第46話 僕、お姉ちゃんを想う
教会でウィンドウさん神像を回収し、霊獣の像を撤去し新たな色付き霊獣像をプレゼントして、魔力が枯渇寸前の状態で帰った僕は事情を説明してから昼食を頂いた。
サフィー母さんのご飯は今日も美味しい。そしてそれを口に出して伝えることも忘れない。
普段から言っておかないとカル父さんがご飯をつくってくれた時に不用意に褒められないからね……
「みんなは朝は何してたの?」
「フェーグさんの所に行ってエレアも一緒に鍛錬をする許可を貰いに行ってきたよ」
「あそこの訓練場は広くて草も生えていなくて良いわよね~」
「私もアッシュと一緒に強くなる!」
「うん、一緒にがんばろ!」
どうやら参加は認められたようで、エレアお姉ちゃんのやる気がすでに高まっている。
だが残念ながら今日は魔法の練習の日。
明日からフェーグさんの所で鍛錬が始まるが、恐らく肉体を使った稽古が多いだろうと言う事で、家では出来るだけ魔法の訓練をしようと言う事になったのだ。
なんと珍しいことにカル父さんも今日からは魔法の訓練に顔を出すようにするらしい。
きっと、最近の稽古で僕の教えた身体強化法でエレアお姉ちゃんに不意を突かれて一本取られた事を引きずっているんだろうなあ。負けず嫌いなところも良く似てるね。
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食事を終えた僕らは家族みんなで庭に出る。
魔法の訓練にカル父さんが居るのが不思議と言うか新鮮で、どこか浮ついた空気が漂っている気がする。
サフィー母さんはやたら得意げな顔でカル父さんに向かって話しかけている。
僕の隣でそんな二人を見ていたエレアお姉ちゃんが僕に声をかけてくる。
「お母さん、お父さんと一緒に訓練出来て嬉しそうだね」
「そうだね。父さんが魔法に興味を持ってくれたのが嬉しいのかな?」
「幸せそうだね……私、魔法撃ってくるねー!」
「あっ、うん」
勢いよく駆けていくエレアお姉ちゃんが一瞬寂しそうな顔していた。
まあ、そうだよね……簡単に割り切れるものではない、か。
僕とエレアお姉ちゃんの関係性は今のところ変わりない。家族として、姉弟としてやれていると思う。……少なくとも僕が見てる範囲ではいつも通りのブラコンお姉ちゃんだ。
でも時折、ああやって寂しそうな顔をすることが増えた。
勉強会で美人なエレアお姉ちゃんが憂いた顔をした日には、初心な少年たちには刺激が強いのか心ここにあらずと言った風になってしまうので、最近は一番後ろの席に座らされている。
エレアお姉ちゃんを望む者は多いのだが、エレアお姉ちゃんが望む者はどうやら未だ変わることは無いようで……
……当事者たる僕に出来ることは無いし、時間が解決してくれる事を祈るばかりだ。
神妙な顔でウンウン悩んでいるところにカル父さんからお呼びがかかる。
どうやら、エレアお姉ちゃんの使った身体強化を詳しく知りたいようで、サフィー母さんがそっぽ向いてぶすくれていた。
綺麗な人が変顔をしても可愛いくしかならないらしい。
僕の顔もそんなに悪くない筈なんだが、何故か僕の場合は僕が笑うだけで笑いを巻き起こす。理不尽だ。
「お母さんとエレアとジェイナちゃんに教えたって言うアッシュ流の身体強化を、お父さんにも教えてもらえないだろうか――」
「――もちろんいいよー」
「畑仕事一週間しなくていい……から……良いのかい!?」
「畑仕事一週間しなくっていいの!! いやったー!! 男に二言は無いんだからね、父さん!」
「あぁ、うん。それくらいで良ければ……サフィー、技術や情報の大切さは教えたんだよね??」
「もちろん教えたわ。その上で構わないと言ってるんでしょうね」
「その上で構わないと言ったんだよー! 父さんが強くなって悪いことなんてないし、ていうか村の人ならみんな知ってた方が良いと思うくらいだよ!」
「それは流石に……でも、そうか、ありがとうねアッシュ」
身体強化のやり方を教えるだけで村の防衛力はあがるし、いざと言う時の生存率も上がるし、魔力の操作技術も必要だから魔法も上達すると思うし、良いことづくめだよね。
なにより、畑仕事を一週間もさぼれるなんて最高だよ!
本来自分が働いている時間に働かなくて良いと言う事が、一体どれほど背徳的なのかを僕は知っている。
また大樹の根元で怠惰を謳歌しに行こう。そうしよう。
僕は口頭で皮膚と筋肉と骨に魔力を通す事を説明する。その際全ての魔力をさっき言った三つに回すのではなく、ある程度は全身を全体的に強化しておくことをお勧めする。
特に目と血管や神経は大事だ。動体視力や反射神経は必要だし、筋肉で血管や神経を圧迫する訳にもいかないしね。
それを聞いたカル父さんは口元を引きつらせながら苦笑いをしていた。
どうやらカル父さんは精密な魔力操作はあまり得意ではないようだ。エレアお姉ちゃんは教えたその日に短時間とは言え使っていたのだが、どうやらサフィー母さんも未だに満足には使えていないようで……僕は【記憶】スキルの恩恵で魔力の動かし方を体で覚えてしまったけど、じゃあ一体エレアお姉ちゃんのあの圧倒的な成長スピードは何なんだろう。
スキル確認の儀は来月の頭に行われるみたいだし、その時に謎が解けるといいんだけど。
カル父さんは眉間に皺を寄せながら魔力操作の訓練を始め、サフィー母さんはエレアお姉ちゃんに動きながら魔法を使う訓練をさせているようだ。実践に重きを置いた内容だ。
動きながらの魔法はその実、とてつもなく難しい。
魔法を維持し続ける事も意識を常に魔法に割く必要があるから難しいのだが、自分も動くとなると自分の魔法を維持できる距離に魔法も共に動かさねばならないし、周囲に気を配りながら魔法の維持にも意識を割くとなるとどうしても魔法の構成が甘くなり攻撃に用いたとしても碌な魔法にならない。
だからこそ僕は、出来る限り魔力を動かしたり、常に小規模な魔法を使い続けたりしている。そよ風を吹かせ続けたり、水をいくつもくるくる回していたり、意味なく光り輝いてみたりね。
【記憶】スキルは魔法の使い方なんかは馴染ませてくれたが、体や頭の使い方にはあまり融通が利かない。複数の事に同時に頭を使っている状態を身体に記憶させても、不完全に使っている状態を記憶したものだからどうしたって不安定。
自分の体や頭を理想的に使って【記憶】出来ないと意味が無いのだ。
なので、人が当たり前のように歩いて走って跳ねるように、魔法を使う状態を当たり前にするのが今の僕の課題だ。
ある程度は出来る様になってるけど、戦いながらとなるとまた勝手が違うんだろうな~先は長いや。
それはともかく、カル父さんの魔力操作が甘い!! 気になって魔法の練習出来ないんだけど?
僕らが悪戯で目の前に水球を出した時とかすごい滑らかに魔力を動かして木刀に纏わせて切っているのに、今のカル父さんには見る影もない。もしかしてカル父さんって実は感覚派タイプ!?
今日の魔法の訓練はサフィー母さんと僕が教える側に回って、頻りに「あまい!」と言う言葉があっちこっちで飛び交ったのだった。
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訓練を終え、えらく疲弊した様子のカル父さんとエレアお姉ちゃんを休憩させて、僕とサフィー母さんで夕食の用意をして、いつもより少し大人しい食事を終えた。
ウィンドウさんに今日も一日楽しかったよと感謝を伝えてから寝床に入る。
ベッドは四つあるのだが、普段は三つしか使われない。
大抵の場合、エレアお姉ちゃんが僕のベッドに入り込んでくるからだ。
今日もベッドは三つしか使われなかったが、僕のベッドの中でエレアお姉ちゃんは僕に背を向けて寝た。生まれて初めてのことだった。
その夜はいつもより肌寒かった。
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翌朝、圧迫感に目が覚める。
重たい目蓋をうっすら開くと、膨らみ始めた胸が目に入る。どうやらエレアお姉ちゃんに抱きしめられているようだ。
僕を抱きしめるエレアお姉ちゃんの爪が背中に食い込んでいるのか少し痛い。
「あっしゅぅ……」
僕の名前を寝言で呼ぶのは珍しくないのだが、今日の寝言は少し感じが違った。
ふと顔を見上げてみると、エレアお姉ちゃんの目元に涙が浮かんでいるのが見えた。
溜まった涙は重力に引かれて、鼻筋を横切り、反対の目の涙を引き連れて枕を濡らしていく。
僕は、エレアお姉ちゃんが起きるその時まで、大人しく抱きしめられていることにした。
背中に感じる痛みが僕の心を軽くしてくれていた。
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