第35話 僕、稽古をつけてみる
僕らはコルハに先導されてコルハの家に案内される。
なんかやたら大きい。
僕の家と比較するとおよそ3倍程の敷地面積を持っている様に見える。
ここのさらに訓練場があるというのだから驚きだ。
「ねぇ……コルハの家何でこんなにデカいの? 獣人の家ってこんなもんなの?」
「んあ? あれ、言ってなかったっけ? 俺の父ちゃん、この村の獣人のまとめ役っつーか、長っつーか、なんか一番強くて偉いんだよ」
「設備のしっかりした訓練場があるのも頷けますね」
「僕、コルハのベッドで寝てみたいな〜」
グロックの意見には大いに賛成だ。
きっと質の良い寝床で寝てるに違いない。僕もそこで寝たい。
だが今回はお願いされて稽古をつけに来たんだ、真面目に行こう。
「訓練場使わせてもらうんだし、ご両親に挨拶させてもらっていい?」
「ああ、そんなの要らねーよ。許可はもらってるし、うちの父ちゃん強いだけで長になった様なもんだからな。気いつかわなくていいぜ?」
「エルフのまとめ役のゼフィア先生とはまた違った印象ですね。正直以外です。」
「ドワーフはまとめ役とかいないからよくわかんないや〜」
確かに、ゼフィア先生は畏れられてる様なイメージはある。
そしてドワーフはまとめ役がいないと……それって逆にどうなんだ? 統率取れるのか?
まあ、これまでやってきてるんだから上手くやってるんだろうなあ……
種族の差なのか、考え方がそもそも違うのか分からないけど、おもしろい村だ。
そう言えば人間の長のこと僕知らないなあ。
何にしても、挨拶が要らないなら早いところ訓練場に向かおう。
コルハの家の横にある高めの柵で囲われた場所に案内された僕らはその広さに口を閉じるのを忘れて驚いた。
「「「なんじゃこりゃ……」」」
「っへっへへへ! すげーだろ! ここには他の獣人も良く戦闘訓練しに来たり、憂さ晴らしに組み手してたりするんだぜ! 人が多く来過ぎてこんだけ広くなっちまったらしいけどな!」
獣人って闘争本能が強いというか血の気が多いのだろうか?
憂さ晴らしに戦うという発想がまず出てこない。
にしてもこれだけ広ければ、多少無茶な魔法を使っても被害は広がらないだろうし僕も楽しめそうだ!
「それじゃあ早速稽古始めちゃおっか! 素手で戦う? それとも木剣使う?」
「俺は木剣使うぜ! アッシュには負けっぱなしだからな、お前の技術を見て盗む! 分かんなかったら教えてくれ!!」
「逆に清々しくて気持ちいよ。良いよ、教えてあげる。身に付けるのは大変だと思うけどね? ゼガンは?」
「僕も木剣でお願いします。魔法はまだ人に向けるにはコントロールが甘いので」
「了解した。追い風とかの攻撃力の無いものや妨害には使って良いからね?
「お言葉に甘えます!」
二人とも本気だね。その気持ちに応える為にも、カル父さんの普段の稽古をスパルタ気味にしたバージョンで相手をしよう。
「グロックは見て勉強ね。出来ればランニングしてて欲しいかな? 足腰の強さは生きる強さに繋がるから。」
「むう〜わかった〜」
ちゃんと意味と目的を提示すれば、グロックはやるんだ。
意味もわからなず、目的もない稽古に価値なんてない。
僕に出来るのは、欠点を見つけて突くことと、僕の魔法を教えて上げることだ。
「それじゃあまずはコルハ。身体強化ありで好きな様に攻めて良いよ。僕が突けそうな隙があれば容赦なく突いて行くからね」
「おう! 全力でいくぜ!!」
僕らは木剣を手に向かい合う。
僕の持つ木剣はあまり重くも長くもない木剣。
対してコルハの木剣は剣が広く長い大剣の様なものだろうか?
木大剣の長さはコルハよりも少し大きいくらいなのだが、それをしっかりと振れている当たり、コルハの膂力も並外れている。
いくら獣人とは言え身体強化無しでそんな芸当が出来るのかと思い魔力視でもってコルハの全身をつぶさに見る。
コルハの全身に人間よりも色濃く魔力が行き渡っているのが分かる。
獣人は常に身体強化をし続けている様なものなのかもしれない。
コルハが目を閉じて詠唱を始める。
「『我が身を巡れ 我が身に宿れ 力よ』!」
その詠唱と共にさらに魔力が全身を巡り、魔力が魔法へと変わり、筋肉が発光して見える。
魔力のロスがほぼない? 効率が非常に良い素晴らしい身体強化の魔法だ。
僕の場合は、魔力を循環させるだけで一段階強化できる。
二段階目に細部への浸透。三段階目に魔力の圧縮と、魔力という力の源を利用しているだけだ。
だが今回コルハが使ったのは身体強化の魔法。
魔法として使うとどういった変化が起きるのか見せてもらおう。
僕もすぐに魔力を三倍に圧縮した状態で全身に循環、細部に浸透させていく。
【記憶】のおかげで極めてスムーズに発動出来た。
だが、スムーズに出来ていなければ一撃を食らっていたかもしれない。
それほどの速さでコルハは迫り、肉厚幅広の木大剣の重さをものともせずも振り下ろしてきていた。
肉眼で捉えることは出来ていたので、振り下ろしが見えてから、左足を一歩引いて半身をずらして避けると同時に右手に持った木剣でコルハの腹を突く。
「ウゴッ!?」
「そんだけデカい得物となると、振る前と振った後は隙がでかい。大振りするなら確実に当てられる時だけだね」
「おう! まだまだいくぞ!」
アドバイスをすぐに反映させ、木大剣を立てて突きを放つと、僕が避けた方向に刃を寝かせてから振り切ってくる。
学習能力高いな、避けられる前提で攻撃を組んできた。
だがそれも体勢をさらに低くして避ける。
そのパターンも想定していたのか、コルハは地面を蹴り上げて砂を使った目眩しをしてくる。
動きは見えていたので、先んじて目は閉じて命を感じる状態へと移行する。
この状態は気配も薄くなるので、コルハは自分で蹴り上げた砂煙によって僕を見失う。
気配を薄くしたまま、静かにコルハの背後に迫り木剣を頭に軽くぶつけてやる。
「うわあ!! いつの間にそこに居たんだ!?」
「ついさっきだよ。あと、砂煙が邪魔なら一旦その場所から下がって仕切り直した方が良い」
「俺には鼻と耳があるから見失う方が難しいんだが……お前どうなってんだ? 今は分かるが、さっきまでまじで音はともかく匂いも消えてたぞ」
「匂いは僕も初めて知ったよ。これは丘の上の大樹に寝転んだ時に消えかけた時あったでしょ? あの時の再現をしてるだけなんだよね」
「あれか……怖かったなあれ。つーか再現出来るのがおかしい!! なんで狼の獣人の俺から匂いを隠せるんだよ! わけわかんねえ!」
僕だって知らなかったよ!
しかも身体強化魔法の効果が想像以上に高い。
僕の三倍身体強化法でようやく相手出来るレベルって、どれだけ肉体に能力割り振ってるんだよ。筋肉バカめ!
「コルハってかなり戦闘センス高そうだし、僕が教えることほとんど無いんだけど……」
「近接戦闘に関しちゃそんな感じかもなあ。なら魔法教えてくれ!! 俺はもっと強くなりてえんだ!」
「僕は魔力を動かす練習をオススメするよう。魔法の素は魔力だ。魔力の操作次第で魔法の出来は変わってくるよ」
「じゃあ、それ教えてくれ!」
強さへの執着? というより拘り? 勝ちたいではなく、負けたくないという意識が強そうだ。
強さに手段を問わないコルハはきっと強くなるだろうな。
僕はコルハに瞑想のポーズを教えて、魔力を感じることと、それを意識して体の中で動かす訓練を教えた。
その後、グロックに見た感想を聞いたら、目で追えなかったから途中から見てないと言われてしまった。
引き続き足腰を鍛えるために、ランニングフォームの矯正した後、飛び込み前転と無理ないペースで走る様に指示を出した。
では次はゼガンの相手だ。
今の所、全員素直に指示を聞いて稽古に励んでいるが、ゼガンはゼガンでかなりの気合が入っている。
「ゼガンは妨害の魔法と身体強化有りで木剣での稽古だったね。僕はいつでも行けるよ」
「コルハ君との稽古はあれだけで良かったんですか?」
「現状、僕が口を出せる程の差がなかったんだ。強いていうなら剣の扱い方が素直すぎるってだけ。戦闘回数を重ねれば勝手に修正されて行きそうだから、近接戦闘に関して言えることは無いね」
「なるほど、では逆に僕は近接戦闘を見ていただきたいですね。エルフではあまり剣を使う人がいないので」
魔法には自信があるみたいだね。
まあ道中の風魔法の練度を見れば考えるまでもない。
でもだからこそ、剣を持つ必要があるのか分からない。何か理由があるのか?
「どうして使い手の少ない剣を選んだんだい?」
「ジェイナ姉さんは今までずっと、身体強化を鍛える傍ら、武器を用いた戦闘訓練も行っていたんだ。僕ら一緒に魔法の練習をした後、休む間も無く武器を持って外に行くんだ。……僕は姉さんの努力を知りたいんです。そして出来れば、もう一人にしたくないんです!」
「一人にしない、か……分かった。それじゃあまずは素振りからだな。打ち合うのは早い。素振りとグロックが今やってるランニングと飛び込み前転。基礎を固めよう!」
「……え?」
僕が普段やっている基礎訓練の四分の一をゼガンに課す。
僕も一緒に基礎訓練に付き合い、素振りの見本を見せる。
見せた上で真似してもらい、少しづつ矯正していく。腰や足の開き、力みを解したり、重心の位置など、細々したものを指摘していく。
そのまま素振りをゆっくりと100回ほど、姿勢を崩さないことを意識して振らせる。
グロックにもゼガンと同じことをさせてみたのだが、腰はしっかり入っており、木剣を振り下ろす動作はかなり堂に行っていた。
どうやら、実家での鍛治の手伝いの際に金槌を振るのだが、その時の要領が活かせている様だ。
三人に稽古を課した後、僕は広い訓練場の中央に向かい、今まで場所とタイミングがなくてできなかった魔法の実験に挑戦する。
みんなには悪いが、今日の目的の7割がこれだ。
火魔法は僕の家の周りだと燃え移ると冗談抜きで危ないので練習など厳禁だし、今から僕がするのは火魔法をさらに強化していく実験だ。
逆にここ以外でできる場所がないとも言える。
「ずっと、ずーっとやってみたかった……属性の特徴を聞いた時からずっと!」
まずは火魔法で火を出し、魔力を注ぐことで火の温度を上げられるか試す。
魔力が内部で燃焼するイメージで火の内部に魔力を流してみるが、温度が上がったのは分かるが色の変化はほぼない。
だがそれで良い!!
ここに光の特徴である与え動かすを利用して、原子の運動を活発化させる!
火魔法に重ねる様に光の魔法を発現させる。
この時大事なのは、光魔法を発光させるのではなく、火魔法に光の特徴を付与すること。
そもそも光魔法は光るものなので発光させないというのそもそも無理な話なのだが、イメージとして特徴の付与を優先させるのだ。
「おっ? 火の色が黄色くなった! これってケルビン上がったってことだよね!?」
この状態でさらに光魔法に魔力を追加してみると、まずは光量が増える。
それとは別に火の熱量も増え、色が白っぽく見えた。
正直な話光魔法の光なのか火の色なのか判別つきにくいけど、火がすっげえあっちいので、原子の運動が活発になっていると判断する。
ここからさらに無魔法の増幅を与えようと思ったのだが、正直熱すぎてこれ以上は僕が火傷してしまいかねない。
なので魔法との距離を空ける。
距離が離れれば離れるほど制御が難しくなるが、そこは【記憶】の使い所。
定期的に振り返ることで、感覚を適宜フィードバックさせていく。
魔法との距離を十メートルほど離したところで、最後に無魔法を使うのだが。
「そう言えば僕、無魔法ってよく知らない……即興で詠唱つくるしかないか」
ここまできて、中断は考えられない。
この勢いのまま、青い炎を目指す!
「ひとまずコルハを参考にして……ん〜技名つけるか。『力を与えよ 力を増幅させよ エンハンス』」
無魔法が発動したその瞬間
ボウッッッ!!!!
火と熱が一気に膨張し、恐ろしい程の熱を発する蒼炎が訓練場の地面をガラス化させていく。
「まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい!!!!!!!!!!!」
状態を維持したまま、魔力を少しづつ抜いて霧散させていく!
ここで制御を甘くすれば大爆発もあり得るかもしれない、魔力でしっかりと火の勢いを抑え込みながら火内部の魔力を抜いていく。
……少しづつ規模を小さくしていく蒼炎は、白炎となり、徐々に元の火の色へと戻って行き最後には消えた。
「フゥゥううううう!!! はああああ!! やっちゃった! でもすげぇーー! 青い炎まで行った! ケルビン一番高いとこまでいった! 実験成功だ!」
訓練場の真ん中は地面が赤熱しており、水をかければ大量の水蒸気が発生してこの事態がバレてしまうので、自然に冷めるのを待たなければならない。
……後ろから視線を感じる。
まあそうだよね。そりゃこっち見るよね。
「これはね? ただの実験だよ? ちゃんと元に戻すから安心してね! あはははは!」
「「「……」」」
その後三人からの無言の追及にも屈せず、僕は魔法の重ねがけの技術を秘匿した。
これは六歳が持つには強大すぎる力だからだ。
制御を誤れば、この村の大人でも手に余る災害になりかねない。
これはサフィー母さんやゼフィア先生に相談しないといけないレベルの技術だと思う。
……でもその前に、水と闇と無でどこまで凍らせられるか試したいなぁ〜
なんて考えはおくびにも出さずに三人と共に稽古を続けて一日を終えたのだった。
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