9話 第六自動管制塔制圧作戦


「あれが、第六自動管制塔……」


山林の隙間から、今から向かうその塔を見つめる。

レクセキュア中央都市から遥か南西、山間部で隔たれた盆地にその巨大な塔はそびえ立っていた。


「ソレイユ、塔の真下付近、見える?」


「うん、結構な数いるね」


塔の周りには小型の人型機械兵器が闊歩している。

さらには人型機械兵器ソレよりも大型の、分厚い装甲に覆われた機械兵器もいた。

私達も未だに確認したことがない最新型だ。


「ソレイユ、あれは一撃で倒せる?」


「大丈夫!あのくらいなら一発で粉々にできるね!」


ソレイユは親指をぐっと立て、自信満々な様子。

相変わらず、頼もしい限りだ。

しばらく観察していると、私はあることに気づいた。


「どうやらあの機械兵器たち、同じ道をなんども行ったら来たりしてるみたい」


「ふーん、巡回ルートがあるんだー。……ちょっと面倒くさいかも」


機械兵器は先程から決められた周期、決められたルートで第六自動管制塔の周りを徘徊している。

あの様子だと、機械兵器たちの目を掻い潜るのは厳しいだろう。

死角ができないように、常に周りを監視している。

まるで機械兵器の軍隊が一つの意思を持っているようだ。

……いや、「一つの意思を持っているよう」ではなく、「一つの管制塔の指示で動いている」というのが正しいだろう。

塔から送られる指示を素早く受信し、今観察しているような一糸乱れぬ動きが出来ているのだろう。

今まで戦ってきた機械兵器とは違い、より精密かつ連携した動きが予想される。

言わばこれは、あの第六自動管制塔そのものとの戦いだ。


「こちらは準備できた。お前たちも早く持ち場へ着け」


後ろから、フローヴァ軍の分隊司令官の声が聞こえてきた。


「「了解」」


今回の作戦内容はまず、ソレイユと他二つの小規模な部隊、合計三つの勢力により三方向から塔に向かって進軍し、敵の陣形を分散させる。

そして手薄になった所を私が空中から切り抜け、塔の内部へと侵入、内部のメインサーバーを停止させ、ここら一帯を制圧するというものだ。

敵の陣形に穴が開くまでは、私は遊軍として機械兵器を各個撃破していく、という作戦らしい。


「それじゃあお姉ちゃん。また後で!」


ソレイユは大きく手を振りながら、持ち場へ向かって駆けていった。

……そろそろ私も行かなければ。


「飛行ユニット、起動」


ふわりと宙に浮き、森を抜けて空へと飛翔する。

空から全体を眺め、敵の様子を伺うと、塔の直下には、一糸乱れぬ形で機械兵器が並んでいた。

まさに軍隊とも言うべき様相だ。


「それでは、作戦を開始する!」


通信機器から作戦開始の号令が聞こえた。


「よーしっ!うおぉぉりゃぁぁぁぁーっ!!!」


ソレイユの威勢のいい声が、通信越しに響き渡った。

次の瞬間、どかんと轟音が鳴り響く。

ソレイユの一撃で二、三体ほど機械兵器が吹き飛んでいくのが遠くからでも見える。

この様子なら助けに行かなくても大丈夫そうだ。


「他の二部隊は……」


辺りを見回す。

するとその時、きらりと塔の中腹が光るのが見えた。


「———っ!?」


その光が、私に向かって飛んでくる。

すぐに上空へと飛んで躱す。


「今のは何……!?」


下を見下ろすと、銀色の何か、鳥に似た姿をしたものが複数、空を羽ばたいていた。


「あれは……!」


大きさは普通の鳥類と何ら変わりない。

しかし、鉄で出来た翼に、赤い単眼が異質にも鈍い光を出している。

これまた見たことない、新型の機械兵器だ。

鳥型の機械兵器は乱れ飛び、次々と私に向かい突進してくる。

さらに頭部からは銃弾が撃たれ、こちらへと降り注ぐ。

銃弾を斬り伏せながら、まずは前方の機械兵器に向かって剣を振り下ろす。

引き裂かれた銀色の羽が地へと墜ちていく。

この機械兵器一体の破壊は、そこまで困難ではなさそうだ。

しかし、周りを見渡すと鳥型の機械兵器はどんどんと増えていった。

数えて三十体、鈍色の群れがこちらへと向かってくる。


「サブウェポン起動!」


裾から鞭のようにサブウェポンを出し、身体を回転させ一気に機械兵器を切り裂く。

その後、逃した機械兵器を次々と貫いていく。

以前よりも精度が高まり、一匹も漏れなく殲滅する。


「……ふぅ」


とりあえず、私へと迫った脅威は排除できた。

だが、問題は他の部隊だ。

このような新型がまだまだいることを考えると、油断はできない。

急いで通信を繋ぎ、他の部隊の状況を確認する。


「……こちらリリィ、状況は」


「こちら南部部隊。敵の数は目視できる限りで約三体!現在応戦中だ!」

「こちら西部部隊。敵の数は残り約十体、もう少しで突破できそうだ」


次々と戦況が告げられていく。


「こちらソレイユ!敵の数は二十四……三十一……ああもう!次々と増えていく!もう二十体くらいは倒したってのに!」


ソレイユの通信からは、先程からずっと轟音が響いている。


「別に倒せないわけじゃないけど、これじゃ一歩も進めない!お姉ちゃんは西側から向かって!」


「……了解!」


急いで西側へと飛んでいく。

先程の鳥型の機械兵器といい、戦力の割り振りといい、かなり高度な戦術で動いている。

全て、一つの指示系統で動いているからだろう。

西部部隊の姿が見える。

上から見た限りでは機械兵器の数は八体。

移動するまでには二、三体ほど倒したということだろう。

そのまま部隊と合流する。


「ここからは私が。援護をお願いします」


「……ああ、了解した」


正面へと全速力で突撃し、まずは一体。

頭部に剣を突き刺す。

そのまま倒した機械兵器を盾にしながら、敵の銃撃を防ぐ。

充分な距離まで近づき、そのまま首を刎ねる。

微かな駆動部の隙間を狙えば、赤い光の部分を貫かなくても停止させられるようだ。

その勢いのまま、三体目、四体目と倒していく。

残り四体、同時に正面から襲いかかってくる。

以前の戦闘データとは多少の違いはあるが、対応できないわけではない。

襲いくる腕の攻撃を躱しながら、隙を伺う。

そのとき、後方から発砲音が聞こえた。

部隊の兵士が放ったもののようだ。

銃弾は振り上げた腕に防がれたが、これで隙ができた。


「はあっ!!!」


一瞬のうちに四撃、確実にとどめを刺す。

辺り一帯の機械兵器は、全て動きを停止した。


後はこのまま塔の内部へと侵入するだけだ。

飛行して塔へと直進しながら、ソレイユと連絡をとる。


「ソレイユ、そっちの様子は?」


「さっきから数は多いけど、敵は増えなくなった。ざっと八十体くらいが限度って感じかな?今五十体倒したから、後残り三十体くらいって、ところッ!」


通信先から、何度も轟音が響く。

この様子なら大丈夫そうだ。


「後でわたしも塔に向かうから、先に塔に向かって!」


「……わかった」


通信を切り、上を見上げる。

目の前には高くそびえ立つ第六自動管制塔があった。

正面の扉から侵入し、内部を見渡す。

中にはいくつもの質素な柱があり、外部の印象とは裏腹に地味だった。

……あくまで機械兵器を指揮するための電波塔、といった感じなのだろうか。

主要な機能は上部にあると見た。

階段を次々と登り、上を目指す。

どれほど登っても、メインサーバーは見つからない。

質素な柱によって支えられた、広い空間しか存在だけがある。

変わり映えのしない空間を登っていき十三階にたどり着いても、部屋の景色は変わる様子はない。

だが、柱の蔭に何かがいるのを感じた。


「……誰か、いるの?」


そっと剣を引き抜き、物陰に近づく。

すると、その男は柱の蔭から姿をゆっくりと表した。


「……よぉ、嬢ちゃん」


金髪髭面の、ガラの悪い男。

レクセキュア国の軍服を着ているが、胸元は大きく空いており、袖も捲られていてかなり着崩している。

軍人という雰囲気を感じさせない、異様な雰囲気。

男はゆっくりと胸元のポケットから煙草を取り出し、ライターで火をつけ吸う。

灰色の煙がふーっと口から噴き出される。

どうにも緊張感のない様子だ。


「俺はドラグノフ・ヴァイマン。あんたの名前は?」


「……あなたに名乗る必要はない」


「おいおい、最近の若者はアイサツもできないのか?」


男は冗談めかしく、不敵に笑う。


「まぁいいさ、あんたの名前は知ってる。リリィ・ルナテア、フローヴァ国の新型兵器アンドロイド、対兵殲滅用アダバナとかなんとかだったか」


「……!」


何故、彼は私の名前を知っているのだろうか?以前に会ったことがある?通信を傍受された?それとも軍の中に———


「ふっ、俺がどうしてあんたのことを知ってるかってのはそう難しい話じゃない。答えはコレさ」


男は指を上に向けた。

というよりは、この施設そのものを指さしたということだろう。

この第六自動管制塔は多大な情報をやり取りしている。

中には私が戦った機械兵器の戦闘データも含まれているだろう。


「……機械兵器との戦闘の様子を、機械兵器を通して見た、とでも言いたいの?」


「おぉ、理解がいいな。話が早くて助かるぜ」


———いいや、それだけでは私の名前など知るはずもない。

特に「対兵殲滅用アダバナ」という呼び名は、フローヴァ国の軍の中でもアンドロイド開発に携わる人間しか使わない。

やはり———


「……その顔、信じてないな。まぁそんなこたぁどうだっていい。ここで重要なのは俺が実際に戦闘の様子を見てた、って部分だぜ。つまり……」


男はにやりと笑いながら煙草を手から離し、地面に踏み付ける。


「あんたの戦い方は、よォーく知ってるってことなんだからよォ!」


男は素早く後ろに携帯している銃へと手を伸ばす。


「———ッ!」


私は地面を強く蹴り、男の元へと一気に歩みを詰める。

この距離なら、銃を引き抜くよりも速く首を掻き切れる———!

そう考え、一気に前へと進む。

私が男に近づくと、彼はまたにやりと笑った。


「———っ!?」


胴に、細い糸が引っ掛かる。

その瞬間、後ろから爆発音がした。


「!がっ……!」


背中に無数の鉛弾が当たり、前へとよろめいて膝をつく。


「あんたの『速さ』に反応して爆弾のトリガーが引かれるようにした。数発ぐらいの銃弾なら剣で切れるらしいが、流石に散弾を全部切るってのは無理そうだなァ!」


男は振り返り、奥の階段へと向かって走った。


「あんたが探してるメインサーバーはこの塔の最上階にあるぜ!ブッ壊したかったら、追ってきやがれ!ハーッハッハッハァ!!!」


男は挑発するように言葉をそう吐き捨てた。

幸い、弾丸そのものの威力は大したことはなく、身体機能にもそこまで影響はない。

多少の傷はあるが、まだ戦える。

あの男の言う通りなら、この階段を登って後を追うしかない。

しかし、先程のように罠を仕掛けている可能性もあるため、慎重に行かなければ。


目の前の階段を登り、男の後を追う。

次の階へ辿り着いた瞬間、


「……!!」


銃弾がこちらに向かって飛んでくる。

今度は一発。

すぐさま剣で両断する。


「ま、さすがにこれは当たらねぇか」


男が奥で銃を構えている。

両手に一丁ずつ、小型のハンドガンではなく、アサルトライフルだ。

普通の兵士なら有り得ない。

反動で狙いが定まらないどころか、すぐに手から離れてしまうだろう。


「どうした?来ないのか?」


「………………」


迂闊に近づき、反撃を受ける訳にはいかない。

出方を伺いながら、男を見つめる。


「ハッ、そうかよ。じゃあ今度はこっちから行くぜェ!!!」


引き金が引かれ、銃弾が乱れ舞う。

狙いは先程の鳥型機械兵器ほどではないにしても、男は反動でよろめくこともなく、銃弾を両手の銃から放ち続けている。

とてつもない馬鹿力だ。

……本当に人間なのか?

そんな疑問を頭の隅に追いやり、私は柱と柱の間を掻い潜り、少しずつ距離を縮める。

それを見るやいなや、男は片方のアサルトライフルを投げ捨て、再び腰へと手をやる。


「——させないっ!」


恐らく別の武器を取り出すつもりだろう。

即座に持ち替えようとする銃をはたき落とすために、剣を構えながら突進する。

だが男が持ち替えた、いや、投げたものは小型のグレネードのようなものだった。

剣が触れた瞬間、白い冷気が吹き出す。


「っ…!?」


身体が思うように動かない。

あまりの冷気に、身体の節々が凍っていく。


「おぉ、結構効果アリって感じだな。あいつはまだまだ試作段階っつってたけど、コレはいい兵器だ」


男はゆっくりと銃口をこちらへ向ける。


「ッ!!サブウェポン!!!」


幸い、サブウェポンの部分はまだ凍りついていなかった。

何本もの刃を、男に向かって伸ばす。


「おおっと!!ハハハ!!中々やるなァ!!!」


そう笑いながら、男は刃を軽い身のこなしで次々と交わしていく。

サブウェポンの部分も少し凍りついてきて思うように動かないが、それでもかなりの速度と物量で攻めている。

それなのに、掠りすらもしなかった。

男が跳躍しながら、こちらへと何かを投げつける。


「防御展開っ!!」


触腕サブウェポンを目の前に並べ、咄嗟に壁を築いた。

目の前で再び爆発が起こる。

その衝撃は大きく、今の攻撃で壁に使った十二本のサブウェポンは大破した。

爆発の煙が上がった後、男は姿を消していた。

周りに男の気配はない。

また上の階へ上がったのだろうか。

しかし、なぜあの男は上へと上がって行くのだろうか。

この場所を守りたいなら、わざわざ上へと上がる必要はない。

一階で待ち伏せし、そこで戦っていればいい。

明らかに、何かの罠があることは確かだ。


「……でもっ!!」


目的地はどちらにしろ上にある。

ならばどんな罠が待っていようとも向かうしかないだろう。

立ち上がり、私は上の階へと進むことにした。













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