第288話 至った者、優れた者、あとアッシュ
◇ ◇ ◇ ◇
「さて、そこのソファにでも掛ると良い」
「失礼します……」
フォルス陛下が手で指し示した先にあるソファへと腰を下ろす。
僕ら四人が案内されたのは、話をする為だろうソファが対面で置かれた、晩餐会の会場よりも幾分落ち着いた雰囲気の応接間の様な部屋。
とは言え、王城の応接間。相応にキラキラと金やら銀やらの高価な輝きが否応無く目に映る。
先んじてどっかりと腰掛けていた陛下は、ついてきていたアンダールさんに目配せをする。
アンダールさんは小さく会釈すると、紅茶を用意し始めた。
いつか村で村長が出してくれた紅茶と少し似た香りに緊張が和らいだ気がした。……ロミネさんから飛んでくる視線が険しい気がするけど。
「ロミネ、ルージュ家の者と話したかったのではなかったか? こちらにはアンダールが居る。重ねて言うが、好きにして良いのだぞ」
「いえ、この場の方が危険ですので……。アッシュ……私は貴様を認めている。故に陛下のお側を離れる訳にはいかない」
「はっはっは。私がやんちゃしていた頃に比べれば可愛い我儘。陛下も、側に控えるぐらい許して差し上げればよろしい。気持ちは私も理解出来てしまう故に……」
やたら視線が向けられていると思ったらそう言う……。喜ぶべきか、肩身を狭くするべきか。
後ろに控えたロミネさんを見て、フォルス陛下の顔に浮かんだのは一瞬の笑顔。直後にその笑顔を吐き出すため息を一つ。
「まったく……まあ良い。では————勧誘を始めるとしようか」
覇気の伴った顔付き。イケメン。場の空気がキュッと締まって思わず背筋が伸びる。
……にしても勧誘、か。まあ十中八九、騎士団か魔法士団……では無いだろう。
その程度の勧誘で国王と十傑が直々に相手する訳が無い。
であれば、であるならば、だ。可能性は一つ。しかし信じられない。そんな訳があるのか? あって良いのか? 成人すらしていない子どもを? それ程に僕らを評価している??
「ははっ。分かりやすく目が白黒しているな、アッシュよ。もう察したか?」
「ごっ御冗談……ですよね……?」
「笑止。冗談で我がお前達と同じ高さで、対面で、腰掛けて話をする事を許すと思うてか?」
「しっ、失言……でした……」
咄嗟に頭を下げる。
そうだ。その通りだ。ここは王政国家だぞ。王とは仰ぎ見るべき御方。僕らが生まれ、生きてきた村を、街を、国を治める御人。
そんな人が対等なテーブルに着いている時点で理解しろ。
これは————十傑への勧誘だ。
「すみません……私、話が見えなくて……」
「俺もです」
「わわっ私、もっ……ですぅ……」
「はっはっは。まあまあ、紅茶を淹れましたので、少し落ち着くとよろしい。アッシュ君も頭を上げなさい。しかし、敬語を使えているだけ昔の私より大人ですな! はっはっは!」
言われて上げた頭の先、アンダールさんが五人分の紅茶を出してくれていた。
まだ三十代半ば程度に見えるが、話ぶりからしてもっと歳を取っているのだろう。……敬語を使えなかったと言う話が本当かは知らないが、場の空気を和ませてくれて有り難い。
しかし紅茶に手を付ける気にはなれず、陛下の顔を窺ってしまう。
と、その時、脇腹を両側から肘で打たれる。
「こふっ」
右に座るコルハ、左に座るエレアからだ。
エレアのさらに左ではファリスさんがティーカップを面白いぐらいに揺らしながら口元に運んでいた。
……詰まっていた息が、不思議と吐き出された。いつも通りでは無いが、何処か見慣れた光景。よくよく見れば、陛下も十傑の二人も敵意は無い。
勧誘なのだから当たり前だが、少し気を張り過ぎていた……か。
折角淹れて貰ったのだから飲まねば勿体無い。
透き通ったストレートの紅茶を口に含み、鼻に抜ける香りを楽しむ。
「ふぅ。ファリスさん、紅茶美味しいね?」
「えっ! ひゃい! 美味でしゅ!」
「はっはっは。それは良う御座いました」
ティーカップを机に置いたら、両隣に感謝の会釈。
落ち着いた精神で陛下と向かい合い、視線を受け止める。
「ちゃんと子どもらしくて安心したぞ。……さて、では単刀直入に行こうか。コルハ、アッシュ、エレア、ファリス。次期十傑候補にならないか?」
「次期、十傑……?」
「そうだ。色々と疑問はあるだろうが、先ずはお前達四人を選んだ理由から話をしていくとしよう」
そこから語られたのは、僕も知らない魔法の話。
ファリスさんとエレアが選ばれた理由は同じ。どちらもが『始原魔法』に至ったからだそうだ。
「翼人の翼は風を生み出し放つと同時に風を受ける重要な器官。それが小さいと言うのは、詰まる所の欠陥でしかない……と言うのが現実だ。しかしファリス、貴様はその生まれと言う理不尽を、始原の魔法と言う理不尽にて覆したのだ」
ファリスさんの拳は固く握られていた。でもそれは反発から来るものではなく、あの時の実感をその手の内に感じているからだろう。
「次にエレア、貴様の場合はもっと単純。あの時、あの瞬間。斬る事以外の全てを放り出したな。一意専心の極み。純粋無垢なたった一つの強靭な意志で以て、ただの剣にて斬ったと言う結果を引き寄せた」
エレアもまた己が手のひらを見下ろす。
ジュリアの再現ルドラを斬り伏せたあの瞬間、そこに意識が飛んでいる。
「良いか、『始原魔法』とは、魔法の根源にして極地である。望み、思うがままの結果を手繰り寄せる、正しく魔法である。そしてそこに至った者達は必ず大成する。なぜならそこには欲望があるからだ。不撓の精神と不屈の意志があるからだ。……ファリス、エレア。我が国を背負って立つ覚悟があるか、貴様らに問おう」
「答えは急がなくてもよろしい。人生を捧げるに等しい問いなのですからな」
「まだ十傑の説明も終わっていない。暫く悩め。私も十傑になる前は大いに悩んだ。恥ずべき事ではない」
『始原魔法』について、僕はとてもお手軽で強引で無法な魔法だと思っていた。
今までに使ったのは、
フェーグさんとの模擬戦での『斬る』。
村での氾濫、ステュムの群れに対してテラホン越しの『堕ちろ』。
エレア達を王都へ送り出す時の『虹』。
ダンジョンにて魔獣未満のオーガに対して『貫く』。
魔力を大量に消費するので後先を考えない選択にはなるが、これらには確かな結果が付随している。
同時に、魔法と言うものは、思いや意志である程度の融通が効くのだと言う認識に至るきっかけにもなっている。
おそらくはそう言う事。
魔法や魔力に対しての、実感を持った拡大解釈。大成しない方が難しい程の得難い経験だ。
「では次に、コルハ。貴様はな、端的に言えばアッシュを倒したからだ。始原に至らずとも、そこな規格外を負かして見せた。しかして片鱗も垣間見えた。コルハよ、貴様がさらなる強さを求めるならば、強者犇めく十傑候補達と相見えるのも良かろうよ」
コルハはブレない。陛下と目を合わせ、悩む事無く視線をぶつけ続ける。
陛下はふっと穏やかな笑みを見せると、次に僕を見た。
「では最後にアッシュ。……最早語るべき言葉すら無い。“始原に導く者よ”。頼むからそれ以上他者の強さを引き出すな。せめて国の管理下に降った先でやって欲しい。力を持つ者よりも、力を振り撒く者の方が、為政者としては放って置けんよ。善意で国を揺るがす戦力をあちこちで育てられては敵わんのだ。理解出来るな?」
「……………………仰る通りで」
返す言葉も無かったわ。今この場で僕に道理は無い。僕こそが無法。
おいおい、いつの間に僕はそんな滅茶苦茶な人間になってしまったんだろうか?
そう言えば、サフィー母さんにも似た様な事言われてたのになぁ。ファリスさんの成長を見るのが楽し過ぎてやり過ぎたか。
なんか肩身狭いなぁ。……でもなぁ。十傑になって国全体を守りたいとは微塵も思わないんだよなぁ。
カンロ村の住人であると言う意識は強い。僕の生涯をかけてあの村は守りたい。
しかし愛国心が無い。国の全てを守るだなんて大それ過ぎている。現実味が無く、想像ですら手に余る。
と言うのに、拒否権の方が無さそうな感じ。
加えて言うなら、僕はイレギュラーで規格外。神々にとってもその扱いな以上、ダンジョンの浄化と言う形で神々に恩を売って人生の保障を得る旅に出たいのに……。
「まあ、理由としてはそんな所だ。他にも勧誘したい者は居たのだがな。突出した者と、大成が約束された者、そしてアッシュ。この四人が最優先対象と見たのだ」
陛下が紅茶で喉を潤しながら、呆れた様な視線を僕に向けてくる。
目を逸らした先ではロミネさんが胡乱気にこちらを見ており、また逸らした先では好好爺然とした表情の底で鋭い視線が僕を貫いている……気がした。
「さて。では次に、十傑と言う存在そのものについての講釈を垂れるとしようか」
脚を組み替えたフォルス陛下は、笑っていた。
まるでここからが面白いのだぞと言わんばかりに。
どうやらようやく本題っぽい。国の根幹に触れる内容を教える事で縛る……とかじゃ無いと良いんですけど……。
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