第32話 僕、強くなってもまだ弱い

 カル父さんから話を聞きつつ闇魔法を教えてもらい使えたは良いものの、どうやらとんでもないことに気付いてしまったのかもしれない。


 引き続き魔力視で闇を確認しつつ、追加で魔力を注いで闇がどう変化するのかを見てみることにする。


 ……やはり見た目に変化はない。内部がどうなっているのかを確認するために落ちていた木の枝を拾い上げて、闇に向かって突き刺してみる。

 明らかに枝が闇を貫通するするだけの長さが入っているのに、反対側から枝が出てこない……

 引き抜くと元のままの長さで出てくる。

 木の枝に目立った変化は見られない。魔力の干渉も起きていないようだ。


「父さん、この闇…………深いね。」

「アッシュ、その闇……なんなんだい?」

「僕が知りたいかも……」


 引き戻した枝をすべて闇に突っ込んでみる。

 枝は消えてしまった。闇の中から落ちてくることも無い。


 このまま、魔法を解除すると魔法による闇は霧散してしまうはずだが内部にあると思われる木の枝君は果たして無事生還するのか、共に霧散するのか………


「……このままこの闇を消してみるよっ」

「この闇が万が一暴走すると危ないから、お父さんの方でも闇を用意しておくよ!」

「あっありがと! ……それじゃあ、消します!」


 果たして結果は――



 闇が霧散したその時、吐き出されるように木の枝君が戻ってきた。


 うおおおおお!! 英雄の凱旋だあああ!!



 僕はすぐに木の枝君を回収し、魔力視と肉眼で木の枝君の状態を見るが何ら変化はない。

 もちろん木の枝君を持っている僕の手にも問題は無い。


 これらのことから導き出される結論は……!


 僕は片手で顔を覆いながら溜めに溜めて――


「先ほどの闇、内側が大きく広がっていて、中にものを入れることが出来る。と言うことが分かりました」

「なんだったんだ、あの闇は……僕の闇にそんな能力はなかったはずだ……アッシュと僕の違いは何だ? 魔力の差か? だが練度は僕の方が上のはず……」


 カル父さんは思考にどっぷり浸かって当分戻ってこなさそうだ。

 目を大きく見開いていて少し怖い。だがそれほどまでに謎の力を持った闇だったのだろう。


 だが一つ言えることがある。

 僕には闇に対する先入観は無く、ありのままの闇を生み出し、その状態を観測した。

 途中で魔力を注いだ時には、僕の願望が少し入ってしまったかもしれないが、そんな些細なことで魔法の在り方が変わることはあり得ない。


 反対にカル父さんは闇に対して恐れや抵抗感を持っていた。

 故に闇本来の在り方ではなく、使用用途を極めて限定化して使っていた可能性がある。

 慎重なカル父さんのことだ、限定的なイメージと詠唱で闇を運用していたとしても不思議ではない。

 もっと言えば、生み出しただけの闇に物理的に干渉することすらしていないのではないだろうか。


「『僕が求めるは闇 光を通さず飲み込む闇』」


 僕はもう一度闇を生み出し、魔力や魔法がどう動いて内部が拡張されているのかを観測しようと試みる。


 闇は表面にあたる光を飲み込みながら内側に闇を生成し続けている。


 先ほどと挙動は変わらない。闇を上下左右に動かすことも出来るただの魔法だ。


 試しに、出してすぐの闇に木の枝君を突き刺してみる。

 木の枝君は闇を貫通して反対側から顔を出す。サイズ感も狂っていないためまだ内部が拡張されていないことが分かる。


 一度、木の枝君を引き抜き魔力を闇に追加で注ぐ。

 魔力はすぐに魔法に変換されて闇になっていく。今ある闇を生み出した時と同じだけの魔力を注いだが、やはり外部に変化はない。

 つまり内部に変化が起きているということになる。


 そもそもの話、闇の特徴は「奪い、止める」だ。


 では、闇が内部に生成されるのはなぜか。

 「光を通さず飲み込む」という詠唱が関与していると思われる。


 では次に、闇が内部に蓄積されるのは何故か。

 仮説としては、奪い、止める以外に留める特徴も持っている可能性。

 奪った力は一体どこにいくのか、改めて考えると疑問だ。だが、闇の特徴として留め蓄えるのなら理屈は通る。



 次の疑問は、闇内部の空間の拡張の限界と生物が入れる事が出来るのか、入れられなくても腕だけなら入れることが出来るか。

 そして、拡張した空間を維持できるかが問題になる。



 これは、一朝一夕でどうにか出来るものではないかな?

 一応感覚そのものは【記憶】したし、いつでも再現可能だが派生魔法として確立できる気がしない。そもそも空間魔法でしたいこともあんまり無いというのが現状だ。


 サフィー母さんも回復魔法はやたら苦労したとか言ってたし、研究は一旦ここで終わりにさせてもらおう。


 あっ、未知をただ一人探索した英雄こと木の枝君を忘れるところだった。

 これからも闇魔法の実験の際には君にお世話になるからね。よろしく頼むよ相棒!


 相棒を片手に意気揚々とカル父さんに声をかける。


「とうさ~ん。そろそろ家に戻ろ~」

「うぉっと! あぁアッシュかびっくりした。何か言ったかい?」

「……そろそろ帰ろーって言ったんですけど」

「ああ、申し訳ない……考えこんでしまってね? でも闇のことはもういいのかい?」

「良くは無いけど、すぐにどうこう出来るものではなさそうだし、一晩時間を空けてまた考えるよ~」

「大人だねぇアッシュは……分かったよ。それじゃあ帰ろうか」


 苦笑しながら僕の頭を撫でるカル父さんだが、気になってしまうのか思考を続けており、家に着くまでに五回は躓いていた。

 ……だが一度も転ぶことは無かった。アクロバティックな動きでもって転倒だけは回避している。


 ダサいのにカッコいいってなんなんだろう。闇魔法よりもカル父さんの方がインパクトでかいよ……




 家に帰って昼食をとった僕ら。

 今日は勉強会が無い日なので全力かくれんぼが実施される。


 かくれんぼをする頃にはカル父さんの頭はしっかり切り替わっており、頻繁に躓くことは無くなっていた。



 ちなみに、相棒の木の枝君は僕の木剣の横に立てかけておいたので、処分されることは無いだろう。



 さてと、今朝の訓練を試す時がようやくやってきた。

 何やら今日はエレアお姉ちゃんも自信がある様子。


 カル父さんの方はいつも通りと言ったところか。


「今日は二人とも気合が入っているね。楽しみにしているよ?」

「今日こそはお父さんに勝つんだから!」

「僕も今回は自信があるよ。僕を見つけられたら父さんに僕流の身体強化を教えてあげるよ!」

「へえ~。それは楽しみだねぇ……!」


 おっと、カル父さんの興味を引いてしまったかな?

 だが都合が良い! 僕の世界と同一化するような隠密術がどれほど通用するのかを測る試金石となってもらおう!


 そうやって目と目の間にバチバチと火花を散らす僕らに近づく影が一つ。


「お姉ちゃんには!? お姉ちゃんも教えてほしーなー!」

「エレアお姉ちゃんは隠れる側でしょ……?」


 僕流って言ったのが駄目だったかな?

 もしかすると、ポーラと走った時のことをまだ悔しがっているのかもしれない。

 まあ、エレアお姉ちゃんが強くなる分には構わないので教えてもよいのだが……


「……だめ?」

「わかったわかった! わかったよお。父さんが僕を見つけられたらね?」


 どこでそんなおねだりの仕方覚えてきたんだ!?

 わざわざ屈んで、僕より目線を下にしてからの上目遣い! ベタだけど、美少女が目の前でやるだけでこんなにも破壊力が増すのか!!


「お父さん。……本気でやってね?」

「あっはい」


 ヒェッ……ブリザードでも吹きました?

 急に冷たい声音で実の父親に圧をかけたの怖すぎるんだけど……

 僕はカル父さんのためにも見つかるべきなのかもしれない……


「そっそれじゃあ、お父さんはここで百秒数えるからその間に、家から畑四つ分までの距離で隠れてね。それと森に入っても良いけど、深く入り過ぎないように気を付けること。」

「「はーい」」

「それじゃあ開始!」


 カル父さんの合図の後すぐに僕らは隠れに動く。

 流石にこの時はエレアお姉ちゃんも本気なので、僕とも別行動を取る。


 エレアお姉ちゃんはどうやら身体強化を駆使して森に少し入ったところで待機し、見つからないように常に動き続ける作戦のようだ。


 そして僕はと言えば、すでに大気に溶け大地となり周囲の息吹を感じている。

 その状態のまま家に入り、寝室のベッドの上に座っていようと思う。

 隠れると言う意識の裏を突き、尚且つ僕渾身の隠密術をリラックスしながら発揮し続けることが出来るポイントだ。



 百を数え終わったのか、カル父さんが動き出したようだ。

 エレアお姉ちゃんはカル父さんをギリギリで目視できる場所に居たのだが、そちらに向けて歩みを進めるカル父さんを捉えたのか、こちらもゆっくりと移動を開始した。


 エレアお姉ちゃんの気配がそこそこ薄くなっているのを今の僕は感じ取れるのだが、緊張しているのか呼吸が少し浅い。このままでは気配がぶれてしまって見つかるのも時間の問題だ。


【直感】なのか、薄い気配を感じ取っているのか、着々と距離を詰めていくカル父さん。



 なにやら、カル父さんが喋っている? その声が届いたのかエレアお姉ちゃんが姿を隠すのをやめてカル父さんの前に出て行ってしまった。


 何かあったのだろうか? 僕も行った方が良いのかな?



 そう考えながら二人の様子を窺っていると、二人が二手に分かれて活発に動き始めた。


 っ!? なんで? ずるくない、それ? もしかしてカル父さん、僕をダシにしてエレアお姉ちゃんを釣ったのか!?

 推定【直感】持ち二人が手を組むとかズルなんてもんじゃないぞ!


 一先ず僕が落ち着こう。感情がぶれると、僕の霞がぶれる。この揺らぎはよろしくない。


 スゥゥ――ハァァ――


 深く息を吸ってゆっくり息を吐く。精神を沈めて、落ち着くんだ。

 一瞬二人が同時にこちらを振り返った。最早、恐怖だ。

 なんだろう、カル父さんの気配が薄くなっていく。エレアお姉ちゃんとは比較にならないほどに薄い。


 命を感じていると思われる僕には関係ないようだが、どうしてカル父さんがそこまで本気を出すんだ?

 もしかして今の僕の気配を、さしものカル父さんでも掴めていないということか?

 もしそうなのだとしたら、とてもうれしいな。


 どこまで通用するのか見るためにも、もう少しの間、僕はここで世界と一つになっておこう。



 あれから六百秒程数えただろうか、僕は一向に見つかりそうにない。これは完全勝利と言っても過言ではないだろう。


 そろそろ姿を現してどや顔で自慢してやろーっと。


 ふと、僕は霞を体へと戻す際に、エレアお姉ちゃんが泣いているのを感じ取ってしまった。

 すぐさま体を戻しベッドから降りて、さっきエレアお姉ちゃんを感じた方向へと駆ける。


 エレアお姉ちゃんはすぐに見つかった。

 だって僕の名前を泣きそうになりながら呼び続けているんだもの……なんで?


「エレアお姉ちゃーん! ここにいるよー!」


 僕は駆け寄りながらそう声をかけたのだが


「あっしゅ……よがっだよぉぉ!!」


 僕の姿と声を認めた瞬間泣き崩れてしまった。

 どうやらあまりにも僕が見つからなさ過ぎて、森の深いところに入って危ない目に合っているのではないか、と考えてしまったらしい。


 涙でぬれた顔を拭ってあげてから、安心して腰が抜けてしまったエレアお姉ちゃんをお姫様抱っこしながら家の裏庭へと戻る。


 僕が気配を現して、エレアお姉ちゃんを抱えたあたりから感じ取っていたのか、僕らが裏庭に着いた時にはすでにカル父さんがそこに立っていた。


「アッシュの気配が全く読めなくなってしまって、一向に現れないからすごく心配したよ。でもその様子だと、自分の意思で気配を消すことが出来ているみたいだね?」

「実は、家のベッドにずっと座ってたんだ。そこで気配を消してたんだけど、エレアお姉ちゃんが泣いてるのが分かって、急いで迎えに行ってたんだ……心配かけてごめんなさい」

「謝ることは無いよ。ただ、今度お父さんにも気配の消し方を教えてほしいな? それと今日はエレアと一緒に居てあげてくれるかい?」

「どっちも了解だよっ」


 カル父さんが理性的な人で良かった。とんとん拍子で話が進んだよ。


 気配のことを教える時は身体強化のことも一緒に教えてあげよう。いつも迷惑をかけているし、いつも助けてもらっているんだ、それぐらいはね?



 エレアお姉ちゃんは立てるようになってからも僕の服の裾を掴んで離さなかった。

 まるで小さな子どもの様でとても可愛らしかった。


 いや、違うな。まだ子どもだ。十歳の子どもなんだ。

 弟と結婚したくなるくらい大好きで、そんな弟が行方不明紛いの事態になっていたんだ、こうなっても仕方ないと言える。

 カル父さんの言う通り、エレアお姉ちゃんの気が済むまで今日は一緒に居るとしよう。



 稽古を続ける空気にならず今日は稽古はお休みになった。


 その日一日、僕はエレアお姉ちゃんの手を握っていた。


 ベッドに入ってからも握っていたのだが、今日は疲れていたのかエレアお姉ちゃんはすぐに寝行ってしまった。


 眠りに就いたのを確認して、ようやく手を離す。


「……アッシュ……どこ……あっしゅぅ……」



 かくれんぼの時を思い出しているのか、ずっと僕の名前を呼ぶエレアお姉ちゃんは眠っているのに涙を流し始める。


 僕は慌てて、手を繋いで安心させようと抱きしめる。

 そうすると、僕を呼ぶ寝言は次第に収まり涙も止まった。


 今日はこのまま眠ることにしよう。


「……今日は特別だからね?」


 そう言って、エレアお姉ちゃんの額にキスをしてから抱きしめるようにして眠る。




 それは奇しくもエレアお姉ちゃんが今朝、僕にしていたことと鏡写しの様だった。




 ……これは内緒の話なのだが、エレアお姉ちゃんに抱きしめられて眠った日に僕が悪夢を見ることは無い。

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