第242話 僕、皆んなの今を知る

 ダンジョンでの訓練を終えて帰り道。へばったフェイを背負いながら、へとへとになっている皆んなと街を歩く。


「全員がとどめ刺すまではやり過ぎだよぉ……」

「必要なのは分かりますが……はぁ。もう私の魔力も空です。魔力量も鍛えた筈なのですが……」


 申し訳無いとは思ってる。思ってるけど、謝れない。なぜなら謝る様なことはしていないから。それなのに誤ってしまうのは違うと思うから。

 ……それはそれとして心苦しいですけども。


「訓練始めて三ヶ月なのにな〜……女の子なのにな〜……足痛いよ〜」


 背中から聞こえてくる嘆きには素直に申し訳無い!


「フェイはね、そうだね……ごめんね? でもやり切ったよね? 僕は正直、末恐ろしいと思ったよ?」

「ミルから武術学んで無かったら無理だったよ。あとポーラちゃんから無属性の併用も。そもそもアッシュくんからの魔力操作とかも……頭パンクしそうだったけど、やってみればやれるもんなんだねぇ…………」


 やってみてやれるのはある意味天才のそれだ。 


 でも実際は違う。

 

 フェイは当たり前の様に努力をする。

 そして、いつ何時でも弱音を吐く。「むりだー」「いやだー」と言いながらも決して辞めずに、出来るまでやり続ける。


 結果だけを見れば天才的だが、汗と涙と泣き言の積み重ねが今のフェイを作っている。


 そんなフェイが放った蹴りは、身体強化+身体強化魔法+衝脚+無魔法の『増幅』+【脚力強化】+兎獣人の脚で成された怖いやつ。

 僕の作ったミノタウロスの首を——五倍圧縮土魔法の塊を砕き折ったのだからほんとに怖い。


「だってさ、ミル、ポーラ。二人のお陰だって」

「まあ、あれだけ教えたのですから? あれぐらい出来てくれないと? 困りますけど? ……凄いとは思いますが」

「ミルはフェイにだけは素直じゃねーな? ともかく、私も誇らしいわ!」

「僕が教えた魔法を使ってくれないのは気になるけど、本当に頑張ったね、フェイ」

「……褒められた? あたし褒められたんだよね? 三人のうち二人が素直じゃ無いから分かんないよ!?」


 フェイのもっともな言葉に笑いが漏れる。

 すっかり弄られキャラが板について、僕らの中に馴染み切っている。


 へばっていたとは思えないテンションだけど、今も手足は脱力状態。しっかりスタミナは切れており、力の入らない身体を僕に預けてくれている。……地味にその事実が嬉しい。


 ああ……こうして賑やかに帰る道は、いつかの畦道を思い出す。

 この穏やかな時間が僕は大好きだ。皆んなを守る為なら、魔王にだってなれるね。



 そうして七人でフェイの家に向かって歩いていると、ゲスな顔をしてこちらを見てくる奴らが僕らの前に立ちはだかろうとしていた。

 その時、彼らから魔力的な不快感を覚えた。それは王都に初めて来た時の感覚を微弱にしたようなもの。お昼時のチンピラとも似てるか。


 おそらく魔力の澱み。

 きっと魔力隠蔽の為に広げていた僕の魔力範囲に奴らが入ったんだろう。そして悪意から来る魔力の澱みを漏らしている、と。



「なァ、嬢ちゃん達ィ。俺らとちょっとあそヴォッ……!?」


 視線が不快。僕の前で皆んなを誘うのも不快。

 時刻にするなら今は十五時くらい。冬なのですっかり空は橙色だが昼に近い時間帯だ。そんな時間にナンパとかゲス以外の何でも無い。


 なので先んじて奴らの股間に石の礫を叩き込んでおいた。潰れてたら悪いけど……別に良いか。敵に容赦は必要無い。


 揃いも揃って内股になって頽れたチンピラ達を横目に僕らは歩いていく。


「今の迅速な対応って誰ぇ〜?」

「僕だよ」

「おやおや。もしかして嫉妬ですか? 」

「嫉妬……と言うよりは独占欲かな。皆んなを誰かに渡すつもり無いからさ、少なくとも僕の目が届く範囲なら僕が守るよ」


 ジェイナとジュリアの揶揄い混じりの視線に正面から大真面目に答える。

 なんせ、悪意を感じられる様になってしまったんだ。他人事では居られないよ。


「わぁ……きゅんってしたぁ」

「……ですね。正直嬉しいです……はい」

「あたしも守られたいなー……なんちゃって!」

「フェイの事も守るよ」

「……えっ、それって……」

「はいはい、早いところ帰ろ! なんか治安悪いし!」


 悪意の感知……きっと僕の周りにはそう言う人が少なかったからこそ、これまでは気付かなかったし、憶えられなかったんだろうな。

 僕は人に恵まれている……。


 フェイの腕が弱々しく、けれど力強く抱きしめてくるのを感じながら、僕らは歩みを進めるのだった。




 それから少ししてフェイを家まで送り届けたその帰り際、フェイと少しだけ二人きりにさせてもらった。


 フェイの努力は認めざるを得ない。想い一つでここまで強くなったフェイを受け止めない訳にはいかない。


 何より、それ程までの気持ちを向けられて、僕が平気な訳ないんだよ。

 女性としても魅力的で、人としても好きな部類で、一途で、一生懸命で……僕がほったらかす間に誰かに取られてしまったら一生後悔する自信がある。


 だから、言っておかなくちゃ。

 ムードも何も無くて悪いけど、ベッドで横になるしか出来ない疲労度の時に言われたく無いだろうけど、言っておかなくちゃ。


「ねえフェイ、今度は僕から言うよ。僕はフェイが好きだ。僕といつか結婚して欲しい」


 小悪党が増えたから余計に思ったのかもしれない。

 焦りを覚えたのかもしれない。


 でも、やっぱりこれは紛れもない本心だから。


 僕の告白に目をゆっくりと見開いて驚いた様子のフェイは、何度も兎耳を揺らした。

 そして手で口元を覆ったかと思うと、晴れやかに笑った。


「…………あはは! 今すぐしよ!」


 目尻に涙を浮かべるフェイの背中に手を添えて起こし、優しく抱き締める。


「それはもちょっと後でね。僕、まだまだがきんちょなもんで」

「しょうがないなぁ……。じゃあもう少しだけ待ったげる!」

「どうもありがとうね?」

「ふふん。お詫びのキッスをしてくれても良いよぉ?」


 それぐらいならお安い御用だ。


 冗談混じりで言ったのだろうフェイの唇を塞いでしまう。


「ふぇっ」

「それじゃあお詫びも済んだ事だし、門限もあるからそろそろ帰るね?」

「えっ、あぁ……えぇ!?」

「またね、フェイ! キッスついでに回復魔法も掛けといたから〜」

「ちょちょちょ、ちょっと〜〜!?」



 照れ隠しで早々に退出した僕を出迎えたのは、にやけた顔が三つ。仕方無さそうな顔が一つ。そして優しい笑顔が一つ。


「ポーラ、後悔はもうしなくて良いよ。僕は今が幸せで、今に満足してるからさ」

「うん……」


 橙と青がグラデーションを描き始めた空の下、僕らは帰りを急いだのだった。



 夜、自室にて影魔法で部屋に影のハンモックを作って、それに揺られながら今日を振り返る。


 ポーラの風と脚の合わせ技テンペスト。

 エレアの闇と水を合わせた水底。

 ミルの【粉砕】と衝拳を合わせた破砕拳。

 ジェイナの圧縮三倍土魔法と二倍の身体強化を合わせたスタンプ系の超重量技。

 ジュリアの風刃をさらに密度を上げて、ダメ押しに無魔法で『増幅』させた嵐刃らんじん

 そしてフェイのパワーゴリ押しキックね。


「全員破壊力だけなら十分。連携に関しては僕から見たら異次元の上手さ。むしろなんであそこまで息が合うんだか……。総評、ちゃんと強い」


 僕が強さを測れる立場にあるかは今は置いといて、十分過ぎる戦闘能力だ。

 全員が主軸になれて、全員がサポートに回れる。


 でもあの六人の核は二人。ポーラとフェイだ。


 司令塔であるポーラは視野が広く判断も早い。要求を端的に言語化するのも素早かった。

 フェイはそれを言われるよりも先に察している。そして距離があっても自慢の耳でしっかり聞き取っている。なので戦闘における要に成り得る。


 エレアは攻撃特化。ジュリアもかなり攻撃寄りだけど後衛なので補助に動くことが多い。

 ジェイナは広範囲打撃と重量攻撃、そして防御能力の高さが見えた。


 ミルは今回は妨害や補助に回っていたけど、彼女の持つ【粉砕】スキル、正直舐めてた。一番破壊的なスキルだった。

 衝拳で内部に衝撃を浸透させたかと思ったら、内から魔法を粉々に壊されて修復出来なくされてしまった。


 命を奪う事を忌避していた彼女が持つのはなんの皮肉か、最も命を奪いやすいスキルと言えるだろう。


「スキルの可能性は無限大だな。呆れる程に」


◇貴方が言いますか? 自らに限らず他者のその可能性すら引き出している貴方が◇


「それは過大評価だよ。彼女達にはあれが出来るだけの下地があっただけ。そしてそれを放つに足る相手が居なかっただけ」


◇魔法一つでその可能性を引き出せてしまう事の凄さを自覚して下さい。アッシュはちゃんと凄いのです◇


「……。あんがとね。ウィンドウさん」


 この感謝もトゥルシス神像に改めて捧げてっと。


 寝る前に、レイリーから貰った蓄魔結晶に僕の残りの魔力を全て込めておく。

 

 この結晶は使用者を限定しているからか、使用者の魔力保持量と同等の魔力を蓄積出来る。

 そして、僕の三倍圧縮した魔力貯蔵量をそのまま反映してくれているので、今の僕の魔力量は本来の六倍。


 ……その六倍の魔力の半分を数時間で使い切っちゃったんだけどさ。魔力使いの荒さだけはどうにもならんね。


 魔力を空にした事で影魔法が解かれ、気怠さを覚える。でもこれが寝る時には丁度良いんだ。


「おやすみ、ウィンドウさん。……一応レイリーも」



◇ ◇ ◇ ◇



「一応って必要でした?」

「アッシュは照れ屋さんなので」


 ぷりぷりと可愛らしく不満を垂れる白き神。

 その神を宥める灰色の神。


 二柱の神は、最近のお気に入りを眺めて呟く。


「……まあ良いでしょう。にしても、進みましたね。浄化」

「百階層までの時間の程は?」

「十五年……と言った所です。ですが、最深階層が変わる訳ではありません」

「九十階層までの到達は最低条件ですか……」


 ダンジョンはその構造上、生物が居る階層を閉じる事は無い。


 つまり、階層を減らすと言うのは——過去の勇者が成した事は、紛れもない“偉業”。


「時間は掛かるでしょうね。何百年と言う人類の業を今の所一人で背負おうとしているのですから」

「……止めないのですか。お気に入りなのでしょう?」


 そこで白き神は表情を変える。

 冷ややかな眼差し、傲慢で傲岸な、お気に入りが思う神の様に無差別で公平な神の顔へと。


わたくしは見守るだけ。……強いて言うなら、気ままに手を貸し、気ままに試練を課し、気ままに褒美を下賜するのみです」

「アッシュの思う神らしい神、ですね……」


 望まれる様にある。それもまた神の在り方。レイリーとしてでは無く、光の神レインリースとしての振る舞い。


 神は救わない。神は手を差し伸べない。そう望まれるからそう在る。


 人は常に絶望を内包しながら希望を抱いて生きている。

 自らの力で困難を乗り越える事に価値を見出すから、手を貸せないのだ。


「寂しいですね……故にこそ、アッシュの温もりは恋しいです」

「それは駄目です。お姉様と言えど許しませんよ」

「ふっふーん! 力ある神の特権ですー! トゥーちゃんは大人しく見ていなさーい!」

「もう怒りましたっ」


 そんな神々のありのままの姿は、こんなにも平凡だと言うのに。

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