16話 刻まれたエラー

星空も見えない、夜の空を飛ぶ。

視線の奥にある南部工業地区に向け、一直線に進んでいく。

目下にはフローヴァ国の軍艦。

今頃は地上部隊も指定された位置へと辿り着いた頃だろう。

私も指定された位置に着く。

南部工業施設の端、防衛設備から八百メートルの位置だ。

周りの様子を眺めていると、本部から通信が入る。


「総員配置についたようだな。……では、南部工業地区制圧作戦を開始する!」


「……了解」


その指示があると同時に、爆発音が響く。

地上部隊が攻撃を始めたようだ。

それに続くように海上の軍艦も、地上の防衛設備に向けて攻撃を始める。

静かだったレクセキュア国南部工業地区に、砲撃と爆発音が響き続けた。


「……そろそろ、私も行かなくちゃ」


剣を構え、体勢を整える。

目標は防衛設備の主砲、その動力部。

あそこを破壊すれば、戦力は大きく落ちるはずだ。

狙うべき一点を見据え、息を吸う。


「脚部ブースター、最大出力!」


空中から一直線に突き進む。

海上から放たれる砲弾よりも、地上で放たれる銃弾よりも速く飛ぶ。


「はぁぁぁぁぁぁ!!!」


動力部に一閃、正確にその装置を引き裂く。

主砲の動力部に亀裂が生じたことにより、巨大な爆発が起こる。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


主砲及び付近の大砲四つを無力化した。

爆発により防衛設備の指示系統は混乱しているようだ。

これにより、南部工業地区の自衛機能は大きく失われただろう。

後は、地上部隊と海上の軍艦がどうにかしてくれるはずだ。

ここを制圧するために、私は内部の防衛基地に侵入し、システムを完全に停止させる必要がある。

ここで時間をかけている場合ではない。

そのまま南部工業地区中心にある防衛基地へと飛んだ。


「……………………」


空から、先程破壊した防衛設備を見下ろす。

地上には負傷した敵兵が何人も見えた。

意識を失ったまま倒れている人、ひび割れた壁にもたれかかり動かない人、身体の一部が動かなくなった兵士の肩を抱えながら退避する人。

……あれらは、私の一撃によるものだ。


「………………っ」


私は再び視線を防衛基地に向けた。

スピードを上げ、真っ直ぐに防衛基地へと向かう。

距離としてはそんなに遠くはない。

すぐに入り口へとたどり着いた。

フローヴァ軍が地上と海から陽動ようどうしている以上、ここからはスピード勝負だ。

私の侵入に対応されるよりも早く、システムを停止させなければならない。

周りに敵がいないことを確認しつつ、防衛基地へと突入する。

内部を見渡すと、広い倉庫のような場所に、鉄で作られた棺のようなものが沢山並んでいた。

中には何が入っているのだろうか。

少し、恐ろしい雰囲気だ。

……いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。

さらに部屋の奥へと走る。


「………………!」


足音が奥から聞こえる。

不揃いで、不規則な音、その上で重い音。

音から察するに人間の兵士だろう。

一旦物陰に隠れ、様子を伺う。


「………………」


しばらくすると物音は止み、静かになった。

恐らく向こうも物陰に潜み、奇襲を狙っているのだろうか。

……だからといって、こちらも慎重に進んでいられるほど時間がある訳ではない。


物陰から飛び出し、再び走り出す。

しばらく道を進むと、また広い倉庫のような場所に出た。

周りには、誰もいな———


「……今だ!撃てぇぇぇぇ!!!」


「……っ!」


上の足場から、銃を構えた兵士が八人。

物陰から姿を表すと共に一斉に引き金を引いた。


「サブウェポン!!!」


服の裾から咄嗟に伸ばした刃で、銃弾を防ぐ。


「っ……!なんて速度だ……!クソッ!総員撤退!!!」


こちらに一切傷をつけられなかったことを見た、リーダーと思われる男がそう命令した。

……奇襲が失敗したのだったら、有利はこちらにある。

このまま戦っても無駄だと判断したのだろう。

素早い判断だ。

奥へと続く廊下へ兵士達が引き上げていく。

……だが、逃すつもりはない。

兵士達を追いかけるために、私も上の足場へと跳躍する。


「っあぁっ!?」


着地した途端、前にいた一人の兵士が躓いたのが見える。

———取った。

そのまま近づき、剣を振り上げる。


「…………っ」


剣を振り上げた。

確かに振り上げた。

振り上げたのだ。

でも……


「……っ…………っ!!!」


何故、どうして。

何で。

ただ、ただ振り下ろすだけでいいのに。

それが、この場ですべき行動なのに。

……体が、動かない。


「はっ、は、っ…………!」


手が震える。

息が荒くなる。

温度は普通なのに、身体が寒い。

身体を立たせてる足が、崩れてしまいそう。

倒れた兵士が恐怖の表情でこちらを見つめる。

———頭の中に、強いノイズが走った。


「あ、…………っ」


そうだ。

この感覚。

この状況、は———。

……その瞬間。

腹の辺りに、横から強い衝撃が打ちつける。


「っ……ああぁぁぁぁぁっ!!!」


そのまま吹き飛ばされ、二階の階段付近から倉庫の地面へと叩き落とされた。

私はなんとか剣を支えに立ち上がる。


「な、何……!?」


顔を上げると、倉庫の天井に何かが沢山いる。


「あれ、は……!」


人型の機械兵器が、三十機ほど天井を這っていた。

四肢はそれ専用のものに改造されており、伸び縮みもできる事が伺える。

大量に湧き出した虫のように、おぞましく機械兵器が倉庫中に広がっていく。


「(!&;¥;(¥)&??://<>._(()&>€>>!!!!!」


奇怪な叫びをあげながら、四方八方から襲いくる。

これでは逃げ道もない。

なんとか、受け止めるしか……!


「っっ!!ああぁぁぁぁっ!!!!」


サブウェポンで弾き返そうとしても、数が多い。何体かは伸びる刃をすり抜け、こちらに迫る。

機械兵器が伸ばした腕が、私の左腕をかすめた。

右手に持った剣で振り払うも、敵の数が尋常ではない。

今度は腹をえぐられる。


「っぐ……っ!!!」


機械兵器の攻撃は止まない。


「サブ、ウェポン……っ!!」


頭の赤く光る部分を貫き、何体かは倒したが、それでもまだ攻撃は止まない。

次は攻撃が足に直撃した。

体勢が崩れる。


「っ……ぐ!」


その隙を突かれ機械兵器たちが覆いかぶさってくる。

天井の景色も、灰色の鉄で塞がれていった。


「っ……ああああぁぁぁぁ!!!!!」


こうなったら多少の傷は覚悟で、とにかく敵に攻撃を続けるしかない。

サブウェポンを全力で振り回す。


「これで、八体目……っ!!!」


右足が切り離される。

動けなくなろうが、攻撃は続けなければ。


「これで……っ十二体……!!」


今度は左腕が身体から吹き飛ばされた。

……まだ、攻撃手段は残っている。


「っぐ………じゅう、なな……!」


眼前に迫る機械兵器の腕が、今度は右目を貫いた。

塞がる視界の中、攻撃を続ける。


「っが……あっ……にじゅ……ったい……っ!」


今度は左足を持って行かれた。


「っあぁぁああぁぁっ!!!」


一心不乱にこちらも攻撃を続ける。

両足を奪われ、左手も無い。

これでは剣を振るうことすら許されない。

視界にもノイズが入る。


「に、じゅう……なな…………!!!」


何度も攻撃の応酬を繰り返してる内にサブウェポンも剥ぎ取られ、残り十二本しか残っていない。

もう身体の中で動かせるのは、この十二本と右腕だけだ。


「っが……っ!!…ああぁああぁっっ!!!」


最後の一撃が入る。

……ようやく、三十機全部、打ち倒すことができた。


「はぁ……っ、は、ぁっ…………」


地面に這いつくばりながら、目の前の道を見る。

……身体に繋がれているサブウェポンは三本。

だが、もう動かすことすら叶わない。


「っ……はぁ…………はぁ…………」


一歩たりとも前には進めない。

地面に転がっている、切り離された手足が視界に入る。

目の前には私の剣。


「っ……!っ……」


かろうじて残った右手を伸ばす。

指先を地面に這わせ、少しでも剣の近く、近くへと伸ばす。

必死に伸ばした中指の先には、私が掴むべき剣の柄がある。

届け、届けと念じても、その距離はなかなか埋まらない。

腕も指も伸ばしきるが、それでも届かない。

……残り三センチメートル、そこが私の限界だった。


「………………」


視界がどんどん狭くなっていく。

体も動かない。

身体を動かす電流も、回路が絶たれて流れない。アンドロイドとしての生命活動が、途絶えていくのを感じる。

地面が冷たいのか、私の体が冷たいのか、分からなくなるほどに冷えていく。

その時、後ろから声が聞こえてきた。


「システム管理室はこっちだ!総員!至急制圧に向かうぞ!」


「了解!!!」


……フローヴァ軍の援軍、だろうか。

私の状況を遠隔で見た司令部が寄こしたのだろう。


「アダバナの残骸も忘れるな!一つ残らず回収しろ!」


「了解!!!」


隊員たちは私の身体が拾い上げ、そのまま防衛基地の出口へと向かった。

目的のシステム管理室から遠のいていく。

離れていく目の前の道を、灰色になっていく視界で見つめたまま、私の意識は暗闇へと落ちていった。


















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