第241話 私の心

◇ ◇ ◇ ◇



 引き付けると言って飛び出したポーラちゃんが何故か現状最高の戦果を叩き出していることは置いておく。


 ……置いておいた上で、驚きを隠せない。

 ジェイナちゃんとジュリアちゃんの攻撃でも傷付けられなかった。二人の攻撃ですら傷を負わせられないあの体を蹴り裂いたと言う事実に目を瞠る。


 でも同時に納得も出来た。それくらいに激しくて、研ぎ澄まされた魔法を纏っていたんだもん……きっと、ポーラちゃんは今この瞬間に成長したんだ。


 負けてられない、負けたくない。

 でも今私がやるべきは大きな隙に備えて必殺を用意する事。そしてそれを確実に叩き込む事なんだ。


「フェイちゃん! 頼んだよ!」

「まっかせて! ミル! 行くよぉ!」

「言われなくとも!」


 ポーラちゃんの指示通り、足を止めずに動き続けながらも観察を続けて、身体能力の高い妨害役の二人に動いてもらう。


 私は今は水を、闇を、溜めて、圧縮して、凝縮する。


 正直足を止めたい。立ち止まって目を瞑って集中したい。

 でもそんな隙だらけの私を放置するアッシュじゃないよね……なによりも、アッシュはこれを幾つも同時にやっているんだ! なら! 私に出来ない道理はないんだ!


 アッシュが作った魔法すら超えられない私を、私は認めない!


 けれど、私の覚悟とは関係無く状況は変わり続ける。

 牛魔獣は半ばまで蹴り裂かれた足を、自ら千切ってそれを私へと投げつけてきた。


 剛腕と言いう言葉では足りない程に大きな腕が、三メートル近い巨体を支える足を放り投げる……質量も速度も半端じゃない。避ける事すら難しい。

 ……でもきっと、アッシュに殺意は無い。これを対処出来ると思ってるんだ。なら対処出来るに決まってるんだよ。


「エレアちゃんっ!」

「エレア! 信じなさい!」


 うん、信じてる。私は一人じゃ無い。だから真っ直ぐに見据えて動かない。牛魔獣から目を逸らさない。


 瞬きの間に暴力が目前に迫る。

 でもそれはジェイナちゃんとジュリアちゃんが目の前に瞬時に作り上げた湾曲するスロープに乗り上げて、私の頭上を飛んでいき、後ろの木に当たってへし折っていた。


 お礼は言わない。その暇があれば魔法を作り上げる。

 それこそが守ってくれた二人へのお返しだから。


「姉さん、土魔法で拘束しますよ」

「グロック君のを参考にしよっかぁ〜!」


 当然の様に次の行動に移って行く二人を見送り、敵を見やる。


 牛魔獣は一本の足では立てないみたいだけど、二本の腕を振り回して近付けさせない。

 腕で大地を踏み締めて、残った一本の足との三点でまだ突進が出来るみたい。

 一番厄介なのはその巨体を用いた単純な攻撃。最も対処が難しい。


 でも、ポーラちゃんを最大限に警戒して居るのは分かる。風が脚へと収束していけば即座に邪魔しに入っている事からそれだけは確実。

 そしてそこに付け入る様にミルちゃんとフェイちゃんが落とし穴や上からの打撃でバランスを崩させている。


 ……私が技を放つ隙をいつでも作れると見せてくれて居る。じゃあもう逃げるのも観察も終わりだね。さっさとこの魔法を練り上げよう。



 …………これは、深くて光も届かない水の底。重たくって、苦しくって、とっても冷たい水の底。



 お母さんとお父さんが居なくなった朝に感じたもの。


 アッシュが食べられそうになった瞬間に感じたもの。


 伸ばしても届かない背中に手を伸ばす時に感じるもの。



 私の心は綺麗じゃ無い。嫉妬深くて、欲張りで、いつもアッシュを求めてて、きっとこんな風に黒くて重たい水なんだ。


 でもだからこそ、凄く使いやすい。しっくり来て馴染む。


 私の心をぎゅっとする。それを剣にすいーっと纏わせて、キュッとする。



「これは、私の心……『闇纏い・水底みなぞこ』」



 さらに身体強化を二倍、身体強化魔法も発動。


「……行くよ、皆んな」


 届かない筈の声量。でも皆んなは察してくれる。だから小さく声に出す。


 ほら。ポーラちゃんが餌として風の魔力を大きく集めた。

 そしたら意識を逸らした牛魔獣の足へとミルちゃんとフェイちゃんが衝脚を放つ。それも同時に同方向から。あの二人はなんだかんだでとっても仲良しだもんね。

 そうして倒れ込んだ牛魔獣に土の網が掛かって、あの巨体を大地に繋ぎ止めてくれた。


 タイミングもピッタリ。


 この好機は逃さない。首を差し出す様に首を垂れた牛魔獣へと一息に迫る。



「『斬首』」



 重たい剣を振り上げる。下から上へと振り抜く。

 抵抗は無かった。


 念の為に刃を切り返して上から下へと振り下ろす。

 抵抗は無かった。



 確かに斬れたと思う。けど手応えが無さ過ぎて実感が湧かないのがこの技の良く無い所。

 残心は解かず、すぐに後ろに跳んで距離を取って様子を見る。



 すると、————パンッ! と、張り詰めた糸を切る様に拍手が一つ鳴った。



「お見事。……いやほんとに。こんなにあっさりやられるとは思わなかったよ」


 アッシュのいつも通りの声が耳に届いて緊張が抜けて行く。研ぎ澄ませていた感覚が日常に戻って行く。

 あぁ、私の大好きな声だ……。


「はぁ!? あっさりな訳無ぇだろ!? こちとら限界超えたぞお前ぇ!」


 振り返った先には、木の高い所から牛魔獣を操っていたアッシュが降りて来ていて、ポーラちゃんがアッシュの胸元を掴んで前後に揺らしていた。


「でもぅおぅおぅ……良い感じぃんぃん……だったよぅぉぅ」

「……お前は……本当に……ばか……」

「なんでばか!?」


 アッシュは相変わらずだね。自分の事には無頓着。

 私はポーラちゃんの気持ち分かるよ。あれよりずっと強い奴と、私達の知らないところで戦うなって言いたいんだよ。


 でも、それは強いアッシュを縛る言葉だから言えないの。アッシュに追い付く為にアッシュを縛るのは本末転倒だから。


 だからね、結局この一言しか言えないの。


「ばかアッシュ……」

「エレアまで!? ……あー、えっと、とにかく! 取り敢えず休憩と反省会でもしよっか? 僕ももうちょっと牛魔獣の動きの調整とかアップグレードしたいしさ?」

「まだ上げるんですか……」

「これはおばかアッシュ君だねぇ〜」

「次は私も攻撃側に回ってみたいです!」

「ミルがやるなら私も攻撃してみたーい」

「フェイがやるなら私は辞めておきます」

「なんで!?」


 ……ふふ。

 皆んなでこうして文句を言ったり、笑い合えるのも、きっとアッシュのおかげだよね。


 アッシュが皆んなを幸せにしたいって思ってくれたからある光景。

 私も、この光景をアッシュと一緒に守って行きたいなぁ。


「一先ず皆んなお疲れ様! 一旦休憩ね!」

「「「「「はーい!」」」」」

「それとエレア、最後の技凄かったよ。……父さんの技じゃなくて、もうすっかりエレアの技になってた。格好良かったよ」


 むぅ。むぅぅぅぅ。


 なんでアッシュはいっつもそうやって褒めてくれるんだろ。

 どうしていつもこんなに心をぽかぽかさせてくれるんだろ。


 剣ダコかな、硬くなった手の平で頭を優しく撫でてくれる。……嬉しい。

 また優しい顔してる。……ずるい。


「アッシュって、私の心読んでる……?」

「いいや? ただ単に、エレアが喜ぶ事をたくさん知ってるだけだよ」

「……大好き」

「うん。僕もエレアが大好きだよ!」


 胸が痛い。顔が熱い。幸せで喉が詰まる。声に出来ないからアッシュに飛びついて抱きつく。


 昔は抱きつきたいから抱きついてたのになぁ。

 いつからか、こうして抱き止めて貰う様になっちゃった。


「ほら、エレア。反省会行くよー」

「後三分……」

「じゃあ持ち上げて行くよー」

「あっしゅぅぅ! いじわるぅぅぅ!」


 自然と緩む頬。アッシュの体温と匂いを感じる。……きっと全部バレてる。でも許してくれてるんだ。

 昔から私の全部を受け止めてくれた。ずっとずっとそこだけは変わらない。


 ……もう、ほんとに。好きだなぁ。



◇ ◇ ◇ ◇



 その日、この訓練は全員が牛魔獣にとどめを刺せる技を身に付けるまで続く地獄の訓練になった。

 アッシュの事を初めてちょっと嫌った日にもなった。

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