18話 緩やかな昼下がり

18話 緩やかな昼下がり


「またのご来店、お待ちしてま〜す!」


物陰にいても、彼女の元気な声が聞こえてくる。

寒さも落ち着いてきた中、燦々さんさんと太陽が街中を照らしている。

それに対して木々は徐々に葉を散らし始めており、冬が始まる直前の数少ない暖かい日がまさに今日なのだろう。

セレーナはどうやら今日も母親の店の手伝いをしているらしい。

二件ほど離れた建物の角に隠れて彼女を見ているが、先程から忙しそうに……と言うには客足もまばらで、そこまで忙しそうではない。

ほどほどに休みながらも、手慣れた様子で働いている。

先程花束を買っていった客を見送ったのち、こちらをちらりと見た。


「……!」


クスッと笑いながら、セレーナは手招きをした。

路地に出て、彼女に駆け寄る。


「おはよう、リリィ」


「おはよう。……もしかして、私がいるの気づいてた?」


「うん、二十分くらい前から、そこの建物の影に隠れてでこっちを見てたよね」


……驚いた。

まさか隠れていた事に気づかれていたなんて。

しかも、私がここに来てすぐの時点で。

……これでも、潜入任務とかの経験で自信はあったのだが。


「き、気づいてたなら早く言ってよ!」


「あはは、つい隠れてる姿が可愛らしかったから」


「っ……!もう!」


……セレーナは少しいじわるだ。


「昨日はごめんね?急に仕事が入っちゃって」


「ううん、全然大丈夫!」


無意識にそう返したが、少し何かが引っかかる。

少しもやのかかったような、言葉にしづらい感情。

よく分からないわだかまりを感じながらも、セレーナとの会話は続く。


「それで、今日はどうしたの?」


「えっと、それは……」


自分の頭の中から、ここに来たそれらしい理由を探す。

……私は昨日セレーナと別れた後、ぼうっとしながらアンドロイド開発局の方へと直接向かった。

普段通らない場所のため、見慣れない景色もあった気がするが、よく覚えてない。

帰った後はすぐに自室に戻り、しばらくベッドの上で横になるも、特にやる事が思い浮かばず、そのまま瞳を閉じたのを覚えている。

そして……朝起きて……ぼうっとしていて…………気づいたらここに来ていたのである。

……今までの行動を振り返っても、どうしてここに来たのか自分でもよく分からない。


「ええっと……その……」


「…………」


「……なんで来たんだろ」


「え?」


セレーナは首を傾けた。


「なんだろ、なんとなく来ちゃったー、的な」


「……ふーん」


「……なんとなく、会いたかった、みたいな」


「ふ〜〜〜ん」


ニマニマと笑いながら、こちらの顔を覗きこんでくる。


「……あっ!いや、別に変な意味じゃ……!」


「変な意味ってどういう?」


「いや、だから、会いたかったってそういう……」


「リリィは会いたくなかったの?」


「いや、会いたい、といえば、会い、たかった、けど……」


どうにも言葉に詰まる。

からかうようなセレーナの言動に、顔が熱くなっていく。


「……強いて言うなら、暇、だったから、かな……?」


何となく、一番近いと感じた答えを絞りだす。

私は今、特に任務を与えられていない。

暇といえば確かに暇なのだ。

……暇な兵器アンドロイド、なんて可笑おかしな話だが。


「へぇ、じゃあ、どっか出かけちゃう?」


セレーナがそう提案すると、店内の奥から


「今日はお客さんが少ないからって、勝手にサボらないでよね」


と、セレーナの母親が花の陰から顔を出して言った。


「ちえっ、はーい」


セレーナは唇を尖らせてそう答えた。

彼女は不満そうな顔からすぐに笑顔に表情切り替え、こちらを向く。


「う〜ん。そういう訳だから、今日はちょっと遊べないや。また今度かな」


「あっ……」


彼女は後ろを向いてレジの方へと向かっていく。

その後ろ姿に、ちょっとだけ胸がぎゅっとなった。

……昨日と、同じ感覚。


「え、えと、じゃあ、今日一日、ここのお手伝いとかできないかな?」


「「えっ?」」


本日二度目のセレーナの『えっ?』だった。

しかも彼女の母も同じ反応だ。

……我ながら、思わず変なことを言ってしまった。


「ほ、ほら!私今暇だから!すごく暇だから!どうせなら何か手伝えることでもあればいいかなー、な、なんて……」


付け足すように言い訳をするが、余計に変なことを言ってしまった。

本当に何を言ってるんだ私は。

しどろもどろとした私の言葉を聞いたセレーナはしばらくぽかんとした後、意外にも目を輝かせながら駆け寄り、私の手を握った。


「いいの!?」


「え、う、うん!」


「やったあ!リリィと一緒なら退屈な仕事も楽しいし!私もラクできて一石二鳥だし!!やろうよ!一緒に!!!」


びっくりするほどの食いつき様だ。

私のおかしな提案に、無邪気な子供のように飛びついてきた。

母親が了承してくれるかどうか、なんて聞く耳を持たなさそうな勢いでセレーナは賛成している。

……後に引けなくなってしまった。


「じゃあ、さっそく!」


セレーナは私の腕を掴み、店の奥へと駆け込む。


「ここは……」


連れ込まれた部屋にはロッカーが数台、真ん中に置かれたシンプルな机に、様々な道具が置いてあった。

部屋の端には重そうな袋が積まれていて、全体的に雑多な印象を受ける。

セレーナは自分の名前が書かれたロッカーに駆け寄ると、その中からエプロンを一着取り出す。


「多分サイズは合うと思うな」


そう言って紺色のエプロンを手渡してきた。

首を通し、後ろで紐を結ぶ。

身長はセレーナと同じくらいだから、確かにぴったりだ。


「うん!よく似合ってる!」


「そ、そう…?」


着ているエプロンを見ながら、前や後ろを確認する。

変なところは無いだろうか……。


「さ、一緒にがんばろ〜!」


セレーナに背中を押され、店頭に出る。

緊張しながらも店の外に顔を出すと、二十から三十代くらいの女性がそこにいた。


「あ、マリーさん!こんにちは!」


「こんにちは、セレーナちゃん」


「今日はどの花にするんですか?」


常連客なのだろうか。

慣れ親しんだ様子で挨拶を交わす。


「そうねぇ…どれにしようかしら。

……あら、そちらの子は?」


「今日、というかさっき入ったリリィちゃんです!」


「は、はじめまして……!」


たどたどしく挨拶する。

はじめての接客で、ちょっと慣れない感じの私に、その婦人はふふ、と笑顔を浮かべた。


「リリィさんって言うのね。はじめまして。

……セレーナちゃん。ずいぶんと可愛らしい子ね」


「でしょ!私の自慢の友達です」


セレーナは満面の笑みでそう答える。

……はっきりと言われるとどうにも気恥ずかしい。


「それじゃあ、今日はこのチューリップを貰おうかしら」


「は〜い」


セレーナは手慣れた様子で花を束ねていく。

花を螺旋状に一本ずつ重ねていき、輪ゴムで束ねて茎を切り揃える。

最後にラッピングして、リボンを結ぶ。


「はい、毎度ありがとうございます♪」


あっという間に出来上がったチューリップの花束を笑顔で手渡し、代金を受け取る。


「またのご来店をお待ちしてま〜す!」


店を後にした女性へ彼女は元気に手を振った。

満開の花のように笑顔を絶やさない彼女の様子が、何とも眩しいと側から見ていても感じる。

セレーナの愛嬌がこの店の魅力のひとつなのだろう。


「……今みたいな感じで大丈夫だから、今度はリリィがやってみよっか。私もサポートするね」


「う、うん……!」


出来るだろうか?

とても不安だ。

人生、いやアンドロイド生初のバイトだ。

息をゆっくり吸い、吐き出す。

ぱん、と自分の頬を叩き、


「……よし!」


と気合いを入れる。

落ち着いてやれば何でもない。

セレーナも助けてくれる。

そう逡巡しているうちに、次のお客さんが見えた。

のどかな笑みを浮かべた、八十代くらいのおじいさんだ。


「い、イラッシャイマセ〜」


やばい。

声がうわずった。

変な声になった気がする。

いや気づかれてないかなぁ。

いややっぱ変だった。変だったよね今!

ちょっとしたミスが気になって頭がオーバーヒートしそうだ。

今にも蒸気が噴き出しそうな頭の中でいろんな不安が駆け巡る。

変な印象を与えてしまったかもしれない。

表情は大丈夫だろうか。

服装が変じゃないだろうか。

おじいさんが好む花を勧められるだろうか。

というかそもそもこんなところでアンドロイドが接客してるってやっぱり変じゃないかなぁ!?

あたふたと混乱してる最中、おじいさんの声が聞こえてきた。


「今日は妻との結婚記念日でな。花を贈りたくての」


私が返答するよりも先に、セレーナが答えた。


「奥さんへの贈り物ですね。でしたらこちらの福寿草はどうですか?」


彼女は迷うことなく花を選び取る。

その花を見ておじいさんはすぐに納得した様子で購入することを決めたようだ。


「じゃあ、会計の方お願い」


「う、うん!」


私はレジの方へ移動し、おじいさんの会計を済ませる。

こちらは特に問題無くこなすことができた。

少しは役立てただろうか。

おじいさんが店を後にした後、セレーナの元へ駆け寄る。


「さっきはありがとう。……やっぱりまだ慣れないなぁ」


「ううん。全然大丈夫だよ。ゆっくり慣れてこ!」


「やっぱりすごいよ。私もセレーナみたいに上手くできればいいんだけど……。どうやったらああいう風にできるの?」


突飛もなく手伝うと宣言したからには、ちゃんとやりたい。

少しでもコツを聞ければ、彼女やお客さんの役に立てるだろう。


「う〜んと、そうだなぁ…….」


私はセレーナから様々なアドバイスを聞いた。

容姿や様子から花を買う目的を予想する、花の置いてある場所やおすすめの組み合わせをちゃんと覚える、花束の作り方、ラッピングの仕方。

聞けば聞くほど、大変さとセレーナの凄さを思い知る。


「あとはやっぱり、笑顔かな」


「笑顔」


「そ、笑顔」


そう言うと、セレーナは両手の人差し指で私の頬に触れた。


「笑ってると、自分も相手も幸せな気分になるでしょ?だから、どんな時でも笑顔でいるようにしてるの」


人差し指でぐいぐい、と私の口角を押し上げる。


「せっかくかわいい顔なんだから、私はリリィには笑っててほしいな。……今日、なんだか表情が硬いんだもの」


「そ、そうかな……?」


本当は私も分かってる。

今日、というか最近の自分がおかしいことくらいは。

でも、その原因がわからない。

頭の中にもやもやとした、何か重苦しいものがある感じ。ただその感覚だけがずっとある。

もやもやとしたまま、気づけばここに来ていたのだ。


セレーナのアドバイスを受け、少しずつ実践してみた。

普段の戦闘とはまた違った大変さがある。

だが、慣れてくるとだんだん楽しくなってきた。

お客さんの喜ぶ顔を見てると、私まで笑顔になってくる。


「いらっしゃいませー!」


次々とやってくるお客さんに対応し、花束を買ってもらう。


「リリィちゃんのおかげで、今日はお客さんがいつもより多いね」


「そ、そうなの?」


「ふふっ、うちの新しい看板娘を見に来てるのかも」


冗談めかしくセレーナはそう言った。

少し気恥ずかしい。

自分でもはにかんだ表情であることを自覚しながら、私は表の方へと駆けていった。
















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