第286話 晩餐会、の始まり
タイアの四人はエレア以外がもう十五歳。エレアも六月に生まれているので程なくして成人だ。
そしてこの世界、再三思うが成長が早い。十五歳と言う年齢ではあるが、前世の感覚で言うなら十八歳くらいに大人びて見える。
そんな四人がですよ。お粧ししてすっかり大人びてしまいましてね。ええ。もう眩しい。溜め息出る。多分カル父さんが見たら泣いてる。
そんな四人に負けず劣らず綺麗なミルとラナラ。こちらは視覚的に十五歳前後と言った具合だが、十分ふつくしぃ。
ありがたやぁ、ありがたやぁ、ウィンドウさんありがたやぁ。
瞬きも忘れてガン見し、【記憶】に皆んなの姿を焼き付けていると、エレアが目の前にやってくるや否やチョップを落としてくる。
「いてっ」
「見過ぎ……恥ずかしいでしょ。あと何か言う事は無いの?」
そんなエレアの言葉に、少しだけ寂しさを覚える。
数年前だったら自分から見せに来ては意見を直接聞いて来るような天真爛漫な子だったのにね。大きくなったもんだ。
エレアのドレスは群青色。散りばめられたラメの様な装飾が星空みたいだ。
艶のある綺麗なストレートの黒髪は変わった様子は無い。手を入れる必要が無いくらい整っていたのかな?
血色を良く見せるためだろう、頬には薄らと赤みが足されており、エレアの綺麗な青色の瞳を際立てるアイラインがチークによって更に目を惹く。
何より胸元に輝くブローチが……ああ〜嬉しい。なんとなく作ったものだったけど、使い所があって良かったぁ。
兎角、【記憶】のお陰で事細かに違いを見て取れる所為で、より際立った見目麗しさを食らってこっちが照れそうになる。結論、エレかわです。
「凄く綺麗だよ、思わず見惚れた」
「……! うんっ、えへへへ……すごい嬉しいかもっ」
見ているこちらまで幸せになる様な笑顔だ。この笑顔だけは、出会ったあの日から変わらないな……。
「アッシュもすっごく格好良いよ!」
「ありがと。そう言って貰えると安心する……ほんっとに」
「そろそろ交代ですよー」
安堵の息を吐いていると、交代を促す声が聞こえる。エレアが子どもっぽく頬を膨らませてブーブー言いながら僕の前を開けると、ジュリアが目の前にやって来た。
「次は私を褒めてくださいね?」
淡い翠色のマーメイドドレスはスリムな体型のジュリアに良く似合っている。いつもは一つに纏めた長い髪を肩から垂らしているが、今日はそれを下ろして更に緩く巻いており色気がある。
エレアと同じく控えめな化粧だが、元の顔が良い所為でそれでも十分で——……。
等々をつらつらと一から十まで気付いたポイントを語る。
エレアには直球の褒め言葉が良いが、ジュリアは最近奔放になって、今もこうして褒め言葉を貰いに来る程なので言葉を重ねて褒めちぎる。
「もっ、もう良いですからぁ……やめてぇぇ……」
顔を両手で覆い隠してしまった所で勘弁してやろうじゃないか。
ジュリアを撃沈した後はジェイナ。
ジュリアの幻想的な色合いとは真逆の深い緑色の落ち着いたドレス。
髪があまり長く無いジェイナだが、耳上の髪を後ろで留めるハーフアップをしており、普段はあまり見えないエルフ耳や横顔が良く見えて少しドキッとする。
「これが大人の魅力だよぉ〜! ふふっ」
最後の微笑みが一番胸に来たよ……。
続くポーラはスレンダーなラインのワインレッドのドレス。片側にスリットが入っており上品さの中にポーラの引き締まった脚線美が見えて素敵だ。
ポーラのクリーム色の金髪と濃いめの金の瞳がまたドレスの色で良く映える。これは美女。お姉様だわ。
「アッシュが気に入ってくれたんなら、頑張った甲斐があるってもんだ」
姐さんっ……!! 一生ついて行きやす!
次はミル。露出は控えめな、白地に青の差し色が入ったドレス。半透明の生地がドレスの所々にふわりとあしらわれているからか、ミルの持つ独特な儚げな空気感が良く出ている。
その纏う空気に反して、僕を見上げるその視線はどこか挑発的だった気がするが……入学前からミルの尻には敷かれていたので違和感が無い。なんならこのギャップが癖になるまである。
「もう少し成長したら、色仕掛けも出来そうですね!」
「すみません、勘弁して下さい。今でも十分脅威的です……」
最後にラナラ。
彼女は黒い細身のドレスを見に纏っており、ラナラのクールな雰囲気と相まって妖艶さすら感じ——させそうだったが、どうもヒールに慣れないようだ。
「お手をどうぞ、レディ」
「足の裏で地面を感じ取れない違和感が凄いのよ。にしてもほんと気が利く。好きよ、そう言う所」
「僕もその真っ直ぐな所が好きだよ」
不慣れだろうが、足元が覚束無かろうが、ラナラの在り方は変わらない。見た目こそ着飾っていつも以上に魅力的だが、やはり彼女の内面にこそ魅力が詰まっていると実感させられる。
「しばらく、僕にエスコートの練習をさせてもらって良い?」
「……もう。そう言う気遣いがずるいと言われる所以な訳ね。是非お願いするわ。なんなら終始お願いしたいくらいだけど」
「だめ! だめだよラナラちゃん! アッシュは順番に回していくんだから!」
「まあそうよね……そうだ、アッシュ。貴方って分身とか分離とか、増殖とか出来ないのかしら?」
「僕を人で居させてくれないか??」
エレアに止められたまでは良いけど、思い付きで無茶振りするのは勘弁願いたい。
等身大土人形でも良ければ作るけどそうじゃないんでしょう? じゃあ無理なんだよなぁ。
「さて、そろそろ良いかい? 話は中でも出来るんだ、早い所入ってしまおうか」
「お待たせする方が畏れ多いからな。扉開けるで〜」
僕らの会話や交流が落ち着くタイミングを見計らってくれて居たのだろう、引率の団長二人が少し空気を引き締める。そして問答無用で扉を開けて行く。
リヒトさんが畏れ多いと言った。その言葉の意味するところは————。
煌びやかな光が開かれた扉から漏れ出し、僕らは連れられるがままに二人を追いかけその光りの中へと飛び込んでいく。
その光の先には、ひたすらに広大な空間。壁際に何本も立つ華美な装飾のなされた柱、天井には豪奢はシャンデリアが幾つも有りそれがこの煌びやかな空間を照らし出している。ここがどう言った場所なのかを視覚情報で分からされるかのようだ。
部屋のあちらこちらにはクロスが掛けられたテーブルと、その上には美味しそうな料理の数々が乗っている。
そして何より、だ。多くの人がそこに居た。
執事、メイド、給仕などの使用人。貴族らしき威厳を湛えた壮年の御方や、その御婦人。その子息だろうか幾分生意気な視線をぶつけてくる子どもの姿、同じ年頃だろうに全く逆の尊敬の眼差しを向けてくる子どもの姿までもがあった。
だがもっと驚くべきは、最奥。
柱も、シャンデリアも、数々の人も越えた、その奥に座すは、フォルス国王陛下その人。そしてその周囲に侍る十傑の姿が幾つか。
えっ……? 幾ら主役だからって……え? 畏れ多過ぎませんか……??
こう言った場に不慣れな僕らは文字通り呆気に取られ、ナツメさん、ローリアさん、アネットさん、その世話係としてチェルさんが堂々と動き出す。追随する様に芸術魔法部隊の面子が少し物怖じしながらも動き出し、僕らもようやくそれに続く。
暫く進んだ所で使用人の方々がやって来て、僕らにグラスを一本ずつ配っていく。
全員にグラスが行き届いたのを確認すると使用人の方々は速やかに下がって行き、そのタイミングでフォルス陛下が立ち上がった。
「ようこそ、誇るべき我らがラディアルの子らよ。お前達が今宵の主役。心行くままに食い、飲み、そして楽しんでいくと良い。未来明るき我らに! そして次代を担う彼らに! 乾杯!」
フォルス陛下がグラスを空に掲げ、注がれていた赤いワインをぐいと飲み干す。
皆がそれに続き声を挙げ、文字通りにグラスを空にして行く。
飲み干すのは毒が無い事を示す、だったかな。陛下がそうした以上は僕らも飲まねば文字通り不作法になりかねない。
僕らもそれに習って真似をしてみるも、やはり子どもの舌にはワインは早い。眉を顰めそうになるのを堪えながら飲み干す。
眉尻を盛大に下げて苦手そうな顔をするポーラのグラスを横から攫ってそちらも一飲み。
王様の開く晩餐会で提供されるワインだ、おそらくめっちゃ高級。
しかし美味しく感じられないものは美味しくない。だが飲まないのも失礼に当たる。であれば代わりに飲むしかない。
同様に苦手そうにしているエレアの分まで飲む事になって少ししんどい。
それでも、一飲み出来る様にグラスは細く小さいものだったので空にする事は出来た、が。うあぁ、酒精が鼻に抜けるぅ〜……。
アルコールを毒素と定義し、【浄化】の適用範囲内に意識して収めてみるとみるみるうちに落ち着いてきた。助かったぁ。
「さて、皆んな。陛下がああ言った以上、無理な誘いや頻繁な声掛けは無いだろう。肩の力を抜いてくれ」
「ほんで先ずは陛下に挨拶しに行こか。その後は各自自由行動ってな事で。ちゃちゃっと行こかー!」
どうやら僕らはもう少しの間、たくさんの視線の中を歩く必要がある様だ。
煌びやかでここにある全てにお金の掛かった、贅を凝らした催し物。その内に渦巻く礼儀作法や様々な思惑に既にお腹いっぱい一個手前ではあるが、晩餐会はようやく始まったばかりだ……。
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