第19話 僕、勉強会に行く
エレアお姉ちゃんと手を繋ぎながら駆け足で村の広場へと向かう僕。
途中からどっちが速いか競争することになったが、どうにか同着。
でも、手を繋いだまま競争は次はやめておこう。すごく怖かったからね!
途中で僕がつまずいたときに、手を繋いでいたせいで二人ともがこけそうになった。すぐさま魔力を循環させて身体強化して転倒を防いで、同時にバランスを崩したエレアお姉ちゃんを支えることが出来た。めちゃくちゃ焦った。
エレアお姉ちゃんは楽しそうにしてたけど、こっちは気が気じゃなかったよ!
稽古の時以外は、エレアお姉ちゃんに傷をつくるようなことは絶対に阻止するって決めてるんだ。
あんなに綺麗な顔で、髪も伸ばし始めて、女の子盛りなんだ。綺麗なままでいてほしいよ。
ちなみに稽古の時は、サフィー母さんが熟練した回復魔法で傷跡一つ残すことなく直してくれるんだ。不思議なことに筋肉痛や疲労は治らない。表面の傷だけ治してくれる。逆にどうやってるんだってレベルの不思議さだよ。
魔法を使われる時のことは【記憶】しているから、再現は出来るかもしれないけど、まだ回復魔法が使えないのがネックだ。
なんとか事なきを得ながら、村の中央にある広場に着いた僕らは、広場の半分近くを使って行われている青空教室へとこっそり参加する。
カル父さんの稽古では時折かくれんぼをする。気配を隠す練習なので、全力かくれんぼだ。僕も、エレアお姉ちゃんも勝ったことはまだ一度もない。それでも気配を薄くすることは出来るようになっているので、これを使ってばれないように参加するのだ。
あたかも最初からそこに居たかのような自然さでねっ!
勉強会には多種多様な人種族がいる。
人間はもちろん、エルフ、ドワーフ、獣人がみんな同じ方向を見て物事を学んでいる。
教鞭をとっている人は都度変わるけれど、こちらも種族関係なく子ども達の前に立ち教えてくれる。
前世のライトノベルや漫画では他種族が共存しているって珍しいことが多かったけど、この世界、少なくとも僕らの住むカンロ村では、これが当たり前だ。
ドワーフは鍛冶や彫金が得意で、この村の金物事情はドワーフの方々にお世話になっている。
あとは酒造りに関しては右に出る者はいないらしい。ワインやビールのための畑を持ってるんだそうだ。
エルフはこの村の生命線と言っても良い存在だ。畑仕事はどの種族でもしているけど、その畑の土や作物の状態を見てくれている。害虫の対策法や堆肥の作り方なども教えてもらっているので村の中もとても清潔だ。
おかげで僕が選んだ【浄化】スキルは出番が無い。良いことなんだけどね。
獣人は主に力仕事を担っている。獣人の種類にもよるけれど、相対的に力持ちが多いので重労働をよく買って出てくれているのだ。
他にも、犬や狼の獣人は鼻が利くので周辺の魔物の間引きの際には助かっているとよく父さんが口にしていた。
猫系の獣人は夜目が利くため夜警にはもってこいだとか。
人間はすべてにおいて中間にあるというか、どの場所にも配置できる器用貧乏枠ではあるが、だからこそ認められている。逆に言えば出来ないことがほぼ無いということでもあるからだね。
この村ほど適材適所という言葉がこれほど当てはまる場所もないだろう。
ではなぜ、この四種族がこの村で共同生活を送っているのか、それを今やっている授業で教えてくれている。
「では、なぜこの村では四つの種族が協力して暮らしているのか、答えてみなさいアッシュ、エレア」
うげっ、どうやらバレていたらしい....まあそれも仕方ない。
今教鞭をとっているエルフのゼフィア先生は、エルフの中でもまとめ役に位置する人で強さも知恵もカル父さんやサフィー母さんに近い。どころか、二人のもつ魔法と剣の技術に加えて、弓や罠、人を率いる技術も高い水準で持っている。
カル父さんとサフィー母さん曰く、比べるべき人ではないね、とのことらしい。
そんな、僕らからしたら埒外な能力をお持ちの先生から隠れられる訳がないということだ。おとなしく問題に答えよう....
「あー、はい。この山――」
「そこまで! アッシュはもう良い。続き、エレアが答えなさい」
「!? ....はっはわ、あっ、えっと....」
僕が平然と答えようとしたことに気付いてすぐさま割り込んで止めてきた。なんて人だ!
エレアお姉ちゃんは指名されてすごくおろおろしだした。
....やめてくれ、そんな縋るような目で見ないでくれエレアお姉ちゃん....!
ゼフィア先生は鬼だ。いや、この世界風に言うならオーガだ! うちのエレアお姉ちゃんは、お馬鹿ではないけど決して勉強が得意なわけではないんだぞ!!
肩口で揃えた綺麗な金髪を風に靡かせながら、鋭い眼でエレアお姉ちゃんを見咎めている。その目が一瞬こっちを向いたかと思ったら、凄まじい圧力が飛んできた。
殺気!? 我が家の
すみませんでしたごめんなさい鬼じゃない優しい美人エルフお姉さんです申し訳ありませんごめんなさいごめんなさいごめんなさい
そう念じ続けることしか出来なかった....
気付けば圧力は無くなっていたが、隣にいたエレアお姉ちゃんは答えられない問題に狼狽えていたところにさっきの威圧を感じてしまったらしく今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「ごめん、エレアお姉ちゃん。がんばって....」
「あっしゅうぅぅ........」
「全く....気配を隠すのは上手くなったが、力を持ってもそれを上手く使うための知識と知恵が無ければ無用の長物だ。ちゃんと学びなさいエレア。アッシュはエレアを甘やかさないように離れて座りなさい。」
徹底的だ。この容赦のなさが、子ども達の親の間では評判が良いらしい。もっと叩き込んでくれと話しているのを聞いたことがある。
そしてその矛先がエレアお姉ちゃんに向いてしまったらしい....
「ごめん、エレアお姉ちゃん。がんばって....」
「あっしゅううぅぅぅ!! そばに居るよって言ってくれたのにぃ!」
「ごめん、エレアお姉ちゃん。がんばって....」
今の僕は、「ごめんねエレアお姉ちゃん」を繰り返すだけの哀れな存在なんだ。
さっきの威圧を受けてすぐに反抗するだけの気力が無い。
でも大丈夫。僕らは心で繋がってるんだ、エレアお姉ちゃんの心の中に僕はずっといるよ....グッドラック。
そそくさと僕はエレアお姉ちゃんから離れた場所へと腰を下ろす。
そんな僕をただただ見つめることしか出来ないエレアお姉ちゃんもまた哀れな存在だった。
「授業を再開する。この村を囲むように聳えている山々は霊獣の住処と言いわれており、その霊獣に対する信仰によって人間、エルフ、獣人の三種族が交流を持つことが出来たのだ。ドワーフだけは全く別の理由で交流を持ったのだが、それは今は置いておこう。今回は霊獣のことをみんなに知ってもらう。よく聞いておきなさい。」
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ゼフィア先生の授業はとても分かりやすい。声もとても綺麗で、良く通る。
うん、オーガではないな。少なくとも今は優しい美人エルフお姉さんだ。そんな優しい美人エルフお姉さんのゼフィア先生によると
霊獣とは、存在は確認されているが、滅多に人と関わることがないそうだ。
人間からは、霊獣。エルフからは精霊獣。獣人からは神獣。呼び方こそ違うが、この村は人間の比率が多いので霊獣として教えるとのこと。
霊獣は強さは桁違い、知性も人類種と同等以上に高く、保有する魔力量も莫大。そしてその莫大な魔力が霊獣の体から漏れ出すことで、強い魔物はそれを感じて寄り付かず、植物もより逞しく育ち、薬草なども効果が著しく上がる。霊獣の魔力がしみ込んだ土は栄養満点な肥沃な土となり、カンロ村で育てる作物は基本的に質が高い。
このように、霊獣が周囲へと与える恩恵、それが信仰される大きな要因となっている。
獣人は先ほどのものとは別に、霊獣を祖先として、そして力の象徴としても信仰しているようだ。
「とまあ、こんなところだな。同じ対象を信仰していたからこそ、我らは交流を持ち仲を深めることが出来たのだ。霊獣がいない土地ではこうはいかないからな。このカンロ村を出て、霊獣の住処であるこの盆地も出れば、その先では人種族と言えど仲が良いとは限らない。このこともしっかり覚えておきなさい。今日はこのあたりにしましょうか。」
面白い話が聞けた。外で種族関係なく仲が良いなんてことが無いのは少しばかりショックだが、僕にはあまり関係のない話だろうし気にしなくていいだろう。
面白いのは、霊獣の魔力が及ぼす恩恵だ。漏れて垂れ流す魔力が強力過ぎる。僕が体外操作で魔力を操って、土に干渉して、ようやく発動させる魔法と同じかそれ以上の力を魔力だけで持っている。規格外すぎるだろう!
信仰対象になっても仕方がないレベルだ。人類と敵対しないでくれたことに感謝したい。
さて、と。うちのお姉ちゃんはちゃんと授業を聞いていただろうか? ゼフィア先生の授業が面白くてすっかり意識の外にやってしまっていた。
離れる前に居た場所へと目をやると、多くの子ども達に囲まれていてエレアお姉ちゃんの姿が確認できなかった。が、エレアお姉ちゃんの気配はそこに感じるのでいるにはいるのだろう。
そう、うちのお姉ちゃん、何を隠そうとっても美人なもんで。それに加えて人当たりは良いし、溌剌さも持っているので人気がある。囲まれるくらいには。
ぼうっとその様を眺めているとゼフィア先生が僕に話しかけてきた。
「ようやく君たちは距離を取れたようね。というより、戻ったという方が正しいか」
「とっても鋭いですね....まあそれも今朝ようやくと言ったところですが。にしても霊獣の話、すごく面白かったです。ゼフィア先生は霊獣を見たことはあるんですか?」
「私は....見たとは言えないな。感知したことはある。とてつもない力を内包した存在、ということしか分からなかった。私でも精霊を捉えることは出来ない。だが霊獣は力を感じ取れた分、精霊よりはこちら側に近い存在なのだろうな。」
これまた、ほんとにおもしろい話が聞けた。精霊をエルフは感知できないと。そして霊獣は感知できる程度には近い存在だと。
こういう話を聞いていると否応なくワクワクしてくる。
霊獣はさらに上の段階がありそれがエルフですら感知できない精霊なのかとか、獣人が霊獣を祖にもつなら獣人の持つポテンシャルは凄まじいのではないかとか、夢が膨らむ話だ。
「ゼフィア先生は霊獣ってどんな姿をしてると思います? やっぱり、獣ってつくぐらいですから、動物なんでしょうか? それとも人型なんでしょうか? 人型だったら、カンロ村に紛れ込んでるかもしれないですよね~。だとしたらおもしろいなあ」
「....その考えはおもしろいが。授業をしに来るたびに思う、アッシュ。君は私をあまり怖がらないな、どうしてだ?」
ん? 怖がられているのか、ゼフィア先生は? いや、そう思う程度には怖い顔をしている自覚があるのだろうか? あるいは威圧しまくっている自覚があるのか? オーガ並みの凶悪さはあるかもしれないが。
「怖いというのは、基本的には分からないものや未知に対して抱く感情です。その点で言えば、僕はゼフィア先生のことちゃんと知ってますから怖くないですよ?」
「では、基本的ではない方での恐怖はどうだ?」
「怖くないって言ったのに....まあそうですねぇ....基本的ではない方は、その人が持つ力の強大さや、その力をどう使うのかの思想。要は暴力性になってくると思います。その点でも、ゼフィア先生は余程のことが無い限り暴力を振るうような人ではないですし、少なくとも子ども相手にどうこうするような人ではないですね。強いて言えば、美人エルフお姉さんなので近寄りづらいぐらいです。」
「君が聡明な人なのはもう十分わかっているが、八方美人というか、人たらしの気があるな。....唐突に人のことを褒めるな。気恥ずかしい....」
肌が白いから、顔が赤くなるとよく分かって可愛いな、この美人エルフお姉さん。
事実を言っただけでこの反応は、あんまり言われ慣れていないといった感じか。こんな綺麗なのになんでなんだろ。他のエルフの人よりも頭一つ抜けた容姿を持っているように感じるんだけどな。
「ゼフィア先生。結婚とかされてます?」
「はあ!? 急に何を言い出すんだ!? けっ結婚はしていないが....アッシュ、からかっているのなら、今から君にだけ特別授業をつけてやってもいいんだぞ?」
「いやいやいやいや!? 全然そんな意図ないです!! 単純に褒められ慣れてないから独身なのかなって思っただけで! 村人たちも見る目無いですね!! 僕が大きくなったらゼフィア先生のこと貰っちゃおうかなー!!」
次の瞬間には顔が真っ赤になったゼフィア先生がそこに居た。初心だ。めっちゃ初心だ!
ちょろそうで心配だよ僕! ....ていうか真に受けられたら不味いのでは? いや不味くはないけど、こういうこと言うのは良くないな。
子どもの冗談としてとらえてくれるといいのだけど....
「君は、聡明だから....きっと嘘ではないのだろうし、気を使わせたのだろうが....その言葉、憶えておくとしようかな」
動揺を抑えながら冷静に受け取ったうえで、いたずらっぽく笑いながら僕の頭を撫でて、そのまま去っていった。
してやられた気分だ....僕も、憶えておくとしようかな....大きくなった時に良い人が見つからないかもだからね! うんうん!
「アッシュ........どういうこと?? ゼフィア先生みたいな人が良いってこと?? そうなの??」
「ひっ....えっエレアお姉ちゃん....?」
今の話を聞いていたのか? いつから? どこで?
....全く気配を感じなかった。そして僕の肩をつかむこの手の力....コロサレル....
「そういう意味で言ったんじゃなくてね、えっと、それぐらい素敵な人ですよって言いたくってね? だから、ゼフィア先生と結婚するとかそういう訳ではないんだよ!」
「アッシュなんてもう知らない!!!! ばか!!!!」
「あっ....」
エレアお姉ちゃんは友達のほうへと駆けていった....
やってしまった。今朝方、結婚できないだのの話をしたばかりだったのに、見事に出来たばかりの地雷を踏み抜いて爆発させてしまった。
今回ばかりは、僕が百パーセント悪い。しかも、都合が良いとも思ってしまった僕はきっと悪い人間なんだろうな....はあ。
自己嫌悪がとまらない。とりあえず家に帰ったら謝り倒そう....
「よう! アッシュ! やっちまったな!! あっはははは!」
「逆に流石だよ。ああも女性を手玉に取れるのは広いこの村でも君だけじゃないかな?」
「お前、頭良いのに悪いよなー」
そう口々に声をかけてくるのは、僕と同い年の獣人とエルフとドワーフの三人組のむさ苦しい男たちだった。
....無視して帰ろうかな。
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