21話 再起動
「ん……」
眩しい朝日が、
ふかふかしたお布団に包くるまり、心地よい眠りへと戻りたくなる気分を押しのけて、何とか体を起こした。
「~~……っ」
両手を上に伸ばし、鈍りきった身体をストレッチする。
……とは言っても、私のメンテナンスは万全だし、すぐにでも身体を動かせるように調整されている。
このストレッチは私の頭を動かすためのルーティーン。
ただの気分の問題だ。
「ふあぁ……」
いい感じに脱力した身体と、まだ眠たい意識が同居して、しばらくはベッドの上でぼーっとする。
周りを見渡すと、生活感のある普通の女の子の部屋。
……そうだった。
私は昨日、あのままセレーナの部屋で一緒に寝てしまったのだ。
「…………」
朧げな意識のまま、昨日の夜のことを思い出す。
私は昨日、彼女の前で泣き出してしまったのだった。
あの時の記憶がゆっくりと思い出されていく。
彼女の優しい笑顔。
彼女の眩しい姿。
柔らかな唇。
綺礼なまつ毛。
きめ細やかな肌。
「…………?」
そうだった。
私は昨日、彼女と……彼女、と…………
「………………っ!!?!!!???」
全身が熱くなり、急遽布団を被ってその場にうずくまる。
あれ、私、なんか、すごいことしちゃってない!?
だって、あ、あれ、き、キ……
「キス、しちゃった……!?」
思い出せば思い出すほど、恥ずかしさで爆発しそうになる。
私は行き場のない恥ずかしさのあまり、ベッドの上をごろごろと左右に転がった。
「うぅ……しばらくは、まともにセレーナの顔見れないかも……」
そうしてベットの中をあっちこっちと転げ回り、身体の熱が収まるまでに数分近くかかってしまった。
熱が収まったと言っても、思い出すとまだちょっと恥ずかしい。
「……そういえば、セレーナはどこ行ったんだろ」
今は朝の六時半、セレーナの姿は部屋には無い。
もう下にいるのだろうか。
私は客室に戻り着替えた後、一階に降りることにした。
階段をゆっくりと降りていると、
「あ、リリィおはよ」
セレーナが朝食を作っていた。
「お、オハヨウ」
まだ気恥ずかしさの残った私の挨拶をよそに、セレーナは朝食を机に運んでいる。
「お母さんは今お店の準備してるから、今は私一人なんだ。……なんか、誰かと朝食を取るなんて久しぶりな気がする!」
普段、彼女は一人で朝食を食べているらしい。
母親は店の準備で早朝に出かけているから、いつも一人なのだろう。
ウキウキとした様子で準備している。
……そういえば、他に家族はいないのだろうか。
「リリィ、昨日はよく眠れた?」
「……うん」
「それなら良かった。あのベッド、二人で寝るにはちょっと狭いから、寝づらかったかなーって」
「え、あ、ううん、普通に寝れたよ、うん!」
正直、身体を密着していた分、暖かな体温が伝わってきて安心できたし、その分普段よりよく眠れた。
…………というのは内緒だ。
そんな子供っぽい理由、恥ずかしくて言えない。
「私はリリィがあったかくて安心できたから、普段よりよく眠れたかも♪」
「……っ!?」
同じ感想を口に出されて、思わずびっくりした。
……うすうす気づいてはいたが、セレーナはちょっと積極的すぎる気がする。
私は赤くなった顔を見られまいと、よそよそしく席についた。
目の前にはベーコンと目玉焼きを乗せた食パンと、コーンスープが置かれている。
「じゃ、そろそろ朝ごはん食べちゃおっか」
セレーナも私の前の席に座った。
パンを手に取り、そのままかぶりつく。
ふわふわとした食感と香ばしいベーコンの香りが口に広がり、まさに朝にぴったりといった感じだ。
次にコーンスープをスプーンで一口。
コクがあって優しい旨味が丁度いい。
ふと目線を前にやると、セレーナがこちらを見ている。
「……?」
どうしたのだろう。
……まさか、私の口の周りに何かついてるのだろうか。
私は急いで口元を拭いた。
それでも彼女はこちらを見ている。
「……どうしたの?」
「いや、リリィって本当に美味しそうに食べるな〜って」
「そ、そう?」
思えば、セレーナと一緒にいる時は積極的に食事をすることが多い気がする。
……本来、アンドロイドには食事は必要ない。
効率の良いエネルギーの補給なら、充電すればいいだけの話だ。
しかし、私が食事をする理由は「美味しい」からだ。
この感覚は何度も体験したくなる。
……そういえば、最初に「美味しい」を感じたのはセレーナと一緒にシュークリームを食べた時だった。
美味しい食べ物は沢山ある、という事実を認識したのも、セレーナがきっかけである。
私はセレーナから多くのことを学んだ。
……今の私があるのは、セレーナのおかげ。
「……セレーナが作る料理は、おいしいね」
「ふふっ、ありがと」
彼女はにんまりと笑う。
その後私たちは他愛ない話をしながら、朝食を済ませた。
食器の片付けと洗い物を二人で手早く済ませ、私は着替えやタオルの入った荷物をまとめて家を出た。
「そろそろ、アンドロイド開発局に戻らなくちゃ」
「うん、またね」
彼女が見送ろうと、玄関を出て、花屋の前まで降りてきた。
花屋の前で、彼女と向かい合う。
「……セレーナ、昨日はありがとう」
別れる前に、私は感謝を口にした。
気恥ずかしさと、頭の中の言葉がまとまらなくてつい俯いてしまう。
でも、ちゃんと思いを言葉にして、伝えなくちゃ。
私のことを勇気づけてくれた彼女へ。
「私、今なら少し、頑張れる気がする。戦うのは怖いけど……それでも、戦ってでも守りたいものが、ここにはたくさんあるから」
今の私の、願いを、決意を口にする。
「だから…………わひゃっ!?」
前を向くと、彼女は覗き込むような姿勢でこちらを間近で見ていた。
驚いて、後ろに飛び退く。
「ふふっ、面白い驚き方するね」
「も、もう!びっくりしたじゃん!ま、またキ……キス、される、の、かと……」
昨日の光景がフラッシュバックし、声が小さくなる。
柔らかな感触と綺麗な顔。
とろけてしまいそうな甘い香りと味。
体内で核融合でも起きたかのような体の熱さが私を襲う。
「……もう一回したい?」
「からかわないでっ!うぅ〜〜……」
「……ふふっ、やっぱりリリィは元気な方がいいや」
「……!」
風が吹く。
彼女の髪が揺れる。
笑っていた口元を隠す右手を、そのまま耳元まで持ち上げ、髪を耳にかける。
そんな些細な仕草が、なんとも美しかった。
その笑顔と出立ちは、早めに訪れた春のよう。
「私は、リリィには笑っていてほしい。力になれるのなら何だってしたいし、何だってできる気がする。……私は、ずっとリリィの側にいたいから」
彼女からの言葉が、私に勇気をくれる。
私だって同じだ。
セレーナには笑っていてほしいし、セレーナのためならば、何だってできる気がする。
「……私も、ずっとセレーナの側にいたい」
「両思いだね。私たち」
「……かもね」
二人で笑い合う。
思いが重なり合った瞬間、私はとても幸せな感触に包まれた。
私には、彼女が、この街の人々がいる。
だから、きっと、私は戦える。
「じゃあ、またね」
私は開発局の方向へ進んでいく。
「またねリリィ!今度また一緒に出かけようね!」
「……!うん!」
そうして私たちは、互いが見えなくなるまで手を振りながら、その場を後にした。
……セレーナの家からアンドロイド開発局まではちょっと距離がある。
花屋がある路地を道沿いに数百メートル進めば大きめの道に出る。
フローヴァ中央都市の真ん中、フローヴァ軍司令本部から放射状に広がる道だ。
そこを真っ直ぐ数キロ進んでいけば、巨大な塔───この国の権力の象徴たる軍司令本部が見える。
その近くにあるのがアンドロイド開発局である。
こちらも負けず劣らず、巨大な建物だ。
私はそのまま開発局に入ると、すぐさま誰かが走ってくる足音が聞こえた。
「……クリス博士」
「リリィ、戻ってきたんだね……!」
はぁ、はぁと息を切らし、手を膝につきながら、クリス博士は私に声をかけた。
「……大変なことになった」
「何か、あったんですか?」
「これを見てくれ」
顔を下に下げたまま、クリス博士は手に持ったタブレット端末を渡してきた。
そこに映し出された内容に目を通す。
「レクセキュア防衛城塞の、単独制圧作戦……?」
レクセキュア防衛城塞と言えば、フローヴァ国とレクセキュア国の国境沿い北部に位置する、両国の対立の最前線だ。
堅牢な城塞であり、攻め落とすのも困難とされている。
こちらの戦力も相当数必要だろう。
だが、その作戦内容に記されていた戦力は、予想外のものだった。
物資輸送用の補給部隊と、戦況の報告のために配属されたフローヴァ軍第二部隊、そして、私の名前。
「リリィが、単独で作戦を実行することになった」
「…………!」
明らかに戦力として少ない。
制圧というよりは、情報収集のために私を利用しようとしていると言った感じだ。
「僕は反対したんだけど…………」
俯いたまま、彼は唇を噛み締めている。
どうやら私のことを案じているらしい。
本来であればただの兵器である私に対して、そこまで心配してくれるとは。
……私、とても愛されているなぁ。
「……大丈夫です。必ず、成し遂げてみせます」
「……!」
覚悟を声にする。
制圧するには現実味のない作戦だが、何故だろうか。
今なら、何でもできる気がする。
私には、守りたいものがある。
信じてくれる人がいる。
大切にしてくれる人がいる。
その事実が、私の背中を押してくれる。
現状は何も変わっていないけど、それでも——
「装備のメンテナンス、お願いします。久しぶりだから、ちゃんと扱えるようにしなきゃ」
「…………」
「私、いっぱい迷惑かけてきましたから。だから、今度は私が成し遂げなきゃ。……必ず、戦果を持ち帰ってきます!」
「リリィ」
彼はがっしりと私の肩を掴んだ。
「……君が、君だけが無理する必要なんてどこにもない。正直、今回の作戦はあまりにも無謀だ。これに参加すれば、君は修復不可能なレベルの傷を負うかもしれないし、もしかしたら、そのまま……壊されてしまうかもしれない」
彼の手から、震えが伝わってくる。
俯いたままの彼の顔の様子が、何となく分かってしまう。
「私の方から何とか、ソレイユやリコリスたちも参加できないか、かけ合ってみよう。開発局の立ち位置は悪くなるかもしれないけど、君を失うよりは……」
「クリス博士」
「……!」
そっと、震える彼の手に触れる。
「私、戦うのは正直怖いです。でも、私には守りたい人も、帰りを待ってくれる人も、
……心配してくれる人もいる。
だから、戦って、……戦って、必ず戻ってきます。またここに」
「リリィ……」
彼を真っ直ぐ見つめる。
顔を上げた彼は、そのまま肩から手を離し、その手を自分の目元に持っていった。
「君も……いや、君は素直で、真っ直ぐだね」
彼は自分の頬を強く叩く。
クリス博士の表情は、強がるような、若々しいものになっていた。
「分かった。僕達も十二分にサポートしよう。……さぁ、忙しくなるぞぅ!」
「……はい!」
活力が溢れんばかりの様子で、私達は開発局の廊下を歩いて行った。
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戦禍のアダバナ ズヴェズダ @Zvezda_write
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