしれないと思い始めたのは、昼を食べ終わって、教室に戻るまでの間に彼女にまとわりついてくるやつが現れるようになってからだった。

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