九月八日
「今日は九月八日か。」
ルピナスに水をやろうと外に出ると、また山川と登校することになる。
「よし、居留守だな。」
居ないと分かれば、一人で登校するだろう。
リビングの椅子に座り、牛乳を飲む。
「矢野隆明さん。今日は九月八日です。」
あいつの声って意外と大きいんだな。
「お願いします。」
お願いしますって、居ることを把握されてるのかよ。
コップをリビングの机に置く。
朝が弱い人にとって、リビングから玄関に歩くことすらも辛い。
扉の前に立つと、力の入らない手は扉を押す。
「お前さ、そろそろ自分が馬鹿げたことしてるの気づいた方がいいよ。」
空気の音だけが聞こえる。
都合が悪いことは無視かよ。
いつものように着替えて、スクールバッグをとる。
「お前にとって、俺はなんなんだろうな。都合のいい奴か?」
扉を閉めることに体重を使う。
「矢野さん、いつもそう言いますよね。さあ、いきましょう。」
こいつの歩幅にあわせないといけないのも、面倒だ。
小さい歩幅で思うように進めないというのに、場所は代わり映えのないつまらない住宅街。
「改めて見てみると、この周辺はみんなチューリップを育ててるな。」
こいつより俺の方が喋っているという現状に腹が立つ。
「今日の鬱陶しいお話は? ないってことは俺に申し訳ないって分かったか? お喋りお姉さん。」
山川はまだ黙っている。
「どうかしたか?」
今日はいつもの山川じゃない。
「今日のお前は気味わりいな。体調悪いなら学校なんか休めば?」
黙り続けてやがる。
こいつには呆れた。
自分は饒舌なくせに、時と場合によっては人の話を聞かないなんて。
いつも思う。本当はこいつなんかじゃなくて、雨良と歩きたい。雨良と歩くんだったら、俺もこいつみたいに喋ることができる。
だけど、雨良と俺は関われない。こいつにつきまとわれているせいで。
「ちっ。なんでこんな女に好かれるかな。」
そもそも、恋愛なんて趣味じゃない。体つきの違う奴らの異常な好意の見せ合い。有益が無益かで言えば、言わずもがな無益。有害か無害かで言えば、すこしばかり有害だ。所詮、馬鹿の一つ覚えのような愛情表現ではあるが、見ている第三者は鬱憤がたまって面倒臭い。
「一応言っとくけど、お前と恋愛関係は御免だ。俺どころか、周りにまで害が及ぶ。」
逆に周りから囃し立てられてまで恋愛関係の称号を得て、なにが嬉しいのかを説明してほしい。
「まあ俺なんかを好くなんてのも、おかしい話なんだろうがな。」
ここまで沈黙を貫かれると、俺だって萎える。
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