第48話 僕、お邪魔します/私、決めた

 中々訓練場にいけなくて今回ちょっと長いです。

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 乙女のパワーに打ちのめされた僕は、ウィンドウさんに付き合ってもらいながら心を落ち着けようと図るが、まさかのウィンドウさん女神疑惑に困惑の極みへと陥る。


 そして困ったまま食事に向かう。

 食事中のエレアお姉ちゃんはいつにも増してご機嫌で、カル父さんはそれを微笑ましく見守っているし、サフィー母さんは指で髪を弄りながら僕にチラチラと目線を寄越していた。


 チラチラしすぎてスープを掬った匙の中身が途中で全部こぼれて空のまま口に入れている。


 ファッションセンスは文化や時代的に美醜感覚が移ろいで行くのでお試しだったのだが、どうやら受けは良いらしい。

 寝癖だなんだと言われた時には、これまた回復魔法をかけながら櫛を通せば問題なく元の髪質に戻せたので問題は無い。


「母さんの髪は軽い癖毛だから普段のエレアお姉ちゃんみたいな真っ直ぐなのとか雰囲気変わっていいかもね?」

「アッシュ、不用意に女の子に親切にしてはダメよ! 女たらしになっちゃうわよ!」

「……女の子?」


 僕が不用意にそう呟いた瞬間、部屋が凍りついた。


 母さんの顔が微動だにしない。それなのに視線だけは僕の目から離れない。

 さらにはどんどん身体が重くなっていって……


 向かいの席に座っている、エレアお姉ちゃんとカル父さんは歯をガタガタ言わせながら震えている。

 さっきまでの陽だまりのような笑顔は消え氷河期に入ってしまったらしい。


「かっかか母さんは…女の子じゃなくて! 立派なレディーでっでででしょ? 大人の女性に女の子なんて言ったら失礼かななななって」

「……なあーんだ! そうだったの! てっきりお母さんの事を…うっふふ。 アッシュに髪のお手入れしてもらうの楽しみだわ〜!」


 向かいの席からは、魔王を見るような恐れる視線と、その魔王を撃ち果たさんとする勇者を見るような憧憬の視線が飛んでくる。


 そのどちらにもなりたくは無いが、今だけは自分を叱りそして褒め称えたい。



 一触即発の食事を終えた僕らは日課の畑仕事や家事を済ませて、フェーグさんの待つ訓練場へと向かう。


 のだが、両親は僕に先に向かっていろと言う。


 流石に気付かないはずがないよね。


 どうやら二人はエレアお姉ちゃんの心境の変化をつぶさに感じ取っていたらしい。

 僕はすぐにエレアお姉ちゃんに目線を向けるが、男前なほどに躊躇う事なく頷いてくる。カッコいい。


 それを受けて、僕は安心して先に家を出る。


 おそらく両親も止めるために話したい訳では無いだろうしね。


 僕はコルハに案内された時の事を思い出しながら道を駆けていく。

 天気も良くて、涼しい風が吹く、そんな村の中を両手を後ろに流して前傾姿勢のまま駆けていく。気分はさながらラーメンの具の忍者だ。


 道すがら、今日も元気だなー! よっお馬鹿がしら! なんて声に応えつつ駆け抜けて行くのだった。



◇ ◇ ◇ ◇



 アッシュが元気よく家を駆けだした後、お父さんとお母さんが私にも座るように言ってくれる。

 私はすぐに座って二人からの質問に身構える。


 今はもう何にも怖くない。アッシュに沢山勇気をもらったおかげだ。


「エレア、あなたは本気なのね? 周囲の人はきっと色んなことを言って来るわよ? それでも良いのね?」

「うん! 決めたの。私はアッシュが良い。アッシュじゃなきゃ嫌。その結果、誰とも結婚できなくても良いの。私がどうなろうと『僕たちは家族だから』って言って貰えたから」

「自分で背中を押したのか……少し意外だなあ」

「意外なんかじゃないよ。アッシュはね、とっても優しいから……私のことを思って私を止めて、私を想って私を励ましてくれたんだよ……そう言う人だから好きなんだよ!」


 二人は顔を見合わせると肩を竦めた後、大きく息を吐いてから真剣な顔で見つめてくる。


 お母さんとお父さんの気持ちも全てを受け止める、それぐらいの覚悟はもうしたんだ。

 仮に今全てを失っても、私の気持ちはきっと変わらない。変えられないんだ。だって――



 最初は可愛くて大切なだけだった。反応がかわいくて、喜んでくれるのが嬉しくて……。

 でも何時からか、アッシュが私に構ってくれるようになっていて、私もそれが嬉しかった。嬉しくて、楽しくてずっと一緒に居たくて、気付いたら好きになってた。


 私が甘えに行くと少し困った様に笑いながらいつもそばに居てくれた。その顔が好き。

 手を繋ぎながら走った時、私がこけそうになったらすごく真剣な顔で助けてくれて、そのあと笑いかけてくれた。その優しさが好き。

 木剣を振る時、いつもの優し気な顔を変えて眉間に皺を寄せて、泥と汗にまみれて頑張るところも好き。

 魔法の訓練の時にはよく自分の世界に入っちゃって夢中になってるところが好き。

 時々、悪戯するところも好き。

 悪戯が失敗して顔をこわばらせてるとこも好き。

 私が疲れた時やへこんだ時に慰めてくれる優しい声が好き。

 ……髪を梳かし合う時間が大好き。

 口だけで笑う変な顔だけはおもしろい。


 そんなアッシュと一緒に居るといつも楽しい。

 胸が何度もいっぱいになってその度に好きって言いたくなっちゃう。


 でも今朝の大好きだけは違うんだよ、アッシュ。

 いっぱいになって溢れた好きじゃないんだよ?

 あれは私の想いの全部が詰まった大好きなの。

 私の全部を貰ってくださいの大好きなんだよ? 伝わってるかな? 伝わってるといいな……



 ――だって、この気持ちはもう誰にも止められないから。

 お母さんにもお父さんにも、アッシュにも! そして私にも!!


 止め方なんて知らなくて良い、もっともっと強く!速く!前に進むんだ!


「エレア今から教会に行って話を聞きに行こう。昔、加護を貰って血縁者が結婚した話を聞いたことがある。村長さんなら何か知っているかもしれない」

「生命の源たる大地と海を司る二柱の神のことも聞いてみましょう。愛に障害は付き物だものね、エレア? 本気なんでしょ? 諦めるなんてお母さんが許さないからね」

「アッシュがもらった様な加護がいるなら倒してでも貰ってみせるよ!」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 祈りと共に想いを伝える事をお勧めします

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「神様まで応援してくれるとはね……!」

「やっぱりウィンドウさんは素敵な神様ねっ!」

「ありがとねっウィンドウさん」

「さあ、早く教会でお話を伺いに行こうか」

「お母さん何だか楽しくなってきちゃったわ!」

「私もっ!」


 三人で道を歩くのはいつぶりかな。昔はとっても嬉しくて楽しかったのに、今はアッシュが居なくて寂しいなんて思っちゃう。

 両親を独り占めしたかった我が儘っ子だったのになあ。

 きっとアッシュは知らないよね。本当の私はね、とっても欲張りさんなんだよ?


 待っててね、すぐに追いつくから。

 そして追いついたその時は家族で姉弟で夫婦になってやるんだ。



◇ ◇ ◇ ◇



 うずまき忍者走りでふざけて気分を誤魔化してたらいつの間にかコルハの家に着いていた。

 ふざけて走りながら、ずっと【記憶】スキルが暴走して今朝のエレアお姉ちゃんが頭にあったせいで未だに顔が熱い。

 頭を振って頬を叩いてスイッチを切り替える。


「おーっす。来たなアッシュ! 何でこんな事になったのか知らねえけど、今日からよろしくなっ。お前には負けねえからな! 覚悟しとけよな!」

「コルハ……覚悟はね、都度固めるものなんだよ? ずっと硬い覚悟は僕には難しくてね……」

「また訳分かんねえ事言ってんなー。とにかくついてこいよなー!」


 時折振り返ってついて来てるか確認してくる散歩中の犬っぽさに不覚にも可愛さを感じながら訓練場に案内される。


 以前来たときは貸し切り状態でだだっ広い場所を自由に使っていたが、今日の訓練場にはこちらを見て犬歯をむき出すフェーグさんと、口角が少し上がって目じりが下がったゼフィア先生。そして、ポーラやグロックにゼガン、ジェイナとジュリア、その他にも成人前の獣人やエルフにドワーフ、人間の腕自慢達が集まっていた。


 フェーグさん……丁度良いから村の戦力底上げしようとか考えたんだろうな。


「おーい! オヤジ―! アッシュ来たぞー!」


 コルハがそう呼びかけると、子ども達が一斉に僕を見つめてくる。

 注目を浴びるのは好きじゃないので腹いせにコルハの狼耳の前でゆびぱっちんをしてやり返しておく。


「ひょわああ!!!」


 うっかり悪い顔で笑ってしまったが、コルハの声に反応してみんなの視線が僕からコルハに移った。どうだ、僕の気持ちを思い知れ!


「うあ……何しやがるアッシュてめー! いきなり赤っ恥かいたじゃねえか!!」

「コルハにもおんなじ気持ちを味わってもらおうと思って?」

「おんなじって……同じじゃねえだろ!!!」

「そんなことないよ~~」


 僕らのやり取りを見ていたフェーグさんは笑いをこらえていて、ゼフィア先生は頭に手を当てながら首を振ってやれやれこいつらはって感じだ。いつものみんなはまたやってるよって顔してる。


 これが僕らのコミュニケーションだからね、仕方ないね!


 なんて考えていたら、突然小石がすごいスピードで飛んできた。

 咄嗟に片手でつかみ取るが、いつ誰がこれを放ったのかが全く分からない。

 コルハ首を傾けて避けていたが、避けた小石が壁に掛かっていた訓練用の剣に当たって雪崩の様に他の物を巻き込んで倒れていた。


「ぷっぶはっははは! オヤジが倒したー! 後でちゃんと直しとけよなー!」


 コイツ……実の親とは言え怖いもの知らずかよ! 蛮勇は身を亡ぼすぞコルハ!


「今日はみっちり鍛えてやるからな? 覚悟しておけコルハ」

「……おうよ、やってやんよ! 今日こそ一撃かましてやるかんな!」


 そう宣うコルハの足は細かく震えていた。


 やっぱりちょっと犬っぽいよお前……

 そんなことより、さっきの小石がフェーグさんの仕業ならどうやったんだ。魔法で作られた小石ならもっと形が整っていると思うのだが、これは道端に落ちてるような適当な形の石。振りかぶるような動作は見えなかった。じゃあどうやって……?


「全く……良いから早くこっちに来なさい。今日からここで行われる訓練についての説明を行う。よく聞いておきなさい」

「はあ~~。良いかーガキども。ここでは実戦を想定した訓練を行う。真剣は使わないが刃引きしてある金属の武器での訓練だ。棒切れの様に振り回せねえだろうし、当たったら想像以上に痛え。魔法も人に向けて撃ってもらう。怪我は当たり前、酷けりゃ骨折もするだろう。それを承知の奴だけここに残れ。無理だ、怖いと思うやつは帰るか見学していて良い。十数えるうちに動けよー!」


 数え終わるまでに動く者はいなかった。

 場の空気が少しづつひりついてくる。男も女も種族も関係なくこの場には戦う意思を固めた者だけがいるのだろう。


「誰も動かねえか……おもしれえ! 一週間の間に何人減るか楽しみにしてるぜ。ほいじゃあまずは、やる気だけのガキどもに訓練メニューの一つ目をこなしてもらおう。この訓練場を百周走ってこい! 魔法でも何でも使って良い。出来たやつから次の訓練に移らせる。ほらっいけっっ!!!」


 序盤からスパルタなメニューを告げられて戸惑っている所にフェーグさんの発破がかかり、おずおずと総勢三十人の将来有望な子ども達が動き出す。

 最後尾にいた僕も流されるように走りだしたところで、フェーグさんから声がかかる。


「おいアッシュ! 俺に啖呵切ったんだ、おめえは上位五人に入らなかったら今日は帰れ!! 見学も許さねえ!! 良いな!」


 余計な条件足すなよ!! その声聞いてみんなが僕の事振り返って見てくるじゃんか!

 頻りに、馬鹿だなとか、どんな啖呵切ったんだとか、間抜けね、とか悪口が聞こえるんだが。いや悪口しか聞えてこないんだがあ!?

 それに三十人中の上位五人とかそんなん一番取るのと大差ないよ……僕まだ六歳なんだけどなあ?


「おいおい、俺が上位五人には入るから、あと四枠しかねえぞアッシュ?」

「あっはっはっは! コルハが入れるなら私が入れないわけがないな!」

「確かに、コルハが足でポーラに敵うとは思えないな。でもそうなると三枠か。せまいなあ」

「アッシュく~ん、私も頑張るからぁ後二枠だよぉ!」

「おや、それを言うなら私も上位をとりますので一枠になりますね? アッシュ君、今日は帰っても良いんですよ?」

「姉さん達、珍しくやる気ですね。魔法も使って良いみたいですし、アッシュ君。また明日と言う事で!」

「……みんなうちのお姉ちゃんがいない事には触れないんだね?」

「「「「「あの人なら問題ないだろ(わよ)(ねぇ)(です)」」」」」


 すごい信頼度の高さ。フィジカルモンスターのエレアお姉ちゃんを知ってたらこうもなるか。

 そして、何故か僕を蹴落とそうとしてくる友人たちに涙を禁じ得ない。


 ので、土魔法と風魔法で砂埃を上げて妨害していこうと思う。

 同時に精密身体強化と回復魔法を全身に満遍なくかけて常態化する。母さんリスペクトだ。


 そしてそのまま集団を抜け出したのだが、僕の小賢しさを知る面子だけはついて来ているようだ。


「やるねー! まさかみんな追いついてくるとは思わなかったよ!」

「お前の汚ねえ所は俺が一番知ってんだよ!」

「小細工なんかで私の足は止めらんねえぜー!」

「アッシュ君のすぐ後ろはぁ、道が出来てたからねぇ!」

「風を軽く纏うだけで防げましたよ」

「右に同じくです。あまり僕らを舐めないでください!」

「まあまあ、まだまだ先は長いしのんびり行こうよっと!」


 喋りながら少し先の地面に魔力を通し、僕が跳びあがると同時に凸凹に地面を荒らす。

 卑怯とは言うまいよ。妨害は禁止されてないし、次の周からは僕もここを通らないとなんだから。


「お前は正々堂々という言葉を知らねーのか!?」


 文句を言いながら危なげなく突破してくるあたりほんとに厄介だな。喜ばしいね。


 身体強化の影響で上昇した聴力がフェーグさん達の会話を拾った。


「あいつ何個魔法使ってやがる。あんだけやって平然としてるみてーだし……ペース配分した上であれなのかよゼフィア」

「恐らくそうだろう。だが、魔力の扱いが恐ろしいほどに上手くなっている。走りながらの魔力操作と複数の魔法発動をこなし、その後にも喋りながら、魔力を先に地面に通して魔法を効率よく使っている。凡そ六歳の子どもがそれをやっているのは末恐ろしくなるな」

「んでそれに当たり前のように追随してる奴らもいると……この村は安泰だな?」


 どうやらやり過ぎてはいないらしい上に、他のみんなの評価も上々。狙ってやったことではないが結果良ければすべてよし。

 と言う事で、ここからは普通に走ろう。遊び過ぎて百周走るだけでばててちゃ世話無いからね。


「とりあえずここから残り十周になるまでは普通に走るよ。後の十周は全力でお邪魔しに行くからね!」


 僕の意見にみんな一先ず賛成してくれたのでまずは走りぬくことを前提にしなくちゃね。

 後ろで敵意剥きだしで追って来ているご先達に追いつかれない様にもしないといけないし大変だ。

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