第287話 晩餐会、が始まった

 人の視線を一身に受けるのはやはり苦手だ。

 例えば授業中に挙手して答えを述べる時、例えば例えば発表会などで舞台の上に立った時、例えば卒業証書を受け取る時。

 僕と言う人間は基本的に緊張で震えていた。足は竦んだし、右手と右足が一緒に出た事もある。


 今世ではかなりマシになったと自負していたが、場のレベルが違うときついね。一国の王様や貴族に見られながら歩くのはしんどい事この上無い。

 ラナラをエスコートしている手前、無様な姿は見せたく無いと言う意地だけで歩いている気がするよ。


 まっ、こう言う時って堂々としてる方が立派に見えるからね。おどおどしない様に胸張って、アルカイックなスマイルを貼り付けて置けば様になるってものさ!


「うふふっ。アッシュでも緊張くらいはするのね?」

「……当たり前でしょ? 僕の事なんだと思ってんのさ」

「でもノワールの時は人前平気だったじゃない?」

「あれは……戦いだったから。ノワールが此処に居たら今と同じく手汗びっしょりだったよ」


 僕の手汗まみれの手をラナラが強く掴む。

 嫌悪感など無く、逆に笑い掛けてくる男前なラナラに苦笑が漏れる。

 どっちがエスコートしているのかはこの際置いておこう。僕は少しだけ彼女の手の温もりを借りて、団長達の後ろを見た目だけ堂々と行く。

 偉い人達の波が割れる様はどこか清々しい。


 そうして陛下のお膝元までやってくると、空気が少し変わったのが分かった。


 玉座の如き椅子に座る陛下が漏らす存在感。

 その周囲に侍る十傑、『そよ風』のアリアルさん、『炎滅』のロミネさん、『減速』のローズさん、『雷鳴』のアンダールさん、そして『巨人』のアルスさんの五人からの漏れ出すだけの圧迫感。


 それだけなのに少し息が詰まる。物理的に重たい空気の中を進む。


 陛下まで後十歩程の距離で前を歩く二人が立ち止まり、膝を突いた。


「イーティリアム王国が騎士団団長ランバート・フォート」

「同じくイーティリアム王国が魔法士団団長リヒト・スペース。ご挨拶に参りました、陛下」

「うむ、ご苦労だったな。だが膝まで突かずとも良い。此処は晩餐会の場だ。膝を突く様な堅苦しい場では無い、良いな?」

「「はっ!」」


 と言う、僕らへの説明の為の一幕を挟んでくれたのだろう。折角お粧ししてドレスを着た皆んなも膝を突くのかとあたふたする所だった。


「御配慮痛み入ります」

「よいよい、言葉遣いも楽にしろ。最低限の敬語が使えていればこの場は構わん。我は敬意さえ感じられるならタメ口でも良いと思っているくらいだ」

「それは流石に……ですが、畏まりました。皆、陛下自らがこう仰られたのだ、肩の力を抜くと良い」


 そう言われて改めて気付く力み。

 深呼吸と共に緊張を少しだけ吐き出しながら、近くの友人達とほんのりと笑い合う。


「————して、ノワールの姿が見えないな」


 肩が思い切り跳ねた。

 あれ? 偉い人達は知ってた筈なのだが……? 恐る恐る視線をフォルス陛下に向けると、こちらを見ながらニヤついておられた。……確信犯!


 ラナラや隣に立っていたゼガンに背中を押されて前に出る。

 そして当たり前に全ての視線が刺さる。くっくるちぃ。


「おっお初にお目に掛かります。カンロ村出身のアッシュと申します……。じっ実は私めがそのノワールに御座います」


 胸に手を当て、頭を深く下げながら、髪を影で包み込み、一応と内側の胸ポケットに忍ばせておいたメガネを掛け、頭を上げる。


「おお、ノワールはアッシュであったか。その髪は影で染めておったのだな! 芸術的な魔法に加えて、十分過ぎる戦闘センス、加えて好色か……貴様なかなかやるではないか!」


 謎の賞賛を賜ったが、破顔して声のトーンも高い。何やらご機嫌なご様子。

 心底ほっとしながらも、中腰で揉み手をしながら感謝を述べる。


「お褒めに預かり光栄……? に御座います??」


 お話で見る噛ませ貴族筆頭みたいな動きしちゃったよ。


「うむ、少し話がしたいな。エレア、ファリス、コルハの三人も残るが良い」

「はっはい!」

「ふぇっっ……ひゃい」

「はっ!」


 これは…………何事?


 どうやらこの晩餐会、色んな目的がある様で。

 僕らを残して去らざるを得ない皆んなを見送ると、僕ら四人は今居る奥まった場所から左手にある扉の先へと案内されるのだった。



◇ ◇ ◇ ◇



 アッシュ、コルハ、エレア、ファリスを残して会場に散った学生達は一先ず喉を潤す。


 そうして一息吐いた折良い頃合いで、会場に集まって居た人達にやんわりと声を掛けられていく。


 やれ見事な戦いだったと褒めそやされ。

 やれ見目麗しいと美辞麗句を並べ立てられ。

 やれ我が息子はどうだ、うちの娘も如何か。


 優秀で魅力的な彼ら彼女らを引き込もうとする者達は後を絶たない。


 しかしながら、我欲を優先しない真っ当な貴族もまた存在する。

 料理を楽しむ暇も無いではないかと、軽く盛り付けた皿を渡して質問責めの輪から解放する者。

 単純に下世話な話を蹴飛ばして、先日の戦いの判断理由や魔法の使い方、戦闘の師を訪ねる質問に切り替えてしまう者。


 貴族と一口に言っても、やはりそこには良し悪しや優劣があるのだと再認識する事だろう。



 だが、そこに歩み寄る存在が一つ。十傑がひとり『減速』のローズの姿があった。

 彼女の目的は芸術魔法部隊の面々。氷像アートを趣味としていた彼女は理解者を得られたとばかりに芸術魔法部隊の六人へと詰め寄っていく。


「貴方達、とても素敵だったわ。私はローズ。良ければ少し、お話しましょう?」


 こてんと首を倒したローズに見惚れる男性陣を頭を叩きながら女性陣二人が応対していく。


 氷以外の属性でのアートを各々が作り出した事で予期せぬ余興の場となり、見ていた者が何気なくぼやいた物を再現してはその美しさを讃えあう。

 魔法を解除してしまえば消えてしまう儚い芸術。だからこそ一瞬の煌めきを見逃さぬ様にと、七人が作り上げる魔法の軌跡は多くの視線を集めるのだった。



 また別の所では、『巨人』のアルスが小さきドワーフの少年へと声を掛けていた。


「やあ、少しお話し良いだろうか? グロック君」

「あっえっっっとぉぉ……良いですけど……その、すみません。真似しちゃって……」

「あぁ、構わないよ。真似しようと思って出来る物ではないしね。きっと僕のそれとはまた違った巨人だったと思うんだ。良ければ、少し見せてくれないかい? 君の黒い巨人を、さ?」

「……はい!」


 グロックの視線は何やら騒がしくも賑やかな魔法が輝く一角へと向けられていたのだが、それを振り切って応対する。

 やはりこちらでも得るものはきっとある筈だからと。魔法としての美しさや造形美に興味はあるが、やはり強さにも手を伸ばしたい。

 グロックは黒い土魔法で自分サイズの人型を作って見せるのだった。



 またある所では、アリアルが誰かに話しかけて居た。


「折角だから行こーよー」

「やっやめろ! 恥ずかしいだろう……!」

「恥ずかしがること無いよ? 綺麗だよ? って言うか、陛下が合わせて話聞きたいって言ってんだもんにゃー。諦めなって?」

「くそぅ……クロノめ……よりにもよって何故この日なのだ……!」


 十傑と対等に話し、手を引かれて連れられていく者。

 それは果たして誰なのか。


 晩餐会は良い意味で騒がしさを増していく。

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