日記

 冬休みが終わり、休み明けの考査も終わり、何もやる気の起きない日々をつづけていた僕はその日もただ座って虚空を見ていた。寝静まった家にだって僕よりも存在価値がある。どうにかモヤモヤして薄気味悪くて、ずっと消えない自分の中の何かを判明させたい僕は全てを終わらせた真夜中に試行錯誤を繰り返していた。小説を読んで、音楽を聴いて、ヨガをして、掃除をして、星をみて、将来を考えて、人や風景を描いて、日記を書いた。眠いという感覚はとうに消え去った。この何かを見つけることが、一番手っ取り早い全ての問題の解決方法だと信じて疑わなかった。この日々の中で、僕が学べたのはたった二つ。一つ、この世に存在するどんな娯楽を消費したところで僕は救われないこと。二つ、朝か夜かに分断された世界の中で、どちらにも属せない自分は人間ではないこと。僕に残ったのはどうしたって寝れない夜と、白紙の日記帳だった。

 日記には自分の前向きな思いや挑戦・成長の記録を書くといいらしいと某サイトに書いてあったが、一日の中のどんな記憶もそれに当てはまらなかった。他のサイトを見ても、一向に自分が書くべきことが見つからなくて、ついに白紙のまま今日で三週間が経過しようとしている。このために大層な万年筆まで買ったのに、三週間のうちに目的を果たせなかったそいつは今や僕の下手なペン回しの道具と化した。夜がふけて、白紙のページと向き合っているうちに、退屈な夜に組み立てた計七時間の完璧なプレイリストが完全感覚dreamerから始まる目覚まし代わりのONE OK ROCKのメドレーを流し始めた。僕はどうしようもないことにどうしようもないほど時間をかけるどうしようもない人間だった。

「愛してるを知りたいのです。」

 愛想笑いを貼り付けた笑みで両親の虚言の応酬を聞いていた耳に急に飛び込んできた言葉。僕と似通った悩み?両親に頼んで、それをずっと見てしまった。感動作だった。僕は涙を忘れ去ってしまったために流すことができなかったが、何か手掛かりじみたものをこの作品に感じた。僕はここを逃したら、一生この蟻地獄で徐々に埋められながら、時代の濁流に飲み込まれていくような気がした。金曜ロードshowに感謝めいたものを感じながら、この日の夜、僕はそのアニメ映画の主人公と同じように手紙を書くことにした。宛先もない手紙だ。白紙の日記帳を手紙に見立てて、僕は早速ペン回しの道具となっていたそれを本来の役割のために手に取った。


親愛なるヒトへ

 手紙を書く相手もいないのに、おもむろに筆を執ってみました。日頃会話をしないせいで溜まった、消費される先をなくした言葉たちが溢れてくるので手が止まることはなさそうです。最近は肌寒くなりましたね。この季節になると決まって思い出すことがあります。冬の朝に出る白い息には言葉が溶け込んでいて、ボクはそれによってうまく言葉が出ないのだという話です。小さい頃は本当に信じていました。今では心優しい両親がついた優しい嘘であったことがわかります。

 これを誰かが読む未来なんてないと思いますが、未来の自分でもいいので、手紙の定型文をこの辺で入れておきます。お元気ですか。今晩のテレビでは手紙を題材にしたアニメがやっていて、らしくもなく魅入ってしまって、気になるとすぐに実行したくなる性分なので、こうしてペンを走らせているわけです。スマートフォンなんてもののおかげで、思ったことを数秒後には相手に伝えられるこの時分に、手紙が流行することはあるのかと思っていたのですが、手紙を封するためのシーリングなんてものが流行しているのを見ると、案外未来はわからないモノだなと思いました。まあ、僕のそれに届くのは緊急地震速報か公式ラインの通知ぐらいですが。

 そういえば、・・・

 こんなに長々と言葉を紡いだのはいつぶりでしょうか。もしかしたら初めてのことかもしれません。ここまで書いていて思いました。日記って宛先のない手紙を書くようなモノだったのですね。幼少の宿題の絵日記をろくに書くことができなかった僕に教えてやりたいです。今日はこの辺で。 


 ここまで書き終えて顔を上げた。眠れない夜に、生きている中で唯一価値ある行動ができている気がした。毎日毎日、人と喋らない分、思ったこと、感じたことを書き綴った。わからない気持ちは辞書を引いて調べた。気になったことは先生にすら尋ねるようになった。知らないことに出会うと、日記を手紙を書くから調べなきゃという気持ちになった。小説を読んでいたことは役に立った。小説に書いてある感情に共感できた試しはなかったが、言い回しやリズムや漢字に悩むことがなかったのは確実に小説のおかげだった。意気揚々という感情を少しだけ理解した。毎日学校に行くことが授業を受けることが周りの人の話を盗み聞くことが楽しくなっていった。おんなじことの繰り返しの毎日で昨日と一昨日と違うことを見つけることができるようになった。自己啓発についての本の中に書かれていたことを数年越しにやっと実現できた。少しずつ、着実に僕が人間になっている心地がした。安寧とは程遠くても、何もない日々に戻るよりは何倍もマシだ。この日々が続くこと。僕がこのまま孤高を保って、残りの四分の三を消費し切ること。それだけが願いだったが、そんな願いすら神様とやらは叶えてくれないらしい。

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