10話 花は散る

第六自動管制塔の十五階へと辿り着く。

ドラグノフ・ヴァイマンを名乗る男は一切不意打ち等を仕掛けず、部屋の中央に立っていた。


「……あなた、どういうつもり?」


「あぁ?何のことだ?」


男は首を傾げ、こちらを睨みつける。


「どうして私を、上へとしているの?」


「さァ、何でだろうな」


男はニヤリと笑い、こちらを真っ直ぐ見ている。

まるでこちらを値踏みするような瞳だ。


「まァ正直、防衛とか作戦とか、そんなん俺には任されてねーし、どーでもいいんだよ」


「な……!?」


そんな拍子抜けな言葉に動揺する。

少し風変わりではあるが軍服に身を包み、重要な拠点の防衛を任されていると思われていた男が「防衛や作戦がどうでもいい」と言っているのだ。


「……じゃあ、あなたは何の為に戦っているの?」


剣を構え、目線は逸らさぬまま質問する。

男は銃を構える素振りすらなく、両手を広げて話し始めた。


「そりゃあ、楽しいからに決まってンだろ」


「楽、しい……?」


男は両手を広げ、天井を仰ぐ。


「だってよォ、命を奪うか、奪われるか!そんな単純な駆け引きしかねえんだ戦争ってのはよォ!上の奴らは国のため民のためと口を揃えて言ってやがるが、実際に戦場にあんのは殺し殺されの暴力だけだ!!こんなにもヒリヒリして、イカれてることはねぇぜ!!!ハハハハハ!!!」


男は笑う。

その瞳は、今まで見てきた誰よりもあからさまに狂った瞳をしていた。


「それに、人から奪うのってのはスゲェ楽しいだろ?怯えた目!震える手足!奪われる側の人間の表情はいつだッて俺を興奮させてくれる!!!」


天を見ていた瞳が、ゆらりとこちらを見る。


「あんたもそうだろ?人殺しのお人形サンよぉ」


「っ……違う!私は……!!!」


「違わねぇさ!人は誰しも!他人の何かが妬ましくて、恨めしくて、奪いたくて奪いたくて仕方がねぇんだからよ!!!」


男は腰から小型のナイフを持ち、こちらへと向ける


「さァ!戦争パーティーを楽しもうぜェ!!!」


男は真っ直ぐとこちらへと向かってくる。

私も男に向かって直進する。

周りに罠の気配もなし、両手が見えていて何も隠し持っていない。

これならやれる———!


剣を地面と水平に、首元へと真っ直ぐ振るう。

その瞬間、男は身体を少し回転させた。

刃が男の身体に触れ、肉の切れる感覚が手に伝わる。

だが、切ったのは首ではなく、左手の手のひら、その表面だけだった。

剣先を左手で掴み受け止めていたのだ。


「捕まえた、ゼェ…!!!」


男のギロリと睨む瞳が、間近で私を捉えている。

何とかこの手を離させなければならない。

だが次の瞬間、彼の持つナイフの刀身が赤く光った。


「しまっ……!?」


その刃先から感じる、凄まじい熱。

ドラグノフはナイフを私の左手めがけて真っ直ぐ突き立て、近くの鉄柱へと串刺しにさせられる。


「きゃあああああぁぁぁぁっっっ!!!!」


あまりの熱さに声が出る。

男はその隙を見逃さず、血まみれで握っている剣を蹴り上げた。

剣は私の手から離れ宙を舞い、遠くに吹き飛ばされる。

間髪入れずに、突き刺さった高熱のナイフを抜き取り、そのまま身体を捻り一回転して私の足を難無く引き裂いた。

足が切り離され、身体がよろめくと同時に腹に強烈な蹴りが入る。


「が、っ……!!!」


吹き飛ばされ、私は地面を転がる。

ほんの数秒のうちに、私の最大の武器である足が奪われてしまった。


「はっ、ざまぁねぇな」


男はゆっくりと近づく。


「この兵器ナイフも試作段階の武器らしいぜ。でもすげぇよな。おまえの硬そうな鉄の足が、まるでバターみたいだったぜ」


男が、私を嘲笑うかのようにゆっくりと近づく。

剣は遠くに吹き飛ばされ、サブウェポンも爆発と今の衝撃で機能しなくなってしまった。

片足も奪われ、まともに立てない。

攻撃手段を全て失ってしまった。

男は腰を落として私の髪を掴み、無理矢理顔を上げさせた。


「なぁ、今どんな気分だ?なす術なく、全てを奪われる気分ってのはよぉ」


「……っ」


歯を食いしばり、男を見る。


「なんだよその目は、今からお前死ぬんだぞ」


「…………」


この状況では身体は動かせない。

男を睨むことしか出来なかった。

ただ、それしか出来なかった。


「………はぁ、つまんねぇ。ま、機械おにんぎょうだし仕方ねぇよな。とっとと仕事を終わらせるか」


男は腰からナイフを取り出す。


「あとは、こいつか……たしか、傷つけないように持ち帰れってに言われたな……」


首元の宝石にナイフが向けられる。

ぼろぼろになった身体。

力が入らず、意識が遠のきそうになる。

その時だった。


「お姉ちゃんから、はなれろぉぉぉぉ!!!」


聞き覚えのある、元気な声。

でも、今までに聞いたこともないような怒号が聞こえてきた。


「おっと」


男はすぐにその場から離れた。

巨大な拳が目の前に振り下ろされ、地面を砕く。

背丈の小さい、髪を二つ結びにした少女。

その後ろ姿が、目の前に現れる。


「……!!」


ソレイユが助けに来てくれた。

私は残った片足のエンジンを噴かし、剣の元へと跳躍する。

剣を右手に取り、片足と左手でほぼ伏せた状態で着地して、ドラグノフの方を見る。


「お姉ちゃんっ!大丈夫!?」


「……ええ、なんとか」


ぐらつく身体を支えながら、男の方へとなんとか身体を向ける。


「よくもお姉ちゃんを……ッ!!!」


見たこともない剣幕で、ソレイユは男を睨む。


「おいおいお嬢ちゃん、そんなカッカするなって」


「うるさいッ!!!」


ソレイユは副腕を次々と男へ振るう。

だが、ことごとく躱されていく。

ソレイユの一撃一撃が、壁や地面、柱を破壊していくが、ドラグノフには一切当たりそうにない。

……どうにか、しなければ。


「っ……はああぁぁぁぁぁぁ!!!」


片足に残ったエンジンで男の方へと直進していく。

体勢も乱れて、着地のことも考えないまま突撃した。


「うぐっ…!?」


剣で一撃を浴びせるには至らなかったが、高速でのタックルは男を吹き飛ばし、ガラス張りの壁へと叩きつけた。

私はその勢いのまま、地面へと転がる。


「ッ…ハハハッ、二対一、いや、いまは二人にすら戦力が満たないが……やっぱ機械相手はキツイな……」


男は立ち上がり、切断した私の足を拾う。


「悪いが、ここは逃げさせてもらうぜ」


男はナイフでひびの入ったガラスを叩き切り、壁を破壊した。

破壊された壁の外から、ヘリのプロペラ音が聞こえる。


「大丈夫か、ドラグノフ」


別の男の声が聞こえた。


「ああ、とりあえずコレは回収したぜ」


私の足を掲げながら、男はヘリから下ろされたハシゴへと掴まる。


「待てっ!!!」


ソレイユは塔から離れていくヘリとその男に向かっていった。


「おっと、俺に構ってていいのか?」


男はニヤリと笑い、片手に握られた装置を掲げた。


「それは……!」


男は口角を上げたまま、そのスイッチが押す。

その瞬間、上の階から爆発音が鳴り、天井が崩れ始める。


「さぁ、俺かソイツか選びな!!!」


「ッッッ……!!!」


ソレイユは一瞬、男を睨みつけた後、すぐに立てない私を肩に担ぎ、下の階へ降りていった。


「ハハハハハハハハハ!!!また会おうぜェ!!!アンドロイド共ォ!!!!」


男の豪快な笑い声が崩れる塔の外から聞こえてくる。

視界がどんどん霞んでいく。

笑い声だけが頭の中に残り、塔が崩れていく音、何度も私に呼びかけたソレイユの声が小さく、小さくなっていく。

何も見えない。

何も聞こえない。

私の意識は、暗い暗闇へと沈んでいった。



「——————っ」


「そりゃあ、楽しいからに決まってンだろ」

「こんなにもヒリヒリして、イカれてることはねぇぜ!!!」



暗闇の中で、ドラグノフ・ヴァイマン、彼の言葉を反芻する。



「それに、人から奪うのってのはスゲェ楽しいだろ?怯えた目!震える手足!奪われる側の人間の表情はいつだッて俺を興奮させてくれる!!!」



私にはまだ、人の感情を理解することはできていない。

まだ、自分の戦う意味すらちゃんと見出せていない。

でも彼の言っていることは、間違っているということだけは理解できた。

なぜ間違っているかを言語化にすることは、まだできないが、その考え方を私は拒んだのだ。

私の中にある「何か」が。


「あんたもそうだろ?人殺しのお人形サンよぉ」


違う。

あの時と同じ返答を、頭の中で繰り返す。

違う。

私の。


「私の、戦う理由、理由、は———」


それ以上先は、意識が途切れて言葉にすることができなかった。

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