23話 戦禍の果てに
「確か第六自動管制塔で戦って、それ以来だったか?」
ガラの悪いその男はニヤリと笑った。
「…………」
剣を構える。
……この男は油断できない相手だ。
こうして無駄な会話をしている間にも、何かしらの罠が仕掛けられているかもしれない。
「おいおい、話すことはないってか?せっかく再会したんだから、もう少しお喋りしようぜェ〜?」
小馬鹿にするような表情で、彼は私を兵器の上から見下ろしている。
「まァ、いいか。早く俺を殺したくてウズウズしてるみたいだしな」
「……それは、違う」
「……何だと?」
ドラグノフの眉が、ピクリと動く。
「私はここを制圧しに来ただけ。ただ、もし貴方が邪魔をするならば……」
剣の切っ先を彼に向ける。
「……貴方とだって戦うだけ」
「ハッ、やっぱ俺を殺したいんじゃねぇか。……いいぜ、ならコイツで相手してやる!」
「……!」
彼がそう言って立ち上がると、地面が大きく揺れた。
……いや、違う。
揺れているのは目の前の巨大な兵器のようだ。
巨大な鉄塊のように見えたソレが変形していく。
「っ…………!」
天井にも届きそうな程の巨体。
地面を削り取れるほどの巨大な
分厚い装甲に覆われた
そして頭部に赤く光る、機械兵器特有の赤目。
「{?*>('##{}?`*><`$"!'(───!!!」
目の前のソレはけたたましく
まるで犬のような骨格を持つ機械兵器だが、その姿は犬とはあまりにも程遠い。
まさに化け物と呼ぶに相応しいほどの威圧感がある。
「これは……」
「こいつはうちの兵器開発担当が作った最新の兵器だそうだ。名前は確か……OTS-Ⅻ、だったか」
その機械兵器の顔と思える位置から、ドラグノフの声がする。
どうやらこの兵器に乗り込んでいるらしい。
「さァ、思う存分暴れようぜェ!!!」
「(:;¥&?.!@“!’..?———!」
再び、けたたましい機械兵器の叫びが広大な武器庫中に響く。
その轟音による振動が、この空間内の鉄全て震わせる。
「…………っ!?」
その衝撃に身構えていると、次の瞬間には巨大な爪が眼前に迫っていた。
即座に飛び上がり、その攻撃を
私を狙った鉤爪はそのまま近くにあった戦車を引き裂き、爆発させる。
「ハハハハハ!まだまだいくぜぇ!」
再び鉤爪での攻撃が来る。
二撃、三撃と躱すたびに周りの兵器を破壊していく。
ここにある兵器ごと破壊する勢いで、彼は私に攻撃を続けた。
「どういう、つもりっ!」
私は機械兵器の眼前に飛び込み、斬撃を入れる。
がきん、という鈍い音を鳴り、私の刃は目の前の巨大兵器に傷一つつけられない。
どうやら、火力が圧倒的に足りないらしい。
「ハッ、お前さえ破壊できれば後はどうでもいい!ここにある有象無象の兵器なんざ、コイツとお前の足元にも及ばねぇンだからなァ!!!」
彼は近くにあった戦車を小石のように持ち上げ、こちらに投げつける。
「……ッ!」
回避しようと横に飛び退く。
間一髪で躱したが、壁に叩きつけられた戦車は爆発し、その衝撃で私は吹き飛ばされた。
地面を転がり横になった私に、機械兵器の剛腕が上から迫る。
私は急いで飛び退き、距離を取った。
直後に地面に叩きつけられた巨大な腕が、空間を震わす。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
「おいおい、もう限界か?」
「そんな、わけ……ない……っ!」
そう強気に言ってみたものの、今のところ現状を打破する手段は何も持ち合わせていない。
巨体から繰り出される純粋な破壊力と、硬い外殻に覆われた機体。
純粋に破壊力が違いすぎる。
……何か、弱点はないのだろうか?
目の前の兵器が駆動する機械である以上、関節部分は装甲で覆えないはず。
両肘、両肩、腹、両膝辺りがその間接部分にあたるが、どれも狙いづらい。
どこを狙うにしても間合いを詰め、あの兵器の眼前に飛び込ばなければならない。
もし外せば次の瞬間にはあの巨大な両腕での攻撃が飛んでくる。
一撃でも直撃すれば私は粉々に砕け散るだろう。
一体どうすれば……。
「そっちから来ないなら、俺からいくぜぇ!」
「……!」
目の前の機械兵器はゆっくりと身体を持ち上げ、後ろ足で立つ。
その姿はまるで巨大な熊のようでもあった。
天井まで迫らんとするその
「(&&?/?@,,//?¥&&———!!!」
機械兵器が叫ぶとともに、天井へと鉤爪を突き刺した。
「な……!?」
爪が、天井を引き剥がす。
引き剥がすたびに、崩れた瓦礫が私の眼前へと吹き飛んでくる。
───兵器どころか、この空間ごと私を破壊する気か……!
無数に弾き飛ばされる巨岩を飛びながら躱し、弱点は無いかと機械兵器を
「……!」
機械兵器の足元に、積み重なった
「あれを利用すれば……!」
私は飛んでくる瓦礫を躱しながら機械兵器へと近づく。
「やっとやる気が出てきたか!遅ぇんだよアンドロイドォ!」
巨大な爪を振り上げた所で、急上昇する。
急な狙いのずれを修正するために、機械兵器は片足を踏み込みなおす。
───狙い通り。
その瞬間、がくんと機械兵器の身体ががたつく。
「……!?何だ!?」
……狙いがずれ、同様すれば無意識に体勢を変えようと後ろ足を踏み込むはずだ。
しかし先ほど破壊した施設の影響で、足場はその巨大な身体にとっては不安定なものとなる。
そうすれば身体はぐらつき、一瞬の隙が生まれる。
「はあぁぁぁぁぁ!!!」
脚部のブーストを最大にし、最高速で上から突っ込む。
狙いは後ろ足の右膝、
今あの巨体を支えている重心となる部分だ。
白色の装甲の間を縫い、その一点にスピードを乗せた一撃を叩き込む。
機械兵器の頭を横切り、一気に近づく。
そのまま落下するかの如く、右膝の関節部分に一閃。
「ぐあっ……!」
再び機械兵器の身体が大きく揺れる。
私は急降下そのままの勢いで地面を転がり、受け身を取って立ち上がる。
「……っ!」
強い衝撃を受け身体に痛みが走るが、そんなことを気にしている場合ではない。
手にした剣を頼りにすぐさま立ち上がり、機械兵器の方を見る。
ぐらぐらとその機体を揺らしているが、まだ動けるらしい。
「ハハッ、今のは効いたぜェ……!」
巨大な爪を地面に下ろし、再び四足歩行の体勢へと戻った。
無機質な赤い光が、機械兵器の頭部で光っている。
「だが、まだまだァ!!!」
次の瞬間、後ろ足で地面を蹴り跳躍する。
私の頭上に迫る、
「くっ……!」
私は再び飛び退いて、大きく距離を取った。
機械兵器が着地した瞬間、大きな衝撃が空間に走り、施設全体を震わせる。
ぱらぱらと降ってくる微小な天井の残骸が、私の肩に降りかかった。
「……やっぱり理解できない。どうして、ここまでして私の破壊に執着するの……?」
巨大な機械兵器は安定しない右後ろ足を
「そんなに知りたいか、俺がお前を狙う理由が」
「…………」
剣を構えたまま、敵を見つめる。
「いいぜ、答えてやる。……うちの国の技術部門トップがお前、いやお前の身体に大層興味を持っててなァ」
「……っ!?」
ぞわりと、寒気が走った。
思わず半歩下がり、自分の身体を守る姿勢を固める。
「……いや、言い方が悪かったな。そいつがお前に使われてる技術に興味があるそうだ。その技術さえ手に入れば、こっちの国とそっちの国の
彼がそう言うと機械兵器は肩の装甲を開き、中から筒状の何かを露出した。
「まぁ、要はお前の部品が手に入りゃそれでいい。多少はバラバラになっても大丈夫ってわけだ」
その筒状の何かがこちらにまっすぐ向けられる。
「だからよォ……壊れない程度に死ねェ!!!」
背中から現れた筒状の物体がこちらに向けて放たれる。
どうやらミサイルのようだ。
私は地を駆け、それらを躱していく。
外れたミサイルは地面に着弾し、大きな爆風を上げる。
直撃すればひとたまりもないだろう。
……彼は「壊れない程度に」とは言っていたが、私は今までの攻撃が直撃して形が残る自信はない。
間違いなく壊れてしまう。
彼の過剰な殺意を躱しながらも、機械兵器との間合いを詰める。
先程の一撃で、ある程度の機動力は失われたはずだ。
この調子であの機械兵器の
だが、それだけでは決め手に欠けるだろう。
何か、完全に破壊するための何かが必要だ。
「……!」
武器庫にまだ残っている、一台の戦車が目に止まった。
「無茶だけど、やるしかない……!」
……何をするにもとりあえず、あのミサイルを無力化しなければならない。
再び飛んでくるそれを躱しながら、思考を巡らせる。
まず思いつくのは弾切れまで逃げ続ける作戦。
しかしこれは時間がかかる上、相手の弾薬の上限が分からない以上、現実的ではない。
さらには今まで何発も
もう一つは肩に取り付けられた射出機構そのものを破壊する手段だ。
こちらの方が前者よりも確実だろう。
だが、こちらにも問題点は存在する。
機械兵器の身体は強固な装甲で覆われている。
先ほど攻撃した時と同様に、普通に外から剣を叩き込んでも弾かれてしまう。
そのため射出機構を破壊するには、ミサイルを射出するために装甲を開いたその一瞬のうちに、内部から破壊する必要があるのだ。
さらには距離的な問題もある。
私が近寄れば腕での攻撃に切り替えるだろうし、離れてしまえば私に攻撃手段はない。
ミサイルを放つ一瞬のうちに距離を詰めて攻撃する手段も無くは無いが、その場合は私は一切の回避行動は取れないだろう。
もし距離を詰めた際にミサイルが直撃すれば私は終わりだ。
───なら、こちらも切り札を使うしかない。
「おいおいどうしたァ!逃げてばかりじゃねぇか!」
「…………」
様子を伺う。
次にこちらに向かって飛んできた瞬間。
そのときがチャンスだ。
機械兵器が肩の装甲を開き、弾薬が露出する。
「……今!」
私はすぐに機械兵器がいる方向へと飛ぶ。
それと同時にミサイルが放たれた。
……あの中央都市での戦い以降、使うことのなかった機能。
あの時は無意識のうちに使ってしまったが、意図的に使用するのは初めてだ。
身体全体のエネルギー循環を加速させる。
今の私の体力的には、使えて五秒が限界という所だろうか。
「……
身体が焼けそうになるほどの熱量が、前進を一瞬のうちに駆け巡る。
それと同時に周りの時間の流れがゆっくりになり、そのまま逆転していく。
どうやら発動には成功したみたいだ。
あとは、予定通りにやるだけだ……!
一秒。
二秒。
放たれたミサイルが射出機構へと戻っていく。
それを追うように私も、機械兵器の元へとたどり着く。
三秒。
完全に中に戻る直前に、全弾に剣撃を入れる。
……筒状の弾薬は真っ二つに切られても、この機能を働かせている内はまだ爆発しない。
四秒。
あとは、出来る限りここから離れる……!
……五秒!
時間の流れが、もとの形に戻っていく。
その瞬間、爆発が起こる。
「ぐわぁッ!!!」
「きゃあぁぁっ!!!」
ぎりぎりの所で逃げ切れず、私は爆風に巻き込まれて瓦礫の上へと転がった。
地面へと追突した衝撃が、過重解放の反動とともに襲いかかる。
「ぐっ……何が起こりやがった!」
ドラグノフは突然の爆発に動揺しているようだ。
私は物陰に這いつくばりながら、その怒りのこもった声を聞いている。
私は突っ伏した状態から顔を上げ、周りを見渡す。
どうやら幸運にも、私は先程見かけた戦車の陰に転がり込んだらしい。
……過重解放を使用した代償として、しばらくの間は身体を動かすのは難しい。
ゆっくりと、そして静かに、重い身体を持ち上げる。
「くそっ……あいつ、どこに隠れてやがる……!」
あの機械兵器が手当たり次第に周りを破壊し尽くす前に、何とか立ち上がらなければ。
腕に精いっぱい力を入れ、上半身を地面から離す。
次に足に力を入れる。
「……っぐ……!」
今までの戦いで最も消耗が激しい部分だ。
なかなか思うように動かない。
「……っ……っ!!」
何度も、何度も力を込める。
何とか右足を地面に垂直に立て、そのまま身体を上げる。
その瞬間、だん、と地面が揺れ、倒れそうになった。
「ふっ……!!!」
何とかギリギリ体勢を持ち直し、戦車を支えに立ち上がる。
どうやら機械兵器が手当たり次第に破壊行動をし始めたようだ。
息を大きく吸い込み、身体の調子を確認する。
……どうやらもう普通に動けそうだ。
───ここが、二度目の勝負所だ。
「———サブウェポン、起動!!!」
服の裾から湧き出した触腕を、戦車のあちこちに巻きつける。
「ッ!そこか!!!」
片足を潰され、ミサイル攻撃も失った機械兵器がこちらへと顔を向ける。
私は足に力を込めた。
過重解放後だが、この身体にはまだ頑張って貰わなければならない。
機械兵器の剛腕が、こちらへと迫る。
「脚部ブースター、最大出力!!!」
私は思いっきり地面を蹴り、空中へと飛ぶ。
戦車の重さがそのまま、サブウェポンを通して身体に伝わってくる。
「っ……ああああああ!!!」
最大出力を以て、私は戦車を空中へと勢いよく引き上げた。
機械兵器の頭上、数十トンにも及ぶ鉄の塊が空へと舞う。
「な———」
ドラグノフの言葉が途切れる。
破壊された天井を突き抜け、戦車が宙を躍動した。
私は弧を描くように空を飛び、そのまま機械兵器へと落下する。
多大な重量が引き起こす過剰な遠心力に引っ張られながらも、戦車の軌道を、機械兵器の頭上へと合わせる。
「はああああぁぁぁぁ!!!!!」
私の脚部ブースターに物を言わせた、戦車そのものを空から叩きつける攻撃。
馬鹿げた手段ではあるが、今の私らしい手段でもある。
この巨大な機械兵器を倒せるかもしれない最大の一撃だ。
彼は防御姿勢を取ろうとするが、この速度では間に合わない。
「くっ、ら、ええええぇぇぇ!!!!!!!」
ものすごい重量を、ものすごい速度で叩きつける私の渾身の一撃は、見事機械兵器の頭に直撃した。
接触と同時に、巨大な爆発が起こる。
空気を震わす大爆発は、私の身体と、機械兵器の頭を吹き飛ばす。
私は壁へと叩きつけられ、機械兵器の切り離された頭部は地面を転がった。
残った巨大な身体は糸が切れたように地面に伏し、動かない。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
私はゆっくりと地面に降り、転がった頭部へと歩く。
「がっ……はっ……!」
爆発を起こし、燃えている鉄の残骸の中から人の影が見える。
ドラグノフが腕から血を流し、ふらふらと現れた。
こちらへと足を引き摺りながら歩いてくる。
一歩、一歩と近づく中で、彼は
「っ!クソッ……!」
彼は地面にうつ伏せになりながら、地面を叩いた。
私は彼の眼前に立つ。
「…………」
「……なんだよ、早く殺せよ」
ドラグノフはぽつりと、そう呟いた。
「…………私の目的は、この要塞の制圧。その障害となるならば無力化するけど、今のあなたが私の障害になるとは思えない」
「……何が言いてぇんだ、お前は?」
彼はぎろりと私を睨み、はっきりとそう言った。
……良かった。
腕から血を流していたが、意識ははっきりとしているらしい。
身体の傷も、命に関わる程のものでは無さそうだ。
「私は、貴方を殺す気はない」
「………………は?」
私は腰に付けたポーチの中から、白いハンカチを彼の前に置く。
「大丈夫そうだけど、その怪我は早めに止血した方がいい。そのハンカチは使っていいから」
私はそれだけを伝えた。
彼は私の敵ではあるが、ただそれだけだ。
わざわざ命を奪う必要はないし、奪いたくない。
私は後ろに振り向いて、階段へと歩く。
「……………………るな」
「……?」
足を止め、視線を向けた。
「ふざけ、っるなああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ドラグノフは腰に装備していた自動小銃を片手で持ち、銃弾を放つ。
「……!」
即座に全て切り落とす。
放った銃弾は全部で十二発だったが、そのうち射線が私の身体を捉えていたのは二発だけだ。
以前戦った時よりも、遥かに命中精度の低い攻撃。
切り落とすことは
「殺せ、殺せよ!!!戦争はそういうモンだろうが!これは命の奪い合いだ!そこに無駄な情けなんかかけるんじゃねえ!!!」
彼は傷だらけの身体を起こしながら叫ぶ。
「
「———私は、命を奪いたくない」
「———ッ!!!綺麗事を言うなァァァ!!!」
再び、今度は両手で銃弾が放たれる。
再び、全て切り落とす。
いくら撃とうと、この速度なら容易に切れる。
「そんな願いが、戦場で許されるワケねぇだろうが!!!結果はどうあれ、殺し合うしかねぇんだよ!!!どちらかが生きて!どちらかが死ぬ!それ以外の結果はねぇ!!!」
「……それでも、私はなるべく人が死なない結果を選びたい。……あなただって、死ぬ必要はない。守れる命は、守りたいから」
「———!お前……!!!!」
彼は眉間を歪め、強い剣幕でこちらを睨みながら何かを投げた。
瞬間、煙が巻き起こる。
「……っ!」
……煙幕だ。
私はすぐさま剣を振るい、煙を取り除く。
視界が開けると、ドラグノフは武器庫にあった非常用脱出口を背に立っていた。
扉の開いた脱出口の外では、猛吹雪が吹いている。
……ここは地下一階という表記にはなっているが、山の間にこの要塞が立っている以上、本当に地下にある訳ではないらしい。
先程確認した地図によると、その非常用脱出口の先は深い谷底に続いている。
さらに今日は吹雪も凄まじい。
その先に逃げられた場合、私の現状の体力では飛ぶことは出来ず、追跡は難しい。
「…………ク、ククククッ…………」
目の前の男は、とても静かに、気味悪く笑った。
「……リリィ・ルナテア、お前は本気で殺しに行かなけりゃならないらしい。覚えていろ、お前がどんなに綺麗な理想を掲げて戦っていても、必ず俺が否定しに行ってやる。……お前がその偽善をどこまで貫けるか、今から楽しみだぜェ……」
男は静かに、呪うようなおどろおどろしい声でそう呟いた。
右手で顔を押さえながらも、その隙間から覗く彼の
そこには、怒りと狂気、そしてそれ以上の何かを
「じゃあな。また会う時に、お前を、お前の願いを
ドラグノフはそう言いながら、脱出口を飛び降りた。
「…………!」
私は急いで脱出口まで走り、外を探すが彼の姿は吹雪でよく見えない。
この高さから落ちれば命はない……と思ったが、何故だろうか。
なんとなく、彼はまだ生きていて、そしてまた私の前に現れる。
そんな気がした。
彼は、また私と戦うためにここから脱出したのだ。
「……っ」
飛び降りる前に見せた、彼の瞳。
それは今まで見てきた彼のどんな表情とも一致しない何かだった。
彼が何を思いながら逃げたのかは分からない。
だが、それでも、その感情が恐ろしい何かであることは感じ取れた。
「……とにかく、今は先を急がなきゃ」
そう呟くと同時に、階段の方から足音が聞こえた。
「居たぞ!例のアンドロイドだ!」
先程見かけた兵士が六人、見たことのない兵士が三人居た。
……こちらも損傷が激しい以上、戦えば身体が持たないかもしれない。
「……!あれは……!」
上を見上げると、ドラグノフとの戦闘で出来た天井の穴があった。
その先には、先程通った通路が見える。
ならば……!
私はすぐさま跳躍し、そのまま飛行ユニットを起動する。
空を飛び、穴を通り抜けて一階へ。
さらに上へと飛び、吹き抜けを通って最上階へと着地する。
「ここに、この要塞のメインシステムが……!」
周りを見渡す。
数メートル先に「メインシステム室」の文字が見えた。
扉は閉ざされているが、関係ない。
破壊すればいいだけだ。
先程、武器庫で飛び立つ前に拾った手榴弾のピンを抜き、そのまま扉へと投げつける。
どん、という爆発音を立てたが、まだ扉は形を保っているようだ。
少しへこんではいるものの、破壊するには至ってない。
ならば、もう一押し。
私は地面を蹴り、扉へと突撃。
爆発の衝撃で出来た扉の隙間に向かって、速度を乗せて剣を突き立てる。
「はあっ!!!」
扉は思いっきり吹き飛ばされ、私はメインシステム室へと侵入することができた。
中は暗いが、部屋の中心に大掛かりな装置が置かれていることは確認できる。
さらに複数あるモニターには、この要塞内の各所の映像が映し出されているようだ。
中にはこちらの部屋に向かってくる兵士の様子も見てとれる。
「この装置を使えば、もしかして……!」
私は装置のタッチパネルに触れる。
すると様々なウィンドウが画面内に表示された。
どうやら、この装置で要塞の各種システムを操作できるらしい。
私はその中からある機能を探す。
「……あった!」
迷わずそれを起動する。
私が起動したのは、緊急事態用シャッターの機能だ。
これで要塞内の各通路はシャッターによって隔たれ、実質的に兵士を閉じ込めることに成功した。
幸い、要塞内の様子はここから見てとれる。
身動きの取れる兵士は、もう居ないようだ。
……これで、敵性存在は全て無力化した。
私はメインシステムを操作し、こちらの声が要塞内全域に聞こえるようにした。
少し深呼吸をして、私は放送用のマイクに顔を近づける。
「私はフローヴァ軍の兵器アンドロイド、リリィ・ルナテア。この要塞のシステムは完全に
通信を通して、まだ意識のある兵士たちに対して言葉を伝える。
「今、この要塞に向かって我が軍の第二大部隊が援軍として来る。……無駄な抵抗はしないで」
通信を切る。
……援軍が来る、というのは半分嘘ではあるが、
広義的に見れば援軍ではあるだろう。
相手を降伏させるには十分だ。
「……こちらリリィ・ルナテア、レクセキュア防衛要塞の制圧を完了しました。残存している敵兵も無力化したため、捕虜として捕らえて下さい。施設のシステムはこちらから操作できるので、安全に侵入できるはずです」
「こちら第二部隊。承知した。今すぐ部隊の人員を向かわせる」
通信の先から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
ラクス副長官だ。
「……あの、一つ頼みたいことがあるんですけどいいですか?」
「ん?どうした?」
ラクス副長官はくだけた雰囲気で言葉を返した。
「……なるべく、
モニターに武器を捨て両手をあげる兵士たちの姿が映る。
もう敵対する意思はないようだ。
「……なるべく
「出来る限りで大丈夫です。……これは、私のわがままですから」
「…………」
少しの間、互いに沈黙する。
「……分かった。仲間たちにも伝えておく。それじゃ、また後で!」
レクス副長官は元気よくそう答え、通信を切った。
「……ふぅ」
緊張が途切れ、近くの壁にへたり込む。
私は壁を背にして、自分の剣を見た。
透明な剣の
……これは、兵士を切った時の血だろうか。
浅く切っただけだから、死んではいないはずだ。
「………………」
静まりかえった部屋の中で、今日の戦闘を思い出す。
やっぱり、誰かを傷つけるのは敵であっても少し怖い。
血を見てもまだ耐えられるけど、やはり誰かを殺すことは、もう出来そうにない。
……私はこれ以上、この戦場で戦っていけるのだろうか。
ドラグノフの言葉を思い出す。
「戦場ではどちらかが生きて、どちらかが死ぬ」
確かにそれは、戦争における常識だ。
今でも他の戦場では人が大勢死んでいるのだろう。
「でも……」
誰かを傷つけることなんて、できればしない方がいいはずだ。
引けない理由があったとしても、傷つけないことを選べるならば、そうした方がいい。
———少なくとも、私にはそれを実現できるだけの力があるし、私はそうしたい。
そしてその選択をするからには、その責任を取らなければいけない。
……出来るだろうか?
「.……ううん、違う。私はやらなきゃいけない。自分の、自分自身の願いのために」
空に向かってそう呟く。
この戦場において自分の我が儘を通す以上、その責任は負わなければならない。
それがどんなに困難であっても、やり遂げてみせる。
私は重い腰を持ち上げ、モニターの前へと移動する。
その時、後ろから扉の開く音がした。
「……ラクス副長官」
「よっ」
ラクス副長官は軽い雰囲気で部屋に入ってきた。
「……ずいぶんと早い到着ですね。敵兵の
「ああ、お陰様で要塞への突入は時間かかんなかったぜ。捕縛については今俺の仲間が今やってる最中だ」
「……そうですか」
彼はそのまま私の隣に立ち、モニターに目を通した。
「……しかし、驚いたな。誰も殺さずにここを制圧するなんて」
「…………」
「どうして誰も殺さず、気絶だったり、閉じ込めたりするなんて方法を取ったんだ?」
「……それは」
言葉に詰まる。
それ以降を口にすれば、私は軍にいられなくなるかもしれない。
戦えない、と判断されて処分されるかもしれない。
……それでも、自分の願いを誤魔化すことは出来ないと思った。
私は息を吸い込み、口を開く。
「……私は、人を殺したくないんです。たとえそれが戦争の
出来る限り、自分の思いの丈を口にする。
それが、彼の問いに答えるため……いいや、自分の意思を明確にするために、今の自分がすべき事だ。
「傷つけなくて済むなら、そっちの方がいいと思うんです。どんなに争っていたとしても、命まで奪う必要はない。……だから、この方法を取ったんです」
「……その方法がもし、味方を危険に
ラクス副長官はモニターの方を見つめたまま、真剣な声色で問いかける。
だが、その問いの答えは既に持っていた。
「私は、誰も危険に晒すつもりはありません。味方を守った上で、私は誰も殺さない」
真っ直ぐ、彼の方を見て答える。
「私は、みんなを守りたくて戦ってますから」
これだけは、迷う事なく言える確かな事だった。
「………………そうか」
少しの沈黙。
その後、彼は出撃前と同じような明るい表情を見せた。
「それじゃ、俺はここの調査と隊員たちの様子を見てくる。……お疲れ、また後でな!」
「……はい!」
彼はそのまま部屋を出て行った。
一人残された部屋で、小さな窓から空を見上げる。
外がほのかに明るい。
私は部屋を飛び出し、非常用階段から要塞の屋上へと出る。
「あ……」
屋上から見える山々、その隙間から眩しい光が見える。
日の出だ。
暗い
要塞の屋上から見える、見渡す限りのグラデーション。
神秘的なようで、二十四時間に一回は必ず現れる光景に思わず息を呑む。
……もう、そんな時間か。
こうして晴れやかな気分で空を見上げるのは、いつぶりだろうか。
私はくるりと後ろを向き、太陽に背を向ける。
まだ暗い西の空には、うっすらと丸い月が見えた。
「……そうだ、連絡しなきゃ」
通信を軍総司令本部に繋ぐ。
「こちらリリィ、レクセキュア防衛要塞の制圧に成功しました」
ざわざわと通信の奥から声が聞こえる。
……どうやら、向こうにいる
少しのどよめきの後、芯のある男の声が聞こえた。
「こちらレオナルド・シーザー、今回の作戦の成功については、先程第二部隊からも通信があった。事後処理は第二部隊に任せる為、リリィ・ルナテアは本部に
「……!はい、ありがとうございます」
私がそう言うと、通信が切れた。
……と共に、また別の回線で通信が繋がる。
「リリィ!!!本当によくやった!!!」
「ひゃあっ!?」
今度は聞き覚えがあっても、特段聞かないような大きな声が聞こえた。
思わず、私も変な声が出してしまった。
「本当に、ほんとに、よかった……!」
今度は声が震えている。
「……いま、泣いてます?」
「……ああ、ごめん。不安だったから、つい」
鼻をすする音が通信の奥から聞こえる。
「ふふっ、もう、心配しすぎですよ。……本部からも帰投命令が出たので、すぐ戻りますね」
「うん、ソレイユやリコリスも帰りを待ってるよ」
「……全速力で、帰ります!」
「うん、それじゃまた後で!」
通信を切る。
再び空を見上げると、もうすっかり青空だ。
吹雪も完全に止み、日の光が山々を照らしている。
「飛行ユニット、起動」
ふわりと、宙へ浮く。
私は空中で大きく息を吸い、そのまま吐いた。
冷たい空気が身体の中を循環する。
長い夜が明けたような、新鮮な気分だ。
「脚部ブースター、起動」
戦闘時よりはちょっと抑えた出力で空を飛ぶ。
吹き抜ける風はやや冷たいが、それ以上に心地よい。
すっかり明るくなった空には、まだ月がうっすらと写っている。
……覚悟は決まった。
これからどんな困難があろうとも、私は私自身の願いのために戦う。
この願いがある限り、私は少しずつでも前に進める。
絶対に、もう見失わない
再び月を見る。
……月は時に欠けて見えるが、それは日の光が当たらない場所があるからだ。
決して、本当に欠けてしまっているのではなく、見えなくても、そこには丸い月がある。
……どんな時でも、そこに確かにあるもの。
「…………うん、やっぱり、月は綺麗だね」
私は少しスピードを上げ、快晴の空を飛んだ。
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