第34話 僕、今日は一日馬鹿になる

 昨日は、僕がアレンジした身体強化を魔法の練習中に教えた。


 魔法の扱いが圧倒的に上手いサフィー母さんと身体強化をほぼ毎日使い続けてきたジェイナですら、これは難しいと口を揃えて言うほどのものだったらしい。


 この二人にそこまで言わせるものを僕は編み出したのだと、密かに誇らしく思っていたのだが、やってくれましたよエレアお姉ちゃん。


 超感覚派のエレアお姉ちゃんはフィーリングと試行回数によって教えた当日で短時間とはいえしっかりと発動させて見せた。


 僕のプライドはズタズタだよ……

 新たな魔法を編み出して、いつかエレアお姉ちゃんにぎゃふんと言わせてやるんだ!


 僕の新たな目標が生まれた瞬間だった。




 そして、翌日。


 朝のエレアお姉ちゃんの面倒や畑作業を終え、勉強会の帰り際、ゼフィア先生に呼び止められた。

 気のせいか、子ども達の意識がこちらに向けられた様な気がする。

 感覚的には針のむしろと言ったところか。


「アッシュ! 以前言っていた気配はどうだ、何か掴めたか?」

「おおぅ……そう、ですね。一応、命と言うか、周囲の息遣いや鼓動の様なものを把握することは出来るようになったのですが、まだ魔力に関してはなにも……」

「もう命を感じることが出来ているのか……つくづくお前には驚かされるな。それは気配の先にあるものだろうに……」


 おや、どうやらステップをいくつか飛び越えてしまったらしい。

 気配を探った先に命を感じると言う技術があるのは理解できるが、一足飛びにそれを可能にした僕の怠惰力は凄まじい。


 またあの木の下で寝転がり、ドライフルーツとおいしい水を持って平和を独り占めしに行こう


 だがそれを説明できるということは、ゼフィア先生も同じことが出来ると言うこと。

 少なくとも、カル父さんには出来ていないだろう技術を修めている時点でこの御人はやはり格がいくつか違うところに居るのだろう。


「まあその、だらけ切った先にそれがあったと言うのが正直なところなんですけどね……」

「世の武闘家が聞いたら笑い飛ばされるか半殺しにされるような言葉だな……だがお前のことだ、それが事実なのだろうな!」

「ゼフィア先生はやっぱり素敵な人ですね。六歳の僕の言葉をきちんと聞いてくれる。」

「お前と出会ってそこそこ経つが、見ていれば分かる。お前はつまらない嘘はつかない。そしておおよそ六歳児とは思えない受け答えをし、判断能力を持っている。それらを見た上で侮る方が難しい。私はお前の将来が楽しみだよ、アッシュ」


 僕、口説かれてるのかな? それほどのべた褒めだ。

 顔が熱くて、ゼフィア先生と目を合わせていられない。


 そして最近のノリからして、こんな顔を見せてしまえば十中八九煽ってくるはず……


「おや、どうしたアッシュ? 顔が赤いぞ? 体調が悪いのなら見せてみろ、私には医者の心得もある。……ん? まさか照れているのか? そうかそうか! 可愛いところもあるじゃないか!」


 絶対今までのことを根に持ってるぞこの人!! 人が褒められて照れてるのをここぞとばかりに……!!


「いやいや、似た者同士と言うやつですよ! お互い褒められ慣れていないようで! ゼフィア先生の様な女性らしくて美しい人に褒められて喜ばない男なんていないですよ!? ほら、耳が赤くなってきた! そういうところは可愛らしいですね?」

「くっ、こいつめ……私を揶揄うとは良い度胸だな? もうアドバイスしてやらんぞ? 良いのか?」

「はあ!? それとこれとは話が別でしょう!! あーあそうやって関係ないこと持ち出してくるんだ! 六歳児相手にそんな意地悪して楽しいですか!」

「「ぐぬぬぬぬ……!!」」


 いかん、精神が幼稚化してきているぞ、僕!

 落ち着け、落ち着くんだ、お互いちょっと褒め合っただけじゃないか……そう、ありがとうで良いんだ……ふぅ。


 僕らは詰め寄っていた距離を少し開けてお互いに深呼吸し熱くなった顔を冷まし、良い笑顔で改めて向かい合う。


「少々、大人げなかったな。私が悪ノリしてしまった、申し訳なかったなアッシュ」

「いえ、それで言えば僕も人の弱みに付け込むようなことをしてしまいました。ここは喧嘩両成敗と言うことで一つ。申し訳ありませんでした、ゼフィア先生」


 うん、素晴らしい大人の対応だ。一件落着と言ったところで、機を逸する前にアドバイスを聞いておこう。


「そうだ、先ほど言っていたアドバイスとやらを今のうちに聞いても良いですか? 魔力に関しては足がかりすら掴めていないので」

「むっ、そうだな。はて、どう説明したものか……うん。人には五感と言うものがある。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚だ。魔力はこれらすべてに関係するとも言えるし、関係しないとも言える。まずは五感に対してアプローチしてみると良い。因みに、魔力を感じ取れる者は第六感と言う言葉を使っていたな。」

「第六感……五感に関係……分かりました。アドバイスありがとうございます。」

「うむ。また勉強会で会おう。」


 そう言って、僕の頭を撫でた後に颯爽と帰っていくゼフィア先生。


 最近は何故か僕の頭を撫でてから帰っていくのだが、僕の頭ってそんなに撫で心地でも良いのだろうか?

 単純に可愛がられているのか、なんなのか、良く分からないが悪い気はしないので大人しく撫でられている。


 相変わらず手の平は硬いのに優しく柔らかい手つきだ。手の使い方が上手いのだろうな。


 僕も身体操作を鍛えようかな? どうやって鍛えればいいのか思い出しておこう。



 気付けば、僕に全方向から視線が向けられている。

 針の筵どころではない。あのゼフィア先生と言い合う人は僕くらいのものなので、こうなるのも当然か……


 今日は帰ったら魔法の重ね掛けを試そうかなと考えていると、慣れ親しんだ気配が三つ近づいてくる。

 このお馬鹿の気配に救われるような気分になったのはきっと僕が疲れているからだろう。そうに違いない!


「アッシュってゼフィア先生とはとっても仲が良いよね~」

「そりゃおまえ、将来を誓い合った二人だぜ? 仲が良いに決まってんだろ!」

「エルフとしてはあまり滅多なことは言わないでほしいですが……アッシュ君、おめでとうございます!」


 うん、やっぱり疲れてたんだ! 僕は一瞬とはいえこの馬鹿三人に救いを求めてしまった、己を恥じるばかりだ!


 己を改めるためにも、


「よしっぶん殴る!!! 三人ともそこに直れえええ!!!」


 僕の激昂を見たグロックがコルハの背中を突き飛ばす。


「コルハよろしく~」

「グロックお前許さねえぞおお!!」


 早々に仲間割れとは醜いやつらだ。僕が平等に鉄拳を下してやろう!


「……コルハ。腹か顎か選べ」


 僕はニッコリと笑って選択肢を提示してやることにした。


 何故かコルハの表情が引きつっているが些細なことだな!


「へっ! ……どっちもお断りだ!!」


 そういうや否や、全力で駆けだしていくコルハ。だが、ポーラほどの速度は出ていない。


 魔力の密度三倍で僕流の身体強化を発動し、首根っこをとっ捕まえて戻ってくる。


「グロックとゼガンは何処が良い? 頭? お腹?」

「「大変申し訳ございません!!」」

「全くもう……」


 まあ茶番はこのあたりにしておいて、


「やあ、三人とも。馬鹿みたいに元気そうだね」

「アッシュほどではないかな~」

「お前、また速度上がってねえか? ほんとどうやってんだよ。」

「僕は今日は特別元気かもしれません。……姉さんのこと、ありがとうございました。」


 前二人はともかく、ゼガン……ジェイナから何か話を聞いたのかな。


 胸のつっかえが取れたような、本当に嬉しそうな笑顔でお礼を言ってくる。


「僕は大したことしてないよ。あれは本人が今まで積み上げてきたものがあってこそだし、ただやり方が合う合わないの話だったしね。お礼なんていらないよっ」

「僕の気持ちの問題ですので、素直に感謝されてください」

「っ……おぅ。わかった。」


 なんだか今日のゼガンは手強いな。


 チラッとジュリアさんの方を見れば、気付いたジュリアさんが微笑みながら深めに頭を下げてくる。


 僕も軽く会釈は返すが、そんなに微笑まれると反応に困ってしまう。

 一体どんな説明をしたんだジェイナは……


 だが受け取った感謝をいつまでも気にしていても仕方ない、目の前に居る馬鹿三人に意識を切り替える。


「それで、今日は何して遊ぶ?」

「今日はね~コルハとゼガンがアッシュに稽古つけてほしいんだって~」

「まっそういうこった……頼めるか?」

「僕からもお願いします!」

「お馬鹿たちが馬鹿をやっていないだと!? 今日は雪でも降るのかねえ?」


 あり得ない、こいつらが僕に向かって真面目に頭を下げるだと? 天変地異だ!


 なんて僕がふざけても、コルハとゼガンの様子は変わらず至ってま真面目だ。


「……良いよ、分かった。どんな稽古をつけてほしいのか知らないけど、僕が教えられることならいくらでも!」

「よろしく頼む!」

「有難うございます!」

「それじゃあ僕はこれで~ぐぇっ!」

「もちろん、グロックも一緒に鍛えてあげるよ!」

「僕はただ、ゆっくりと過ごしたかっただけなのに~……」




 僕らは昼食を取り、稽古を終えた後、コルハの家にお呼ばれした。

 なんでも、コルハの家の訓練場はすごく広くて、全面草は抜いてあり地面が広がっているので火魔法を使っても問題ないらしい。


 エレアお姉ちゃんもくるかどうか聞いたのだが、「お姉ちゃん女子力を上げるから、ごめんねっ!」と断られた。

 どうやら女子は女子で能力を高める訓練をするらしい。

 今度お昼ご飯を一人で作るんだと息巻いていたが、それを聞いたカル父さんがずっとそわそわしていた。


 今度って言ってたのにそわそわするのが早過ぎるよカル父さん……




 諸々を終えて、広場で三人を待っているとポーラに出くわした。


「おっ! アッシュじゃねえか! 今日は何処で馬鹿するんだ?」

「やあポーラ。今日は不思議なことに馬鹿しないんだよねえ。これからコルハの家であの三人に稽古つけるんだ」

「うわああ!! 私も行きてえな! でも今日はエレアに呼ばれててな、また今度私ともやろうぜい! じゃーなー!」

「うん! またねー!」


 相変わらずの勢いと元気だ。話していて気持ちの良い人とは彼女のことを言うのだろう。

 髪も瞳も陽の光を反射して光り輝いているのに、本人の性格も眩しいくらい良い人だ。


 にしても、エレアお姉ちゃん同様ポーラも女子力を鍛えるのだろうか?

 お昼をつくる云々かんぬんからして、料理なのだろうけど、誰が食べるんだろう?



 今日も良い天気だなとぼーっと馬鹿三人を待ちながら魔法の水を生み出し、頭の上に傘のように広げて凉を取っていると今度はジェイナとジュリアさんと出くわした。

 もしかしなくてもエレアお姉ちゃんに呼ばれたんだろう。


「あ~アッシュ君だぁ。こんにちはぁ~」

「アッシュ君、こんにちは。そしてありがとうございました!」

「こんにちはー! お礼はもう貰ってますよ、気にしないでください。ところで、お二人もエレアお姉ちゃんに呼ばれた口ですか?」

「あれぇ~どうして知ってるのぉ?」

「さっきポーラと話したからね、それかなーって」


 予想は的中したようだ。だがなおさら疑問だ。だれが四人が作ったご飯を食べるんだろう?

 みんなでご飯を食べさせ合うんだろうか?


「……アッシュ君は、私以外は呼び捨てなんですね?」

「え? ああ、何故か本人たちがそうしてくれと言うものですから……」

「それなら、私もジュリアで良いです。」

「はあ、まあ、ジュリアさんがそういうなら。」

「ええ、なんだか除け者にされているようで嫌だったので」


 まあ確かに、そう感じても仕方ないかな?

 でも意外だな~人を寄せ付けないクールなイメージがあったんだけどな。

 まあいいか。本人もそれ以外に他意は無さそうだし。


「ジュリアちゃんは案外寂しがりなんだよぉ!」

「ジェイナ。怒りますよ?」

「えーほんとのことだもぉ~ん」

「……ふふっ……そうかもしれませんね」


 ……ああ、ジュリアもか。

 ジェイナの魔法の問題はゼガンにもジュリアにも壁をつくらせてしまっていたんだろう。


 魔法を使えるものが、使えないものに何を言っても嫌味に聞こえてしまうかもしれないし、なによりも傍で一番見てきたのはきっとゼガンとジュリアの二人だったはず。


 ジェイナの今の自然な振る舞いを二人がどれほど求めていたのか、僕にはわからない。

 でも今日見た三人の笑顔が素敵な愛に溢れた笑顔なのだと言うことは良く分かる。


 僕も誇らしいよ。こちらこそ、ありがとうだよ。ずっとと思える笑顔だ。


「二人とも! そろそろ向かった方が良いんじゃない? エレアお姉ちゃんとポーラがもう待ってるよ!」

「そうだねぇ、それじゃあまたねぇアッシュ君!」

「それでは、失礼しますね」


 片や楽しそうに、片や礼儀正しく去っていった二人はどちらもたくさん笑っていた。


 やはり、綺麗所の笑顔は清涼剤だな。

 水の傘で凉を取っているのに、これからお馬鹿四人の暑苦しい稽古が始まると思うとすでに嫌気がさしてくる。


 と言うか遅い。いつまで待たせるんだ? 集合場所は広場だったよね?


「よーっす。すまん遅れたー」

「こんにちは、待ちましたか?」

「はあ~きたよお~」


 何でこいつらいつも一緒のタイミングで来るんだよ。

 そして案の定、暑苦しいというかむさ苦しい……今からでも家に帰って味見係をしたい気分だ。


「めちゃくちゃ待ったよ……はよ案内しなさい」

「んだよー一人だけなんか謎の水で涼んでるくせに。お前のそれ俺の上にもくれよ。」

「自分でやってみろ。これも稽古だ。魔力と魔法の操作をちゃんとやってりゃ、これぐらい出来るはずだ。」

「僕は土魔法に特化してるから無理~お水ちょうだ~い」

「グロックも、水と火はある程度使えるようになっといた方が良いぞ?」

「僕は風を吹かせられるので問題ないですね!」

「それは結構。素晴らしい。」


 だがゼガンのその発言は凉くれゾンビの標的を変えただけだった。

 心地よい風を得るために、ゼガンに二人でくっついて風を吹かせろと強請る凉くれゾンビが二体。


 むさ苦しさに負けて言質を取られたゼガンの負けだ。

 ただ、ゼガンの風のコントロールは見事なもので、三人の周囲を程よい風が巡っているのが視えた。

 なかなかの腕前な上に良いものを見せてもらった。



 こうして馬鹿をしながらも、悪ガキ四人はコルハの家に稽古に向かう。




 僕、実はずっと火魔法の温度ってどこまであげられるのか試したかったんだよね! コルハの稽古場は引火や延焼を気にしなくていいみたいだし、思う存分実験させてもらおうかな!

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