22話 レクセキュア防衛城塞制圧作戦
がたがたと、車輪からの振動が鉄の身体に響く。
雪道を走る装甲車の中は肌寒い。
そのうえ吐き出す空気は白く、外の景色は吹雪で見えない。
───私たちはレクセキュア防衛城塞制圧作戦のため、私は作戦領域へと向かっていた。
「はっくしゅん!!!」
「大丈夫?ラクス」
向かいの席には、緋色の髪で長身の男性と、ベレー帽を被ったミディアムヘアの女性がいた。
「ああ、やっぱ寒いな。アミスは大丈夫か?」
「私も寒いけど、結構着込んでるから何とか。……はぁーあ、ラクスのせいでこんな僻地まで出向くことになるなんてなぁ」
「うぐ…………」
その女性の発言に、目の前の男性———ラクス・イーリア第二部隊副長官———はとても苦い顔をした。
「会議中の態度が問題で、私達第二部隊が今回の作戦の事後処理に駆り出された、って聞いたけど、会議中に何言ったの?」
彼女はちょっと不満そうに頬を膨らませながら、ラクス副長官に問いかけた。
「特に俺は問題発言してないって。……ただ、現状の軍の戦力から鑑みてアダバナは運用すべきだ、って言っただけだ」
「はぁ……まったくもう!発言には気をつけてって前も言ったでしょ!軍の中ではアダバナに対しては肯定的な意見が少ないんだから!」
「わ、わかったって……」
その女性はそう彼に詰め寄った後、はっ、としてこちらを申し訳なさそうに見つめた。
「あっ……ご、ごめんなさい。こういう話は、あんまり聞きたくなかったよね」
「いえ、大丈夫です。……そういう話は、以前から聞いてますので」
「私やラクス達はそうじゃないんだけど、軍はプライドが高い人多いから……」
彼女の言う通り、私や姉妹達への印象はあまり良くないらしい。
クリス博士からはそういう雰囲気があることを前々から伝えられていた。
「中央都市のテロだって何とかなったのはアダバナのおかげだろ?あの機械兵器倒すのにも俺たちだけじゃ一体が精一杯だったしなぁ……」
……そういえば、あのとき攻め込んできた機械兵器六体のうち一体は第一、第二部隊の連合軍が破壊したと後から聞いたことがあった気がする。
彼らもあの時戦っていたのだろう。
「なんとか仲間が動きを止めて、頭に一発打ち込めたから破壊できたものの、あの
「たしか、あの時は……」
片方は攻撃の直撃覚悟で何とか空中に打ち上げて攻撃、もう片方は…………私の
「…………」
あの時のことは詳しく覚えてないが、あの光景だけは目に焼きついている。
私の目の前で、セレーナが殺された光景。
その後、私の過重解放で時間を巻き戻しつつ機械兵器を破壊する事で事なきを得た。
しかし、確かにあの光景は私の記憶の中に残っている。
正直、今でも思い出すと怖くはある。
…………それでも、私は戦うと決めたのだ。
「大丈夫か?…………もしかして俺、また何かマズい事言った?」
彼はハッとして口を押さえる。
「そーかもね。……ラクスはそういう所あるから」
「悪い。これでも気をつけてはいるつもりなんだけど……」
……こうして話すのは始めてだが、かなりくだけた印象を受ける人物だ。
副長官という立場ではあるが、先程の二人の様子を見る限り距離感が近いと感じる。
……どういう関係性なんだろうか。
「いえ、大丈夫です。……あの時の戦闘について、片方は私の機能の機密情報になるので話せませんが、もう片方についてなら」
そして私は最初に都市部で戦った機械兵器との戦闘内容を話す。
目の前の男女は、私の話を聞くたびに姿勢を前のめりになっていった。
「け、結構無茶するなぁ……損傷前提の攻撃なんて。やっぱアレ強かったよな。俺の時は……」
ラクス副長官は自分が戦ったときのことについて話してくれた。
第一、第二部隊によって北部に現れた機械兵器に対応していたが、その機械兵器の俊敏性に苦戦していたようだ。
最終的には進行方向に向かい
「いやぁ〜……あの時早すぎて全く動きの線が見えなかったから、本当に苦労した」
「……?その、動きの線って?」
「ああ、ラクスはね、魔法が使える……らしいの」
「……らしい、って?」
私は問いかけた。
それと同時に、セレーナが『
あの奇跡のような力は一度見れば中々忘れられないはずだが、彼女のあやふやな言い方が少し気になった。
「彼が言うには、『モノのこれからの動きが線で見える』らしいんだけど……正直、そう言われても実際に何か起きている訳じゃないし……何と言うか……信じられないって感じで」
「ほ、ホントだって!こう、モノが動く方向に線が見えて……」
彼は人差し指で空中にくねくねと線を書く。
その動きは何だか、ちょっと可笑しく感じた。
アミスと呼ばれていた女性は、ふふっと笑って
「ね……?よく分かんないでしょ?」
彼女は笑顔で、彼を指さしそう言った。
その光景があまりにも可笑しかったので、つい、
「……ふふっ、確かに」
と言葉が漏れてしまった。
目の前の二人がきょとん、とお互いの人差し指を立てたまま、固まってしまった。
「あっ……ごめんなさい」
私は口元を押さえて謝った。
「いや、その、なんというか……」
アミスが言葉に詰まっていると、ラクス副長官が、
「君も笑ったりするんだな、って」
とこちらをじっと見たまま言った。
「……なんか、思ったより俺たちと変わらないんだな」
「確かに……けっこう柔らかな表情をするよね」
二人は笑顔でそう語る。
そう言われると、ちょっと気恥ずかしい。
これから制圧作戦が始まるというのに、気が緩みそうになる。
表情を「キリッ」とした感じに戻そうとすると、急に車の揺れが止まったのを感じた。
「おっ、もう着いたみたいだな」
「私たちはここで待機、だね」
私は隣に置いてあった剣を取り、立ち上がる。
メンテナンスは開発局を出る前に済ませている。
後は外の状態を確かめながら、出力を微調整するだけだ。
装甲車の扉に手をかける。
「じゃあ、気をつけてな。……今度機会があれば、また話そうぜ」
手がぴたりと止まる。
ラクス副長官はそんなふうに声をかけてきた。
「……ええ、いってきます!」
私は、笑顔でそう答えて扉を開けて外に出た。
外の吹雪はおさまり、ある程度見通しも効くようだ。
私達のいるのはレクセキュア防衛城塞から一キロ程離れた山間部。
あちらからはこの位置にいる装甲車を確認する事はできないだろうが、こちらからは城塞の様子がよく見てとれる。
ここから城塞までの距離は約二キロ。
この極寒の土地だからか兵士はもちろん外にはいないが、城壁には十メートルぐらいの感覚で砲台が設置されている。
詳細は吹雪に阻まれよく見えないが、軍が事前に調べ上げた情報では最新鋭の魔晶循環型?砲台らしい。
……正直、話を聞いても仕組みについては分からなかったが、連射及び長時間の運用に耐える光学レーザー砲、と言われていたことだけは覚えている。
吐く息は白いまま。
肌寒くはあるが、体内の回路は十全に機能している。
この低温のなかでも問題なさそうだ。
剣を握りしめ、空を見つめる。
「飛行ユニット、起動」
空へと飛び上がる。
空中はより寒いが、それでもエンジンは大丈夫そうだ。
クリス博士が入念に準備してくれたのが
おかげで自由に飛び回れそうだ。
山間部から飛び出し、城塞へと向かう。
そろそろ向こうもこちらを探知する頃だろう。
そのまま城壁へと直進すると、砲台がこちらの方向を向いた。
「……来る!」
砲台から一斉に光弾が放たれる。
それらを一瞬のうちに全て認識する。
弾速もかなりのものだが、何よりも厄介なのがその数だ。
五十、百……数えることすら面倒なほどの弾が飛んできている。
しかもその全て、私を正確に狙ってきている。
「…………っ!!」
私は大きく旋回しやり過ごす。
……こうして回避した際に気づいたが、狙いが正確であればあるほど、その弾道は読みやすい。
───ならば、あとは簡単だ。
「ここだっ!!」
一瞬のうちに導き出した軌跡を辿り、光弾を掻い潜る。
要塞との距離がだんだんと縮んでいく。
近づいていくうちに、城壁に小窓があることが確認できた。
ならば、そこから……!
「はあぁぁぁぁぁ!!!」
思い切り、その小窓に向かって突撃する。
ぱりん、と
……流石に、銃弾並みのスピードで私が
とにかく、要塞内への侵入という第一関門は突破した。
要塞内部には十数人、先程まで私を砲台にて狙っていたと思われる兵士たちがいた。
彼らは咄嗟に銃を構える。
私も剣の
———私の脳裏に浮かぶ、血の記憶。
これから私が行おうとしている行動の意味。
大切な人を失うかもしれない可能性。
誰かの大切な人を奪う可能性。
それらについて思考する。
命の奪い合い。
肉を切る感覚。
その行動をする覚悟。
……どうやら私は、まだ迷っているらしい。
「でも……!」
前へと飛び出す。
向けられた銃口に向けて一直線。
放たれる砲弾が、私の身体を
私は剣を水平に、真っ直ぐ構えて狙いを定める。
狙いは銃の砲身。
ただそれだけを、兵士の身体を避けて攻撃する
足に力を込め、一瞬で貫く……!
「はあぁぁぁぁぁぁ!!!」
真っ直ぐに、狙い通り銃のみを貫いた。
「ぐッ……ッッ!!」
苦悶の表情を浮かべよろける兵士を横目に、私はさらに後ろの兵士に向けて剣を振りかぶる。
構えた銃を剣ではたき落とし、そのまま剣の柄を腹部に勢いよく叩き込む。
「ぅ……っ」
そのままその兵士は気を失った。
銃をはたき落とした兵士にも一発、死なない程度の一撃をたたき込む。
その兵士もその場で気絶する。
振り向くと、残りの兵士が銃弾を放ってきた。
一瞬のうちに視界に捉え、剣で切り落とす。
二発、三発、四発、と連続で放たれる銃弾も、同様にして切り落とす。
「くっ、そおぉぉぉぉ!!!」
残りの兵士の一人が、そのまま銃を乱射する。
狙いの定まっていない、やけっぱちの攻撃。
切る必要のある弾丸のみを切り、彼に向かって突進する。
その勢いのまま兵士を蹴り飛ばし、隣にいた兵士に剣で銃に一閃、攻撃を入れた後頭に手加減して拳を入れる。
……今まで全て、致命傷を避けた攻撃のみをしている。
攻撃を入れた兵士四名は気絶し、実質的な戦闘続行は不可能な状態になった。
「………………」
要塞内部の通路に、前後を塞がれた状態で私は立っている。
周りにはまだ、十人前後の兵士が私の行手を遮っていた。
位置的、数的不利を背負ったまま、私は戦闘を行わなければならない。
……それでも私は、今の戦い方を続けられるだろうか。
迷いを振り払うように全て切り落とし、私は再び思考する。
自分の置かれている状況。
数及び性能を鑑みた戦力差。
自分の戦い方。
自分の立場。
私の恐怖。
私の責務。
がんじがらめになるような数多の要素に、思考が暗闇に閉ざされそうな中、私はひとつの言葉を思い出した。
「リリィが一番満足できて、リリィが一番後悔しない選択をしてほしい」
それはセレーナが言った、『私の願い』を肯定する言葉。
「私の、願い……」
私は、みんなを、街を、守りたい。
それが最優先の願いだ。
でも、やっぱりそれでも、人を殺すのは怖い。
人の死というものを今更ながらに理解して、今ここで私は戦場に立っている。
……守るためには戦わなければならない。
……人を殺すことは、私はもうしたくない。
「ならば……っ!」
私は再び、兵士に向かって直進した。
放たれる弾丸を切り捨てながら、兵士たちの懐に入る。
「はあっ!!!」
一瞬のうちに六撃。
右足の表面。銃身。腕の甲。胸表面。肩。腹部の横。
全て急所を意図的に避けて、深く傷にならないように狙った部分だ。
「ぐっ……!」
兵士たちは銃を腕から落とし、その場に倒れながらもこちらを睨みつけている。
「……私は、あなたたちを殺したくない」
「……!?」
「今ここで武器を捨てて降伏してくれれば、命は奪わない」
「ふっ、ざけるな……!!!」
残った兵士達は再び銃を撃つ。
……やはり、そうなるだろう。
自分でも、
戦わなければならないけど、殺したくもない。
そのためにはこうするしか無いと分かっていても、それが上手くいく確証など存在しないことは分かりきっている。
覚悟も理解も足りていない私の
だが、
「ふっ……!」
何度も見た銃弾の動き。
叩き切るのは容易だ。
また近づいて、空いている私の左拳に力を入れる。
……ソレイユ辺りがやったら即死級でも、私が力を調節すれば気絶くらいで済ませられる、はず……!
「えいっ!」
下腹部に拳を叩きこむ。
そのまま少し吹き飛ばされた兵士は、どん、と地面に倒れ込んだあと、気を失った。
手から離れた銃を、剣を突き刺し破壊する。
その時後ろから、からん、と後ろから何かが転がる音がした。
「…………!」
爆発と共に、煙が広がる。
目眩しのための煙幕だろう。
となると、次に来るのは……
「っ……サブウェポン、展開!」
煙幕が張られた方向へ、網目状に壁を張る。
伸ばした一本一本に銃弾が当たる音がした。
煙幕で視界を奪った後、私の居る方向に向けて銃弾を乱射したのだろう。
確かに、その方法ならば私が銃弾を視るのは難しくなる。
だが、防げないわけじない。
煙が晴れ、銃を構えた兵士の姿が見える。
網目状に張り巡らしたサブウェポンの切先を、今度は構えたその武器に向ける。
「はあっ!」
一直線に複数の兵装を伸ばし、武器だけを貫いた。
破壊された銃が、一斉に地面に転がる。
……これで、全兵士の無力化に成功した。
「ぐっ……総員、撤退!」
意識の残った兵士たちは、一斉にその場を丸腰で離れていった。
「……ふぅ」
とりあえず、これで敵を退けることはできた。
本当は兵士たちを追った方が良いと思われるが、とりあえずこの要塞のメインシステムさえ破壊すれば制圧は完了となる。
武器を持たない彼ら自体は、私にとって大した障害にはならない。
ただ、再び武器や弾薬を補充して抵抗してくる場合も考えられる。
先に武器庫を潰しておく必要がありそうだ。
「そうなると……」
まずは武器庫がどこにあるかを探す必要がある。
しばらくはこの辺を捜索するとしよう。
廊下を駆け出し、手がかりを探すことにする。
しばらく廊下を進むと、階段とその付近に要塞の地図らしきものがあった。
地図によるとどうやらここは七階らしい。
しかも要塞は壁面部と中央部に分かれており、武器庫もメインシステムも中央部にあるようだ。
今私のいる壁面部から中央部に向かうためには、一度四階に降り、そこから中央部に向かう必要があるらしい。
さらにそこから地下一階の武器庫、六階のメインシステム室へと向かう必要がある。
そこに向かうまでにも敵の抵抗はあるだろうから大変そうだ。
とにかく、まずは中央部へ向かわなければならない。
私は急いで階段を降りる。
四階まで降りると、窓もこれといった装置もない、無機質な廊下があった。
さらに、しばらく廊下を進むと、中央部へと伸びた連絡通路が見える。
「ここを進めば……!」
そう呟いた瞬間、連絡通路の奥から足音のようなものが聞こえた。
たたん、たたん、といった感じの、人間とは違う異質な足音。
通路の奥から、
「あれは……機械兵器……!」
犬の形をした機械兵器三機。
以前リコリスが戦ったものに似ているが、細部が違う。
恐らく改良型だろう。
私は剣を構え、向かってくる機械兵器を見据える。
真っ直ぐと向かってくる鉄の猟犬は、中央部へと繋がる通路を塞ぐように横一列に向かってくる。
三対一、数的には不利だ。
だが、問題はない。
どのみち、私はこの先に進まなければならない。
倒す以外の選択肢はないのだ。
地面を蹴り、真っ直ぐに走り出す。
真ん中の一体が、私に向かって飛びついた。
鉄の
その口元に向かって、私は剣を突き刺す。
そのまま頭部を貫き、一体は機能を停止した。
だが、残りの二体もその瞬間に飛びついてくる。
突き刺した剣を引き抜いていては間に合わない。
……ならば。
私は左足を軸として、右足をブースター込みで横に振る。
高速の回し蹴りだ。
その蹴りはなんとか残りの二体に命中し、左の壁へ吹き飛ばした。
その隙に剣を引き抜き二撃、即座に頭部を切り落とす。
残りの二体も機能を停止した。
「こんなところで、止まってられない……!」
私はすぐさまその場を後にして、中央部へと向かった。
通路を抜けると、部屋の真ん中が空いている。
どうやら一階から六階まで吹き抜けになっているらしい。
硝子張りの天井から月の光が差し、一回の床を照らしている。
これは好都合だ。
私はその吹き抜けを飛び降り、一階へと着地する。
あとはさらに一階下の武器庫への階段を探すだけだ。
振り返ると、すぐにそれは見つかった。
周りに気配も感じないため、私はすぐに階段を降りていく。
階段を降りると、そこには広い空間が広がっていた。
戦車に装甲車、武器や弾薬など、まるで工場のような規模で物資が置かれている。
恐らく、爆薬等も
「よォ、リリィ・ルナテア、また会ったな」
そのとき、聞き覚えのある男の声がした。
声の方向を振り向くと、巨大な兵器の上に頬杖をつき、
「ドラグノフ・ヴァイマン……!」
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