20.5話 間話

「それでは、フローヴァ軍兵器運用会議を始める」


シーザー総司令の声が会議室に響く。

対兵殲滅用アダバナ……つまりリリィの今後の扱いについての会議が始まった。

結局、我らが局長───ホシミヤ・カズマサ局長は来ることは無く、副局長である僕───クリス・バーソイルと、兵器アンドロイド開発局の職員2名で出席することとなった。

他の参加者はシーザー総司令とフローヴァ軍各大部隊の長官及び副長官の計十二名。

その中にはあのマルケティ副長官殿もいる。


「今回の議題はアダバナの軍事運用についてだ。マルケティ副長官及びその他出席者六名から兵器アンドロイド開発局の資金運用について疑問が出ている」


すぐさま、副長官殿が立ち上がり、声を上げた。


「今回我々が疑問視している点は、現在用いられているアダバナ三機のうち、最初期に作られた対兵殲滅用アダバナについてだ。他二機の活躍については……まぁ認めてやらなくは無いが、この一号機については戦場での活躍がかんばしくない。この前も、レクセキュア軍の量産型兵器に敗北していた。その際の補填費は莫大なものになっている」


彼はつらつらと言葉を連ねている。

……おおよそ事実ベースである分、反論しづらい所だ。


「したがって、我々はアンドロイド開発局に対して対兵殲滅用アダバナの運用停止及び廃棄、その運用費の削減を求める!……シーザー総司令、以上が私からの要望でございます」


副長官殿はぺこりとシーザー総司令に頭を下げ、着席した。

着席する前にこちらをチラリと見たが、なんとも気に入らない目つきだ。


「成程。……クリス副局長、何か意見は」


「はい」


資料を手に持ち、立ち上がる。

今回副長官殿が問題に挙げたのはリリィの運用費についてだ。

直近の作戦にてアンドロイドの運用費のうち、リリィの修復費が大きな割合を占めている。

基本、リリィだけではなくソレイユやリコリスに関してもメンテナンス等で費用は発生してはいるが、その二人は大きな損傷を負うことは無かったためあまり割合は大きくない。

しかし、リリィは大きな損傷を負うことが多く、修理するにしても大掛かりなものになる。

その際にかかる修理費は決して安くない。

マルケティの主張はある意味、正しくはある。


「……対兵殲滅用アダバナ、リリィ・ルナテアの存在は必要不可欠です。確かに彼女にかかる費用は莫大なものですが、その分の功績はあると私は考えています」


「ほう」


シーザー総司令がこちらに目線を向ける。


「第六自動管制塔制圧作戦と南部工業地区制圧作戦、その両方で彼女は一定の活躍を収めています。昨今の大量生産されている機械兵器に対しても有力な戦力であり、今後の作戦でも必要でしょう」


「一定の活躍、と言ってはいるが、その第六自動管制塔制圧作戦ではただの人間に負けているではないか!」


「それは……」


……痛いところを突かれた。

リリィが交戦していたあの男───確かドラグノフ・ヴァイマンと名乗っていた男のデータは、以前のレクセキュアとの戦争記録に残っていた。

その名前は当時よく知られていたらしい。

昔レクセキュア軍の特殊部隊隊長として活躍していたが、数年前に軍から脱退及び失踪。

それ以降、今になるまで記録に残る活躍どころか目撃情報すらなかったらしい。

そのような男が何故今になって現れたのだろうか。


「……シーザー総司令。発言の権利を求めます」


ふと、会議室の奥の方から声が聞こえてきた。

手を挙げながらその男はシーザー総司令の方を見ていた。


「発言を許可する。ラクス副長官」


シーザー総司令が彼に答える。

ラクス・イーリア副長官───彼はフローヴァ軍に入隊して僅か二年でフローヴァ軍第二部隊副長官にまで登りつめた優秀な人物だ。

正確な射撃の腕前と味方の信頼を集めるリーダーシップは軍の中でも有名であり、誰もが注目している期待の新人といったところだ。

噂では今ではほとんど存在しない「魔法」の使い手であるとも言われている。

緋色ひいろの短髪、長身と整った姿の彼は資料を手に取って口を開いた。


「リリィ・ルナテアって確か、この前の中央都市襲撃のときに侵入した機械兵器を二機も破壊したアダバナのうちの一体だよな?アレを破壊するのに俺たち第二部隊と第一部隊で一機が精一杯だった以上、軍の中でも強力な戦力ではあるんじゃないか?」


「…………!」


彼の言葉に会議室がどよめく。

今の発言は、言ってしまえば自らの戦力よりもアンドロイドの方が戦力が上だと言っているようにも取れる。

軍に所属する人間としては、あまりな発言とは言えない。


「要するに、俺たちよりも戦力としては上ってことだよな?」


……まじか。

彼は躊躇いもなく言葉にした。

それを認めてしまえば、軍のメンツは丸潰れになってしまう。


「ラ、ラクス君!君は若いから知らないかもしれないが我らフローヴァ軍には百年以上の歴史があるのだぞ!戦場における知識も経験も我らの方が……」


マルケティ副長官が慌てて言葉を発した。

周りの——恐らく彼と同様の意見を持っていた軍の人達もざわざわと小声で話している。

ラクス副長官の、ある意味意見に場は騒然としていた。


「静かに」


シーザー総司令の圧のある声が、会議室に響いた。


「クリス副局長、何か彼らの意見に対して、回答はあるか」


会議室中の人たちが、一斉にこちらを向く。

ラクス副長官の言葉によって、こちらにも勝機は見えてきた。

どうやら軍も一枚岩では無いらしい。

……彼には感謝だな。


「……こほん。中央都市襲撃の一件でも分かりますが、彼女らアダバナには軍の一部隊いじょ……一部隊に相当する力があります。これだけでも、戦力としての有用性はあるのではないでしょうか」


長期的にアダバナの運用を存続させるためにも、ここで何とかしてその有用性を主張しておきたい。

僕はさらに言葉を連ねた。


「さらに、彼女らはそれぞれ規格外の性能を有しています。例えば、対兵殲滅用アダバナ、リリィ・ルナテアには機動力、対兵器破砕用アダバナ、ソレイユ・サニーラには破壊力が特出しており、今後の軍事作戦の幅も大いに広げられるでしょう」


「成程」


シーザー総司令も頷いている。

……これはこちらに流れがきたか?


「ぐ……!し、しかし、それでも費用面の問題は大きいぞ!さらにはアンドロイドは現状三機しかいない!それでは作戦の幅といっても、数多くの部隊を有する我らだけでも大して変わりはしない!」


マルケティ副長官は次々と問題点をまくし立ててくる。

本当に言葉数の減らない奴だ。


「それならば、三機でも二機でも変わらないだろう!故に私は、当該とうがいアダバナの運用停止を求めているのだ!」


「……ふむ」


シーザー総司令は数秒の沈黙のあと、ゆっくりと口を開いた。


「……当該アダバナの有用性というのが、今回の議題における主な争点だ。アンドロイド開発局に莫大な費用を軍事費から割いている以上、それに見合うだけの性能を示してもらわなければならない」


彼はさらに言葉を連ねた。


「したがって、その有用性を示す場を設ける。……対兵殲滅用アダバナ、リリィ・ルナテアには、今度のレクセキュア防衛城塞の制圧を、で行なってもらう」


「な……」


唐突な彼の言葉に、思わず口が開く。


「ど、どういうことですかシーザー総司令!レクセキュア防衛城塞は、敵国の中でも特に制圧が困難な場所です!それをリリィ単騎でなんて……」


「クリス副局長、君は確か『アンドロイドには軍の一部隊相当の力がある』と言っていたな。ならばそれだけの力を見せてもらわなければ、我々軍の人間としては納得はできないだろう。……それに、この条件は今までアンドロイド開発局に出した費用に見合うだけのものだ。この条件をクリアできないのなら、今後の資金運用は考えなければならない」


シーザー総司令の言葉は、確かな意思のこもったものだ。

彼の中で、その決断は揺らがないのだろう。

彼の出した、『レクセキュア防衛城塞の制圧を単騎で行う』という条件。

……正直、成功する可能性は無いわけじゃない。

だが、あまりにも危険すぎる。

この作戦に失敗すれば運用停止どころか、そのまま戦場でリリィを失なってしまうかもしれない。

それだけは何としても避けなければならない。

それだけは、との約束のために———


僕が思考を巡らせていると、急に会議室の扉がばん、と勢いよく開いた。


「すまない。遅くなった」


開いた扉の先には、久しぶりに見る灰色の髪が見えた。


「なっ……貴様は……!」


「カズマサ……!」


我らが局長、ホシミヤ・カズマサが堂々と現れたのである。

カズマサはそのままこちらに来て、私の隣に座っていたアンドロイド開発局職員の持っている会議内容をまとめたタブレットを取り、一瞥する。


「……なるほど、大体理解した」


彼はすぐに目を離し、会議室に座っている面々に顔を向けた。


「ホシミヤ局長、随分と、大層な重役出勤だな」


国の最高権力たるシーザー総司令の笑えない冗談が、圧倒的なまでの威圧感とともに放たれる。

会議室の空気は一瞬で凍りつく。

ホシミヤ・カズマサ───我らが局長はわざわざ途中からいきなり入ってきて、物怖じもせずに会議に参加しに来るとは。

…………この男の神経の図太さはどうなっているんだ?

だがホシミヤ局長はシーザー総司令の言葉も僕の様子も一切気にすることなく、口を開いた。


「これでも急いで来たつもりだ。それと……リリィ・ルナテアの単独作戦、私が了承しよう」


「……は?」


思わず疑問の声が漏れてしまった。


「れ、冷静に考えてくれカズマサ!レクセキュア防衛城塞の単独による制圧なんて無茶だ!そんなことをすれば、リリィを失うかもしれないんだぞ!!」


「もしリリィ・ルナテアがここで作戦を遂行できないならば、そこまでの性能ということだ。そのような結果になるのであれば、軍にも、我々にも必要ないだろう?」


「な、っ───」


彼ははっきりと言い切った。

あまりにも冷徹な瞳と言動に、言葉を失う。

……やはり、彼の考えていることは分からない。

彼の発言の後、マルケティ副長官が悪どい笑みを浮かべた。


「……ふん、急に遅れてきたと思えば、随分とあっさりあのアンドロイドを使い捨てるのだな。まぁ、それならそれで、かのアンドロイドに掛かっていた費用も浮くし、こちらとしても嬉しい限りだな」


「……?何を言っているんだお前は?私は彼女を今後も運用し続けるつもりだが」


カズマサは不思議そうな顔をした。


「リリィ・ルナテアは私の最高傑作だ。たかが城塞如き、いくらでも墜とせる」


「「な……」」


私とマルケティ副長官は共に驚きの声を漏らす。

彼のその自信満々の態度は一体どこから来るのだろうか。

十年以上の付き合いになるがさっぱり分からん。


「……ふむ、大した自信だな。かの兵器を作り上げた本人かつ兵器アンドロイド開発局局長の君が言うのであれば、勝算があるのだろう。では、対兵殲滅用アダバナ、リリィ・ルナテアの単独作戦に異論はないな」


シーザー総司令は真意の掴めぬ笑みを浮かべてそう言った。


「ああ、構わない。必ず遂行できるだろう」


「了解した。こちらとしては物資の運搬、作戦後の事後処理のために最低限の部隊のみ用意する。他に必要なものはそちら側から提供してくれ」


「待て。この時期のレクセキュアはフローヴァよりも格段に気温が低い。リリィ・ルナテアに積む内燃機関を調整するための部品が現状開発局不足している。そちらの方から提供してほしい。現在装甲車に積んでいるものと同型で構わない。それ以外はこちらで用意する」


「了解した」


ホシミヤ局長とシーザー総司令の間であっという間に話が決まってしまった。

リリィの単独作戦。

無謀にも思える作戦だが、彼は無謀な挑戦をするような人間ではない、というのは一応今まで共に彼と関わってきた中で理解している事だ。

確かに、リリィの性能自体はあらゆる兵器と比べて飛び抜けたものだ。

だが、それでも今まで苦しい勝利を収めてきた形となっている。

現在レクセキュアで作られている機械兵器。

あれら一体一体は質は比較的高くなくとも、増産され続けており非常に厄介だ。

それにドラグノフ・ヴァイマン。

かつてレクセキュア軍の隊長として活躍し、突然姿を消した彼が今になって前線に現れた。

対処すべき問題は沢山ある。

……ドラグノフが喋っていたとされる情報の出所も、まだ掴めていない。

恐らくは、軍、もしくは開発局の中に……。

頭が痛い話ばっかりだ。


「……大体の方針は決まったが、何か意見がある者はいるか」


会議室は静まりかえっている。

突如としてやってきたホシミヤ局長があっという間に方針を決めてしまい、皆呆然としている。

マルケティ副長官も彼がやってきた事は予想外だったが、大体は思うように事が進んで満足げだ。

他の参加者もどうやら単独作戦についての反論はないらしい。

……僕ひとりを除いて。


「では、これでフローヴァ軍兵器運用会議を終了する」


その号令と共に、各々は会議室から出ていく。

がらんとした部屋に残ったのは、僕とカズマサだけだ。


「カズマサ……本当に大丈夫なのか……?このままだと、リリィ達の立場が危うく……」


「クリス、リリィ・ルナテアが過重解放オーバーロードを使用したというのは本当か?」


突然、彼から問いかけが飛んでくる。


「……?ああ、本当だ。彼女の記録領域にしっかりと使用記録が残っている」


「そうか、ならば、問題はない。…………あれは、世界を変えうる程の力だ」


彼女の使用した、限界を超えた過重解放オーバーロード

過重解放そのものが、物理法則を超える機能なのは分かっている。

だが、それでも今回の無茶な作戦を遂行するには程遠いはずだ。

あの機能は限定的で、代償も大きい。

大量のエネルギーを使用するため、一度使えばしばらくは動けなくなってしまう。

……それとも、過重解放オーバーロードには、彼女らアダバナには、私の知らない何かがあるのだろうか。


「なぁ、カズマサ、彼女らは……」


「俺はそろそろ行く。研究しなければならない事がまだ残っているからな」


彼はこちらの言葉など聞く耳すら持たずそう言うと、足早に会議室から去っていった。


「…………はぁ」


問題も、疑問点も尽きない。

だが、とりあえずは目の前の問題に向き合うしかなさそうだ。

会議が始まる前よりも重い足で、僕は会議室を後にした。






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