癒し ―彼女・晩御飯―
(トントントントン、包丁とまな板が当たる音)
「お腹空いたよね~? けど、ごめんね。まだもうちょっとかかるかな」
「レンジでチンしないのかとか言わないの。天使の私だったらそもそもキミの食べたいモノをポンと出せちゃうんだから」
「―――うんうん。助手君もよくわかってきたようだね。そう、私が料理をしているのはキミが望んだからだよ!」
(パカッ、シャンシャン。調味料で下味をつける音)
「だけどね、冷凍食品とか出来合い品も家庭の味なんだよ」
「ねぇ、遅くまで働いて、ご近所付き合いも家事もしているお父さんやお母さんがお腹を空かせているだろうとご飯を早く食べさせたい思いで買ってきてくれてる食事なんだよ? 手抜きとか絶対に言っちゃダメです」
(ドボドボ、食材をフライパンへに入れる音)
「ご飯っていうのはね、勝手に出てくるものじゃないの。材料や調理器具も必要だし、一生懸命に働いて得たお金の一部をお腹に入れているの。家族が大切だから大切な人生という名の命の時間を削ってご飯を提供してくれてるの。だから……」
「そうだね。どんな料理に対しても食べる前に『いただきます』と食べ終わってからの『ごちそうさま』は忘れちゃだめだよ? 食材に感謝をする意味もあるけど、ご飯をだしてくれた人にも感謝する意味で、たとえ作ってくれた人が近くにいなくても必ず言おうね」
「うん、よろしい! それじゃ、ささっと仕上げちゃうね」
(ジャーーーッ、食材を炒める音)
「―――人生ってさ、料理みたいなものだと思うんだよ。誰かに食べてもらいたい、そういう気持ちって誰かに必要とされたいと同じだよね? 食材そのままの味で美味しいって思える料理もあるけど、焼いたり揚げたり、下味を付けたりタレをかけたりして味や食感を好きな人に合わせるように変えてる。その工程を努力した人が美味しい料理として認められる。そう私は思うんだよね」
「あ、お皿取って? ―――ありがとう。よっと、これで完成! 回鍋肉だよ!」
(デデーン、と効果音)
「盛り付けとかはこんなもんかな? 愛情込めて作りました! さぁ、召し上がれ!」
「愛情じゃなくてよくわからない人生論とか思ってても口にしちゃダメだからね? あれは、たとえ努力が認められなくたってキミの頑張ってきたことを好きだという人がどこかにいるっていうことと、見当違いの味付けをしてたら意味がないぞって二重の意味を含んでたのです! 天使の私から、おせっかいという名のキミへの贈り物だよ。料理と一緒にちゃんと受け取ってほしいな」
「―――それとね、テレビとかのメディアが流してる話題もいいけどさ、ちゃんと人と向き合っておしゃべりしながら食べる食事ってのも悪くないでしょ? キミが悪くないって思ってくれたなら私はうれしい」
「人じゃなくて天使じゃんとかそういうヤボなツッコミしてると子どもっぽく見えるぞー? 反論する方もする方だというのもなしでーす!」
(――――――カチャ、食べ終わり箸を置く音)
「ふふっ、どういたしまして♪ ちゃんと私の言ったようなことを考えながら『ごちそうさま』って言ったのかな? 答えたくないなら答えなくていいよー。勝手に想像しておくからさ」
「お腹も心も膨れたし、お風呂入って寝よっか。お風呂はもう沸かしてあるからいつでも入っていいよ。―――たぶん出たら私は消えてると思うけど、キミが無理しそうになったらちゃんと来てあげるから。私が消えるってことはキミがちゃんと癒されてくれたってことだからさ」
(チリーン、風鈴の音)
「またね。けっこう〝彼女〟の役も楽しかったよ♪ それじゃあ、おやすみなさい」
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