第31話 僕、畑で可能性を知る
作者のゆらゆらです。
エルフのまとめ役で先生もしてくれている、ちょろいエルフのゼフィル先生がいたのですが、誠に申し訳ないことに名前を間違えておりまして……
正しくは、「ゼフィア」先生になります。
大変申し訳ありません。
それでは本編をどうぞ。
――――――――――――――――――――――――――――
昨日はジェイナが魔法の練習をしに来た。着実に上手くなっているようで、本人もそれを自覚していて楽しそうだった。
エレアお姉ちゃんは魔法の再現と摸倣を使い分けることで魔法が上達した。
代わりに僕はあんまり練習できなかったけど、大事なのは魔力の制御と魔力の量だ。
魔力は使い続ければ、それに応じて魔力の器が少しづつ大きくなっていく。体内の魔力をすべて放出すれば、非常に体調は悪くなるが魔力の器はさらに大きくなる。
このことから、僕は魔力を常に使い続けるようにしている。それも最近のことではあるんだけど、例えば、微弱な風魔法を意味もなく使いい続けてみたり。少し前にエレアお姉ちゃんに見せた、疑似プラネタリウムをつくって周囲に漂わせてみたりした。
疑似プラネタリウムは面白かったなあ。小さな光の玉を体の周りに置いていくもんだからまるで人間ミラーボールだった。適当に空を指さして、腰に手を当てて、「ポウッ」とか言っちゃって……それをエレアお姉ちゃんに見られてその後のことはよく覚えてないけど、気がついたら夜になってたなあ。
こんな恥ずかしいことも【記憶】してしまうんだ。自分の言動がここまで直接的に苦しめてくることは無い。
まあなんだかんだで、常に魔法の練習自体はしているのだ。属性の特徴を活かした魔法のアレンジもしてみたいけど、どうしても危険度が増してしまうのでもうしばらくはお預けかな。
そして今日は、カル父さんとの剣の稽古の日だ。が、今日はその前に久しぶりの全力かくれんぼも行われる。
訓練してきた魔法がなかなか役に立たない稽古で正直自信は無い。
丘の上の大樹で気配が希薄になった時の【記憶】は、怖すぎてあまり思い返せていない。でもそんな泣き言を言っても意味は無い。
なので自分一人のベッドで目覚めた僕は、庭に出て気配を薄くする練習をしようと布団をめくりベッドからでる。
めくった布団の中にはエレアお姉ちゃんがいた。
どうやら僕が寝た後に入って来たようだ。全く気付かなかった。
ふと、エレアお姉ちゃんの態勢が気になった。
僕の体に腕を回していたような、後ろから覆うような姿勢。僕に抱き着くように寝ていたのだろうか? 表情はいつも通り幸せそう……
……仕方が無いので、エレアお姉ちゃんを僕のベッドに態勢を直して寝かせて布団をかけておく。最後に、日頃のお返しに額に軽く口づける。
「おやすみ、エレアお姉ちゃん……」
そう言葉をかけてこっそり家を出て練習を開始する。
まだ、朝日が昇り切っていないのか空は薄暗いが周囲が目視出来る程度には明るい。
ほとんどの人がまだ眠っているからか、村の中は酷く静かで僕の足音や呼吸の音が遠くまで響いているようにすら感じる。
この村はただでさえ澄んだ空気なのに、朝日が昇る前のこの時間はもっと空気が澄みわたっているようで、深呼吸がとても気持ちいい。
良く集中出来そうだ。
集中と言えば、瞑想には持って来いな仏のポーズがあったな、胡坐をかいて脱力しながら指を重ねて円をつくり、深呼吸を繰り返す。
そのままあの日の【記憶】をもう一度思い返す。
大地と空気と一体化していくような感覚。自分が溶けていくような感覚。いなくなってしまいそうな恐怖……
深呼吸をすることで肺や胸、腹筋の動き、心臓の鼓動を頭で把握して自分がここに居ることを感じ取る、そしてもっと深く【記憶】と同じ行動をとる…………
自我の保ちかたは掴めてきた。
自らの生命活動を頼りに僕の体をどんどん霞ませていく。
霞んでいく僕を周囲へと広げていくと、自分が通った場所に何があるかが、何がいるかが感じ取れる気がする。
これは、気配を消しながら気配を察知しているのか?
以前ゼフィア先生は魔力と命が気配のヒントだと言っていた、いま感じているのは気配というか命のような気がする。
僕自身の息遣いと、僕以外の息遣い。エレアお姉ちゃんやカル父さん、サフィー母さんの息遣いや心臓の鼓動が手に取るようにわかる…………
一旦止めよう、霞になった体を戻す……感じてはいけない息遣いを感じた。
……エレアお姉ちゃんが額を抑えてふへへって言いながらベッドを転がってるのが分かった。
起きてたのかよあの人!?? 性質が悪い! 全く見破れなかった!
さらに言ってしまえば、カル父さんとサフィー母さんももう起きている。
起きた上でエレアお姉ちゃんの奇行に驚いてアイコンタクトを取ってるのも分かった。
全員起きてしまったのなら仕方ない。
さっきまでの自分を【記憶】で復習して身体に染み込ませる。
うん、もうやり方がわかる。大事なのは平常心と確固たる自分を保ちながら、魔力と命を大気に馴染ませていく感覚。
これを行いながら寝室に戻ってふへふへ言ってるエレアお姉ちゃんを驚かせてみよう。
静かに足音を潜めながら寝室の前に着く。
ベッドを転がるのは辞めたようだが、まだニヤニヤしてるのが手に取るように分かる。
もう突入してしまおうと、ドアノブに手をかけたところでエレアお姉ちゃんの呼吸が戻る。
どうなっているんだ、今の僕を感知したのか? その割には当人も首を捻っているみたいだが。
……あっ、【直感】か! カル父さんと同じスキルを持ってるかもとか言われてたっけ、そのせいか。
僕が折角習得した技術がスキルに封殺されたことにショックを隠せない。
ショックを受けたことで気配がぶれたのかエレアお姉ちゃんに気付かれてしまったらしく、慌てて跳び起きていた。
もういいか、この気配に関する謎の技術の使用をやめて普通にドアを開ける。
そこには急いで取り繕ったエレアお姉ちゃんと、今目が覚めた風を装っているカル父さんとサフィー母さんがいた。
「みんなおはよ~。それとエレアお姉ちゃん、喜んでもらえて何よりだよ」
「……!!!!! ななななんのことっ!? お姉ちゃん良く分かんにゃい!」
エレアお姉ちゃんが顔を真っ赤にして、言葉を噛んでる姿は珍しい。余程恥ずかしかったのか、あるいは気付かれていないと思っていたのか、長く伸ばした黒い髪で表情を隠すようにして顔を洗いに行った。
「アッシュ? 何があったんだい。 ずいぶん早起きだったみたいだけど」
「んー、エレアお姉ちゃんが寝てる間にいたずらしたら、実は起きてて喜んだって感じ」
「一体何をしたらあの子があんなに喜ぶのよ……」
僕からしても誤算もいいとこなんだ聞かないでほしいです。
・
・
・
・
エレアお姉ちゃんはあれから黙秘を続けている。
だが、僕と目が合うと顔を赤くして目を逸らす。
どうやら僕に気付かれていたことが相当堪えているらしい。
良かった、エレアお姉ちゃんにもちゃんと羞恥心があったようだ。
こと僕相手だと、その当たりの感情が吹き飛んでいる節があったからね、胸の成長確認させてきたりとかね。最近はそれもなくなったけど、サフィー母さんに注意されたのかな?
なんにせよ、しおらしいエレアお姉ちゃんの姿に逆に僕らが戸惑ってしまうので、今朝のことは無かったことにして接しようと思う。
我が家は今日も朝から騒がしい。でもこれこそが僕らの日常だ。
朝食を食べ終えたら、僕はカル父さんと畑に水を撒きにいく。
最近は雨がほとんど降っていないのと、僕が魔法で耕した土とそれ以外の土の変化を調べたり、「アッシュのおいしい水」を撒くと成長度合いが変わるのかなど、ちょっとした研究も兼ねている。
今日も天気は気持ちの良い晴れ。雨は降らなさそうだ。
カル父さんも日差しを手で遮りながら、気持ちよさそうに体を伸ばしている。
「さーて、まずは土の確認をしていこうか」
「は~い」
確認とは言ったが、一目瞭然だった。明らかに一部だけ土の状態が良いところがある。
「アッシュが勢いでつくった魔法は相当すごいかもしれないね!」
「僕もまさかこんなにも差が出るとは思わなかったよ。」
土の状態だけでこんなにも差が出ると、逆に畑に悪そうにすら思える。
まあそれも含めての研究だ。これは僕らの畑を見てくれているエルフの人からも折角だからと頼まれていることなので、やれるだけやってやろうと思う。
「うん……じゃあ水を撒いていくんだけど。魔法で耕した部分もお父さんの水とアッシュの水で分けてみようか」
水撒きは魔法でやって良いので極短時間で終わってしまった。
あとはこまめに見に来て経過観察と言ったところか。
折角時間が余ったので、以前から求めていた魔法の件をカル父さんに聞いてみようかな?
「父さん。そう言えばなんだけど闇魔法ってまだ教えてもらえない?」
「……うん、そうだねぇ……アッシュは闇魔法ってどう思う?」
「便利で可能性のある魔法!」
「っ……あっははは……そっか。そうだね、分からないことの多いのが闇魔法だ。可能性は沢山あるかもねっ。でもね、闇魔法は奪う魔法なんだ。これが何を奪ってしまうのかも分からない。だから、お父さんは闇魔法はあんまり好きじゃないし、あんまり使わないんだ。」
なんて勿体ない! 夢が沢山詰まった魔法なのに!
まあ確かに、何を奪うかわからないというのはその通りだ。使用者であるカル父さんがそういうくらいなのだから本当にほとんど分かっていないのだろう。
でも!
「父さん、もったいないよ! 命を奪うって言いたいなら、火魔法なんてもっと危険だよ。危険かどうかを分からないのは闇魔法を使ってないからだよ」
「アッシュ……」
「実は僕ね、闇魔法の使い方いろいろ考えてたんだ。昨日、闇属性の特徴を知ってから考えてた。奪い、止める。何を奪い何を止めるか、例えば、力の強い魔物の腕力を奪うとか。動きを止めるとか。自由を奪うとか。僕が思いついたものはこういう使い方だよ」
「アッシュは本当にすごいね? 僕がその発想に至ったのは、闇魔法が使えるようになってからかなりの時間が経ってからだよ。でも、そうだね、闇じゃなくても使い方次第で命を奪ったり生活の助けにもなる。それにアッシュなら素敵な使い方を見つけてくれる気がするよ!」
「えっ、それじゃあ!」
「うん、闇魔法、教えるよ。剣もだいぶ上達してきているしね」
「いやったあああああ!!」
飛び跳ねて喜んでしまった。でもそれぐらい嬉しいんだ。
闇魔法の止める能力、もしかすると時間すら止められるかもしれない!
空間に干渉できる魔法があれば、ファンタジー小説によくあるマジックバッグが出来るかもしれない!
言葉遊びのようなものではあるが、可能性はある! 闇魔法、とことん研究してやるよー!
「アッシュは魔法の才能がすごいからね、闇魔法の詠唱を唱えるだけで憶えてしまえるかもしれないけど一応言っておくね。最も身近な闇は自分の影だ。でももう一つ、危険な闇があってね、それが心の闇。簡単に言えば、悪い感情で闇魔法を使うと心の闇を使って強力な魔法になってしまうんだ」
「それって……もしかして光魔法にも言えることなんじゃ?」
「本当に賢いなあアッシュは。その通り、光魔法は優しい感情で使うとその効果が強力になるんだ。そういったこともあって、闇魔法は恐れられているんだ。」
闇魔法のことを話す時のカル父さんは何故かとても穏やかな顔をする。
カル父さんになにがあって闇魔法を使えるようになったのかは知らないけど、カル父さんにはカル父さんの大変だった過去があるのだろう。
もしかすると、カル父さんとサフィー母さんは出会うべくして出会ったのかもしれないな。
それにもしかしたら、闇魔法と言うのは人の心の闇を晴らすために生まれた魔法なのかもしれない。
光魔法も、より多くの人の闇を払う光を届けるために人の心の光に呼応するのかもしれない。
その点で言えば、僕はどちらも十全に発揮できる。
僕の【記憶】には沢山の幸せが詰まっているし、恐怖や絶望も入ってしまったからね。
そしてそのどちらも受け入れ、飲み込み、楽しく生きて死ぬと決めたのが僕だ。
「父さん、僕それでも知りたいよ。それにね、人には闇が必要なんだよ! 光差す朝と昼に活動して、闇に包まれた夜に僕らは眠るんだ。光も闇も必要なんだよ。……もちろん僕も必要としているよ!! さあ、影をどうしたら良いの? 教えて父さん!」
「……まったくこの子は。影に魔力を通していくんだ。それを包み込むようにして魔力を闇に触れさせて馴染ませる。そして詠唱『僕が求めるは闇 光を通さず飲み込む闇』なんだけど、お父さんのやりやすいものだから、いつかアッシュのやりやすい詠唱に変えるといいよ。」
「わかったよ。それじゃあさっそく、『僕が求めるは闇 光を通さず飲み込む闇』!」
その瞬間僕の手の上には漆黒の闇があった。漂うでもなく、揺れも何もなくただそこにある。
非常に違和感のある光景だった。光を遮ることで生まれた闇ではなくただそこにある闇。この闇によってできた影があることから存在はあるようだ。
僕は魔力視でもって闇を見る。
僕の魔力で生まれた闇。不思議なことに闇の表面からすこしづつ闇が生まれ続けているのが分かる。
おそらく、詠唱の光を飲み込むというのが作用しているのかもしれない。文字通り光を飲み込んで奪い闇を徐々に広げている。
だが闇の表面積が変わることは無い。不思議すぎる。内部が拡張されているのか?
……内部が拡張?
闇は存在しているのに闇の中が拡張?
……闇内部の空間の拡張?
…………闇魔法の派生魔法ってもしかして空間魔法?
予想外の可能性にいきなりぶちあたることってある??
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます