11話 彼岸花

スリープモードを解除し瞳を開くと、おぼろげな視界に真っ白な天井が映った。


「…………ふぁ」


そのまま身体を起こし、ベッドの端に腰掛ける。近くにある車椅子を手でなんとか引き寄せ、片方だけ残った足でゆっくりと乗り移る。


「まだ、慣れないなぁ……」


第六自動管制塔での戦いから一週間が経った。

あの後私は意識を失ってしまい、状況を確認出来なかったが、その後の調査員の報告によると塔は崩落し、ドラグノフは戦場から逃走したらしい。

爆破によりメインサーバーは停止、付近の機械兵器は行動を完全に停止したが、向こうの情報は塔が爆破されたことにより入手できなかった。

しかしクリス博士によると、現場に残された機械兵器の残骸を解析すれば、機械兵器の構造データについては得られるそうだ。

結果として、第六自動管制塔付近の土地は完全に制圧できたため、実質的にはこちらの勝利といえるだろう。


「よいしょ、っと」


車椅子の車輪を押し、なんとか部屋の扉まで移動する。

……本来、アンドロイドの体は破壊されても、破壊された部位を予備のパーツに変えれば、すぐに元通りだ。

しかし、私のこの足の部分に関しては構造が複雑らしく、すぐに新しく部位を新調するということは出来ないらしい。

あと二日ほどはかかる、とクリス博士に聞いた。

慣れない車椅子の操作で廊下に出ると、ソレイユとバッタリ出会う。


「あっ、お姉ちゃん。おはよー!」


ソレイユは元気に挨拶をしながら、車椅子の後ろにまわり私の代わりに動かしてくれた。

ドラグノフに追い詰められたあの時、ソレイユが来てくれなかったら私は完全に破壊されていただろう。

さらに動けない私を担いで外まで運んでくれた。

……とても、頼りになる妹だ。

ふとソレイユの腕を見る。


「……その腕の痕はどうしたの?」


ソレイユの鋼鉄の腕に、何かに焼かれたようなすすの痕がついていた。


「さっき、模擬戦闘をしたんだ」


「模擬戦闘?何と?」


「まぁ、それは後のおたのしみで」


話しているうちに、私たちはメンテナンス室へとたどり着いた。


「クリス博士、お姉ちゃん連れてきたよ」


「おはようございます。博士」


「おはよう、リリィ」


クリス博士が挨拶を返す。

いつもの部屋の中に、見慣れた彼の姿とは対照的な、見知らぬ金髪の女性が奥に立っていた。

彼女は振り向き、穏やかな笑顔でこちらに微笑んだ。


「はじめまして、リリィお姉様」


長いロングストレートの金髪。

綺麗な青い瞳に、真っ白で清らかな聖職者のような服装。

ロングスカートから覗かせる鋼鉄の右足に、長い杖のようなものを握る鋼鉄の右手。

———彼女は私たちと同じ、アダバナだ。

身長は私よりも一回り大きく、私やソレイユと比べるとまるで大人の女性のような姿だった。

特に特徴的なのは……


「……性能面を考えた機体、かぁ……」


自分の胸元へと目を落とす。


「……お姉ちゃん?」


「……なんでもない」


明らかにサイズが違いすぎる。

そんなことをふと考えていると、金髪のアンドロイドがスカートの裾を摘みながら、こちらへ頭を下げてきた。


「私はリコリス・シャリデールといいます。これからよろしくお願いしますね。リリィお姉様。ソレイユお姉様」


「う、うん、よろしくね」


口調や立ち振る舞いからは、とても落ち着きを感じさせる。

人間ならば見た目からして明らかに年上なのだが、製造時期生まれは私の方が早いため、私の方が姉ということになるのだろう。


「リコリスがさっき話してた模擬戦闘の相手だったの。……もちろん、私が勝ったけどね!」


ソレイユは自信満々に胸を張る。


「ええ、流石お姉様ですわ。私も頑張ったのですが、最後に押し切られてしまいました。……次は、負けません」


綺麗な笑顔を変えることなく、リコリスは穏やかにそう答えた。


「……へへへ、お姉様、かぁ……!」


ソレイユは恥ずかしそうに笑う。

「お姉様」という呼ばれ方が嬉しいのだろう。

子供のような可愛らしい反応だ。


三人で話していると、クリス博士が部屋に入ってきた。


「やぁ、リコリス。自己紹介は済んだかな?」


「いえ、まだ挨拶だけで」


「そう、じゃあ性能面についての説明はまだみたいだね」


クリス博士はタブレットを取り出し、画面を私達二人に見せた。そこにはリコリスの身体の構造について書かれていた。


「私は対集団制圧用アダバナとして作られました。つまり、集団に対しての戦闘が得意なんです」


リコリスは手を頬にやりながら微笑む。


「彼女の身体には数多くの種類の魔晶が埋め込まれてるんだ」


私達の身体に多数埋め込まれている魔晶には種類がある。

電気エネルギーや熱エネルギーを、魔性によって風や磁気、重力など、変換するものの種類は多岐に渡る。

私の場合は空中での姿勢制御や飛行に風と重力の魔晶、ソレイユの場合は巨大な副腕を軽量化し、支えやすくする為に重力の魔晶を用いているのだ。


「それらの力を用いて熱や電気、風や氷を操作するんです」


「……えーと、つまりどゆこと?」


ソレイユは首を傾げる。


「つまり、熱を用いての炎での攻撃、電気を用いての放電攻撃、氷を生み出して放ったりできる、ってこと?」


「ええ、そうです。リリィお姉様」


「ああ!なるほど!」


ソレイユはぽん、と手を叩いた。

私やソレイユは剣や腕で攻撃する分、遠距離への攻撃方法や広範囲への攻撃は少ない。

彼女が戦力に加われば、戦争での勝利は盤石なものになるだろう。


「って、ソレイユ、あなた模擬戦闘したんじゃないの?」


「いやー……テキトーに突っ込んでいったら勝っちゃったから……。なんか飛んできてるなーとは思ってたけど」


「な、なんか、ですか……」


リコリスがやや引きつった笑顔を見せる。

自分の攻撃を「なんか飛んできてる」と言われれば、そういった表情にもなるだろう。


「こほん!……と、とにかく、今度の作戦では存分に力を振るおうと思いますので、よろしくお願いします」


「『今度の作戦』、って…?」


私はしばらくの間、戦闘には出れなかった。

仮に足の修復が終わり、五体満足の身体を取り戻したとしても、耐久テストを経る必要がある。

他にも身体全体のバランス調整、魔晶エネルギー変換のテストなども含めると一週間以上はかかってしまう。

そのため、直近の作戦については一切聞かされていなかった。


「軍の調べによると、東西の国境付近で多くの輸送車両が発見されたらしい。近々、レクセキュア国の軍団が国境に近く、なおかつ移動が行いやすいフローヴァ西部労働地区へと攻め込んでくることが予想されている。そこで西部労働地区の人たちには避難してもらい、ソレイユとリコリスに迎撃してもらうという作戦だ」


「私の初陣というわけですね。リリィお姉様の分も頑張ります」


「……ソレイユをよろしくね。リコリス」


「ちょっとお姉ちゃん!?私の方がよろしくって言われる立場なんですけど!?」


……リコリスのお淑やかな立ち振る舞いは、とても大人びた印象を与える。

思わず頼りがいがあると思ってしまった。


「それでは、私はこの後メンテナンスがあるので失礼しますね」


リコリスは笑顔を崩さぬまま、部屋を後にした。


「ソレイユは機体の整備があるから、しばらくここで待っていてね」


「はーい」


ソレイユは少々不満げに近くのソファに座り込んだ。


「それじゃあリリィは……どこか行きたい場所でもあるかい?」


「いえ、この後は自室で待機しています」


「そう、なら僕も途中まで一緒に行こう。この後軍への報告会議があるからね」


クリス博士は後ろに回り込み、車椅子を押してくれた。

ふと、自分の足元に目を下ろす。

前回の戦いでは不覚を取られた。

第六自動管制塔の制圧自体には成功したが、あのタイミングでソレイユが駆けつけてきてくれなかったら、今頃私は崩れた塔の瓦礫の下敷きになっていただろう。

身体能力ではアンドロイドである私の方が圧倒的に優れていたはずだ。

しかし、最初の一発、背後から放たれた散弾によるダメージが私の動きを鈍らせた。

その後の冷気の爆弾、高温の刃により機能にダメージを受け、最終的には片足を失い追い詰められてしまった。

彼の攻撃の全てが計算されたものだった。

豪胆な性格に対して、戦闘においては繊細な勘を持ち合わせている。

最初から、彼は勝てるように策を巡らせていたのだ。

私はそれを読みきれなかった。

だから彼に、敗北したのだ。

私が、もっとしっかりしていれば———


「……リリィ?どうかしたのかい?」


「…………いえ、何でもありません」


「……そうか」


しばらく黙ったまま、二人で廊下を進む。


「……そういえば、軍の報告会議とは、具体的には何をするんですか?」


「そうだなぁ……主にリリィ達の作戦での活躍、模擬戦闘での結果、今後の君たちの運用などについて話し合う感じかな」


……今後の私達の運用。

今回の作戦では私は期待された結果をもたらせなかった。

さらには機体の損傷により直近の作戦には参加できない。

その分の苦労がソレイユやリコリスにかかるだろう。

もしかしたら、私は———

思わず、拳に力が入る。


「……大丈夫だよ。君は十分に活躍してる」


「……!」


目を見開く。


「なぜ、私の考えていることを……?」


「表情を見ればわかるさ」


どうやら顔に出ていたらしい。


「まぁ、しばらくはゆっくり休むといいよ」


私の部屋の前にたどり着くと、クリス博士は手を小さく振りながら、廊下を右に曲がっていった。


車椅子の車輪を押し、自分の部屋へと入っていく。

窓の外には青空が広がっていた。

丁度お昼頃、太陽が天高く輝いていた。窓辺に飾った百合の花はいつも通り、綺麗に咲いている。

私はしばらく、窓の外をぼうっと眺めることにした。


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