13話 邂逅
「367……368……」
開発局内にある兵器実験室。
白い壁に覆われた空間で、私はひたすら飛び回る。
「379……380……」
壁や天井に出現する
ひたすらそれの繰り返し。
「392……393……400!……ふぅ」
足の修復が終わってから、私は耐久テストと動作確認を兼ねた訓練をしていた。
ノルマを達成し、一息つく。
「おつかれー、お姉ちゃん」
ソレイユが兵器実験室入口の階段に座ったまま、こちらに話しかけてきた。
「どう?足の調子は?」
「特に問題無し。これなら、いつも通り戦えそう」
足は問題無い。
直してもらって数日は歩行もぎこちなかったが、今ではすっかり自分の体の一部として馴染んできている。
以前のように……いや、以前以上に動けるようになったことだし、訓練もこのくらいでいいだろう。
「やぁリリィ、そろそろ時間だよ」
「クリス博士」
一息つこうとした所にクリス博士が呼びにきた。
今日はホシミヤ博士と会う約束になっている。
確かに訓練を始めてから大分時間は経っていたが、もうそんな時間になったのか。
私は身につけていた戦闘用の装備を着替え、局長室へと向かうことにした。
腰のサブウェポンを外して、剣を鞘にしまい机の上に置く。
「片付けはわたしがやっておくから、お姉ちゃんは早く行ってきたら?」
「いいの?」
「うん、どうせ今ヒマだし」
「分かった。ありがとう」
後はソレイユに任せ、私は部屋を出た。
「……?あれは……」
廊下を歩いていると、奥から見知らぬ男達ががやって来る。
真ん中にいる男は腕章を身につけている。
軍の人間だ。
それもかなり上層部の。
「む、君はクリス博士じゃないか」
その男が話しかけて来た途端、隣を歩いていたクリス博士の歩みが止まる。
「……マルケティ副長官。今日はどのようなご用件で」
クリス博士はやや引きつった笑顔で答える。
マルケティ副長官———確か、フローヴァ国財務庁長官でありながら、フローヴァ軍第一部隊の副長官を務めていると聞いたことがある。
髭を少し伸ばした、やや太り気味のその男は鋭い目つきで廊下の奥を見た。
「ホシミヤ博士と話をしようと思ってここに来たんだ。彼の行動にはいささか問題があるからねぇ」
「……それで、話は済みましたか?」
今度は鋭い目つきをクリス博士の方に送り、
「それが聞き入れてくれなかったよ。それどころか、『今日はもう既に予定が入っている』の一点張りでまともに話すらできなかった」
と答えた。
「はぁ……まったく、あのような者が最高責任者では、ここもたかが知れるな」
マルケティ副長官は不機嫌そうに溜め息混じりに言う。
「……それが、例の兵器アンドロイドか?」
今度は私に向かって指をさし、睨みつけてきた。
「ええ、彼女がリリィ・ルナテアです」
クリス博士がそう答えると、マルケティ副長官は
まじまじと私を見つめる。
「ふむ、お前があの第六自動管制塔制圧作戦で兵士ひとりに負けたアンドロイドか」
「っ……」
彼は強めの語気で私に話しかけた。
「いいか。お前のその足一本直すのに、小隊五つの装備を万全に揃えられるくらいの金がかかってるんだ。それ相応の働きはして貰わなければ困るんだ。せめて今度の作戦では役に立てよ」
「……分かりました」
男が私のすぐそばを横切る。
「まったく、ここの開発費用があれば、もっと兵士に強力な装備が与えられ、私達だって苦労しなくて済むというのに……。あの変人博士は何故『アダバナ』などという面倒臭い兵器を……」
ぶつぶつと呟きながら、開発局の正面出入口へと向かっていく。
男が立ち去った後、クリス博士はほっと肩を撫で下ろす。
「ふぅ、相変わらず嫌味だな……リリィ、気にすることはないからね」
……彼はそう言ってくれたが、マルケティ副長官の言葉は確かに気になるものだった。
「……なぜ、兵器として私が作られたのでしょうか?」
「……リリィ?」
心のどこかにあった疑問が、思わず声に出る。
「それは……対レクセキュア軍の為の兵器として……」
「それなら彼のいう通り、武器だったり戦車だったりを作ればいい。なのになぜ……」
言葉が詰まる。
「……なぜ、私を作ったんでしょうか」
顔を上げ、クリス博士の顔を見つめる。
すると彼は目を逸らし、小さな声で答えた。
「それは……僕にも分からない」
いつもの雰囲気とは違う様子で、彼は言葉を続けた。
「……リリィは知らないかもだけど、ここは元々『兵器開発局』だったんだ。それをカズ……ホシミヤ局長が『兵器アンドロイド開発局』として組織を再編させた。彼はそのとき軍の研究員として入って数ヶ月だったんだが、そこまでして君たちを兵器として開発することに力を注いだ理由は分からない」
クリス博士は目を逸らしたままそう答えた。
元々「兵器開発局」だったというのなら、作られていたのはただの兵器のはずだ。
そちらの方が軍事力を高める意味では効率的であり、より多くの兵士、より多くの戦場にその力を供給できる。
しかし、ホシミヤ局長は新しく組織を組み直し、私たち兵器アンドロイド———アダバナを作り上げた。
マルケティ副長官も言っていたように費用は多くかかるし、私たち一人ひとりは戦力として強力でも、全体としての戦力は極端に偏りが出る。
軍が使う兵器としては非効率的だ。
「君が作られた理由は、彼しか知らない」
クリス博士は奥の扉を見つめる。
「詳しいことは彼に聞くといい。……まぁ、彼がどこまで教えてくれるかだけど」
クリス博士は苦笑いしながらそう答えた。
「分かりました。……直接、聞いてみます」」
「うん、そうするといい。僕はメンテナンス室で待ってるから、終わったらまた寄ってくれ」
彼はそう言うと、軽く手を振ってから立ち去った。
私は奥へと進み、扉の目の前に立つ。
息を整え、ドアノブを掴む。
兵器アンドロイド開発局の最高責任者にして、私を生み出した存在がこの扉の奥にいる。
彼に聞けば、私が作られた理由を教えてくれるのだろうか?
彼は何と答えるだろうか?
その上で私はどうすればいいのだろうか?
疑問は尽きないが、覚悟を決めて扉を開く。
「…‥失礼します」
目の前に見慣れない景色が広がる。
左右の壁に本や資料がびっしりと並べてある。
奥には机があり、その上にはモニターが三台にキーボードが二台、さらには資料やタブレットなどが置かれている。
奥の壁はガラス張りになっており、フローヴァ中央都市の街並みが一望できる。
そして、部屋の中に一人、その街並みを眺める姿があった。
奥にいた男が振り返る。
背は高く、動きやすそうなジーンズと黒いシャツの上に白衣を着ている。灰色の髪に整った輪郭、そして最初に見た時と変わらない冷徹な瞳。
「私がホシミヤ・カズマサだ」
その威圧感に少したじろぐ。
機械兵器から感じる威圧感とは違うが、何か強い意志のようなものを感じる。
「……」
「……」
「……」
「……君は、何か聞きにきたんじゃないのか?」
「は、はい!」
思わずその威圧感に黙ってしまった。
先程抱いた疑問を、そのままホシミヤ局長にぶつける。
「……なぜ、私たちが作られたんですか?」
「ふむ……なぜ、か……君はどう思う?」
「……はい?」
質問に質問で返された。
それも文脈がよく分からない形で。
「ふむ……分かりづらかったか……」
ホシミヤ局長は顎に手を当て、考える素振りを見せる。
「では、質問を変えよう。君はなぜ、生まれてきたと思う」
「なぜ、ですか……?」
自分が生まれてきた理由。
先程のクリス博士の答えだと「レクセキュア軍に対抗するため」となるのだろう。
だが、それは本当の答えではない気がする。
その理由は分からない。
なぜ、私が生まれてきたのだろうか。
私は、何の為に……。
思考を巡らせ、何度も考える。
でも……。
「……分かりません。全く」
答えらしい答えは自分の中では得られなかった。率直な感想を返すことしかできない。
だから、私はそのまま疑問をぶつけることにした。
「分からないから……私はホシミヤ局長に聞きにきたんです」
「ふむ……」
彼は再び考え込む。
数秒の沈黙の後、彼は口を開いた
「……君は、数ヶ月の間この世界を生きてきて、何を感じた?」
また質問だ。
「それは……」
今まで見た景色、今まで聞いた音が蘇る。
色んな場所、色んな人。
銃声や爆発音、風の音や人の笑い声。
様々な場所に行き、様々な人と話した。
混沌とした情報の塊だ。
それらを体験して、私は……
「それは、君自身の手で探すべきものだ」
いつのまにか、彼は私の後ろにいた。
はっとして、振り返る。
「……話は終わりだ。私にはまだ研究すべきことがある。これ以上の時間は使えん」
ホシミヤ局長は振り返らぬまま、部屋を出て行った。
「私自身の、手で……」
自分の手を見つめる。
彼が言うには、私の体験したことの中に答えがあるらしい。
そうは言われても、答えらしい答えは見つからなさそうだ。
「……うーん」
……とりあえず、私はクリス博士の元へと戻ることにした。
「君が作られた理由、教えてもらえたかい?」
「……いいえ」
クリス博士の質問に答えると、彼は苦笑いをした。
「ハハ……ごめん。彼、昔から口下手だからね。あまり会話にならなかっただろうけと、許してやってくれ」
「いえ、でも……」
「……でも?」
『君は、数ヶ月の間この世界を生きてきて、何を感じた?』
『それは、君自身の手で探すべきものだ』
彼の言葉を思い出す。
きっと、答えは私の見てきたものの中にあるのだろう。
今はまだ分からないけど、いつか答えが見つかるような気がした。
「……リリィ?」
「……私は部屋に戻ります。そろそろ部屋に飾ってある花瓶の水を換えないといけないので」
「……そうか、それじゃあ今日は他に仕事はないから、ゆっくり休むといい」
クリス博士に手を振り、自分の部屋へと向かう。
ふと、廊下のガラス張りになった壁から、外の景色を見つめる。
燦々と輝く太陽が、街全体を照らしていた。
軍司令本部を中心に広がる、ビルが立ち並びながらも、所々に木々や森が点在する自然豊かな街並み。
その光景に、思わず足を止める。
「……っと、いけない。花瓶の水を変えに行く所だったんだ」
ガラス張りの壁から離れ、目線を廊下の先へと戻す。
その時だった。
眩い光と共に、轟音が鳴り響く。
再び目線を街の方へと移すと、ビルの壁から煙が上がっている。
それも一箇所じゃない。
目につくだけでも三箇所で火災が起きていた。
偶然にしても、あまりにもタイミングが合いすぎている。
先程の穏やかさが嘘のように、街が混乱に包まれていた。
「リリィ!ソレイユ!リコリス!直ぐに出撃の準備をしてくれ!緊急事態だ!」
放送でクリス博士の声が聞こえた。
「フローヴァ中央都市部に機械兵器が多数出現した!各地で破壊活動をしている!」
「機械兵器が……!?」
……信じられない。
フローヴァ中央都市部とレクセキュア国の国境は距離にして約3000km。とても軍隊を送り込めるような距離じゃない。
以前、機械兵器がフローヴァ領である西部労働地区に侵入してきたことがあったが、それ以外にも機械兵器がフローヴァ国の中に送り込まれていたという事だろうか。
廊下を全力で走り抜け、部屋にある装備を急いで身につける。
私は、そのまま火の燃え広がる街へと向かった。
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