11.5話 間話

「これより、定例会議を始める」


会議室に威圧感の声が響く。

声の主はレオナルド・シーザー総司令———このフローヴァ軍のトップのものだ。

僕、クリス・バーソイルはアンドロイド開発局の副局長として、ホシミヤ局長の代わりに会議に出席していた。

このフローヴァ国では軍が権力の全てを握っており、国の運営も実質的にこの組織がおこなっている。

つまりシーザー総司令は軍のトップでありながら、この国の王であると言っても差し支えない存在なのだ。

彼は国民を第一とした政治をしており、軍の内部や国民からの信頼も厚く、実際に国の経済を大きく発展させている。

先代の父親からの世襲で総司令となった彼だが、その実力は十二分にある、と言えるだろう。


「ではまず、各々の報告を聞こう。そちらから聞こうか」


彼は会議室の端に座っている男を一瞥いちべつした。


「はい、水産庁からは……」


各部門から報告が続いていく。

報告をまとめると、現在のフローヴァ国の状況は、戦争中と言ってもとても経済的には安定していることが伝わってきた。

食品等の物資も安定して供給できており、外国との輸出入も親フローヴァ派の国から問題なく行えている。

これらも全て、シーザー総司令の手腕あってのものだろう。


「では最後にアンドロイド開発局、報告を頼む」


「はい、まずは軍事基地の奪還作戦からですが……」


ようやく僕の番がやって来る。

僕はリリィ達の作戦での活躍について報告した。

彼女たち兵器アンドロイド『アダバナ』が作られるようになって以来、レクセキュア国との戦争はこちらが優位に進むようになった。

一人ひとりが一つの軍隊以上の力を持ち、まさに一騎当千とも言うべき活躍をしている。

リリィ、ソレイユに続いて、今後実戦投入されるリコリスについても活躍が大いに期待できると言った感じだ。

彼女達が結果を出している以上、兵器アンドロイド開発局の運営も問題はないと思われる。


「……以上が、兵器アンドロイド開発局からの報告になります」


「成程……誰か、質問や疑問点はあるか?」


そのシーザー総司令の言葉に対して、手を上げる者がいた。


「ベッファー・マルケティ副長官、発言を許可する」


「はい、そのー…何だったか、開発局で運用している一号機、名前はたしか……」


「……リリィ・ルナテアですか?」


「そう、ソレだ。ソレの運用についてだが、少し費用がかかり過ぎではないか?」


髭を生やした中肉中背の男が、嫌味ったらしく疑問を投げつけた。

ベッファー・マルケティ———彼はフローヴァ国財務庁長官でありながら、フローヴァ軍第一部隊の副長官を勤めているという人物だ。

フローヴァ軍では第一から第六の大規模部隊があり、さらにその下にいくつかの小規模部隊が存在している。

大規模部隊の長官、副長官ともなるとその発言力は大きく、国の運営にも関与できる程だ。

さらには彼は財務庁長官———とは言っても、彼は親の七光りで今の地位にいるのだが———という立場もあり、彼の一派は軍、ひいては国の運営に対して影響力が大きい。

そんな彼だが、どうやら前々から兵器アンドロイド開発局の存在が気に入らないようなのだ。

理由としては定かではないが、アダバナが活躍するようになってから、彼ら第一部隊への資金の投入が減少したらしい。

そのことが気に食わないのだろう。

以前から横領疑惑等あまりいい噂を聞かない彼だが、そんな「面倒臭い」人物に目の敵にされているのが兵器アンドロイド開発局の現状だ。


「そのリリィとかいう兵器の修理に、莫大な金がかかっているそうじゃないか。これだけの資金があれば、我が軍の装備を一新することだってできるぞ」


「それは……」


少し痛い所を突かれた。

アダバナはそのどれもが最新鋭の技術と最高品質の部品が使われている。

世界中を探してもほぼ手に入らないと言われている百立方センチメートル以上の純魔晶の結晶に、それが引き起こす内部発熱に耐えられるだけの導体、長期戦闘に対応出来る関節機構……など、挙げ始めればキリが無い。

それらの修理費用ともなると、その予算は莫大な物となる。

特にリリィに関しては危険な任務を任せる事も多く、その分破壊された部位の修繕も多くなるのだ。


「彼女に関しては、単独での潜入任務など危険な作戦を任せることが多く、それが原因で修繕費用が大きいのが現状ではあります。……しかし、それ以上の成果は持ち帰っていると私は考えていますが……」


「フン!どうだか。……以前、第六自動管制塔制圧作戦ではただの兵士にやられたそうじゃないか」


第六自動管制塔に現れたあの男。

ドラグノフ・ヴァイマンは昔、その噂を小耳に挟んだことがある。

レクセキュアの中でも優れた兵士だったとこちらの国でも有名だったが、三年ほど前に戦場から姿を消したらしい。

何故、今になって再び戦場に現れたのだろうか。

それに彼に関しては他にも疑問はいくつかある。

まずは彼が口にしていたリリィについての情報だ。

あの様子だとかなりリリィや他のアンドロイドの情報についても知ってそうだが、その情報の出所が不明である。

……これは考えたくない可能性だが、恐らく軍か開発局のどちらかに内通者がいるかもしれない。

どのみち、アダバナに関する機密情報の取扱いは今後気をつけた方が良いだろう。

さらに疑問、というより気になる点として彼の戦闘技能がある。

いくら優秀な兵士と言えど、所詮はマルケティが言う通りただの兵士だ。

いくらリリィが不意打ちにより機体にダメージを負っていたとしても、リリィの動きに対応出来るのは常軌を逸している。

彼は本当に人間なのか?


「リリィが戦った兵士についてはまだ情報が足りない部分が多いため、今後調査を進めてから、彼女の機能改善や例の兵士についての対策を練ろうと思います」


「調査などしなくとも敗北を喫した時点で機能の不足は明らかだろう!第一、アダバナは本当にそこまでの金を賭ける価値があるのかね?我々フローヴァ軍の設備投資にあてた方が、この国の利益に繋がるのではないか?」


どうせ国じゃなくてお前の利益にするだけだろ、という言葉を飲み込み、リリィが敗北したという事実を受け止める。


「……アダバナには軍事的な利用価値があることは今までの実績からも証明済みです。彼女らには国内でも最新鋭の技術を……」


「それでも費用が莫大すぎる!……全く、話にならん!そもそも、君は局長だろう!肝心の局長は何処にいるのだ!」


「ホシミヤ局長でしたら、現在アンドロイド開発西部支局で新兵器開発をしています。ですから代理として私が……」


「会議を蔑ろにして兵器開発だと!?彼は局長だろう!ならば責任者として会議に出席する義務がある!一体何を考えているのだ……!」


「うっ……」


またまた痛い所を突かれた。

我らがホシミヤ・カズマサ局長は中々このフローヴァ中央都市部に戻ってこない。

各地にある開発局の支部で研究開発をし続けているのだ。

そのため、こうした会議は全て僕がやっている。

この前、遠隔でもいいから会議に参加できないかと本人に問いただしたところ、


「そんなことに時間を使ってはいられない。……それに、のは君の方が得意だろう」


と丸投げされてしまった。

……全く、昔から滅茶苦茶な人物だとは思っていたが、それをこういう形で実感するとは十年前には思ってもみなかった。


「ホシミヤ局長め、彼が就任してからは軍を困らせることが多過ぎる。数年前に起きたの事件だってまだ……」


マルケティ副長官がそうぶつぶつと呟くと、シーザー総司令は強い眼光を彼に向けた。


「マルケティ副長官。今はアダバナの運用についての話だ。その件については控えてもらおう」


ぴしゃり、と発言を咎めると、シーザー総司令は続けて話し始めた。


「……兵器アンドロイド『アダバナ』の運用についてはクリス副局長の説明通り、活躍は目覚ましい。そのため、今後も運用を続けていく方針だ」


「しかし総司令……!」


「この戦争の勝利が買えるなら、幾らでも投資する価値はある。資金を惜しむつもりはない」


彼はそう言い切った。

……実は、アダバナの開発を推進したのは他でもない彼なのである。

二国間の戦争が始まった時に、新技術として研究されていたアンドロイド技術を軍事的に転用、その資金面での補助をおこなったのが彼と彼の父親の一派だ。

とにかく、彼はこのアダバナという存在のこれ以上ない後ろ盾となっていた。

反アダバナ派が多い軍の中では珍しく、彼はアダバナに対して肯定的なのである。


「この件に関しては以上だ。……これで全部門の報告は終わったようだな」


「シーザー総司令!私は軍の未来のために……!」


「未来のために、アダバナは必要だ。……それとも、アダバナ以上の成果が、お前の部隊で出せるとでも?」


「ぐ……」


まさに蛇に睨まれたかえる、と言った感じだ。

マルケティ副長官はそれ以上口を開かなかった。


「……では、これにて定例会議を終了する。各自、今後も我が国の為に励むように」


会議の終了が告げられ、各部門の代表者達はぞろぞろと会議室を出ていった。

僕も資料を纏め、席を立つ。


「クリス副局長」


芯のある声で呼び止められた。

その獅子の威嚇のような声に思わず、身体がこわばる。


「はい。シーザー総司令」


「君達兵器アンドロイド開発局とアダバナには期待している。今後の国の未来が掛かっていると言っても過言ではない。そのことを、君と、は肝に銘じておけ」


釘を刺されてしまった。

彼の期待が重くのしかかるのと同時に、「立ち振る舞いには気をつけろ」という意味も込められているのだろう。

言葉の裏に、大きな威圧感がある。


「……はい」


僕は会議室を後にした。

部屋を出た後、大きく息を吐く。

緊張がようやく解けたようで、疲れがどっとのし掛かる。

僕は総司令本部を出て、大きく深呼吸をする。

そのまま近くにあった自動販売機で缶コーヒーを買い、それを口に運ぶ。

苦味と香りが、疲労感と眠気によく効く。


「はぁ……」


溜め息が漏れ出す。

マルケティの派閥への牽制に内通者の発見、さらにはドラグノフの調査にアダバナ達の機能改修、さらにはに我らが局長のカズマサの説得。

問題は山積みだが、一つひとつ対処していくしかない。

冷たい夜風が身体を冷やす。

再び熱めのコーヒーを飲んで、身体の冷えを誤魔化していく。


「まだまだ、頑張らないとな」


中身を飲み干し、空っぽになった空き缶をゴミ箱に放り投げ、僕は開発局に戻ることにした。








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