第47話 僕、目覚めさせてしまう
朝、エレアお姉ちゃんに抱きしめられながらずっと記憶を振り返り続けていた僕は背中に垂れる液体に気付く。
流石に血まで垂らしていては起きたエレアお姉ちゃんが罪悪感を覚えてしまう。なので少しだけ腕の拘束を緩めようと身じろいだところで、エレアお姉ちゃんの目が覚めてしまう。
「あっしゅ……? あれ、わたし……おはよ、アッシュ」
そう言って微笑みながら抱きしめていた腕を解いて体を起こすが、指先についた血にいち早く気づいてしまった。
「血? なんで……あ、アッシュ背中見せてっ」
血の気の引いたような顔で僕の服を勢いよくひん剥いて背中を確認したエレアお姉ちゃんがようやく動きを止めた。
指先についた血に気付いてから僕の背中を見るまでが凄まじい速度で行われた結果、僕はその間一言も発することが出来なかった。
せめて、少しだけでもフォローしておこうと思う。
「たまたま爪が立ってたのかもね~。僕もさっき起きた所だから痛みも分かんなかったし、大丈夫じゃない? 放っておけば治るよ」
「だめだよっ、治そ? お母さん起こして治してもらおう? ……ごめん。ごめんね、アッシュ」
「お姉ちゃん。一応僕も回復魔法使えるし、ほんとに大丈夫だよ。今も大して痛くないし、気にしないで! 目も覚めちゃったし、顔洗いにいこ?」
俯いて落ち込んでいるエレアお姉ちゃんの手を引いて連れていく。
怪我させてしまった負い目からか、やけにしおらしくされるがままと言った風だ。
ちなみに、止血程度には回復魔法を使っておいたし、血の付いた寝間着も【浄化】で綺麗にしたので、手を引かれて後ろからついて来ているエレアお姉ちゃんに怪我の痕跡は見えないはずだ。
「はい、お水。顔洗ってさっぱりして? その後、ここで髪梳くから座ってね~」
そう声をかけながら土魔法で背もたれのない椅子をつくる。お尻に砂が付かないように石の椅子だ。土から石に材質を変える分にはあまり魔力は消費しないようだ。大理石みたいな複雑な石は燃費が悪いらしい。
そんな考察をしながら僕も顔を洗って、口内を【浄化】して歯磨きをスキップする。
この世界の歯ブラシは意外と近代的な作りをしているのだが、動物の毛をブラシに使っているからか歯磨きが下手なのか、歯ぐきからよく血を出して痛かったので【浄化】で衛生を保っている。【浄化】様様だね。
エレアお姉ちゃんが用意した椅子に座ったので、指で髪を解してから髪の内側を櫛で梳いていく。
綺麗に伸びた黒くて長い髪を梳かすのは大変だが、今日は気を紛らわせる為にもいつもより丁寧にゆっくりと行おうと思う。
具体的には、まず【浄化】を髪に当てながら梳かし、次は微弱な回復魔法を当てながらまた梳かす。これを行うと、髪を綺麗にしながらダメージの補修も出来るのでキューティクルがキュートになるんです。
内側が終われば次は外側にも同じ手順を繰り返す。
気持ちいいのかエレアお姉ちゃんは時々吐息を漏らしながら大人しくしている。
……沈黙が嫌にならない。むしろ心地良い。最近、僕はこの時間がとても好きだ。朝の澄んだ空気に身が引き締まり、暖かい日差しが温もりをくれる。そんな時間をエレアお姉ちゃんと共有出来ていることも含めてこの時間が好きだ。
「痒いところとかない? もう少しやってほしいところとか」
「ううん、無いよ。ありがとね」
「じゃあ次はこれね」
僕はおもむろにエレアお姉ちゃんの両目を後ろから覆う。そのまままた微弱な回復魔法を目に当てる。
「うわぁ! 急に何!?」
「泣いてたの気付いてないと思った? 腫れぼったい目も治してあげようと思って」
「む~~……ありがと。じゃあアッシュもこれで背中ちゃんと治してね」
「……うん。後で治しとく」
「今嘘ついた。お姉ちゃん分かるんだから。ちゃんと治して」
「はいはい」
「絶対治さないじゃん!?」
「動かないでね~」
なんでちゃんと治してない事に気付けるんだ? なんでその後の嘘もわかるんだよ。ちょっと怖いよ……
まっ、なんと言われようと自然治癒以外で治すつもりは無いけどね。この傷は大切な傷だから。忘れちゃいけない痛みだから。残しておきたいんだ。……今もずっと苦しんでるエレアお姉ちゃんの心の叫びだから。
【記憶】スキルは肉体的な痛みは感じられないからね。諦めてくれ、エレアお姉ちゃん!
目を癒し終わったら、次はちょっとしたお試しサービスをさせてもらおうと思う。
「今からまた髪触るけど、ちょっとあぶないから大人しくしててね?」
「えーなにするの? 折角すっごく綺麗なのにー」
「ヘアアレンジっていうのかな、いっつも真っ直ぐ髪降ろしてるでしょ? 少しふわっとさせてみようかと思って」
「どうやってー?」
「髪をちょっと温めるんだ、その時にやけどしないようにじっとしててってだけだよ」
髪を梳かす時と同じ要領で内側の髪から一房とり、左手の指の周りに魔力を纏わせ火魔法で温度だけ上げる。百五十~百六十度だったかな。右手の指先で掴んだ一房の毛先を内側に巻いて、少し上を外側に巻いてを繰り返して波打たせてみる。
「こんな感じになるんだけど、どう?」
「なにこれすごい……」
「これをやっていって、最後に軽く解すと、ゆるふわ~ってなるんだよ」
「どうして、そんなにしてくれるの?」
「なんとなく。僕がそうしたいって思ったから。それだけだよ」
「そっか…………ねっ、アッシュはどうしたら良いと思う?」
僕は指アイロンを髪に当てながら、質問に答える。
「僕は……無責任だけど、エレアお姉ちゃんの好きにしたら良いと思う」
「どうして?」
「簡単だよ。自分の思うままに選んだ選択には、きっと後悔しないから。後悔したとしても前には進めるだろうから」
「…………」
「望みが叶っても、一生叶わなくても、僕らは姉弟で家族だ。それだけは変わらないよ」
「うん」
そんなこんなでそこそこウェーブが出来た。自分の髪で練習しておいた甲斐があったと言うものだ。
熱を持った髪が冷めるのを待って櫛や指で軽く解していく。
うん、えらいこっちゃ。十人とすれ違ったら十二、三人は振り返りそう。次やるときは指に巻いてロールさせてみようかな?
エレア爆弾を投下するために前世のファッション雑誌を漁っておこう。
自分の髪を触って、見て、気に入ったのか、軽く持ち上げて顔に寄せながら「わたし、綺麗?」と尋ねてくるエレアお姉ちゃんに、「すごく綺麗だよ」と返す。
どこの都市伝説の人だ。マスクはしていないので口が裂けたりはしないだろう。
さっきまでのしんみりとした空気はどこへやら、にやけた口元を隠すようにしながらも僕の髪を梳くのは忘れていないらしい。
大人しくされるがままになりながら、エレアお姉ちゃんが今後どんな道を選ぼうと受け止める覚悟を決めておく。
割と真面目な話、神様が力を貸してくれるこの世界で近親婚が出来ないと言う事は無いと思う。安産とか子宝とか、加護が貰えたらではあるだろうけど。
そして一番重要なのが、僕がエレアお姉ちゃんを異性として見れるかどうか。これは正直分からない。『俺』と『僕』で若干見方は変わるし、年齢的に今は性欲も無いので余計に判断がつかない。
だからこそ、傷付ける覚悟を決めたし、もし数多の条件をクリアしてきた時には責任を取る覚悟も今からしておくんだ。
はぁ。少なくともこの村は基本子どもは大歓迎だし、ハーレム家族も見たことがある。性に関してそこそこおおらかそうなのが、僕の倫理観に影響を与えて緩ませているんだろうな。
それに、男ならハーレムや酒池肉林に憧れない筈もなく……
何にせよ、どんな結末だろうと僕も後悔しないように生きるだけだ。
数年後にはエレアお姉ちゃんは学園に行くし、そこで運命と出会うかもだし、後は成り行きに任せて行こう!
◇アッシュは現状でもかなり優秀な類です◇
ん? それはどういう意味?
◇優秀な雄が種をばら撒き優秀な次代をつくるのはおかしなことでは無いです◇
そもそも、僕に女性が寄ってくるかもわかんないし、そこも成り行きってことで。
ねぇ、安産や子宝に類する加護があるか聞いても良い??
◇あります。過去には親子の例もあるようです◇
うぅん業が深い。いや、ここでは業ですらないのかな?
どっちにしても……実例だされると逃げ道なくなって胃が痛いかも。
◇覚悟を決めたのでは◇
人間の覚悟は簡単に揺らいでしまうから都度決めるんだよ……
ウィンドウさんとの雑談のおかげか肩の力が程よく抜けた気がする。ありがとね。
同時に、髪の手入れも終わったようだ。いつもの通り僕の頭を抱き寄せたエレアお姉ちゃんは僕の頭の匂いを嗅ぐのだろう。最早ルーティーンだよ。
「大好きだよ、アッシュ」
頭を後ろに倒されて、真上を向いた僕の視界一杯に幸せそうなエレアお姉ちゃんが映った。
緩く波打つ髪が顔に掛かってこそばゆい。
その態勢のまま笑顔を弾けさせた後、唇を合わせるだけのバードキスを素早く行い、照れ笑いしながら家に戻っていった。
どうやらサフィー母さんに髪を自慢しに行ったようだ。
……心臓が痛い。破壊力がすごい。あれが、本気になった女の子なのか?
ウィンドウさん……もうちょっと雑談に付き合ってもらえないかな?
◇エレアの方が覚悟が決まっていますね◇
ぐうの音も出ないや。それはそうと話し換えない? 神像をつくるにあたって、ウィンドウさんの本体とか見せてほしいなーなんて。
◇浮気は感心しません◇
……えっ? ウィンドウさんって女神?
◇内緒です◇
女難の相でも出てるのかなぁ。
この後はフェーグさんに鍛えてもらう予定なのに身が入る気がしないんだけどーー!
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