14.5話 間話

「……以上が、先日の中央都市部の被害状況だ」


わたしは今、報告会議とやらの話を聞いている。

みんな真剣な顔してて、正直つまんない。

何より、わたしやリコリスは現地で動いていて、状況の仔細しさいなどは細かく知っている。

……正直、聞く意味あるのコレ?


「ふわぁ〜あ」


「ソレイユお姉様。一応私達二人も復興作業に参加するのですから、ちゃんと話は聞いた方がいいかと……」


そんな事を言われたって、つまらないものはつまらない。

それよりも。


「お姉ちゃん、大丈夫かなぁ……」


フローヴァ中央都市部を襲撃されてから三日が経つ。

わたしとリコリス、あとは軍の人が機械兵器を全て殲滅し終わった後、お姉ちゃんは意識を失った状態で運ばれてきたのだ。


「外傷は腹部のみで、特に大きな傷はないらしいですが……」


「でも三日も目を覚まさないんだよ?やっぱり心配だよ」


「……そうですね」


リコリスは表情を曇らせた。

わたしは地面をぼうっと見つめながら、お姉ちゃんのことを考える。

あの日、はじめてお姉ちゃんと出会った日から、一緒にいることの方が多かった。

不安はどんどん大きくなっていく。


「……以上で、中央都市部復興報告会議を終了する」


「……!やっと終わった!」


退屈な会議が終わるとともに、部屋から飛び出す。


「待ってください!お姉様っ!」


一目散に、メンテナンス室へと駆ける。

はやる気持ちが、足を前へと進める。

わたしは思いっきり、メンテナンス室のドアを開けた。


「クリス博士っ!お姉ちゃんの様子は!」


「やぁ、早いねソレイユ。……報告会議がさっき終わったばっかりだと思うんだけど」


メンテナンス室にいたクリス博士は、少し困った表情でわたしを見た。


「そんなことよりも、お姉ちゃんはどうなの!」


「わかった。わかったから」


クリス博士はガラス張りの壁を見つめる。

透明な壁の奥にあるポッドの中に、お姉ちゃんは入ってた。

確かに、リコリスの言うとおり外傷はほとんどない。見た目はいつもと何も変わらない綺麗なまま。

でも、今すぐに目を覚ます気配は無かった。


「……完全に修復できるまで、どれだけ時間がかかるでしょうか?」


遅れて部屋に入ってきたリコリスが訪ねる。


「この感じだと一週間近くはかかりそうだね。復興作業には間に合いそうにない。そこは君たち二人に任せるよ」


クリス博士は手に持っていた資料を、私とリコリスの前に差し出した。


「見ての通り外傷は既に修復済みだが、内部のWill《ウィル》システムに問題があってね」


「うぃるしすてむ?」


どっかで、聞いたことがある気がする。


「アンドロイドの思考、判断に関わるシステムだよ。そこに対して多大な負荷がかかったことで、意識が戻らない状態になっているみたいだ」


クリス博士があごに手を当て、考えこんでいる。


「この部分の詳しい構造についてはホシミヤ局長しか知らないんだけど……他機構への出力回路等に関しては僕たちでも修理できる。とにかく、色々試してみるよ」


「……なぜ、Willシステムに問題が生じたのでしょうか?」


リコリスが質問する。

……お姉ちゃんの身体の傷そのものは浅かった。

たしかに以前の戦闘で負った傷は、内部にまで影響が出る程のものとは思えない。

わたしも同じ疑問が湧いた。


「詳しい当時の状況については分からないんだけど、恐らく『過重解放オーバーロード』の使用が原因だと思う」


過重解放オーバーロード、ってたしか……」


「私たちアンドロイドに掛けられている内部の安全装置を外すことにより、超常現象を限定的に引き起こす機能……ですよね、クリス博士」


「ああ、その通りだリコリス」


確かに、過重解放オーバーロードにはすごく大きな力を使えるかわりに、使った後は身体の機能が大きく落ちるデメリットがある。

それが原因でお姉ちゃんは目を覚さないのだろうか。

でも、わたしの頭の中に疑問が二つあった。


「ですが、過重解放オーバーロードは軍からの許可があって始めて使えるはずです。個人の判断では使用できないかと。それに、いくら過重解放を使用したからと言って、三日も目を覚まさないなんて……」


……わたしの中にあった疑問を、全てリコリスが説明してくれた。


「……実は、過重解放オーバーロードについても不明な点が多いんだよね」


「……え?なにそれ?」


びっくりするくらい不明瞭な点が多い。


「じゃあ、そんなよく分かってない機能を私達に搭載してるってこと?それまずくない?」


「ははは……」


誤魔化すかのように笑うクリス博士。

……笑い事じゃないと思うんだけど!


「この過重解放オーバーロードについてもホシミヤ局長と……局長たちが開発したものでね……。構造と規模が複雑過ぎて彼しか設計出来ないし、実証実験もあまり出来てないんだ」


「えぇー……」


あまりのぶっちゃけぶりに、突っ込む気すら失せてきた。


「さっき、リコリスが過重解放オーバーロードのことを『アダバナに掛けられている内部の安全装置を外すことにより、超常現象を限定的に引き起こす機能』って説明してくれたけど、本当に『超常現象』を引き起こすんだよ。それこそ、『物理的にあり得ないような事象』をね。だから気軽に実験できないんだ」


「は、はぁ……」


そんな危険な機能が、よく分からずにわたし達に詰め込まれているんだ……。

改めて、わたし達の力の大きさを確認した。


「そういえば、リリィお姉様の過重解放オーバーロードはどんな機能なんです?」


リコリスがまた質問する。

過重解放オーバーロードの機能はそれぞれ違う。

その機能の内容は使用するわたし達本人とアンドロイド開発局の一部の人間しか知らない。

開発局ウチの最重要機密と言っていいほどのものだ。


「……リリィの過重解放オーバーロードの機能は『自身以外の時間の逆行』なんだ」


「時間の、逆行……」


「自分以外の時間を巻き戻すんだ。その時間を巻き戻してる間は、リリィのみが普通に行動できる」


「それって、時間を巻き戻してる間はリリィお姉ちゃんだけが一方的に攻撃できる、ってこと?」


「そういうことになるね」


時間の逆行、タイムスリップに関しては理論上は可能だと聞いたことがある。

しかし、実際に実現した例は存在せず、それが可能だというのならとんでもない発明だ。

……まあ、似たようなものだけど。


「彼女の内部記録には確かに過重解放オーバーロードを使用した痕跡があった。だが、軍は過重解放オーバーロードの使用許可を出していなかったらしい」


「それは、過重解放オーバーロードを許可無しに発動できる条件があるかもしれない、ということですか?」


リコリスが続いて質問をする。


「……かもしれない。ホシミヤ局長が開発時に何かしらそういう機能を仕込んだのかも。あの人の考えはよく分からないからね……」


クリス博士は物憂げにそう答えた。


「それと、リリィが目を覚さない原因と考えられるのがこのデータだ」


彼の手元にあった資料が、こちらに差し出される。


「本来、彼女が過重解放オーバーロードを発動していられる時間は精々7〜8秒ほどのはずなんだ。でも……」


「……48秒」


資料にはそう書かれていた。

6〜7倍近くもの時間、お姉ちゃんは過重解放オーバーロードを使っている。


「本来、リリィの過重解放は2〜3秒でも身体には多大な負荷がかかる。48秒もの間、過重解放オーバーロードを使用し続けたら……」


「……内部のシステムにも影響が出る」


リコリスが答えた。

クリス博士はポッドに入ったリリィお姉ちゃんを見上げる。


「幸い、システムの復旧の目処は立っているけど、それまでは君たちに任務を任せることになる」


「……了解しました」


「…………」


お姉ちゃんの入ったポッドから、地面へと目線を落とす。

頭の中に、何か靄がかかったような感覚。

晴れることのない何かがあった。


「お姉ちゃん……」


思わず言葉が漏れる。


「……それでは、私達は復興作業の準備がございますので失礼します。……行きましょうか、お姉様」


「……そうだね」


……私たちはポッドを背に、メンテナンス室を後にした。












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