14話 焼き付く赤色

「敵は六体!各地に分かれて破壊活動を繰り返している!各部隊とアダバナは住民の安全を確保しつつ、敵機全てを殲滅しろ!」


「「「了解!」」」


軍指令本部からの通信が切れる。


「敵はこの先にいるはず……!」


私はフローヴァ中央都市の空を駆け、機械兵器が暴れている場所へと向かっている。

見下ろすと、家屋は燃え、煙が上がり、住民たちは逃げ惑っていた。

地上では軍が避難誘導をしているが、追いついていないのが現状だ。


「っ……!」


拳を握りしめ、さらに加速する。

現在、軍指令本部はフローヴァ中央都市全域に避難勧告を出し、隊員の指示のもとに住民たちを軍司令本部にあるシェルターへと避難させている。

軍指令本部には緊急時の防壁もあるため、しばらくは持ち堪えらるだろう。

「軍の第三から第六部隊は住民たちの避難、保護を行いつつ、私、ソレイユ、リコリス、さらに軍の第一、第二部隊は都市部に現れた機械兵器を殲滅する」

これが軍からの指示である。

私は機動力に長けている分、一番遠い南東部に出現した機械兵器を殲滅するということになった。

目的地に向かって飛んでいると、私達アンドロイド専用の回線に通信が入る。


「こちらソレイユ!機械兵器を発見!……したんだけど、なんかこいつ、いつものと違う!」


通信の奥から轟音が聞こえた。

接敵してすぐに、ソレイユは攻撃を始めたようだ。


「……具体的な特徴は?」


「見た目は前戦った人型っぽいけど、とにかく動きが速い!こっちの攻撃がぜんっぜん当たらない!……って、きゃああっ!!」


「ソレイユ!!」


「……っ!こっちは大丈夫!お姉ちゃんは他の機械兵器の所に向かって!」


「……わかった!」


私は示された目的地に向かって、真っ直ぐに飛行する。

通信の様子からして、速度に特化した機械兵器のようだ。

ならば、速度で上回れば良い。


「……!見つけた!」


捕捉した機械兵器に向かって、空中から突貫する。


「はぁぉぁぁぁぁぁっ!!!」


剣を前へと突き出し、機械兵器の頭部を狙う。

この距離ならば外すこともないだろう。

しかし、剣先が触れる直前、眼前に刃が二つ現れ剣戟を弾いた。

鉄同士がぶつかる音と共に、後ろへと弾き出されるが、即座に受け身をとって体勢を整える。


機械兵器は確かに二足の人型だ。

しかし、両手は大きな刃に変わっており、各部の部品、特に脚部の部品が以前と大きく換えられているのが見て取れる。

鱗のように装甲を纏っていて重々しいが、見た目と違い機動力はあるようだ。


再び、突進して距離を縮める。

そのまま速く、より速く、何度も剣を振るう。

機械兵器も斬撃を繰り出す。

剣と刃がぶつかり合い、何度も弾かれる。

速さはこちらの方が上のはず。

だが、それでも胴まで攻撃は届かない。

少しかすめる程度だ。


「っ!!届かない……っ!!」


こちらの太刀筋、その全てを見切り、攻撃を弾いている。

……明らかに、以前の人型機械兵器よりも格段に速度が上昇していた。

どちらの攻撃も届かず、このままではらちが開かない。


「ならば……!」


後ろに退き、距離を取る。


「サブウェポン、起動!」


服の裾をひるがえし、何本もの触腕を出す。

無数の刃で同時に攻撃を叩き込めば、両手の刃では防ぎきれないだろう。

刃はしなり、機械兵器の方へと伸びていく。


「……っ!?」


刃が届く直前、機械兵器が変形していく。

足は伸び、二本の足が一本の太縄のように、二本の刃が機械兵器の頭部と合体し、獣の顔のように組み変わる。

変形したその姿は蛇のようでありながらも、一本の鞭のようでもあった。

そのまま、しなやかに私の刃の間を掻い潜っていく。

蛇の顔のように変形した刃が、私の眼前に迫る。


「っ……!」


剣で攻撃を受け止める。

その一撃はさっきよりも重かった。

まるで噛み砕き、丸呑みにしようとするかのように、その重さが増していく。

機械兵器の全重量が、身体にのしかかる。


「っ、あぁぁぁぁぁぁっ!!」


足に力を込め、なんとか攻撃を弾く。


「っ、サブウェポンっ!」


私は再び攻撃を張り巡らせるが、体をうねらせ掻い潜られる。


「:?¥¥¥;!&,!)(!”!!;!./(;):)((;!!!」


奇声と共に機械兵器が変形し、今度は上半身のみがさっきの人型、下半身が蛇のようになった。

……そんなことも出来るのか。

振り上げられた刃が目の前に迫る。

体を少し右にらしてかわすも、もう一本の腕の攻撃がまだ残っている。


「くっ……!」


さらに後ろへと跳躍し、上空へと飛行することで回避した。

浮遊したまま、機械兵器との睨み合う。

……格段に上昇した俊敏性、体を変形させることによる対応力。

今までの機械兵器よりも遥かに厄介だ。

一体どうすれば、あの機械兵器を殲滅できるだろうか。

私がそう思考を巡らせていると、通信が入る。


「こちらリコリス、西部市街地区に現れた機械兵器の無力化に成功しました」


「……!」


「引き継ぎ、残りの機械兵器の殲滅に向かいます。……お姉様、そちらの状況は?」


「こちらリリィ、南東商業地区の機械兵器と交戦中。……苦戦してるところ。ほとんど攻撃が当たらない」


「お姉様。どうやら新型の機械兵器は俊敏性においては向上しているようですが、その代わりに遠距離での攻撃手段が無いようです。なので遠くから一方的に攻撃する手段があれば、無力化もしやすいかと」


「……!」


そういえば確かにそうだ。

この通信中、敵が攻撃してくる様子は一切無い。ずっと睨み合いが続いている。

恐らくその理由は、空中にいる私に対して攻撃手段が無いからだ。


しかし、私には遠距離の装備は一切無い。

サブウェポンでの攻撃も当たらず、すぐに距離を詰められてしまう。

そのため、リコリスの言う”遠くから一方的に攻撃すること”は出来ないだろう。

睨み合いが続く。


「遠くから、一方的に……」


思考する。

遠距離武器を持たない私が、あの機械兵器を殲滅する方法。


「……!そうだ、あの方法なら……!」


私は一か八かの賭けに出た。

空中から、機械兵器に向けて突進し、剣を振り下ろす。

機械兵器は両手の刃を交差させ、私の一撃を受け止めた。

そのまま機械兵器は切り払い、私の剣を弾く。

がら空きとなった私の胴体に向かって、機械兵器は刃の先を向けた。


「(:?!¥>|>!(!,)&)(¥¥()¥¥ーーー!!!」


刃の先が、私の腹部へと突き刺さる。

———それを、待ってた。


「…………;!&!,><|???」


だが、致命傷ではない。

刃と私の腹部をサブウェポンで巻きつけていたお陰で、傷が深く入るのを避けられた。


「サブウェポン!!!」


「):?!&??!!!!」


腹に巻き付けた触腕サブウェポンをそのまま、機械兵器の腕に巻きつける。

これで、機械兵器を捕らえることに成功した。

すかさず機械兵器を掴んだまま、上空へと飛び上がる。

今度は機械兵器の腹部へと蹴りを入れ、私の身体に刺さった刃を引き剥がす。

機械兵器の身体が、宙へと舞う。


……あの俊敏性と柔軟性は、蛇のように地上を這いずり回ることで生まれるものだ。

しかし、空中ではそうはいかない。

自由に身動きを取ることは蛇の形態でも、人の形態でも出来ないだろう。

これならば、”遠くから”ではなくとも、”一方的に”攻撃することができる。


「はあぁぁぁぁぁぁっ!!!」


空中を飛び回り、ありとあらゆる方向から、機械兵器を切り裂く。

空中ではこちらの方が上だ。

腕を、足を、首を。

ただひたすらに剣戟を浴びせる。

一撃ごとに脆弱性の高い部位を破壊していく。

膝を、手首を、頭を。

機械兵器の身体を分割する。

何度も切り裂き、ばらばらになった機械兵器が、地上へと落下していった。


「……殲滅完了」


地面に叩きつけられた機械兵器の残骸は、ぴくりとも動かずに横たわっている。

……早く、他の機械兵器も倒さなければ。

私は東の方へと向かった。


「……こちらリリィ。南東商業地区の機械兵器を無力化しました。引き継ぎ南部市街地区に出現した機械兵器の殲滅に向かいます」


「了解。引き続き頼む」


次は南部市街地区へと向かう。


「南部市街地区……」


……あの場所にはセレーナの花屋がある。

彼女は無事避難出来ただろうか。

私はさらに加速し、目的地まで向かった。


「確か情報では機械兵器はこの辺に……」


空から街を見回す。

まだちらほら逃げ遅れている人がいたが、肝心の機械兵器の姿が見当たらない。


「!あれは……!」


急いで地上へと降りる。

そこには瓦礫に足を挟まれた少年と、見知った黒髪の少女がいた。


「痛い……痛いよ……!」


「今、なんとかするからね……!」


少女は瓦礫を持ち上げようとする。


「セレーナ!」


「あっ!リリィ!」


彼女のもとへと駆け寄る。

瓦礫の隙間に剣を差し込み、てこの原理で積み重なった鉄骨を少し持ち上げる。


「今のうちに!」


セレーナが少年を引っ張り、瓦礫から引きずり出した。

瓦礫の山から引きずり出す事には成功したが、少年は長い間足を圧迫されていたため、自力で立てそうにない。

するとその時、近くで誰かが人の名前を呼び続ける声が聞こえた。

恐らくこの子の母親だろう。

母親がこちらの様子を見て、大急ぎで駆け寄ってきた。


「よかった……!ここにいたのね……!」


息を切らしながらも、母親は子供を背負う。


「助けていただき、ありがとうございます……!」


母親は一礼の後、避難場所へと向かっていく。

燃え盛る炎の音がぱちぱちと聞こえる中で、私は彼女の方を向いた。


「リリィ、一体何が起こってるの?街のいろんな場所で煙が上がってるし、建物が壊されてるし……」


「……今、街に敵がいるの。向こうに軍の避難用シェルターがあるはずだから、早く避難して」


「敵……!?こんな街中に?」


セレーナは少し驚いた様子だった。

無理はない。

私だって信じられないのだから。


「……大丈夫。私が倒すから」


「……わかった。ありがとう!」


セレーナは手を振り、避難用シェルターの方へと駆けていった。


「リリィも気をつけてね!」


普段と変わらない表情で、彼女はそう言った。


「……」


セレーナが立ち去った後、私は剣を構えた。

機械兵器の出現位置は丁度この場所、どこに潜んでいるか分からない。

街の建物を燃やす炎が揺らめく。

ばちばちと火花が散る音以外は何も聞こえない。

もうこの付近の住民の避難は済んだのだろうか。

私は上空へ飛び、さらに周囲を見渡す。

……やはり機械兵器はいない。


「こちらリリィ。目標地点に到着したが、機械兵器が見当たらない。捜索範囲を広げる」


「こちら軍司令本部。現在、計三体の機械兵器の殲滅を確認している。北部市街地区にて第一、第二合同部隊が機械兵器と交戦中だが、どうやら機械兵器たちは軍司令本部に向かって移動しているらしい」


「了解」


本部との通信を切る。

この位置からだと、機械兵器の向かった方向は北ということになる。

空から軍司令本部のある方向を見た瞬間、悪寒が走った。


「……っ!」


機械兵器の向かった方向。

それはセレーナが避難した方向だ。

北部へ向かって全力で飛行する。

空から機械兵器の姿を探す。


「…………!いた!」


機械兵器は街中を走り抜け、軍司令本部を目指している。

今、十字路を曲がり姿が見えなくなりそうだった。


「逃がさない!」


地上に降り、曲がり角の先へと行く。

その瞬間、近く家屋が崩れ、私の目の前に降り注いだ。

粉塵が舞い上がり、機械兵器の姿が見えなくなる。

見失う訳にはいかない———!


「はっ!」


剣を一振りし、煙を引き裂く。


「———!!!」


目の前に映る光景に、私は戦慄を受ける。

煙の先の大通り。

機械兵器が直進する先にいた、黒髪の少女。

ちょうど大通りに飛び出してきた彼女を、機械兵器は視界に捉えているようだった。


前へと走り、手を伸ばす。


「……だめ」


距離にして約100m。まだ届かない。


「……いや」


機械兵器の鉄の刃が前へと伸びる。


「……いやだ」


手を、前に、前に、前、に———!


「——————」


私の目の前に、吹き出す赤色が映る。

機械兵器の刃が濡れ、真っ赤に染まる。

彼女の白い服に、その色が滲みていく。

嫌。嫌。嫌。いや。いや。いや。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


胸が痛い。

頭が焼ける様に熱い。

視界は滲む。

喉が乾く。

身体が、火花を上げて、叫んでいるようだった。


周りの時間が、ゆっくりと流れているように感じる。

いや、これは———。


崩れた瓦礫が不自然に浮き上がり、建物の欠けた部分へとはまっていく。

吹き上がった煙も地面へと収まっていく。

機械兵器の刃が後ろへと下がっていく。

血飛沫が、彼女の身体へと入っていく。

———時間が、戻っていく。


———いいや、そんな事はどうだっていい。

私は、こいつを、こいつを……!


「あああぁぁぁ、———、——、——、——!」


自分が何て言ってるのか分からない。

———そんな事はどうだっていい。

剣を振るう。

足を断つ。腕を断つ。腹を断つ。首を断つ。

断つ。断つ。断つ。断つ。断つ。断つ。断つ。断つ。断つ———!

ただひたすらに引き裂いていく。

目の前の鉄塊は、私を認識することなく切り刻まれていく。


「——、——、——、——、——、——!!!」


気が済むまで引き裂いたとき、風が吹いた。

機械兵器だったものは一切の抵抗も無く、反応もない。

ばらばらに引き裂かれ、鉄が地面に転がる。

転がり方はゆっくりでもなく、不自然でもない。

近くで、何かが崩れた音がする。

近くの家屋、だろうか?

音が、よく、聞こえない。


「——ィ!——ィ——ば!」


誰かが、呼んでいるような気がする。

……誰だろう?

ぼうっとする。

視界が暗くなる。

身体に力が入らない。

糸が切れたように、身体の感覚が無くなる。

景色がぐるんと上を向く。


「—きて!——てよ——!」


誰かの顔が見える。

ああ、私は———


「ご、め、なさ——」


口が回らず、言葉が途切れる。

視界が闇に閉ざされていく。


「———!———!!!」


もう、何も、なにも、聞こえない。

また、闇の、中、へ、と———









私の意識は、そこで落ちてしまった。






























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