九月一日

「矢野隆明さん。今日はあなたの命日です。」

当然になっているこの状況も本来はなくていいもの。

「めーにち? 羊が泣く日か?」

難しい言葉を使いやがって。朝から頭が回ると思うのか。

「生命活動を終了する日。もっと簡単に言うと、死ぬ日です。」

冗談を言える元気を持ってるんだな、こいつ。

昨日の沈黙、いや。九月八日の沈黙はなんだったんだよ。

「気持ち悪い冗談やめろ。不快だ。」

子供騙しの演技には騙されませんよ、お嬢ちゃん。

おっと。お喋りお姉さん、だったかな。

心の中でこいつを嘲笑した。

「そういえば、もう準備できている。素晴らしいですね。」

こいつの日にちを告知を聞くだけの時間があるのも、癪だって気づいたからな。

「お喋りお姉さんの子供騙しのお時間は終了なんですか?」

馬鹿にされていると思うと気に障るものがある。

「そもそも、君の時間軸で六月十五日は通過しているかどうか確認してもいい?」

始まりましたよ、名探偵ごっこ。達者なのは推理じゃなくて、妄想だって言うのか。やかましい。

「六月十五日はどんな日だっだんだ? 日にちだけ言われても何日前かなんてわからない。」

何した日かぐらい、すぐ言えよ。

「……君に噂を教えた日。」

それだけじゃわかるわけがない。俺が一日一日を楽しく生きてるなんて思うのはやめてくれ。

「……なんの噂だ? 一応、お前からしたら大事な話なんだろ? 変に濁すな。」

噂の内容を聞いたとしても、はっきりと思い出せるなんて思ってない。でも、念の為だ。

「死んだ人の記憶に強く残っている一人の寿命が無限に伸びるという噂だよ。」

そんな噂を聞いた日が記憶にあるが、鮮明には思い出せない。

「結局、その日がどうしたんだよ。」

こんな話を聞いてる俺も、やっぱり馬鹿なんだな。

「あの噂、本当なんだ。」

なにを言ってんだこいつ。

「中二病なのはどうでもいいけど、醜い嘘は絶対に吐くな。不快だ。」

目を細くするな。その表情は本来、俺がする筈だ。

「これ。」

スマートフォンの液晶、どこも割れてない。こいつ、ものを丁寧に扱うことが良いとか思ってそうだな。

「は?」

そこには三百年生きたと書かれる若者が映っていた。

この動画は紛れもなく、報道記事。

「わかったでしょう? 私が言ってた噂は本当。」

やっぱり、朝は頭が回らない。

「ここはいわゆる異世界らしい。だけど、現実を模して作られたもの。だからこの非現実的なことは、ゲームで言うところのバグ。」

この世界線が異世界だって言いたいのだろうか。

「というか、俺のめーにちとやらとなんの関わりがあるんだよ。嘘の中に本当のことを混ぜると、信じられやすいというやつをやりたいだけか?」

朝から恐ろしい女だ。信じてしまった場合、どうするんだよ。

「……ごめんね。聞きたいこととは違うだろうけど、私は今から利用させてもらうよ。君を。」

なんだこいつ。話が通じそうな気配がなさすぎて、寒気がする。

「そんな顔しないで。ゆっくり説明しよう。」

家の玄関の前から一歩も動かなければ、もちろん、家の玄関の前の景色だ。

「私の世界線でいう明日以降。日にちでいうと、九月二日以降を経験したことはある?」

九月二日以降なら、俺の世界線の昨日が九月八日だった筈。

「あるな。」

髪が風で靡く。

「君は九月二日以降に違和感を感じたことはある?」

九月八日の話なら無視されたし、違和感があるって言っていいか。まあ、俺はお前に話されないのが気楽でいいのだが。

というか、俺。真面目に頷く意味あるのかよ。

「九月一日が命日。つまり、その時にはこの世を旅立っていたっていうのが違和感の正体。」

気持ち悪い最期だったらと考えると反吐が出る。

「私は君の声が聞こえなかった。。私は会話できなかったから、君のことを無視してるように見えたんじゃないかな。」

馬鹿げた話とは真逆の、真面目な顔。

「どんな言動や行動をとるのか分からない相手と、相手の動きを読んでまで登校する意味ってなんだよ。」

そして、見えてこない悩む素振り。

「噂は、死んだ人の記憶に強く残ってる一人が生き残るというもの。逆に言えば、強く残ってても二位なら死ぬ可能性がある。」

物騒な言い方だ。気色悪い。

「突然だが、難病にかかってる加田さんは残りの寿命が一ヶ月と想定されている。まあ、学校の前まで行ってるだけの矢野さんには衝撃の事実でしょうけど。」

おいおい、加田の余命が一ヶ月って言ったか。

なんも食ってないのに、消化管が重く感じる。

「まさか。」

その時、こいつの言いたいことがわかった気がした。心底、気持ち悪くなった。

「私たちは加田さんに生きてもらっては困る。そして私がこんなことをしなければ、必然的にあなたの心に残るのは加田さん。」

目が熱いのは、こいつの話を信じてるからだろう。

「私はこの一ヶ月で矢野さんの記憶に強く残って、加田さんの寿命がくるまで待ちます。」

まあ、あいつは悪いやつだった。俺はやっぱり狂ってたのかもな。

「俺は履き違えていた。悪いところがあるやつと悪いやつを。だから俺の記憶に頑張って残れ。山川林。」

山川は微笑んだ。

「熱くなってるところ、申し訳ないけど。君が知りたかったはずの君の命日がわかった理由を言っとくよ。 ……と言っても、窓から中を覗いたときに死んでるってわかっただけだけどね。」

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