17話 ひび割れた日常

目が覚める。

見覚えのある天井だ。

……私は今、メンテナンス室にいるのか。

目線を自分の身体に向ける。


「身体、なおってる……」


自分の手を天井へと伸ばす。

そのまま手を開いたり、閉じたりする。

……うん、ちゃんと動く。


「おはよう、リリィ」


クリス博士の声が、右の方から聞こえてきた。

……そういえば私が倒れた後、作戦は上手く言ったのだろうか。


「作戦は……成功しましたか?」


「ああ、無事成功したみたいだね。君が倒れた後、援軍にきた部隊が防衛システムを停止させたみたいだ」


クリス博士は優しい笑顔を崩さずにそう答えた。


「……そうですか」


意識を落とす、直前のことを逡巡しゅんじゅうする。

あのとき、私は防衛基地内で兵士を切れなかった。

あれは身体の不調、だったのだろうか?

———いや、ならばその後の機械兵器に対して剣を振るえなかったはずだ。

何故、あの時だけ、私の腕は動かなかったのだろうか。


「…………」


「……ま、まぁ、君が防衛設備の主砲の破壊、そして防衛基地内の機械兵器を殲滅してくれたおかげで、今回の作戦は成功したんだ。そう気に病むことはないよ」


彼は無理に取り繕った声のトーンでそう言ってくれた。


「……お気遣い、ありがとうございます」


身体を起こしてそう答える。

しかし、システムの停止は本来私の役割だ。

その役割を果たせなかったのもまた事実である。

思わず、拳に力が入る。


「あと、総司令本部からの連絡なんだけど、ここ一週間は特に任務もないそうだ。たまにはゆっくり羽を伸ばすといい」


「え……?」


それはおかしい。

現在、フローヴァ軍とレクセキュア軍の対立は私たち兵器アンドロイドの台頭たいとう、機械兵器の量産により激化している。

一日程度なら軍の物資準備などの理由が考えられるが、今の戦況で一週間も間を空けている暇など無いはずだ。


「なぜ、一週間も……?」


「それは……ほら!最近ソレイユとリコリスの性能が確かめられたから、作戦に大々的に参加できるようになっただろう?彼女らにも経験は必要だからさ!リリィの代わりに多めに作戦に参加してもらうように決まったんだよ」


クリス博士はしどろもどろとしながら、一見理屈が通っていそうで、少し無理のある理屈を述べた。


「は、はぁ……」


……明らかに誤魔化された気がする。

クリス博士は他人を騙すような人ではない。

嘘をつくのにも何か理由があるのだろう。

考えられる理由は……


「……私が、役に立たないから……?」


そっと呟く。


「それは違う。リリィはよくやってる」


クリス博士は、今度ははっきりとそう言った。


「では……っ」


では何故。

そう聞こうとしたが、それ以上は言わなかった。いや、言えなかった。

自分の中で出ている結論を、他人に口に出されたくなかったからだ。


「……失礼します」


頭を下げ、メンテナンス室を足早に立ち去る。

うつむいたまま、代わり映えのない床の景色をぼうっと眺めて自分の部屋へと向かった。

部屋にたどり着き、ドアを開ける。

私はそのまま電気をつけずに、そのままベッドに座り込んだ。


「…………」


窓から射す月明かりが、部屋にあるクローゼットを照らしている。

……そういえば、以前セレーナと一緒に買った服を一度も着ずにクローゼットに仕舞ったままだ。

窓の方に目をやると、花瓶に飾った白い百合の花が月明かりに照らされて佇んでいる。


「久しぶりに、会いたいな……」


幸い、しばらくは私の出番はないらしい。

明日の六時に起床するようにスリープモードを設定し、横になって瞳を閉じた。




……眠っている間、記憶の整理のためにメモリー内の白い空間へと訪れる。

以前はただ真っ白なだけの空間だったが、今は違う。

記憶が圧縮されたデータファイルが花の形をってこの空間を彩っている。

さながら庭園のようだ。

私は今まで見たり、聞いたりした記憶を圧縮、それをファイル化することでこの空間に花として収めている。

つまり、この空間にある花は私の記憶の断片なのだ。

色とりどりの記憶が、この空間を飾りつけている。


「…………」


花畑のなかに、一輪の赤い花を見つける。

何度も見た、暗い赤。


「…………いや、今日はこの辺にしとこう」


記憶の整理もだいたい完了している。

……後は明日の六時に目を覚ますまで、何もしないでいよう。





目を開くと、おぼろげな視界が広がる。

窓から射していた月明かりは太陽の光に変わり、夜の優しい光が部屋の一部を照らしていたのに対し、朝の眩しい光は部屋全体を照らしている。

時間経過としては八時間ほどだが、それよりも遥かに短かった気がする。


「…………」


ぼーっとした意識の中、起き上がる。

今日の予定は……


「……何も、無いんだった」


クリス博士から言われた通り、暫くは休暇だ。

ベットから立ち上がり、服を着替える。

戦闘用のドレスをクローゼットにしまい、前にお出かけ用で買った冬物のワンピースを取り出す。

服に袖を通した後、姿見の前でくるりと回って見た目を確かめた。


「…………うん」


長めのスカートは、鋼鉄の足を隠してくれるから少し気に入っている。

私は再び、姿見に映った自分を見つめた。

こうして見ると、私の造形は人間のそれとはあまり大差無いようにも思える。

まるで、ただの人間のようになった気分。


「えへへ……」


もう一回、姿見の前でくるりと回ってみる。

どこもおかしな所は無さそうだ。

……暫くは戦闘続きで、街へは行けてなかった。

なので、折角の休みなのだから久しぶりに行ってみよう、と思ったのである。

部屋のドアを開き、街へと向かう。


「あら、お姉様」


「おはよう、お姉ちゃん!」


廊下でソレイユとリコリスに声をかけられた。


「あ……おはよう」


挨拶を返すと、ソレイユが目を輝かせながら


「その格好、すごくかわいい!」


と大きな声で言った。


「そ……そう?」


そう真っ直ぐに言われると、少し気恥ずかしい。


「ええ、とても素敵です」


リコリスが微笑みながらそう言った。


「……二人はこれから任務?」


ソレイユとリコリスはいつもの戦闘用ドレスを着ていた。

二人の好みが反映されている衣装だが、それと同時に機能性も重視されている。

ソレイユの装備はフリルが所々に施されながらも動きやすく、リコリスの装備は純白の修道服のようでありながら、内側には敵兵からの攻撃を防ぐための装備が仕込まれている。


「私たちはこれから制圧した工業地区の哨戒に向かうんです」


「二人でやればらくしょーだよ!」


「……ソレイユお姉様、一応他にも歩兵部隊が三十名ほどいますから……」


リコリスはやや困った表情でソレイユにそう言った。

確かに、二人がいれば十分に防衛は出来るだろう。

リコリスは広範囲への攻撃が可能であり、それを用いれば一人でも大多数の勢力への応戦も可能だろう。

さらにはソレイユは逸脱した怪力を持ち合わせており、どんな兵器であっても破壊可能だ。

二人の戦力なら多数の部隊相手でも負けはしないだろう。


「それでは、また」


「またねー!」


二人は私とは反対方向に進んでいく。


「……うん、またね」


二人が見えなくなるまで、私はその場に立ったまま手を振っていた。


「…………」


……私は、このままでいいのだろうか。


「…………た、たまには休むのも大事だよね!」


そう自分に言い聞かせ、廊下を進んでいった。


アンドロイド開発局を出ると、眩しい日差しが目に飛び込む。

天気は晴れていて、冬なのにやや暖かい。

今の季節としては少し珍しい気候だった。


道に生えた木は葉を落とし、立派な幹が丸裸になって見えている。

花は花弁を落とし、春に備えている。

それに対して、街の様子はいつも通り活気づいていた。

街を襲撃されてから数週間は経つが、あっという間に復興したらしい。

そういえばソレイユとリコリスも、復興を手伝った、と聞いている。


「…………」


街の風景を見渡す。

所々にひび割れた外壁、工事中の場所もある。

まだ、襲撃の傷は完全に癒えた訳では無さそうだ。

あちこちを見ながら歩いていると、いつもの場所にたどり着く。


「あ、リリィ!」


大きく手を振りながら、彼女は近づいてきた。


「久しぶり、セレーナ」


「久しぶり、元気だった?」


「う……うん」


「……ふーん、そっか。じゃあ早速行こっ!」


セレーナは私の手を引き、軽い足取りで歩き出した。

街をぶらぶらと二人で歩きながら周りの風景を見渡していると、彼女が目線を一瞬こちらに向けた後、話し出した。


「街が襲われてから色々大変だったんだ〜。店はぼろぼろになっちゃったし、ライフラインの復旧にも時間かかったみたいだし」


「うん」


「でも流石フローヴァ軍だよね。たくさんの隊員と物資で、あっという間に街を生活できる状態に戻しちゃったんだもん。あ!そういえば、リリィ以外のアンドロイドの子が手伝いに来てくれたんだよ」


「私以外の子?」


「すごい力持ちでね、鉄骨とかを片手で運んでて、まるで重機みたいだったよ」


ソレイユの事だろう。


「あと、もう一人見かけたんだけど、すっごい綺麗な人だったなー」


今度はリコリスだ。

ソレイユとリコリスがフローヴァ中央都市部の復興作業に当たっていたのは知っていたが、まさかセレーナと会っているとは思わなかった。


「まぁ、そんな感じで手伝ってもらって今は何とかなってる感じかな。まだ完全に元通り!って訳ではないけど、普通に生活していく分には問題ない感じ」


「……それは、良かった」


「という訳で!生活に余裕も出てきたから、今日は久しぶりに出かけちゃおう!というワケです」


セレーナはいつも通りの元気さで、そう語った。


「……で、まずはどこに行くの?」


「まずは西部にある洋服屋に行こうと思います!あそこは品揃えが豊富で、何よりおしゃれな服が多いの!きっと、リリィにも似合う服があると思うな」


「ふーん」


「……やっぱり、素材がいいからどんな服も似合うね、リリィは」


彼女は目線を私の服に向けてきた。


「そ、そう?」


「うん、そのワンピース、すっごい似合ってる」


「あ、ありがとう……」


少々照れくさい。

とは言っても、私も少しこの服は気に入っていたので、そう言って貰えて嬉しかった。


話してるうちに、目的の場所に辿り着いた。

ガラス張りのショーケースに、お洒落な服が白いマネキンに飾られている。

そのまま目線を上に上げると、大きな建物であることが伺える。

三階建ての大きな洋服店だ。


「私は冬物のコートを探しに来たんだよね。あと、来年に向けて春物のワンピースとかも見ておきたいなぁ」


そう言いながら、私たち二人は店内に入る。


店内も、外観に見合ったお洒落な作りだ。

セレーナからおすすめされた雑誌にも載っていた流行りの服に、季節に合わせたコート。

さらにはマフラーやイヤリングなどのアクセサリー類も、聞いた通りの品揃えだ。


店内を歩き、周りを見渡すと、落ち着いた茶色のコートが目に入る。

私はハンガーにかけられたソレを取り、前後を確認した後、近くにあった姿見の前に立ち、自分の身体に当ててみた。


「リリィって、割と暗めの色を選ぶよねー」


ひょこっと顔を覗かせたセレーナが、姿見に映る。


「せっかく可愛いんだし、もうちょっと明るめの色を選んでみてもいいと思うんだけどなー」


そう言って亜麻色の明るめなコートを取り出してきた。

……言われてみればそうだ。

普段着ている戦闘用のドレスもそうだが、私は暗い色をついつい選びがちらしい。

あれは夜間や室内での戦闘中で目立ちづらいように暗い藍色になっているわけだが、別に今は戦闘中ではなく、ただお出かけ用の服を選んでいるだけだ。

……だったらもう少し、明るめの色にチャレンジしてみても……。

そう考えているうちに、セレーナは私の真後ろに立ち、持ってきた服を私の前に当てた。

鏡に映った自分の姿を見ると、確かに悪くない……かもしれない。


「うん、やっぱこっちの色の方が似合うよ」


その後も何着か着てみて、気に入ったのをお互いに数着買ったのち、店を後にした。

横目で彼女を見る。


「………」


セレーナは本当に綺麗だ。

黒く長い髪に、まるでルビーのような、光を携えた赤い瞳。

ベージュのコートに包まれていても分かるスタイルの良さ。

関わる人を皆笑顔にする朗らかな性格。

……でも、私は彼女のことを詳しくは知らない、

母親と一緒にあの花屋を営んでいる、ということしか。

彼女がどんな家族構成で、どんな生活をしているのか、とかはまだ聞いたことがない。


「そういえば、セレーナのことをよく知らないな、私」


「そう?私たち結構一緒にいるけど?」


「でも、改めてちゃんとセレーナの身辺の話を聞いたことってないなぁ」


一度気になると疑問は沢山出てくる。

彼女の家族について、趣味や好きなもの……はなんとなく分かるが、ちゃんと本人に尋ねたことはない。

それに、彼女はまだ若い。

通っている学校はどこなのだろうか。

私以外にも友達はいたりするのだろうか。

様々な疑問が湧き上がってくる。


「じゃあさ、そろそろお昼も近いし食べながら話そっか。この近くに美味しいパンケーキ屋さんがあるんだ!」


彼女は屈託のない笑顔を向け、私の手を引いた。

その後、本当に数分もかからずに店に着いた。

店内は人で賑わっており、人気というのが見て取れる。

私たちはテラス席につき、メニューに目を通す。

どれもおいしそうだ……。

セレーナはメニューを一瞥し、すぐに閉じた。


「じゃあストロベリーパンケーキとハニーキャラメルパンケーキ、どっちもアイストッピングかな」


この店には何度も来たことがあるのだろう。

彼女はすぐに注文を決めた。

どれも魅力的で決められなかったから、おすすめのものを頼んでくれるのは助かる。

しばらくこっちを見た後、彼女は首を傾げた。


「……リリィは何にするの?」


「えっ?」


注文は決まったから、リリィは何にするのかなー?って……あ、ゆっくり決めていいからね。この店、どれも美味しそうだから迷っちゃうでしょ」


どうやらさっきの注文は一人分だったらしい。

メニューに載っている写真を見るとパンケーキは四段重ね、とても少量とは思えない。

それを二つも頼んでいるのだ。


「……じゃ、じゃあ私はこのブルーベリーパンケーキにしよっかな」


若干じゃっかん、彼女の食欲に驚きながら、自分も注文を決める。

注文をウェイターに伝え、しばらく待つことにした。


「……それで、私について何が聞きたいの?」


セレーナはニコニコしながらこちらの顔を覗き込む。


「私、そういえばセレーナの事詳しく知らないから、改めて色々聞いてみたいなって」


「ふーん、じゃあ、なんでもどうぞ!」


彼女は「どんとこい!」といった感じでこちらを見ている。


「セレーナって、確か今17歳だよね。どこの学校に通ってるの?」


「私が通ってるのはテスラシア学園、南部地区にある学校だね」


テスラシア学園———確か昨今の魔晶技術の発展に伴い設立した、科学技術と魔晶技術を中心に学べる中央都市有数の名門校だ。

そっちの方面に詳しくない私でも、その名前は聞いたことがある。

ということは、セレーナって結構頭がいいのだろうか。

可愛くて性格も良くておまけに頭脳明晰、隙がどこにもない。


「友達とかって、どれくらいいるの?」


「まぁ、たくさんいるよ。たまに一緒にここら辺に遊びに来たりしてるね」


「ふーん」


私は私と一緒にいるときの彼女しか知らないが、セレーナだって普通の女子高生なのだ。

誰かと遊びに行くことだって、普通はあるだろう。

私は任務の都合上、本当に月に一、二回くらいしか会えないが。

……私よりも、仲良いのだろうか。

などと考えていると、セレーナがニヤニヤしながらこっちを見ている。


「……な、なに?」


「もしかして、私が知らない所で他の子と遊んでるのに嫉妬した?」


「そ、そうじゃない!……友達と遊んだりするのは普通だよ。そんな事別に気にしてない」


「ふーん」


からかうようにニヤニヤし続けている。……話を変えよう。


「……そういえば、テスラシア学園って魔晶技術に特化した学園だよね。そっちの方面に詳しいの?」


「まぁ、ちょっとはね」


以前、私の手を直したことがあった。

あれは『修復リペア』の魔法があってのこともあるが、異常な個所に気付けたのは彼女の知識もあってのことだろう。


「と言っても、正直そっちの勉強は興味ないかな。覚えられたから覚えただけ」


やはり、彼女は相当頭がいいようだ。

興味のないことをなんとなくで覚えていられるのは、その証拠である。


「そんなことより、もっと楽しい話をしようよ。他には聞きたいことはない?」


そう話しているうちに、注文していたパンケーキがやってきた。


「こちらがストロベリーパンケーキとハニーキャラメルパンケーキのアイストッピング、ブルーベリーパンケーキです」


ウェイターはパンケーキを丸いテーブルの上に並べた後、その場を立ち去った。

テーブルの上に並べられたそれを見ると、ふわふわとした黄金色にも似た色の生地が分厚く四段も並べられ、その上に雪のようにかかった砂糖に、外から差し込む日の光をきらきらと反射させる鮮やかな青いソース。

真ん中には新鮮な色艶をしたブルーベリーがアクセントとして添えられている。

セレーナの前に並べられた、その甘い匂いのする四重の円の上にはバニラアイスが乗っており、溶けたアイスがパンケーキの上からまるで上から下に流れる川のように皿へと垂れていく。

その食欲をそそる甘味は私の目を釘付けにした。


「……こっちのも食べてみたい?」


セレーナは自分が注文した二種類のパンケーキを大体八分の一くらいのサイズに切り分け、それぞれ三切れずつ、取り皿に乗せた。

さらにその上にバニラアイスを少し乗せ、私の目の前へと置かれる。


「その代わりに、そっちのも少し貰っていい?」


私も同じように切り分け、取り皿に乗せる。

バニラアイスのトッピングは頼んでいなかったため、代わりにブルーベリーをちょこんと乗せた。

目の前に並ぶ色とりどりのパンケーキに目を奪われる。

まずはブルーベリーパンケーキから一口。


「……!!」


程よく甘く、生地の香りが口の中全体に広がる。黄金色の生地に相違無いとろけそうな味が口の中を満たす。それだけではなくブルーベリーソースの酸味と甘味のバランスが完璧で、気づいたら二口目もいっていた。再び、あまくて、ふわふわな感覚が口の中に広がる。

セレーナから貰ったストロベリーパンケーキも一口。今度はいちごとパンケーキの甘さが一度にやってくる。瑞々しい甘さと程よい酸味が口の中に広がり、ブルーベリーパンケーキとも違う美味しさが口の中の感覚をガラリと変えた。

ハニーキャラメルパンケーキを口に入れる。なめらかで甘い、すごく甘い。頰がとろけてしまいそうだ。バニラアイスの香りと冷たさもすごくいい。飽きのこない多種多様な甘味が、口の中を次々と彩っていく。


「〜〜〜〜!!!!」


言葉にならない声がつい出てしまった。

再びパンケーキを口に運ぼうとすると、


「う〜ん……?」


セレーナはパンケーキを口に含みながら、首を傾げていた。


「……?どうしたの?」


「美味しいんだけど……なんか前とちょっと味が変わったような……?」


ふと、テラス席から入り口の方を覗くと、看板が立っていることに気づいた。

そこには『原材料変更のおしらせ』と書かれている。


「現在、中央都市襲撃の影響により果物及び小麦粉の流入が滞っております。そのため、原材料を下記の通りに変更しています。か……」


その下には、多くの材料が変更されていることについて書かれていた。

フローヴァ中央都市部襲撃事件から一ヶ月近く経つが、その影響は各所に出ていた。

この付近の街並みは活気付いてはいるものの、多かれ少なかれ被害はあったはずだ。

その当然の事実に、いまさら気づく。


「…………」


「リリィ?もう食べないの?」


「えっ?いや、ううん!た、食べるよ!」


ブルーベリーパンケーキを再び口に含む。

……その味は、ちょっと酸っぱかった。


その後、一時間ほど二人で何気ない会話をしながらパンケーキを完食した。

……セレーナは私よりも多い量のパンケーキ私よりも早く食べ終えていたが、一体どこにあの量のパンケーキが収まっているのだろうか。

彼女の底知れない食欲に驚きながら、店を後にした。


時間としては午後一時半。

眩しいほどの日の光が真上に登り、暖かさが増している。

私とセレーナは特にこれ以上行くところを決めてなかったので、そのまま街をぶらぶらと散策することにした。


「……そういえばさ、襲撃事件があったけどセレーナのお店とかは大丈夫だったの?」


気になったので聞いてみた。

あれほどの奇襲を受けたのだ。

きっと少なからず被害はあったのだろう。


「んーと、うちはそこまで被害は大きくなかったかな。店自体に目立った損傷は無いし、若干花の仕入れに遅れがあったくらい……かな」


「そうなんだ、それは良かった」


ほっと胸を撫で下ろす。


「お母さんも私も怪我はなし。これもリリィが私のことを守ってくれたおかげだよ」


「……」


「凄かったなぁ…!いきなり目の前に現れたと思ったら、怪物みたいなレクセキュアの兵器がバラバラになってるんだもの!本当に助かったよ!」


「……うん」


正直、あの時のことは……


「…………」


…………よく覚えてない。

敵を殲滅するのに必死だったから。


「そういえば、あの後リリィは大丈夫だったの?」


「……?」


「あの後急に倒れちゃったんだもん。何とかリリィを避難用シェルターまで運んだけど、そしたら軍の人が来てくれて」


……私が倒れた後に助けてくれたのはセレーナだったのか。


「うん、大丈夫。……ありがとう、私を助けてくれて」


「ううん、助けてくれたのはリリィの方だよ。もしあの場所にリリィがいなかったら私、どうなってたか分かんないもん」


どうなってたか。

それは………………


「あ、セレーナ!あそこのアクセサリー屋さん!ちょっと気になるなぁ!行ってみようよ!うん!」


咄嗟に、セレーナの意識を自分の意識ごと逸らすように、私は向かいにある店を指さした。


「たしかに、いい物が置いてありそう!行ってみよっか!」


セレーナはくるりと、身体を私の方から店の方に向け、私の手を握り駆け出した。

店の前に着き、入り口の扉を開く。


中を覗くと、午前中に見た洋服店とは対照的に落ち着いた雰囲気の店だった。

内装はこじんまりとしており、木製の床と壁、テーブルに並べられた多種多様なアクセサリー。

壁には一風変わった地方の特産品らしきものがぶら下げており、奥にひっそりとあるカウンターとどこか落ち着きのある老齢の男の人が新聞を広げ座っている。

人の出入りは少なく、どこか隠れ家のようだ。


私とセレーナは店の中を物色する。

ふと、ひとつのペンダントらしきものが目に入った。

手に取ってよく見る。


「たしか、この形って……」


「フローヴァの国旗に使われてるマークだね」


セレーナが横から覗いてきた。

六枚の花弁と雌蕊めしべ雄蕊おしべで構成された、花のマーク。

国旗はこのマークを中心として六十度ずつ綺麗に三等分され、赤、青、白の色が割り振られている。


「フローヴァの国旗の由来って知ってる?」


セレーナが語りかけてきた。


「ううん、知らない」


ペンダントに目を落としたまま答える。


「昔ね、ここは三つの国に分かれていたらしいの。お互いがお互いの国を憎み合い、戦争をしていたんだって」


「うんうん」


この国の成立に関する歴史は、そういえば調べたことが無かった。

彼女の話に耳を傾ける。


「そこに、三つの国とは別の国からやってきた旅人たちがやってきて、争いを納めようとしたの。その旅人たちは凄い魔法使いで、国を相手にしても怯むことなく戦い続けられるくらい強かったみたい」


「魔法……」


確か、昔は当たり前のように人々が魔法を使えたと聞いたことがある。

何故今は使える人間が少なくなったのかは気になるところだが、今は置いておこう。


「でも、その旅人たちは戦うよりも平和を望んでて、最終的には三つの国が仲良くするように説得して、このフローヴァ国を作り上げたんだって」


「……へぇ〜」


フローヴァ国はそんな成り立ちを持ってたんだ、と感心していると、


「凄いよね。三つの国をまとめあげて、戦争を辞めさせるなんて。きっとリリィみたいに強くて優しい人達だったんだろうなぁ」


と、セレーナはそう言った。

対話による平和的解決。

もしそれがフローヴァとレクセキュア間でできればどれほど良いだろうか。

しかし、それが叶うほど現在の二国間の関係は良好ではない。

ましてや、それができるほどの力は私には……


「私には、出来そうにないな……」


言葉が漏れる。

意図せず発した言葉。

その一言を聞いたセレーナはしばらく黙ったあと、私の肩をぽんぽんと叩いた。


「リリィ、こっち向いて」


ペンダントから目線を移すと、セレーナが一歩近くに寄り、私の前髪に手を伸ばす。

思わず目を瞑ると、ぱち、ぱち、という音が目の前で響く。


「……?」


恐る恐る目を開けると、額のところに何か違和感があることに気づいた。

近くの鏡を見ると、私の髪に髪留めが二つ付いている。


「それ、リリィに似合うと思うな」


鏡に映った私の顔を見る。

自分が、落ち込んだ表情をしていることに気づいた。

私は、あの時の戦いのことを——……


「あんまり暗い顔してると、かわいい顔が台無しだよ♪」


セレーナが私に笑いかける。

髪留めに手を当てながら、上を見上げた。


「ちなみに、色違いもあるよ」


と、机の上に並べられた髪飾りを指さしている。

私はその中から赤と青の髪飾りを選び、買うことにした。

セレーナも白い髪飾りを一個買い、私達は店を後にする。


「ふふっ、それじゃ次はどこ行こっか?」


楽しそうに笑う彼女。

その時、彼女のバックからブーッ、ブーッと音が鳴り出した。


「電話だ。ちょっと待っててね」


そう私に言うと、セレーナはバックから携帯電話を取り出し電話に出る。


「……もしもし、……え?お母さん?……今から?どうしても?……えぇ〜?急ぎの用事?……はぁ、しょうがないな〜……」


セレーナは困った表情で、こっちを見る。


「ごめん!リリィ。ちょっと今から花屋の手伝いに行かなきゃいけなくなっちゃってさ。……また今度の休日に埋め合わせするから、今日は先に戻っちゃうね」


両手を合わせながらそう言った彼女は、足早に立ち去ろうとする。


「あっ……」


不意に一歩前に出る。

だが、それよりも早くセレーナは駆け出してしまった。


「本当にごめーん!また出かけようねー!!」


「う、うん……またねー!」


立ち去りながらも、こちらに手を振っている。

よほど急ぎの用事なんだろう。

彼女はその後、脇目も降らず花屋の方向へ帰っていった。


「………………」


姿が見えなくなるまで、私はセレーナを見つめていた。

遠く離れていく彼女の後ろ姿から目が離せず、ぼーっと立ち尽くしてしまう。


「……もっと、一緒にいたかったな」


周りを見渡す。

時刻は四時を回ろうとしていた。

日はまだ明るく、街の様子は賑やかだ。

家族や友人と一緒にいる人たちが、みんな楽しそうに食事や買い物をしている。

人々の表情は朗らかで、まさに平和な街のひとときと言った所だ。

今の私は、映画館でこのシーンを眺めている観客になった気分だ。

さっきまで、私もその中にいたのに。


「いや、何考えてるんだろ、私」


そうだ。たまたま今日はセレーナに急に用事が入っただけで、またすぐに、その気になれば明日にだってまた会える。

そんなに気にすることじゃない。

なのに。

なのに、彼女が離れていく光景が、ひどく辛く感じた。胸が締め付けられるような感覚。


「疲れてるの、かな……」


アンドロイドに肉体的疲労は無い。

口に出た可笑おかしな発言に対してそう心の中でつっこみながら、私も帰路に着く。

空にうっすらと月が見える。

まだ昼間だが、気象条件によっては昼間でも見えるらしい。

無論、夜よりは見えづらいが。

そんな空を見つめながら、今日のことを繰り返し繰り返し、縋るように思い出す。

活気に溢れる道をひとり、私は街行く人の波とは逆方向に歩いていった。







































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