12話 花は舞う

「こちらソレイユ、視覚同期問題無し!」


「こちらリコリス、私も視覚同期問題無しです」


モニターにソレイユとリコリスの視界が映し出される。

今回の作戦は西部労働地区の防衛が目的だ。

……といっても、私は軍司令本部からモニターで二人を見守っているだけなのだが。

アンドロイドは頭部に装着する専用の装備を用いれば互いの視覚情報を共有することができる。

これにより情報共有が正確、かつ迅速に行うことができ、ソレイユとリコリスは互いに感覚を共有して連携を取りやすくしているのだ。

二人の様子をモニター越しに見ていると、懐に入れた携帯端末が振動した。


「?なんだろ……」


画面を見ると、リコリスからメッセージが送られてきている。

どうやら頭部の装備を利用して、思考した内容を直接私の携帯端末にメッセージとして送ってきたようだ。


『お姉様、よければ私と感覚同期しませんか?』

『私の力を直接、見ていただければと』


感覚同期とは、視覚同期に加えて皮膚感覚や聴覚も情報として共有するものである。

確かにモニターで見るよりも、同じ景色が見えた方が戦闘能力は正確に測りやすい。

彼女の提案に乗り、私もこっそり同期することにした。


小さな建物が沢山並んだ景色が、私の目に飛び込む。

これは、今リコリスが見ている景色だ。


「ふふ、ありがとうございます♪」


リコリスは上機嫌そうな声でそっと呟く。

今の私の状態はリコリスの見たもの、聞こえるもの、触れたがそのまま感覚として飛び込んでくる状態にある。

視覚情報だけはモニターに映し出されているが、この状態はその他の感覚もそのまま伝わってくる。


「さて、それでは……」


リコリスは持っている杖を地面にこつんと当て、瞳を閉じる。

少しの間の後、彼女は目を開いた。


「北東三百五十メートル先に機械兵器がいますね。数としては五体ほど、そう多くはありません。あと……人間?も数人いますね」


突然、リコリスはそう言い始めた。


「リコリス、なんで分かるの?」


通信越しにソレイユが質問する。


「私にはエネルギーの流れを感知する機能があるんです。先程それで機械兵器特有のエネルギーを感知しました。あと近くに小さなエネルギー反応がありましたから、それは恐らく人間かと」


「……こちら軍司令本部。リコリスはそのまま機械兵器の殲滅に向かってくれ」


「ふふ、了解です」


本部からの指示を聞くと、リコリスは悠々と機械兵器がいる場所に向けて歩き始めた。

戦場でも、彼女の穏やかな性格は変わらないようだ。

彼女が指し示した目的地の少し手前で、彼女は立ち止まった。


「……さて、この辺でいいでしょうか」


微笑みを崩さないまま、彼女は杖を振り上げる。


「座標指定、123.3m、15度。空間指定、半径30m、高度20m。空間電流操作、範囲指定……」


ぶつぶつと呪文のようにリコリスは呟いている。彼女の持つ杖は光を蓄えていくかのように輝き始める。


「———範囲雷撃、発動」


その瞬間、少し先に巨大な落雷が際限なく降り注いだ。

雷が落ちた場所は建物に隠れていて見えなかったが、人間の悲鳴が聞こえてきたことから敵は恐らくそこにいたのだろう。


「これで仕留めきれたと思うのですが……」


リコリスがそう呟いた瞬間、どん、と建物の壁が吹き飛んだ。

壊れた壁の中から土煙と共に、赤い光を携えた鋼鉄の兵器が姿を表す。


「あら、威力が足りませんでしたか?」


目視できる敵影は三体、犬のような見た目をした機械兵器だ。

身体には焦げ跡ひとつすら付いていない。


「というより、直前で逃げられたようね」


リコリスの脳内に直接話しかける。


「なるほど、さすがリリィお姉様。素晴らしい分析力です♪」


犬型の機械兵器は右と左、そして真ん中から迫ってくる。見事な連携で退路を塞ぐ。


「ふふ、賢いワンちゃんですね」


リコリスは笑顔を崩さぬままそう言うと、機械兵器は三方向から飛びかかってきた。


「……防壁展開」


その一言と共に、彼女の周りに透明な防壁が築かれる。機械兵器はその壁に阻まれながらも、鋭い牙で壁に食らいつく。

このままでは突破されかねない。


「範囲、半径5m。豪風障壁、発動」


周りに風が吹き荒れ、機械兵器たちが空中に飛ばされた。


「熱量吸収、冷気生成」


今度は氷の柱がリコリスの周りに現れる。

それも何十本、以前私が見た携帯型魔術銃スペルロッドよりも速く、そして多く氷柱が生成されていく。


「氷柱、一斉掃射!」


宙に打ち上げられた犬型の機械兵器は、まるで散弾銃のように放たれた氷柱に体を貫かれた。

そのまま地面に落ちた機械兵器はぴくりとも動かない。

三機とも見事に頭部や関節部を破壊され、機能を停止している。


「さて、残りも倒しちゃいましょうか」


その後も次々と機械兵器を見つけ出しては倒していく。

杖の一振りで炎が燃え盛り、一歩踏み出せば風が吹き荒れる。

どんなに敵が近づいても防壁に阻まれ、そのまま氷の柱が機械の身体を貫く。

多種多様な攻撃手段で敵を殲滅していった。ま

るで踊っているかのような軽やかさで、リコリスは戦場を歩んでいる。


「さて、これで十四体目。……ソレイユお姉様、そこから二つ先の裏通りに機械兵器がいますのでお願いします」


「え……?うわ、ほんとだ」


通信越しに見えたソレイユはそのまま突進し、機械兵器の頭部を握り潰した。


「あたしまだこれで六体目なんだけど……」


ソレイユがぼそっと呟く。


「今度は私の勝ち、ですわね。ふふっ」


笑顔のまま、彼女は答えた。


「さて……」


リコリスは目を瞑って下を向いた。

しばらくすると顔を上げ、彼女は普段の穏やかな笑みを浮かべる。


「やはり、この付近にもう機械兵器はいないようです。これで制圧完了、ですね」


彼女がそう言うと、軍司令本部から通信が入ってきた。

私はその通信が入るのと同時に同期を解除する。何台もあるモニターに、軍の制服を着た司令官たちの姿が目に飛び込んできた。


「今回の作戦は見事だった。次回も期待している」


「お褒めに預かり光栄です。指揮官さま」


リコリスは柔らかな態度を一切崩すことなく落ち着いている。

思えば彼女は戦闘中であっても穏やかな態度を保ったまま戦っていた。

マイペース、というよりはいつでも冷静さを保っているだけなのだろう。

対集団戦においての判断力はそこから来ているのかもしれない。

とにかく、彼女の力には底知れないものを感じた。


そう考えていると、懐の携帯端末にまたメッセージが送られてきた。


『私の力、理解して頂けましたか?』

『集団戦ならば、私の得意分野なんです』


そのメッセージの後には、可愛らしい動物が自信ありげに胸を張っているスタンプが添えられている。

……初めて会ったときには大人びた印象を受けたが、意外な一面も垣間見えた気がした。


作戦が終わり、ソレイユとリコリスはアンドロイド開発局に戻りメンテナンスを行うことになった。

恐らく戻ってくるのは数日後だろう。

私はこの後すぐに、昨日完成した新しい足を取り付けてもらうことになっている。

……これでようやく車椅子から解放される。


「それじゃ、行こうか」


クリス博士と共に兵器開発室へと向かう。


「……そういえば明日、君を局長室連れてくるように言われてたな」


「局長室、ですか?」


局長、もといホシミヤ博士は中々アンドロイド開発局に顔を出さない。

聞いたところによると地方の研究施設で新型の兵器開発をしているらしい。

それ故に彼が使用するはずの局長室はあまり使われることが無く、その扉を開ける機会は少ないのだ。


「明日、ホシミヤ局長が戻ってくる。君とは顔を合わせた方がいいと以前僕から彼に言ったんだよ」


「ホシミヤ局長が……」


正直、彼のことはよく知らない。

だが、私やソレイユ、リコリスを生み出したアンドロイド開発の第一人者である。

彼は何の為に私達を、アダバナを生み出したのだろうか。

そのことは彼と向き合えば分かるかもしれない。

生み出された意味も、これから何の為に戦えばいいのかも。


自分の手を見つめ、拳を握りしめる。

……彼はいったい、私に何を指し示すのだろうか。

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