第30話 僕、魔法を教える
魔法の属性が持つ特徴を初めて知った僕は、その驚愕の事実に意識がしばらく飛んでいた。
飛んでった意識をどうにか戻した時にはすでに、エレアお姉ちゃんとジェイナが魔法を放ちながらサフィー母さんの指導を受けていた。
「エレアはもっと過程をしっかりイメージしなさい。的に辿り着くころには魔法が小さくなっているのはそのせいよ」
「過程って言われてもわかんないよっ!」
どうやら放った魔法の威力が減衰してしまっているようだ。
サフィー母さんのアドバイスに泣き言で返しながらも、次の魔法を準備しているエレアお姉ちゃんは努力家だ。
だが魔法は努力でどうにかなるものではない。それはジェイナが証明している。それはつまりやり方がエレアお姉ちゃんに合っていないか、イメージそのものが間違っていると考えられる。
実際、僕はあんまり過程とか考えてないけど、魔法が減衰することなんてほぼなかった。
……う~ん。魔法と言うイメージが強すぎるのかな? それかその逆か。
僕はエレアお姉ちゃんの元へと歩きながら教え方を考えつつ魔力視を発動させる。
「エレアお姉ちゃん。ちょっといい?」
「なあに? って、アッシュの目が光ってる! ほぁ~カッコいい!」
唐突なカッコいいやめてっ! ていうか魔力視のことは知ってるでしょうに……
教える側の僕が乱されるわけにもいかないので、深呼吸をして、咳払いをしてから少し厳しい口調で話しかける、
「エレアお姉ちゃん、あなたは魔法を何だと思っていますか?」
「そんなアッシュも有りだねっ! ……真面目な話だよね! 分かってるよ! えっとぉそうだなあ~……よくわかんない。魔力があるのは分かるよ? でもなんでそれが魔法になると水になったりするのか分かんないよ」
うわ~~すっごいわかるそれ!
僕もすっごい考えた結果、魔力がなんにでもなれる万能エネルギーと言う風に思い込むしかなかった。
でもさっき聞いた属性の特徴のおかげでなんとなくは掴めた。
模倣と再現、案外これは的を射てるのではないだろうか。
僕が無詠唱で出す魔法はだいたいが模倣の魔法だろう。模倣の魔法は僕のイメージが通りやすく扱いやすいからだ。
再現の魔法はおそらく「アッシュのおいしい水」を出すくらいしか使っていないと思う。あの水は出すことは出来ても干渉が難しかった。
考えられるのは、魔力が置き換わったがゆえに、水に干渉する為の魔力が無いのではないかということだ。
そのため自然と摸倣を使っていたのだが……
おそらくエレアお姉ちゃんは再現の水を出している可能性が高い。水を生み出していると思っているのだ。
つまりエレアお姉ちゃんの魔法が散っていくのは、水に十分に干渉できていないから維持が出来ない。魔法が水になっていると思うが故に、届かない。
「あのね、魔法はほんとに不思議でね、水になったり水になってなかったりするんだよ」
「?? 水になってなかったら「アッシュの美味しい水」飲めないし、水魔法にならないよ?」
「さっきサフィー母さんが基本属性は再現と模倣って言ってたの憶えてる?」
「うん……一応……」
「難しいよねー、僕も正直ちゃんと分かっているかは自信が無いよ。でも「アッシュの美味しい水」をつくってるからこそ分かったことがあるんだ。あの水は、再現の水なんだ。」
「再現の水?」
そう、「再現の水」。水を再現したことで実際に喉を潤し、水分を補給できる、そういう水になっている。
再現の水は、どこまでも水。魔力が水に置き換わっていく。一応無から有ではないので、創造の類ではないと思う。
では模倣の水は何かと言えば、魔力が置き換わり切っていない、存在しきれていない水と言える。
言葉通り、魔力が水の状態を真似していると言えばいいのかな。
だからこそ僕らのイメージが通りやすい印象がある。
簡単に言えば、再現は水! 模倣は水っぽい魔法! こんな感じだ!
ちなみに模倣の水を飲んだことがあるが、喉が渇いたままで、胃の中にたまった感じがしなくてすごい気持ち悪かった。
おそらく体内に入った瞬間、魔法との接続が切れて解けてしまうんだと思う。
以上のことを丁寧に、でも結論は雑に教えてみた。
「再現と模倣はなんとなく分かったけど、それの使い分け方が分かんないよ~」
「詠唱で分けてみよっか。再現の魔法は『我が意に応え、清らかな水よ出でよ』。僕が最初に使った魔法でもあるね。模倣は『我が意に応え、水となり、的を射抜け』とかにしてみよう。模倣であることを意識して使ってみてね?」
「うん……じゃあまずは、いつも通りの魔法から。『我が意に応え、清らかな水よ出でよ』!」
予想通りだ。魔力視で視て初めて確信できた。水の内部にエレアお姉ちゃんの魔力が無い。外側を覆う魔力で無理やり動かしているような状態だ。
その後その水は放物線を描くようにしながら飛んでいくが途中で散ってしまった。
「次は模倣の方でやってみよう!」
「うん。『我が意に応え、水となり、的を射抜け』!」
今度の魔法は水と魔力が混在しているような状態だ。これなら意のままに操れるだろう。
なるほどね、置き換わる量の差だったのか。
その言葉から発された水は勢いよく、発射され的にしっかりと衝撃を与えることが出来たようだ。
あっさりと改善された魔法にエレアお姉ちゃんは目を丸くしている。
かなり前から無詠唱で魔法を出すことが出来るようになっていたが、攻撃性のある魔法はなぜかずっと苦手だった。
それのせいか、エレアお姉ちゃんは剣の稽古に身が入りだして、人の瞬きの隙を突いてちゅーしてくる変態的挙動のな変態になってしまった。
だが、今回の件でエレアお姉ちゃんもしっかりと魔法が使えることが判明したのだ、これからは魔法の練習も楽しんでやれることだろう。
もっと言うなら、再現の水をあれだけ動かしていたのだから模倣の水ならもっと動かしやすいはずだ。水使いエレア爆誕かな?
「エレアお姉ちゃんおめでとう! ここからは、模倣の魔法をどう扱うかでいくらでも威力のある魔法を使えるはずだよ」
「アッシュ……ありがとう……本当にありがとう! 魔法が使えなくても強くなるために剣を頑張ってたけど、おかげでもっと強くなれそう!」
「うんうん! 僕ももっと頑張らないとだ! あっ水を剣の形にしたら岩も切れるのかな? 魔法の形次第では色んな効果を持ちそうだよね~」
「おもしろそうだねそれ! 水の剣つくってみよーっと!」
「楽しそうなところ悪いけど、エレアはまず他の属性の練習をしなさい。あなた水以外のほとんどの属性が苦手だったわね。この際だからある程度は使えるようになっときなさい。」
僕らが喜び合っているとサフィー母さんがごもっともな意見を言ってくれた。
実際使えて困るものでもないだろうし、その意見には賛成だ。
だが当のエレアお姉ちゃんとしては出鼻をくじかれたような気持なのか、目を細めてサフィー母さんを見ている。
そんな視線も何のそのと見つめ返し続け、根負けしたのはエレアお姉ちゃんだった。
「はぁい……」
「よろしい。アッシュはちょっとお話ししましょうか! ジェイナちゃんは魔力を感じて、私たちの魔法に慣れておいて!」
「わかりましたぁ~」
どうして僕はお話なんだろう?
何か変なことをしたのだろうか。それともサフィー母さんが改善できなかったことを僕がやってしまったから面子を気にしているのだろうか?
二人から少し離れた所で、少し真面目な顔をしたサフィー母さんが中腰になって、僕と目線を合わせてからゆっくりと諭すように話しかけてくる。
「アッシュ。あなたはとてもすごいわ。お母さんなんかよりもきっとすごい魔法使いになる。きっとあなたの魔法に関する知恵や知識は多くの人を助けるわ。でもね、お母さんはそうして欲しくないの。」
どう、して? 分からない。魔法が使える人は多ければ多いほど良いはずだし、生活も豊かになる。それなのに、なぜ……?
僕は眉をひそめて、ただただサフィー母さんを見つめることしか出来ない。
「わからないわよねっ? きっとわからない方が良いことなのだけど、あなたはラディアル学園に興味を持っていたでしょう?」
「……うん」
「学園に行くということは、カンロ村を出るということ。そしてこの村の外の人たちは、優しい人たちばかりではないの。あなたの知識や知恵を独占しようとしたり、あなたに危害を加えてくるかもしれないの。だから、あなたの力は多くの人の前では見せない方が良いかもしれない。このことを伝えたかったの」
魔法の力は凶悪だものな。そりゃ武力として使われているだろうし、その力を狙って来る者もいるということ。或いは敵になる前に排除しようとする者もいるかもしれない。
サフィー母さんの懸念は最もだ。でも――
「どうして、僕にだけ言うの? エレアお姉ちゃんの方が強いし、綺麗で可愛いから色んな人が寄ってくるかもしれない。僕にだけ言う理由が分からないよ」
そう、これはエレアお姉ちゃんにも言って然るべきことだ。剣の技量も体捌きも最近はメキメキ伸びているし、僕の説明で魔法も使えるようになってきた。
この注意は僕にだけしても意味が無いはずだ。
「…………」
「母さん?」
どうしたのだろうか? 急に押し黙ってしまった。何か言いづらそうな堪えるような顔をしている。
「エレアは、お馬鹿だから良いのよ…………」
「ん?」
「あの子は自分の技術を人に教える才能が……かわいそうなくらい無いの。戦闘力は同年代の子と比べてずば抜けて高いし、物腰も基本は柔らかくて良い子よ? でもあの子は「ずばーん」とか「ぐいーん」とか「ほいっ」とかで喋ってしまう子なのよ。アッシュの前ではお姉ちゃん振るために無意識に使ってないみたいだけど……」
いやいや、え? あのエレアお姉ちゃんが? まさかの感覚派の天才タイプ? 僕に勉強を教える時はすごく丁寧に教えてくれてたエレアお姉ちゃんがぐいーん?
流石に信じられないのだが……
「だからエレアにはもう邪魔な相手は力でねじ伏せろと言っておいたの。あの子の美貌も相まって良い感じに許されそうだし、勝手に味方をつくるタイプだろうし、とにかくエレアは大丈夫! お父さんとお母さんもいつでも力になるって約束したもの!」
「うん。なんか言いたいこと分かった気がする。なんだかんだで悪いことにはならなさそうだよね、エレアお姉ちゃんって。」
うちの村でも人気はあるし、男子たちは高嶺の花に見ているのか不用意に近づかない空気があるし、でもその当人は社交性があって分け隔てなく接するしで、謎のカーストが出来ているような状態ではある。
それを思えば、勝手に回りがエレアお姉ちゃんに都合の良い方へと転がりそうだ。
「そんなことよりあなたの能力よ! あなたは魔法を理論立てて説明できて、その上魔力視まで使いこなせる。あなたを一人引き込むだけで何人もの立派な魔法使いを手に入れるのと同じ価値があるのよ。エレアはエレアで価値があるけど、アッシュの価値はあなたが与え振りまくものそのものが価値になるの。良く憶えておきなさい。……憶えるのは得意でしょ?」
「そういうことだったんだね。僕はもう立派な魔法使いだったのか! いやあ照れるなあ! …………ごめんなさい! 睨まないで! 分かってます、知識を不用意にばらまきません! 僕が色々出来ることは外ではあんまり見せないようにするよ。」
「そうしてくれると、嬉しいわ」
そう言って申し訳なさそうに微笑むサフィー母さんに抱きしめられる。
サフィー母さんが安心出来るならその程度はお安い御用と言うものだ。
元より力を無暗に力を見せる趣味は無いし、僕は失わないための力を求めただけで、魔法はもっと便利に使うべきだと考えている。
いつか指を振るだけで散らかった部屋を片付ける魔法をつくりたいんだ!
……だからだいじょうぶだよ。サフィー母さん。
サフィー母さんに応えるように僕も抱き返す。
僕の身を本気で案じてくれたんだ。
そして僕の魔法に対する造詣の深さはすでにそれほどに至っているということを無自覚な僕に教えてくれた。
いつも変わらず僕らのことを見ていてくれて、心配してくれて、こういうのを愛情をと言うのだろう。お母さんがくれる無償の愛。
家族の愛に触れるたびに前世がフラッシュバックする。その度に後悔と感謝が溢れる。
僕は今度こそ、この愛を大切に受け取りたい。素直に感謝を口にしたい。思いを伝えたい。
「ありがとう、母さん。大好きだよ。」
「っ……お母さんもアッシュが大好きよ!」
「それじゃあそろそろもどろっ!」
サフィー母さんの申し訳なさそうな顔ではなく、晴れやかな笑顔が見れて僕も満足だ。
少しの距離ではあるけど、手を繋いでみる。
そうすると優しくでもしっかりと握り返してくれる。
僕はラッキーだ。こんな暖かい記憶もそのままに憶えていられる。
良い記憶も悪い記憶も全部そのまま刻まれる。ほんと良いスキルを選んだよ。
今日の魔法の練習はエレアお姉ちゃんとジェイナを見ることで終わってしまった。
僕は僕の考えた魔法を試せなかったが、そんなことどうでもよいと思えるほどに終始二人が楽しそうで良かった。
エレアお姉ちゃんは要領を掴んだのか、魔法に対するイメージが変わったのか、基本属性をしっかり使えるようになっていた。
ジェイナは徐々にサフィー母さんの魔法に慣れてきたのか、発動速度や規模も上がっており、順調に上手くなって、自分がを魔法を扱えることにまた泣きそうになっていたほどだ。
日が落ちる前に魔法の練習を終え、その帰り際には「また明後日も来ます」と嬉しそうに笑っていた。
ジェイナの姿が小さくなるまでみんなで見送り、裏庭に戻って後片付けをしようと言うところで、ジェイナと何があったのかと詰め寄られることになってしまったが。
僕は何一つ隠し事なく話したのだが、その時のエレアお姉ちゃんとサフィー母さんの態度と言ったらひどいものだった。
片やむすっと頬を膨らませて、片やニタニタと笑っており、最終的にはやっぱりアッシュと結婚すると騒ぎ出したエレアお姉ちゃんを窘めて、今日も賑やかな一日を終えた。
明日もまた騒がしい一日になるんだろうなと思うと自然と頬が緩んでいた。
その顔を見たエレアお姉ちゃんが変な顔だと笑ってきたので今日は僕のために用意されたベッドで寝ることにする。
平謝りしてくるエレアお姉ちゃんにアルカイックなスマイルを向けてやるとまた笑われたので背を向けて無視して眠った。
全く失礼な姉だよ!
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