第二章 烈花相克

プロローグ 復讐の萌芽

せわしなく行き交う人混みの中。

汚れの目立つ、使い古した灰色のフードを三人の娘達と共にまとって道を進む。

彼女らにもこのようなボロボロのフードを纏って貰わなければならないのは、少し申し訳ないと感じるが、今はあまり目立つわけにはいかないのです。

私達の姿を一般人に見られれば騒ぎになりかねないため、みすぼらしくはあるがこうして身体を隠さなければならない。

空を見上げると今日は曇り空であまり天気がいいとは言えないが、それでも都会だと流石さすがに人が多い。

数年ぶりにレクセキュア都心部を訪れたが、その時と比べてもあまり街並みは変わってはいなそうだ。


「お母様お母様。いまからどこに行くの?」


真横を歩いている私の娘───シオンは楽しげにフードの中を覗き込んでそう聞いてきた。


「レクセキュア軍、その最高司令官の所よ」


私はそう答えながら、我が愛娘まなむすめの頭をでた。

フードの中からちらりと覗く笑顔が、何とも可愛らしい。


「ですが、会って貰えるでしょうか…………私たちは…………その…………」


後ろから心配そうに、ぽつぽつと呟く声が聞こえる。


「もー、ロゼは心配しすぎ。お母様のことだから、なんか考えとかあるって!」


シオンは振り向いて私のもう一人の娘───ロゼにそう言った。

ロゼは彼女の大きな声に、フードを深くかぶって縮こまった様子を見せる。


「ご、ごめんなさい…………シオンお姉様…………」


ロゼは怯えた声で謝った。


「こら、シオン。あんまりロゼを怯えさせてはいけませんよ。……それに、ロゼの心配ももっともですから」


「どういうこと?お母様」


シオンがまたくるりと振り返る。


「彼に会いたいとは言ったものの、私たちにレクセキュア軍最高司令官との接点はありませんから、で会うことは恐らく叶いません。……ですが今日、彼がこのレクセキュア都心部の軍指令本部にいるという情報は確かです。物理的な接触自体は不可能ではありません」


「…………?つ、つまりどういうことですか…………?」


ロゼは首をかしげた。


「……正式な形で会えない以上、強硬手段ですね♪」


、ってことか。お母様のために私、頑張るからね!」


シオンは納得してくれたようで、張り切った様子で先を歩いていく。

いつも無茶な計画でも自信満々についてきてくれるのは、なんとも心強いですね。


「ま、またですか……?」


ロゼは不安そうではありますが、無理もありません。

彼女の性格上、この方法はあまり得意ではないでしょうから。


「………………」


残りの一人、彼女らの長女は何も言わずに、ただ黙々とシオンとロゼの後ろを歩いている。

……まぁ、彼女の事だから、どんなことがあっても大丈夫でしょう。

必ず私の役に立ってくれる。


「……さて、着きましたよ」


都市の中心から少し離れた、人通りの少ない場所。

その道路の横にある、広大な敷地の中に立った豪華な雰囲気の建物を見る。

ここが、レクセキュアの軍指令本部か。

ひたすらに巨大なフローヴァのとは違い、やや古風な意匠を凝らした建物ながらも、警備は厳重そうだ。

一見落ち着いた雰囲気の庭園が広がっているが、物陰にはカメラやセンサーなどが仕掛けられていて、ねずみ一匹すら通さないといった様子だ。

しかも巡回している警備兵もいるため、忍び込むと言った手段は取れそうに無い。

あの奥に目的の人物がいると思われるが、こうなったら仕方ありません。

従来の計画通り、強行突破させて貰いましょう。


「正面の門から入りましょうか。……言い忘れてましたが、今日はあくまで協力関係を結びに来ただけですから、手加減はしてくださいね」


「りょーかい♪」


私たちはそのまま歩き、レクセキュア軍指令本部の正門前に辿り着いた。

門の前にいた守衛二人に、声を掛けられる。


「貴様ら、何者だ。……今日、軍指令本部には訪問予定など無かったはずだが」


「ランハート最高司令官へお目にかかりたく」


ランハート・ディースブルク───それが今から会うレクセキュア軍最高司令官の名前だ。

二十年ほど最高司令官の座に着いていてこの国においても有数の権力者であり、もう大分だいぶ高齢のはずだがいまだに現役なのは、彼の豪胆さがうかがえる。


「予定外の訪問は断っている。そもそも、貴様らは何処の所属なのだ。何者か分からない以上、ここを通すわけにはいかない」


「ごめんなさい。貴方達に私の身元を明かすわけにはいきませんの。ですが、それでも私たちは彼と会う必要があるのです」


「……話にならんな。貴様が誰か分からない以上、ここを通すわけにはいかん」


「そうですか……残念です」


……まぁ、当然会わせて貰えるわけありませんよね。

どのみちここまでは想定内で、今までの会話は最低限の社交辞令。

あくまで万が一にでも友好的な態度で通して貰えれば、今後の協力関係が楽になるかもしれないと思ったに過ぎません。

彼らレクセキュア軍の協力が必要である以上、どんな手段を用いてでもここを通して貰います。


「……シオン」


「あいよ!」


彼女は前に飛び出し、一瞬で守衛のふところに入る。

そのまま蹴りで彼の持つ銃をはたき落とす。


「くっ……!」


もう一人の守衛が銃を構え、シオンに向かって引き金を引く。


「っ……!させません……!」


ロゼが手を前に突き出すと、銃弾が空中で静止し、落下する。


「なっ……!?」


目の前の光景に守衛が驚いた隙をつき、シオンは彼の手から銃を奪い、そのまま銃身で彼の腹を思い切り殴った。

銃を落とされた先程の兵士が通信機を手に取るが、さらにそれを殴って破壊する。

銃も通信機も失った手ぶらの彼のみぞおちにシオンはまた蹴りを入れ、強烈な一撃を食らった彼らはそのまま気絶した。


「ふん!どころか、手を使うまでも無かったね!」


彼女はフードの中に隠した武器を撫でながら、自信ありげにそう言った。


「さぁ、先を急ぎましょうか」


私たちは門をくぐり、奥にある軍指令本部へと真っ直ぐ走る。

こうして騒ぎを起こした以上、あまり時間はかけられない。

先程の銃声を聞いて兵士達が集まってくるよりも速く、彼に会う必要がある。

入り口に辿り着いてすぐに、軍指令本部の扉を勢いよく開ける。

室内をそのまま走り、目の前に表れた人間は全てなぎ倒して、ランハート司令官がいるであろう司令官室を目指す。


「見つけた……!」


目的の人物がいると思われる場所は意外にもすぐ見つかった。

階段を登ってすぐの所の扉、おそらくここが司令官室のはずだ。

目的の部屋の前で止まる。


「ここですね。……ここからは私が交渉しましょう」


今度は入り口の扉とは打って変わって、静かに扉を開ける。


「……誰だ」


扉を開けた先。

真ん中の椅子に腰掛けた白髪の男が、私たちに問いかける。

それと同時に、彼の側近と思われる男が慌てて手を腰に付けた小銃に添えた。

しかし、それを座っている男が右手を挙げ静止する。


「ランハート司令官!こいつらは恐らく……!」


「構わん。……どのみち、でどうにかなる相手ではない」


彼は怯えるわけでもなく、ただ冷静にこちらを睨んでいた。

状況の飲み込みが早いようでとても助かる。


「現状我らに危害を加える様子も無いが、こちらに抵抗を許すわけでもないようだ。……それで、何の用だ?」


私はフードを脱ぎ、彼に頭を下げる。


「初めまして。私はクレーベル・アドマイヤ。貴方たちと取引をしに来ました」


か……の間違いではないか?」


彼は眉一つすら動かさずにこちらを見ている。

この施設にいた兵士は大したことなかったが、この男の胆力たんりょくは素晴らしいものだ。

……この様子なら、頼りになりそうですね。


「お互いにとって有益な取引ですよ。貴方たちが望まないのであれば、私たちは素直に引き下がるつもりです」


……とは言ったものの、本当は引き下がる訳にはいかないのが実情だ。

しかし、この取引が言葉通りお互いにとって有益なのも事実。

なんとしても受け入れて貰わなければならない。


「ほう……?それで、具体的な内容は?もし、この国に害を成すものならば、たとえ死んでも受け入れる訳にはいかないが」


「いえ、そのですよ。……近頃、フローヴァ軍に対してかなりの苦戦を強いられているようで」


「……何が言いたい」


彼の目つきがけわしくなる。


「新型の機械兵器……いえ、こちらでは獣機兵アニマロイドと呼んでいましたね。それらを導入したにも関わらず、たった数機の兵器アンドロイドに圧倒されているとか」


「貴様、何故それを……!」


側近とおぼしき男が吠える。

どうやらフローヴァとレクセキュア間の戦況に関する情報は、こちらの国では機密事項だったらしい。


「風の噂ですよ。……もし、この戦況を覆せるとしたらどうします?」


「………………」


ランハート最高司令官は無言でこちらを睨む。

それはこちらの発言を躊躇ためらわせるには十分な威圧感だったが、それに気圧けおされる訳にはいかない。


「今、フローヴァは兵器アンドロイド、『アダバナ』の開発に注力しています。現状三機ほど存在しますが、そのどれもが強力無比。今のレクセキュアが抱えている兵士と兵器では、力不足かもしれませんね?」


彼の無言の圧に、言葉で対抗する。


「貴様、我らレクセキュア軍を愚弄する気か!?」


また、隣の男が大声を張り上げた。

それに対してシオンが鼻で笑い、ぼそっとつぶやく。


「ふふっ!あの程度で威張れるなんてヘンなの。もうちょっと強くなってから言ってほしいんですケド」


「ッ……!貴様……!」


男がわなわなと震え唇を噛む。


「こらシオン、そういうことを言ってはいけませんよ」


「はぁーい。お母様」


しかし、シオンの言うとおりではある。

正直、そこの廊下に伸びているレクセキュアの兵士の力量があの程度だとは思ってもみなかった。

……期待するのは、あの獣機兵アニマロイドのみにしときましょう。


「そこで、現状戦力の足りない貴方がたに、私たちの力を貸そうと思うのです」


私は両手を広げる。


「その腕は……!」


私のの腕を見て、彼の眉が動く。


「そう、私たちは今貴方たちが敵対している存在と同じ───兵器アンドロイド、アダバナです」


私の娘たちもフードを取り、顔を出す。


「彼女らも私が作りあげたアダバナですが、そのどれもがフローヴァで運用されているものよりも遙かに強力でしょう。……もし協力していただけるのであれば、私が持つアダバナ開発の技術も提供することを約束します」


「……アダバナ、か」


少し動揺を見せた後、ランハート司令官は再び平静を取り戻して口を開いた。


「お前達がアダバナで、強力な戦力になることは分かった。……しかし何故、敵国フローヴァの兵器アンドロイドが、我らに加勢する?その意図が分からない以上、お前達を信用することは出来ない」


……当然の疑問だ。

目先の利益に警戒せず飛びつくほど、耄碌もうろくしてはいないようだ。


「……良いでしょう。これから肩を並べる協力者として、私の目的については話しておきます。ですがその前に、一つ訂正を」


私は指をぴんと天井に立てながら、話を続ける。


「私は兵器アンドロイドですが、兵器アンドロイドではございません。……それに、娘たちは私ひとりで作り上げたため、彼女らもまた違います」


「ほう、フローヴァで作られたが、フローヴァにくみする兵器アンドロイドではない、と。……それで、それを易々やすやすと信用するとでも?」


彼は目を細くし、まるで獲物を睨む虎のようにこちらを見ている。


「……では、私が生み出された頃のフローヴァの技術をそちらに提供しましょう。それで信用していただけますか?」


「……いや、まだお前を信用するには足りんな。そもそもお前は何故、自らを生み出した国に敵対する?お前の目的はなんだ」


彼の口から、当然の疑問が出た。


「私の目的、ですか」


正直、その質問が来ることは頭の中から抜け落ちていた。

なぜならそれは、私の中に当たり前のようにあり、生まれた頃から持っていて、そしてずっと心の中にあったものだったからだ。

……嗚呼ああ

思い起こすだけで熱い、私の願望もくてき

身体が燃え尽きてしまいそうになるほどの、私の衝動。

いつ如何いかなる時でさえ、忘れることの出来なかった私の熱。

これを思うとき、私の存在が確かなものであると同時に、居ても立っても居られなくなる。

消えることの無い、感情の炎。

それを、簡潔かつ、確実な目的意識をもって口にする。


「私の目的は……私の創造主、ホシミヤ・カズマサへの復讐です」




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