17.5話 間話
「納得できません!シーザー総司令!」
僕はそう声を張り上げる。
南部工業地区制圧作戦が完了した翌日、僕は軍総司令部に呼び出された。
周りには誰もおらず、僕と総司令の二人だけの状況でそれは告げられたのである。
「クリス副局長。これは今後の軍の方針として必要なことだ。軍の幹部からも疑問の声が上がっていてね」
机の上に並べられた資料に、総司令は眼を通す。
そこに書かれているのは、各アンドロイドの戦闘内容だ。
「兵器アンドロイド第一号の運用について考え直す必要がある。そのため、一週間後に対兵殲滅用アダバナの今後の扱いについて会議を行う」
シーザー総司令は、有無を言わせない態度だった。
疑問の声———と言っても、どうせマルケティ副長官とその息がかかった連中がほとんどだろう。
「リリィ・ルナテアはちゃんと成果を出しているはずです。運用に関しては、何も問題はないと思いますが」
「……第六自動管制塔制圧作戦と南部工業地区制圧作戦で当該機は何度も故障している。その度に整備及び修繕のため用いてる時間と経費は決して無視できるものではない」
「…………」
確かに、リリィはここ数ヶ月の戦いで身体に傷を負うことが多くなった。
しかし、出力が落ちている様子も無いし、致命的な故障も見られない。
現に作戦の失敗は、アンドロイドの実戦投入を行なってからはほとんど起こっていない。
彼女や僕たちアンドロイド開発局に何ら非はない筈だ。
「……彼女はこの戦争において必要な存在です。運用しない手はありません。ましてや……」
「廃棄、という方針は無い。と言いたいのか?」
「……!」
思わず身がすくむ。
真っ直ぐとこちらを見据える彼の目は、まるで獲物に狙いを定めた獅子のようだった。
「……はい」
その短い音節を聴いたシーザー総司令は、その強い眼光を逸らし、何か思案に耽る様子を見せた。
数秒考えたのち、こちらに再び目を向ける。
「マルケティ副長官からの提案は、兵器アンドロイド第一号の廃棄及びアンドロイド開発局への費用を半減、その資金を各軍の装備や兵器に回せ、というものだ」
「…………ッ」
あの腹に似つかわしい、欲張りな提案だ。
各軍の装備や兵器に回す、と聞けば聞こえがいいが、要は自分の元に資金を置いておきたいだけだろう。
こちらから巻き上げた資金のうちの何割が本当に軍備に回されるのか、
「私としては、兵器アンドロイドの活躍には期待している。しかし、副長官の言い分にも理はある以上、無視はできない。……君の意見も副長官の意見も、どちらも正しい意見だ」
「だからこそ、今後の方針は慎重に決めなければならない。この会議は必要なものだ。……それで、開発局の責任者としては、彼に出てほしいのだが……」
彼、というのはアンドロイド開発局の局長であるホシミヤ・カズマサの事だろう。
「彼は新兵器の開発で忙しいらしいので、私が……」
「……そうか」
溜め息混じりに彼はそう返事をした。
「彼には局長として責任を持って動いて欲しいものだ。研究者としては間違いなく一流なのだが、組織のリーダーとしては問題がありすぎる。……確か、君とは昔から親交があったそうだな」
「同じ大学の友人です」
「友人として、君には彼に『立場を考えろ』、と伝えてくれ。君も面倒事を押し付けられてばかりだろう」
「……つ、伝えておきます……」
と言っても、彼がそれに答えてくれるとは思わない。
カズマサが局長に就任してすぐの時に『対外的な仕事はお前の方が得意だろう』と、それ以降は会議や報告などの仕事は
無駄だと思うが、一応今回の件については対応してもらいたい。
何せうちの運営に関わってくる。
研究にも支障が出るとなれば、彼も黙っちゃいないだろう。
「私からの連絡は以上だ。今回の件について、よく考えておくことだ」
「はい。……失礼します」
重い扉を開け、総司令部を後にする。
部屋を出てすぐに、僕は深呼吸なのか溜め息なのか分からない、息を吐く動作をした。
身体の緊張が途切れ、思わず壁に寄りかかる。
「はぁ、面倒なことになったな……」
天を仰ぎ、これからの事について思案する。
リリィの今後については、おそらく問題はないだろう。
何せ結果は出している。
シーザー総司令もその点は評価しているし、彼に賛同する者も多い。
彼女は今後も廃棄されず、現状を維持できるはずだ。
だが問題なのは、『この問題が会議に挙げられる』ことだ。
今回の会議で、多かれ少なかれ開発局に対して疑念を持たれる可能性がある。
これが積み重なっていけば、開発局の存続自体が危うくなるかもしれない。
対外的な印象は保っておきたいのが本音だ。
しかしそこで問題になるのが我らが局長である。
彼は何度も会議を欠席し、その仕事を僕に押し付けている。
昔から研究以外は興味ナシ、という感じだったが、局長になった今もこうして没頭されると困る、本当に。
研究費を下げられれば兵器開発が遅れ、今後の戦況にも影響してくる。
そうなってしまえば、今度こそ彼女たちの存在意義そのものがフローヴァ軍全体で本当に疑われかねない。
……それだけは、彼のためにも避けなければならない。
とにかく、カズマサには今回の会議には参加してくれた方が望ましい。
「……クリスか」
「……ホシミヤ局長、ちょうど一週間後にアンドロイド開発局のアダバナ運用について軍で会議があります。局長には出席していただきたいのですが……」
形式張った敬語で、昔からの友人に電話する。
「その手の問題は君に一任すると言ったはずだが?」
「……はぁ、今度の会議はアンドロイドの使用及び発展に関わる問題だ。カズマサ、ここでこちらの信用が損なわれれば、リリィは廃棄になるかもしれない」
「…………」
しばらくの沈黙のあと、カズマサは
「わかった。なるべく行くようにしよう」
とだけ言い、一方的に電話を切ってきた。
耳元に掲げた右腕をだらんと下げ、溜息を漏らす。
「……ダメそうだな」
肩にかかる重みは残ったまま、僕はメンテナンス室に戻ることにした。
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