第28話 僕、学園のことを知る

 やたら乙女なゼフィル先生の夢を見て跳び起きた僕。

 どうやら僕のスキルは夢の内容も覚えてくれるらしい。


 余計なお世話だ! 次ゼフィル先生に合う時どんな顔したらいいんだか……


 すっかり目が覚めてしまった僕は、少し早いが横で寝ているエレアお姉ちゃんを起こすことにする。

 名前を呼びながら体を揺するが一向に起きない。どうやらかなり深く眠っているらしい。

 証拠に、半開きの口から涎が垂れて綺麗に伸びた黒髪に掛かってしまっている。


 昨日は僕が定休日をつくったことにより、カル父さんと一対一でずっと木剣で打ち合っていたらしいから仕方ないのかもしれないが、にしても少しだらしない。



 ……改めて見て思ったが、エレアお姉ちゃんって美人だな。美人が涎を垂らしているのは有りなのだろうか? ギャップ萌え? 


 そう言えば、寝顔を見るのも久しぶりなことに気が付いた。おねしょをしてしまった時以来かもしれない。


 今日は、ゆっくり寝かせてあげようかな。


 そう思い、日頃の感謝も込めて【浄化】をかけてあげる。これなら、汗や涎もきれいさっぱり取り除いてくれるしゆっくり休めるはずだ。

 ついでに顔に掛かった髪も払ってあげた瞬間、腕をつかまれて抱きしめられる。


「えっ? 今何が起こった?」


 気が付いたら抱きしめられていた。瞬きの間とはこのことか!


 こうして抱き枕にされるのは別に嫌という訳ではないので特に抵抗はしないでおくが、我が姉は体の使い方がどんどん進化していくな……末恐ろしや。


「ん~あっしゅ~。ちゅー」


 気付いた時には僕の唇が奪われていた。

 これまた瞬きをしている内にだ。知覚できなかった。


 どうしてエレアお姉ちゃんは寝ながら人の呼吸を読んで虚を突いてくるんだ? 唇を奪われたことよりも、その技術に脱帽だよ。


 僕が目を見開いて驚きに固まっていると、


「にへへ~あっしゅとちゅーしちゃったあ」


 なんてことを寝ぼけ眼で言ってくる。


 ……確信犯じゃん!


「エレアお姉ちゃんが毎朝僕にちゅーしてるの、僕知ってるよ?」

「ふえ。……なん、で……気配も消してからやってるのに……」

「気配消しても、体が接触したら意味ないと思うよ?」


 僕からの唐突なカミングアウトに眼がぱっちりと開くエレアお姉ちゃん。


 そう、何を隠そうこの姉、徹底的に気配を希薄にしてから僕に近づいてスッっと近づき、何でもないことのように口づけしてニヤニヤとしながら去っていく。重度のブラコンだ。


 だが以前のようなねっとりした空気は無く、家族愛や親愛の情からくるそれをいたずら感覚でやっているように感じていたので特に追及はしていなかった。


「じゃあ、お姉ちゃんがアッシュが寝たあとにもちゅーしてたことも知ってるんだ…………はわわわわわわわ」

「待って、なにそれ?? 僕それ知らないんだけど!?」

「……うん! 早く起きてごはんたべよーっと! アッシュ顔洗いに行くよー!」

「無かったことにはさせないからね!? 教えないと髪梳いてあげないよ!?」


 裏庭で顔を洗いながら話を聞くに、どうやら僕が眠ったのがなんとなく分かって、もう一度眠りに就く際にちょっかいを出してるのだとか。


 カル父さんが前に「エレアも【直感】を持ってるのかもしれない」なんて言ってたな。

 なんつー使い方してやがる! 寝た後なんてわかる訳がない! 


 ぶつくさ文句を言いながらも髪を梳いてあげる僕はきっとすごく優しいに違いない。


 櫛を渡して今度はエレアお姉ちゃんが僕の癖毛を梳かすのだが、こっそりスンスン鼻を鳴らして僕の匂いを嗅いでくる。


 変態だ。


 梳かし終えると、今度は頭を抱えるようにしながら僕の頭の匂いを堪能してくる。


 しっかり変態だ。


 最後に、【浄化】をかけて僕らは食卓へと向かう。


 ちなみに、なぜ最後に【浄化】をかけるのかと言えば、【浄化】は汚れや匂いの元も取り除くので体臭などが薄くなる。

 その結果、「アッシュが足りない!」とエレアお姉ちゃんが不満を垂れるので、最後になってしまった。


 がっつり変態だ。


 愛されて喜べばいいのか、変態チックな姉を残念がればいいのか、今の僕には判断が出来ないため、されるがままになるしかない。

 ……嫌とは思えない当たり、僕も相当に毒されてしまっているのかもしれないな。




 僕らがリビングに入ると丁度ご飯が出来たようで、用意を手伝ってからみんなで食卓を囲む。

 これが我が家での当たり前だ。とても大切な当たり前だ。


 あの日から、この当たり前の光景が僕には宝物に思えてしまう。家族が笑っているこの時間がかけがえのないものなのだと、実感し続けてしまうようになった。

 おかげで最近涙腺が緩くなってきた気がする。

 朝から湿っぽいのはごめんなので、すっかり頭から抜けていた話を振ってみようと思う。


「そう言えばなんだけど、エレアお姉ちゃんの学校の件ってどうなったの?」


 以前、弟離れにも丁度良いかもしれないと王都ジルコニアとやらにある王立の学園の説明をしようと言っていたのに、失念していた。


「そう言えば、二人の話を聞いたり、霊獣が動いたり、ここ最近は稽古だったり、なんだかんだと話しそびれてしまったね」

「実は、お母さんも詳しいことは知らないのよね~。行ったことなかったから。折角だし色々教えてもらいましょうか!」

「……私は、別に知らなくてもいいんだけど。結婚できなくてもアッシュと一緒に居たいし。」

「とりあえず聞くだけ聞こうよ? ねっ? 王都なら僕らより強い人もいるかもしれないしさ?」

「……うん」


 なんとか話を聞く流れには出来たが、正直自分で言っていて可笑しくなってしまった。

 エレアお姉ちゃんより強い同年代なんてそうは居ないだろう。


 だが、学園の話は聞く価値はあると思う。王都の学び舎ということは、集まってくる情報の量もこことは桁違いだろうし、書物に関しても相当な種類と量を確保しているはず。

 そこには、伝承や、魔法に関する本や、全く違う概念を見出したようなものもあるかもしれない。

 強い人は居なくとも、強さに繋がる何かがある可能性は高い。


「お父さん通ってはいたけどあんまり詳しくはないからね? ……おほん! それじゃあ、簡単に説明するね。王立ラディアル学園は――」


 カル父さんの話によれば、十二歳から十七歳までの五年間そこで学ぶことが出来る場所。

 貴族も平民も王族も関係なく通う学園で、僕らが住むイーティリアム王国の中でも最高峰の学園なんだとか。

 そしてこの学園には学科があり、騎士科、魔法科、冒険科、政務科、と四つの学科があり、それらは入学する際には選べず、二年間幅広く様々なことを学んだ後、三年目に選択することが出来る。

 豊富な知識と経験を備えた講師陣が数多く在籍しており、三年目からはより専門的に学ぶことが出来るので、学園卒業時には即日登用可能なレベルにまで仕上がっておりラディアル学園の卒業生というだけで引く手数多なのだとか。

 騎士科なら騎士や礼儀作法と戦闘力如何によっては王国騎士団への入団、魔法科なら魔法師団や魔法研究者に、冒険科は冒険者のランクがいくつか上がった状態で入ることが出来るそうで、政務科なら文官として重用される。


 なるほど、真面な親なら学園に入れたがってもおかしくないほどの素晴らしい学園だ。

 さらには王侯貴族まで通っており、玉の輿まで狙えると来た。玉の輿とまではいかずとも、交友を築ければそれは得難い人脈となるし、人生と言う長い目で見れば行かない方が損であると断言できる。

 平民にとって快適な環境であるならだが。


「父さん、一つ質問。すごい学園だけど、平民って立場が一番下なんでしょ? いじめられないの?」

「それに関しては問題ないね! ラディアル学園の創立者である当時の国王様がね、「この学園内では皆等しくあれ。種族も地位も全てを無いものとして共にあれ」って言う言葉を残していてね? さらに「これは永続的な国王からの命令である。これに違反するものに学びの場所は与えない」とまで残されているんだ。」


 朗々と語るカル父さんは、通っていたころを思い出しているのか少し懐かしそうだ。


 僕の内心はカル父さんとは逆にすごく荒れている。


 なんだその理想的な国王は。

 未来で禍根を生み出さない様に、平民という分母の大きさから必ず生まれるだろう貴族よりも優秀な可能性を摘まないように、そして自分が出した命令が形骸化するのを読んでいたかのように先んじて出された永続的な命令…………

 創立者から出る言葉なのかこれは。未来でも見てきたのかその国王は。


 僕がここまで色々な可能性が浮かぶのは、前世で読んでいたライトノベルの記憶からだ。それらは決して完全な世界ではないけれど、それでも数多の世界を僕は読んできた。

 ある世界では、貴族が平民を甚振り、非道なことが平然と行われたり、差別なんてあたりまえな世界もあった。前世の現実の学校もまた暗黙の了解のような差別やいじめはあったんだ。


 だが、創立者と言った。学校を建てた者が言ったんだ、永遠に差別を許さないと。

 いったいどうしてそんな命令を残したのか気になる。


「……どうし――」

「なんで? 種族はわかんないけど、地位は関係ないなんて言ったら、王族とか貴族の意味ないよ?」


 エレアお姉ちゃんってやっぱり馬鹿ではないんだよな。本質的なことはしっかり理解してる。勉強が苦手で仕方ないんだろうけど。


「それね~、お父さんも在学中に気になって聞いたんだよ。お父さんと同じ学年にたまたま王族の人がいてね、直接聞いてみたんだ。そしたらなんて帰ってきたと思う?」

「お母さんにはわからないわね?」

「私も思いつかない~」

「……人が育たなくなるから、とか?」

「良い考えだね! お父さんも似たようなことを考えた。でも全然ちがったんだ。」


 他人のためじゃないのか? じゃあ誰のため? 王のため? 何が役に立つんだ?


「なんでも、次の国王様のためなんだってさ!」

「あら、どうしてそれが国王様のためになるのかしら?」

「とても簡単な話でね、王族には代々伝えられている言葉らしいんだけど、『国王も一人の人だ。人は独りでは立っていられなくなる。その時支えになるのは友だ。自らをさらけ出せる対等な間柄である友だ。身分も立場も越えた友だ。私には執事の友とパン屋の友が居た。おかげで肥え太ったよ。』と答えてくれたね。この言葉は、当時の国王様の言葉を友たる執事がそのまま書き残して言い伝えられてるそうだよ。」

「なるほどねっ。それは素晴らしい友だわ!」


 サフィー母さんはすごく良い笑顔でそういうが、とてつもない話だ。


 王族と対等に話すことを許されてもその言葉を額面通りに受け取る者がどれだけいるか。

 王族が心からの信頼を寄せる友を探すためにつくられた命令。

 例えそれだけのためにつくられたものだとしても、それによってどれだけの人が育ち、国がどれほど大きく強くなったのか。


「友達をつくるための命令だったってこと? それはそれですごいねえ~」

「うん……ほんとにすごいよ、その王様」


 そんな学校なら、通う価値は十分にあると言える。

 権力を封じたのが最高位の権力を持つ国王で、今代の王族までその言葉が受け継がれているなら、その言葉を正しく理解しているだろう王族はきっと人格者が多いだろう。


「さて、ラディアル学園の説明はこんなところかな? ……あっそうだ、忘れていたよ。秋口

に入学してから夏までは学園に併設されている学生寮ですごして、希望者は夏の間は帰郷することも出来るんだ! ずっと家族に会えないってわけじゃないからね?」

「ん~~。アッシュも学園通う? 五年間なら、二年間はアッシュと一緒に居れるよね?」

「僕は、正直行ってみたいって思ったよ? でも気になるのは、この村から学園に行く人はエレアお姉ちゃん以外にいないの?」

「あー! そっか! ポーラちゃんもジュリアちゃんジェイナちゃんも行けるかもしれないよね!」

 

 入学試験の内容にもよるけど、今から学ぶなら二年間はある。それだけあれば、実際に入学していたカル父さんがいるんだ、対策は充分出来るはず。


「そこは、各家庭次第じゃないかな? よそ様の事にまで口出しできないからね。今度エレアが自分で聞いてみなよ」

「うん、そうするよっ」

「そう言えば、今日の魔法の練習にはジェイナちゃんが来るんだったわね、早く食べて用意をしておかなくちゃ!」


 ゼフィル先生から話を聞いていた僕はすでに朝ご飯は食べ終わっていたのだが、みんなはカル父さんの話に集中してたからね、しかたない。


「僕、先に行って裏庭整えとくよ。他にやっといた方が良いことある?」

「ん~! ありがとアッシュ! 飲み水の用意とか、魔法を打つ的とかあると良いかもしれないわ! おねが~い!」

「任せておいてよ!」

「私もすぐ行くから待っててアッシュ~!」

「落ち着いてゆっくりよく噛んで食べるなら庭で待っててあげるよ?」

「わかった~!」


 そう言いながら、詰め込もうとしていたパンをちぎって食べるエレアお姉ちゃんは相変わらず単純で素直で可愛らしい。

 サフィー母さんも慌てて食べようとしていたのを改めて、姿勢を正して食べている。


 よく似た親子だことで。


 なんて言いつつも、カル父さんは僕と同じですでに食べ終えていて、畑作業に向かう準備をしているので、僕らも似たもの親子かもしれないな。



 学園か……僕が通うとしてもまだ六年も先の話。

 当分はこの村で自己鍛錬と楽しい魔法開発に励もうかな。

 とりあえずは、サフィー母さんに頼まれたものを終わらせておこう。


 あっ。魔力密度を上げて水球を出したら、味変わるのかな? ちょっと試してみるか!


 地面を均してから、二十メートルほど先にポコポコと盛り上げた土を圧縮して頑丈な岩のような的をつくっておく。

 この程度の作業はもはや片手間で出来る。

 余った時間は魔力密度による魔法の変化の度合いでも検証してみようかな。


 二人が来るまでの時間はまだあるし、ちょーっと実験させてもらいましょう!



 二人が裏庭に入って来た時、僕は全身が水浸しになっており、その余波で広範囲の地面がびちょびちょにぬかるんでいた。


「…………」


 サフィー母さんからの鋭い視線が痛い。分かってるんだ、自分がしたことは。途中でやめようとも思った、でもやめられなかった。だって面白そうだったんだもん。


「アッシュって時々すごいお馬鹿だよね。そんなところも可愛いけどねっ」


 やめて! やめてよ! その優しい目で見ないで!


「……申し訳ございません」

「お母さんは地面を直しておくから、エレアはアッシュの着替えを手伝ってあげなさい」

「わかったよー」

「よろしくお願い申し上げ奉りますで候」

「変なこと言ってないで早く着替えてきなさい!」


 僕は、好奇心に負けてしまったよ……でもすごくやり切った気分だ!

 今日の澄み渡った空のように清々しい。


 だってまさかの反応だったんだ、圧縮した魔力はそのまま圧縮した水になって、その水圧を制御出来ずに失敗して、それはもう盛大なスプラッシュだった。

 夏になったら、悪ガキ共に食らわせてやろう。ふふっ。


「アッシュ―? また変な顔出てるよ?」

「僕は今、最高の気分だよ、エレアお姉ちゃん……」

「おかーさーん! アッシュが変になっちゃったー!」

「もうほっときなさい!」

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