エピローグ 戦場に咲くあなたへ

「ふあぁ〜あ」


午前八時。

重いまぶたを擦りながら、階段を降りる。

春もそろそろ近づきつつあるが、朝はまだ少し寒い。

とん、とんと階段を降りる足音がよく響く。

下からは物音は聞こえない。

……お母さんはどこに行ったんだろう。


「ん……?」


机の上にはメモ書きがあった。


『セレーナへ。今日は朝早くから用事があるので、朝食は一人で食べてね。ママより』


「…………」


まだ眠い頭で、文面を読み取る。

……そういえば、今日は古い友人に会いに行く、とか言っていたっけ。

そのため花屋も今日はお休みだ。

私ひとりで店を回すのも出来なくはないけど、わざわざ日曜日に懸命に働くほど、生真面目きまじめな性格でもない。

JKの休みは何よりも貴重なのだ。


「それに、今日は……」


時刻を確認する。

……まだ約束の時間まで、大分余裕がある。

私は適当な分量でインスタントのコーヒーを入れ、適当な焼き加減でトーストを焼く。

朝食は、この一切れだけで十分だ。

出来上がったコーヒーをぼんやりと口に運ぶ。


「……にがい」


砂糖とミルクが少し足りなかったコーヒーをそっと机に置き、トーストを口に含む。

……こっちは程よい焼き加減だ。

私はトーストを咥えたまま、机に置かれた新聞に目を通した。

一面は大企業の横領事件について書いてあったけど、正直興味ないから読み飛ばす。

それよりも……


「アダバナ、北部拠点を制圧……単独での作戦は三回目……」


新聞を開いて目に飛び込んできたのは、兵器アンドロイド、アダバナ……リリィに関しての記事だった。


「三月十七日、レクセキュア北部補給拠点を制圧……死亡者は0人……翌日には第三部隊が到着し、土地の魔晶調査を開始……アダバナの今後の運用について注目する必要が……」


……最近、リリィに関する記事が増えた。

各地で戦果を挙げ、活躍しているらしい。

私はコーヒーを再び口に含んだ。


「…………」


……あの夜のことを思い出す。

あの時のリリィは凄く弱っていたから心配だったのだが、調子を取り戻せたようで良かった。

今日はそんな彼女と、デートをする約束がある。


「……よし、そろそろ準備するか!」


私は新聞を机の上に放り投げ、急いで食事を済ませて自分の部屋に戻る。

髪を整え、ばっちりメイクをして、最近買ったお気に入りの服を着る。


「……う〜ん、やっぱこっちの方がいいかな」


着替える途中で目についた、もう一つのお気に入りの服を姿見の前で合わせる。

久しぶりのデートだから、妥協はしたくない。


「この帽子もいいかも……いや、だったら髪型も変えて……でも、やっぱこっちの方が……」


取り出した服がどんどんとベットの上に積み上がっていく。


「カラー的にはこっちのほうが好きだけど、こっちも良いんだよな~……うーん……」


……結局一時間くらい迷い、ようやく準備が整った。

鏡の前で最終確認。

身体を左右に振りながら、かわいいかどうか確かめる。

さらに正面を見て、人差し指でほおをつり上げる。

……うん、笑顔もバッチリだ。

流石さすがは私。


「……って、もうこんな時間!?」


気づけばもう部屋の時計の針は十時前を指していた。

リリィとの約束の時間が迫っている。

急いで荷物を持ち部屋を出て、階段を駆け下り、玄関のドアを開けた。

二階の玄関を出てすぐ、階段を降りた先を見る。

リリィとは一階の花屋の前で待ち合わせしているのだ。


「……良かった。まだ、来てないみたい」


私はゆっくりと階段を降り、辺りを見渡す。

街ゆく人々の中から彼女を探すが、見知らぬ数人が行き来するだけで、彼女の姿は無い。

もしかしたら遅れるのかな?と思い、連絡がないか確認しようと携帯端末を取り出す。


「……あ」


携帯端末の画面を見ると、そこには「9:42」と示されている。

どうやら部屋の時計がちょっと……いや大分だいぶ進んでいたらしい。

……あとで直しとかなきゃ。


「……ふぅ」


慌てて待ち合わせ場所に来たものの、実はまだ早い時間だったと知り安堵あんどする。

緊張が解け空を見上げると、すっかり登り切った太陽がとても眩しい。

気温も結構暖かい。

……もうすぐ春だ。

道に生える街路樹にも、桜が咲く頃だろうか。

そうやって木々を見上げていると、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。


「おまたせ!……ごめん、待った?」


「ううん、今来たトコ」


そんな定型句のやり取りを彼女———リリィと交わす。

ライトブラウンのニットに白のワンピース姿。

そして何よりエメラルド色の綺麗な髪と可愛らしい顔つきが、清らかな白百合のようだ。


「セレーナ、そういえば今日はどこに行くの?」


「うーん、そうだなぁ……」


……実はリリィと今日会う約束はしたものの、どこへ行くのかまではよく考えてなかった。

リリィに「一緒に出かけよう」と誘ったは良いものの、特にお互い行きたい場所があるわけでもない。

一応何ヶ所か候補は浮かんではいるが、あらかた以前二人で行き尽くしてしまったから今回はパスだ。

……しかし、特に行きたい場所があるわけでもないのに、誘ったら二つ返事で彼女は来てくれる。

そんなに私のことが好きなのかな?


「あ、そうだ」


ひとつ、二人で行ったことの無い候補が頭の中に浮かぶ。


「……この近くに喫茶店があるから、そこでお茶しよっか。あそこのパフェ、久しぶりに食べたいしね」


「うん、わかった!」


リリィはまた、二つ返事で了承した。

私が歩く後ろをまるで子犬のようについてくる。


「この近くに喫茶店なんてあったんだ。まだまだ知らないことばっかりだなぁ」


「……正直そんなに人気店じゃないんだけど、意外とスイーツが美味しいから、たまに行きたくなるんだよね」


「美味しいのに、人気ないんだ」


「うん。表の通りから逸れた小道にある小さな店だから、あんま目立って無いんだよね。まさに穴場って感じで」


「そうなんだ」


「私も三ヶ月くらい行ってなかったんだけど、もしかしたら潰れてたり……?」


「ええっ!!?」


彼女が驚いた表情をする。

こうした冗談にも新鮮な表情を見せてくれるから、見ていて本当に飽きない。


「……まぁ、前行ったときもそれなりに人がいたから、さすがに潰れてはいないと思うけど」


「そ、そう……」


今度は安心した表情を見せる。

本当に表情が豊かだ。


「……リリィ。その服、よく似合ってるね」


「えへへ、ありがと。……セレーナも、その服すごいおしゃれ」


「でしょ?最近買ったお気に入り」


私の今日のコーデは黒のスカートにブラウンののニット。

さらにグレーのコートを合わせたちょっと大人めのコーデだ。


「まだちょっと寒いかなと思ったからコート着てきたけど、案外暖かかったね」


「そうだねー。まぁ、もうすぐ春みたいだし」


「春用の服もそろそろほしいなぁ~。……あ、あそこかな」


私は大通りを外れた小道を指さした。


「あそこを曲がったところに、さっき言った喫茶店があるんだ」


私たちはそのまま小道を進み、その喫茶店を見つけた。

木製のドアに、看板がかかっている。


「着いたよ。ここが例の喫茶店」


「……なんだか、落ち着いた雰囲気だね」


「でしょ。たまにはこういう静かな所もいいよね。今日の私のコーデにも似合う感じでしょ?」


「たしかに」


二人で笑い合いながら、私は木製のドアを押し開いた。

開くと同時にチリンチリンと鈴の根が鳴る。


「いらっしゃいませ」


奥に見えるカウンターからおじいさんが現れた。


「二人で!」


「……お好きな席にどうぞ」


おじいさんは特にその場から動く訳でもなく、ただただそう言ってコーヒーを淹れている。

……前来たときもこんな感じだったっけ。

店の中には三、四人ほど客がいるだけで、席は沢山空いていた。


「じゃあ、あそこにしよっか」


私達は窓際の、四人掛けの席に座ることにした。


「私はもう何頼むか決まってるけど、リリィは何がいい?」


テーブルの端に立てかけられたメニューを向かいのリリィに差し出す。

彼女はそのメニューを受け取り、素早くぱらぱらとすべてのメニューを見た後すぐ、


「じゃあ、これにしようかな」


とフレンチトーストを指さした。

これほどの速度でメニューを確認できるのは、やはりアンドロイドの情報処理能力の凄さを感じる。

私が手を挙げると、先程のおじいさんが席まで来る。


「ご注文は?」


「チョコレートパフェとフレンチトーストで。あ、あとカフェオレを一つ。……リリィも何か飲む?」


「じゃあ、同じのを」


「かしこまりました。チョコレートパフェとフレンチトースト、カフェオレ2つですね」


おじいさんはゆっくりとした足取りでカウンターへと戻っていった。


「……リリィ、最近調子良さそうじゃん」


「?」


彼女は無言で首を傾ける。


「新聞とかによく活躍が載ってるよ」


「……うん、防衛城塞制圧作戦からは調子が戻って。セレーナのおかげでね」


「……わたし?」


「うん。あの時、セレーナが私の願いに気づかせてくれたから」


……ああ、あの夜のことか。


「ふふ、どういたしまして」


私は彼女に微笑み返す。

……やっぱり、こうして見ると彼女は普通の女の子みたいだ。

普通に悩んだり、悲しんだり、笑ったり、そして今私と一緒に喫茶店でくつろいでいる。

最前線で戦ってる最新の兵器、とはちっとも思えない。

それでも彼女はアンドロイドだ。

強くて、優しくて、ちょっぴり不器用なアンドロイドの女の子。

私は机の下で足をふらふらと揺らす。

そうして注文を待っていると、先ほどのおじいさんがやってきた。


「こちら、カフェオレです」


私たちの間に、湯気を立てたカフェオレが置かれる。

さっそく一口飲む。

暖かくて程よい甘さだ。

今朝の苦いコーヒーの味がこれで忘れられそう。

リリィも両手でカップを持ち、一口飲む。


「おいしいね。これ」


「うん。私も初めてここのカフェオレ飲んだけど、こんなに美味しかったんだ。もうちょっと来る頻度増やしてもいいかも」


私たちがそうやって味を評価していると、またすぐにおじいさんがやってきた。


「お待たせしました。チョコレートパフェとフレンチトーストです」


「お、来た♪」


私達の前にパフェとフレンチトーストが置かれる。


「そっちのフレンチトースト、一枚貰ってもいい?私のパフェもちょっとあげるからさ」


「うん、いいよ」


彼女は取り皿にフレンチトーストを一切れ乗せた後、自分の前に出されたスイーツを食べ始めた。

口に含むたびに、彼女の顔がほころぶ。

……何かを食べている時のリリィは、本当にいい表情をする。

彼女の笑顔を見ているだけでお腹いっぱいになりそうだ。

私もパフェをスプーンですくって、そのまま口に運ぶ。

しばらく食べ進めていると、リリィが窓の外を見た。


「……?リリィ、どうしたの?何かあった?」


「いや、平和だなーって。最近、戦ってばっかりだったから」


「…………」


彼女は遠くを見つめている。

ここ最近は出会えていなかったのも、彼女が二ヶ月ほど戦地の方にいたからだ。

……とは言っても、このスイーツを頬張って笑顔を見せている何とも可愛らしい女の子が戦場にいる姿などあまり想像できない。

……いや、彼女が最前線で戦っていることはフローヴァ中央都市襲撃の時に理解したが、やっぱりそれでもあまり実感が湧かない。


「今、戦況ってぶっちゃけどんな感じなの?……いや、機密情報とかだったら無理に言わなくていいけど」


「大体こっちがかなり有利、って感じかな。勝利が目前ではあるみたい」


「ふ〜ん、早く終わってくれればいいなぁ。そうしたら、リリィとももっと遊べるかもしれないのに」


などと夢見がちなことを呟くと、彼女はくすりと笑った。


「そう、なるといいね」


二人で窓の外を見ると、雲の隙間から太陽が覗いた。

街の中に光がさしていく。

……今日は、ちょっといい天気だ。

その後私達は外の景色を眺めながら、何気ない会話をしつつスイーツを口に運んだ。


「「ごちそうさま!」」


二人の声が重なり、顔を合わせて笑い合う。

会計を済ませ外に出ると、雲隠れしていた太陽がすっかり顔を出し、青い空が綺麗に見えていた。


「……よし」


「……?リリィ?」


彼女が何か呟いたかと思ったら、急に私の手を引いて歩き出した。

思わず身体が傾く。


「急にどうしたの!?」


「ふふっ、たまには私が手を引こうかなって」


リリィが楽しそうに、眩しい笑顔で笑う。


「いつもセレーナが手を引いてくれたから、私も迷わずにいられた。だから今度は、私がセレーナを、みんなの手を引いて歩けるようになりたいな」


「……リリィ」


彼女はそのまま道を真っ直ぐ歩いていく。


「……ところで、これからどこ行くの?」


「うっ」


リリィの足取りが止まった。

……彼女に手を引かれるのは、ちょっぴりまだ不安かもしれない。


「ま、まぁ!こうして歩いていればセレーナも知らない楽しい場所に行けるかもしれないし!たまには当てのないデートなんてのも!………………ダメ?」


彼女は不安そうな、困ったような笑顔でこちらを振り返る。

そんな可愛らしい顔で聞かれては、断れそうにもない。


「ふふっ、いいかもね。そんなデートも」


「……うん、決まり!それじゃ、レッツゴー!」


彼女は満開の花のような笑顔で歩き出す。

普段見る街の景色も、彼女がいるだけで色鮮やかに見える。

その景色に、心が思わず踊ってしまう。

どうか、この景色がずっと続きますように。

彼女が、ずっと笑顔でいられますように───。

私は心の中でそう願いながら、二人で街の中を駆けていった。















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戦禍のアダバナ ズヴェズダ @Zvezda_write

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