第29話 僕、魔法を詳しく知る

 水球の制御に失敗して盛大にスプラッシュした僕。

 その後始末をサフィー母さんがやってくれているので、早いところ着替えて手伝いに向かおうと思う。


 びしょびしょの服はやっぱり着心地悪いよね、さっさと脱いでしまおう。

 ……でもその前に、


「エレアお姉ちゃん。あんまりジロジロしないでほしいんだけど?」

「みみみみ見てないよ! 着替えとタオル持ってきたから、渡せるように待ってるだけだよっ!?」


 見られることは構わないのだが、意識してジロジロと見られると少々据わりが悪い。

 エレアお姉ちゃんの視線は言っても逸れないし、気にしないようにして着替えよう。


「んーっしょっと……ふぅ。エレアお姉ちゃんタオルちょうだい……?」


 ん? こちらを見てエレアお姉ちゃんが固まっている。視線の位置は僕の腹部に向いてるけど僕のお腹になにかあるのだろうか?

 エレアお姉ちゃんの視線の先を追って見てみると、僕のお腹が少し割れ始めていた。


「僕の腹筋が……割れているだと?」


 前世では一度も割れた事のない僕の腹筋が割れそうになっている。


 うぉおお! すごい、僕の腹筋ちょっと硬い! でもこれだけ筋肉がついて来ているなら筋トレはそろそろ控えて素振りの調整に時間を割こうかな?


「アッシュ、そのお腹ちょっと触って良い? ちょっと、ちょっとだけだからっ」


 発言だけ見れば立派な変態だな、エレアお姉ちゃん。弟は悲しいよ?


 そんなエレアお姉ちゃんは触るとどんな反応をするのか気になるので、許可を出してみる。


「じゃあちょっとだけ失礼しまぁす……ふわあ~かたぁい。カッコいいねアッシュ!」

「っ! あ、ありがと。もう着替えるから先に戻ってて。」

「分かった、じゃあ先行ってるねー!」


 時々うちのお姉ちゃんは不意打ちを打ってくる。普段は「アッシュ可愛い」、「可愛いねー」しか言わないのに、今日に限って「カッコいい」なんて言われると戸惑ってしまう。


 両頬を両手で勢いはさむように叩いて、気合を入れなおしておく。

 今からするのは魔法の練習だ。真面目に行こう!


 ただ、僕の腹筋がかっこいいことは……



 僕が着替えて裏庭に戻るとすでにぬかるんだ地面は見当たらず整地は終わってしまったようだ。着替えにそう時間はかかっていないのだが、流石はサフィー母さんと言ったところか。


 そう思った瞬間、サフィー母さんがこちらに気付いて振り向く。

 二児の母にもかかわらず十分に綺麗なその顔から十二分の圧力が飛んできた。


「アッシュ。あなた今、何か失礼なことでも考えたかしら?」

「いえ、滅相も御座いません! 非才な私めには及びもつかない程の魔法の技量に感動を覚えていただけに御座りまする!」

「それならいいのだけど。 どこでそんな難しい言葉遣いを憶えたのかしら?」


 なんだ、うちの家族は僕以外みんな【直感】のスキルでも持っているのか? どうして思考しただけなのに察知するんだ!? 【直感】のスキルは勝手ににょきにょきと生えてくるものなのか?


 この世界にはまだまだ僕の知らないことが沢山あるのだろう。とりあえずスキルの獲得方法と確認方法が非常に知りたい。

 僕の場合はウィンドウさんから選択式でもらったが、やはり神様関係なのだろうか。そうなるとウィンドウさんも神様になるのだろうか? 今度村の教会に確認しに行こうと思う。



 僕らが賑やかにしていると、「おはようございますぅ~~!」とジェイナが元気よく走ってくるのが見えた。

 ジェイナの笑顔はやはり大きく変わった。表面的な笑顔ではなく、心から生まれた笑顔のような、目の奥が輝くような、そんな年相応な明るい笑顔を振りまいている。


「ジェイナちゃーん! おはよーっ!」

「エレアちゃんおはよぉ! なんだかご機嫌だね?」

「え~? わかっちゃう? さっきのアッシュがね格好良かったんだー! でもそういうジェイナちゃんもご機嫌だよね?」

「えぇ~そんなことないよぉ! 私はいつも通りだよぉ? それより――」


 女子は二人でもこんなにも姦しいのか。挨拶からの、顔を見て機嫌を察し、話が膨らみ、そして止まらない。


 コミュニケーションのスピードが凄まじいっ! 三秒意識を逸らしている間に、会話の内容についていけなくなった!? どうなっているんだ……


 あの二人をこのまま放置していると永遠に会話を楽しみそうな勢いなので、サフィー母さんに頼んで間に入ってもらおうかな。


「母さんあの二人を止めな――」

「あのジェイナちゃんの笑顔、何かあったわね。笑顔の質が違うわ……っ! まさか、恋? でも相手は誰? ジェイナちゃんの同年代にそんな良い子居たかしら……もしくは年上? いやその線で考えるなら年下も? そうなると、最近遊んだというアッシュ含めた四人のやんちゃ坊主の中の誰か? …………気になる、気になるわっ!」


 あぁ、駄目だ。これは僕には止められない。僕は未だ無力な一少年に過ぎない。女性の会話に割って入るには圧倒的に人生経験が足りていない。

 あの三人の世間話が終わるまで、僕は隅で瞑想でもしていよう。そうしよう。



 サフィー母さんはいとも簡単に会話の輪に入り込むと、流石の手腕で会話の主導権を握ると、すぐさま恋バナへと話を持っていく。

 エレアお姉ちゃんのアッシュLOVEを話の種にして、ジェイナはそういう相手はいないのかと情報を引きずり出そうとしているようだ。



 鮮やか過ぎて恐ろしい。エレアお姉ちゃんの丸わかりの話を敢えて再度開示することで、恋バナを話しやすいフィールドを作り上げている。最近会ったカル父さんとのときめきトークも自分から話すことで逃げ場をなくした!? 伏魔殿だ。女性は伏魔殿。権謀術数が渦巻いている!


 ん? 一瞬ジェイナと目が合った気がしたが気のせいだろうか?


 と考えたその瞬間! エレアお姉ちゃんとサフィー母さんのニタリとした目が視界に映る。


 全身の毛が総毛立つ感覚に襲われる! なんだ!? 一体何なんだ!? 僕は一体何に目をつけられたんだ!?


「さてと、そろそろ魔法の練習の時間ねーアッシュもこっちに来なさーい!」


 …………えっ? 先ほどの邪悪な気配の一切が消えた? どうなっている、なんだよこれ。僕の正気がゴリゴリ削られていくんだけど。


 恐る恐る、三人の元へと近づいて行くが何も起きないし、何も言われない。それがすごく恐ろしい。


「とりあえず、おはようジェイナ。その後、魔法の調子はどう?」

「おはよぉアッシュ君! 魔法はね、人間の使い方はまだ難しいかな。でも少しづつ使えるようになってきてるんだよ!」

「それは良かった! じゃあ今日はここでしっかり学んでもっと魔法を使えるようになって行こう!」

「「ふ~~ん……」」


 金縛り……? 全身の筋肉が硬直して動かない、新しい魔法ですか? 詠唱は『ふ~~ん』? コンパクトでいいねっ? なんでこんなことになってるんだよ……


「まあ、今は! いいわ。 今日は人間の魔法、正確には私の魔法初心者のジェイナちゃんがいるし丁度いいから一度基礎から学び直しましょうか!」

「……母さん。基礎って何?」

「何言ってるのよアッシュ、教えたでしょう? 属性や魔法の種類や使う際の基礎的な……アッシュに教えたことあったかしら??」

「僕は全く聞いたことないね……」

「……丁度いいからもう一度基礎から学び直しましょうか!!」


 誤魔化した!! 僕基礎的なこと知らずに魔法のこと使ってたのかよ! いや使えてた僕もすごいけど、これ【記憶】と【魔法の才】があったおかげだよね? 逆か? あったからこそ使えてしまってみんな忘れちゃったのか?


 なんにしても酷い話だ。流石の僕も知らないことは【記憶】出来ない。知らないことすら知らない僕にはどうにも出来ない話だ。これが理不尽、世の理。僕はまた真理に近づいてしまった……


「とりあえずそうね、アッシュ。あなた魔力視出来たわよね? それで魔法を使う際の魔力の動きや変質の仕方は分かるわね? 基礎を知らないのに魔力視出来る方がおかしいんだけど……」

「分かるけど、魔力の動きは人によって違うし、ジェイナの時に見たけど、エルフの魔法はもっと違ったよ」

「そう。それが大事なの。その人にはその人に合う動きがあって、イメージがあるの。だからこれが正解と言うものはないのよ。要するに、一番やりやすい形を探しなさいということね。」


 なるほど。僕のやり方は、最も簡単な魔法の動きを【記憶】して真似ていたけど、僕に合うもっと良いやり方があるかもしれないのか。

 【記憶】していくだけで強くなれると思っていたが剣技同様、一筋縄ではいかないか。

 だがそれは同時に、拡張性もあるということ。他者のやり方を参考に出来れば魔法の幅も増えるというもの。

 やはり一人では強くなるのにも限界があるか。ラディアル学園の話は僕にとっても渡りに船だったのかもしれない。


「ジェイナちゃんは、まずは詠唱込みで魔法を使って魔力をよく認識するところからよ」

「わかりましたぁ!」

「うん。では次に魔法における属性と、その属性が持つ特徴ね! まずは、魔法の属性には何があげられるかしら、分かる人~? ……誰か手を上げなさい。」

「僕は教わってないからな~」

「私もぉ、エルフとは違うかもだからぁ~」

「……おぼえてません」


 精一杯目を逸らしてぼそっと喋るエレアお姉ちゃん。それを見て苦笑いのジェイナに頭を抱えるサフィー母さん。

 なるほど、これは一般常識レベルの可能性がある。


 でもね、うちのお姉ちゃんは阿呆ではないんだ。自頭は良いはずなんだ。でもちょっとお馬鹿なだけなんだ!


 あんまり怒らないであげてほしいが、飛び火が怖いので僕は何も言わない。袖をつかまれても助け舟は出せない。申し訳ないエレアお姉ちゃん。

 いつかの勉強会でもこんなことあったな。これに懲りたらもう少し座学を頑張ってもらいたい。


「はあ~これからエレアにはお勉強の時間をつくりましょうか。」

「ええーーそんなあー!」

「ちゃんと覚えていたら問題ない話よ? 話を戻すわ。魔法の属性には、基本の属性に火と水と風と土。特殊属性に光と闇。希少属性に氷と雷。それらに分類できないものを無。大きく分けてこれらの九種類があげられるの」

「樹の魔法や精霊の魔法も無に入るんですかぁ?」

「いいえ。それはおそらくエルフ固有の魔法だと思われるわ。いつかジェイナが、私の魔法のやり方を覚えて、自分に合うやり方を見つければ、それらの魔法も扱えるようになるかもしれないわね」


 種族固有の魔法があるのか。それは人間には使えないのかな? 森の中で樹の魔法とか使われたら勝ち目があるのか? 環境によっては最強じゃないか。

 すごく興味をそそられる! ゼフィア先生は使えるのかな?


「アッシュ―! 戻ってきなさい!」

「あっはい! 聞いてます!」

「それは聞いてない時に言う言葉よ! まったくうちの子達ときたら……それに比べてジェイナちゃんはなんて良い子なのかしら! うちの子になっても良いのよ?」

「!? …………そっそれはぁ、その、アッシュ君と結婚しろってことですかぁ?」

「うちの子で良ければ貰ってくれて構わないわ! エレアもジェイナちゃん達なら良いって言ってたしね!」


 エレアお姉ちゃんがそんなことを言っていたのか……今朝もすごいスキンシップ取ってくるのに結婚を許すことが出来るほどに割り切れていたなんて! 成長したなあ、エレアお姉ちゃん。


 でも僕、結婚するとは一言も言ってないんだけど? それにこんなノリで良いのか? 種族も違うけど大丈夫なの?


 というか、僕本当に何も知らないな。また今度カル父さんに聞こうかな?


「今は魔法の説明中でしょっ! アッシュの結婚はもっと後でも良い! ジェイナちゃんも流されちゃだめだよ? ちゃんと将来のこと考えなくちゃ。」

「もう、ジェイナちゃんもエレアも可愛いんだから! アッシュも罪な男ねー? ねえアッシュ?」

「理解はしたし、否定もしないけど、僕は今魔法の属性が持つ特徴が速く知りたいです!」


 二人の感情は理解した。僕は今、人生に三回訪れるというモテる期間なのだということもわかった。

 だがそれよりも今は魔法が知りたい。モテるなんてのは強くなってからで良い。守る力もないのに、守りたい人を増やすような無謀なことをするつもりは僕にはない。 


「男の子ね……わかったわ。授業に戻りましょう! それじゃあ属性が持つ特徴についてね。基本的に魔法と言うのは自然現象の模倣や再現が特徴よ。火は熱くて暖かくて燃えていて燃やす。これを自分の魔力で行うことで意のままに形や大きさなどを変えて破壊力を増したりしているわ。」

「模倣や再現。なるほど。 基本の四属性はそうだとしても、他の属性は?」

「基本四属性と希少属性の氷と雷も模倣と再現に当てはまるわ。それ以外の光と闇と無はかなり違うの」

「私には小難しいことはわかんないよっ」

「一緒に勉強しようねぇエレアちゃん」


 エレアお姉ちゃんとジェイナにはこういった話はまだ難しいのかもしれないな。

 だが、今回のこの情報。とんでもない価値があるかもしれない。

 模倣と再現。それはつまり、本物足り得ないということだ。ならば、魔法で物理現象を引き起こした場合の威力には遠く及ばない可能性がある。

 或いは、イメージ次第の魔法だ、本物を軽々と超えた力を持つかもしれない。


「まず言っておかないといけないのは、光と闇と無の三つの属性は分かっていないことが多くあるの。だから今から言うことが全てではないと思って聞いてちょうだい? どれも曖昧でもあるから何か思いついたら何でも言ってね? ……光は、与え動かす。闇は、奪い止める。無は増幅させる。現状ではこう言われているわ」


 ……すごくおもしろい。カル父さんに闇魔法絶対教えてもらおう。可能性の塊だ。

 光と闇をセットで考えるより、別の属性と合わせて考えるべきかもしれない。


 光は与え動かす、回復魔法は光からの派生。生命力の贈与? 付与魔法とかも出来るかもしれない。


 闇は奪い止める、パッと思いつくのは熱エネルギー、或いは原子の運動エネルギーを奪うことで水魔法を氷魔法に繋げられるかもしれない。

 氷魔法が使えれば、雷魔法にも繋がるかも!


 そして何より、無の増幅。これが一番おかしい。身体強化ってどう考えても無に属するよね? 増幅が発生した現象にも作用するなら、魔法の威力をブースト出来るかもしれない。


 なんだこれ、なんだこれ! すごい! すごいじゃないか! 魔法の可能性は無限大だ!


「アッシュ、目を見開いたまんま動かなくなっちゃったね?」

「すっすごい顔ぉ、してるねぇ?」

「ほっときなさい。そのうち戻ってくるでしょう。さあ、これらの知識をもとにイメージを明確にして魔法を実際に使っていくわよ~!」

「「は~~い」」



 前世の知識から気象に関する情報を洗い出せば、それだけで天災を起こせるかもしれない。

 前世の科学ではどうにもならないことが、光と闇があれば曖昧で適当な知恵と発想だけでもつくりあげられるかもしれない。


 あっははは!! 楽しくなってきた!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る