8話 蕾
「ん……」
重たい
窓辺に飾られた透明な花瓶が、日の光を反射してきらきらと光っている。
……もう朝か。
私はベッドからゆっくりと起き上がった。
「…………」
スリープモードを解除してから、意識が十全な状態に戻るまでには数分かかる。
ぼんやりとする思考の中で、今日の
「たしか、今日……は……」
再びスリープモードに入りそうな意識のまま、ベッドから立ち上がって鏡の前に立ち、規定の戦闘用ドレスに着替える。
戦闘でなくとも、軍や開発局に顔を出す場合はこの服装を制服とするのが私達に課せられた規則だ。
服装に乱れがないか、鏡の前でくるりと一回転して確かめる。
……大丈夫そうだ。
服装の確認を済ませると、私はそのまま自分の部屋を後にした。
部屋から出ると、いきなり、
「おっはよー!」
と、猛烈に元気な声が廊下に響く。
声の方向へと顔を向けると、廊下の奥からソレイユが手を振って駆け寄ってきた。
「おはよー……」
私がそう最低限の返事をすると、ソレイユはむすっとした感じの、不満げな表情をした。
「お姉ちゃん、元気ないなぁ」
「まだ、起動したばかり、だから……」
ソレイユは少し頬を膨らましながら、私の手を引いてずんずんと廊下を歩いていく。
「今日はメンテナンスの日でしょ。そんな調子で大丈夫なの?」
「だいじょうぶ……」
旧レクセキュア炭鉱制圧作戦が終わり、私達は次の作戦に向けて念入りにメンテナンスをすることになったのだ。
そして、今日がその日なのである。
ソレイユに手を引かれながら、私はメンテナンス室へとたどり着いた。
彼女は扉を開け、先程と変わらない元気さで、部屋の奥にいる人物に挨拶をした。
「おっはよー!」
部屋の奥にはクリス博士が椅子に深く座っていた。
彼はソレイユの大声にガタッ、と椅子を鳴らしながら、ゆっくりと椅子を回転させこちらを向く。
「やぁ、二人とも。おはよう…ふわぁ」
彼は大きな欠伸をしている。
「おはよぉございます。クリス博士」
「博士、すごい眠そう。もしかしてお姉ちゃんみたいに起きたばっかり?」
「昨日から寝てないんだよ。最近忙しくてね」
「最近」と彼は言っているが、基本的にいつも働いている様子しか見たことがない。
私が装備の点検に向かう頃にはパソコンを開いて作業していて、メンテナンスが終わったら再びパソコンの前へと向かう。
常にデスクの上にはカフェイン入りと思われる飲料の缶が三、四つほど積まれている。
……忙しいのはずっとなのではないか?
そんなことを考えていると、彼はこちらを見た。
「しかし、さっきのソレイユの口ぶりだとリリィは少し『寝ぼけている』状態なのかな?」
「……いえ、そんなことはありません。アンドロイドですので」
「ふむ……。君たちアンドロイドには人間における睡眠と同じ機能を持ったスリープモードがある。その状態から覚醒状態への完全な移行には数秒から数分かかることもあるが、それが『寝ぼけている』状態と捉えられることは考えづらい。スリープモードの性能に問題があるのか、それとも個体差なのか……」
クリス博士は考えこむ様子を見せた。
気になることがあると早口で言葉を並べ考えこむのが、彼のクセらしい。
その様子に対し、ソレイユは
「ま、今から調べればわかるコトでしょ?」
と、また元気よく答えた。
「ちなみに私は、起きてからずっと元気だけどね!」
ソレイユは胸を張ってそう言った後、奥の部屋へと進んでいった。
私もそれについて行き、部屋に入って正面を見上げる。
棺のような、大きな空のポッド。
かつで私が作り出された場所にあったものと同じものだ。
高い場所で複雑にコードが繋がれており、重々しい質感を持っている。
ふと、そのポッドの右側を見る。
同じようなポッドの中に、ソレイユの姿があった。
中は液体で満たされており、身体のあちこちが解体されていく。
外部の装甲が外され、関節部に内蔵された歯車や指先に通されたワイヤー、魔晶からのエネルギーを変換する動力装置が、外からでも見ることができた。
彼女はさっきとは打って変わって、瞳を閉じ、じっと動かない。指先すらぴくりとも動かず、ポッドの中で静かに佇んでいる。
「さぁ、リリィの方も準備は出来てるから、ポッドの中へ」
階段を登り、ポッドの中へと身を投じる。
扉が閉まり完全に密閉され、中が液体で満たされていく。
私は静かに目を閉じた。
周りの景色や音が、暗く静かな空間へと変わっていく。
……まるで、私が目覚める前に戻っていくようだ。
「…………」
瞳を開けると、どこまでも続く白い空間が広がっていた。
ここはスリープモード中の時と同等の、記憶整理の為の領域。
周りに映像が映し出される。
私が今まで見てきた、記憶の映像だ。
映像と共に、その当時の感覚が想起させられる。
夜の静けさ。
人を斬る感覚。
鉄を貫く感覚。
血の匂い。
悲鳴。
轟音。
人の身体が積み重なった戦場の景色。
壊れた機械兵器。
日差しの暖かさ。
人に触れる感覚。
手を繋ぐ感覚。
花の匂い。
苺の匂い。
甘くておいしいクリームの味。
笑い声。
賑わい。
穏やかな風の吹き抜ける音。
人々の笑顔。
華やかな街の景色。
あの子の笑顔。
私の味わった、多くの経験。
その全ての体験が、感覚が、私の身体に流れてくる。
数え切れないほどの記録。
あまりにも多くの記憶。
指先から胸の奥まで、全てを使って感じたこと。
感じた、こと——
「……ゃん、…………ちゃん」
「お姉ちゃん!」
目が覚める。
目の前にはソレイユの顔があった。
ポッドから出て、自分の手を開いたり閉じたりと動かす。
スリープモード中とは違い、現実味のある感覚があった。
「もうメンテナンスは終わったよ。……もしかして、まだ寝ぼけてる?」
ソレイユがからかうような笑みを浮かべる。
「……私は寝ぼけてない。そもそもアンドロイドに『寝ぼける』なんて状態は存在しないもん」
そう答えると、ソレイユはぽかんと口を開けた後、少し笑ってくるりと後ろを向きながら
「そうだね。うん……ふふっ」
と答えた。
何か変な事を言っただろうか?
彼女はそのままポッドのある部屋から駆け足で出て行った。私も続いてメンテナンス室へと戻る。
「お疲れ様。二人とも特に異常は無しだ。状態は安定しているよ」
クリス博士が手元のパッドを見ながらそう告げた。
「これなら次の作戦も問題は無さそうだね」
「……そういえば、次の作戦ってどのようなものなんですか?」
「ええっと、確か……」
クリス博士はパッドの画面を指でスライドさせ、作戦内容を探している。
「ああ、あったあった」
彼が画面をタップすると、部屋に付けられたモニターが今度の作戦内容を映し出した。
画面には「第六自動管制塔制圧作戦」と書かれている。
「レクセキュア国が生み出した機械兵器は独自のネットワークで情報が共有され、その戦闘データがサーバーを通して本部に送られているらしい。そのサーバーのひとつが、この『第六自動管制塔』というわけだね」
作戦内容を詳しく確認すると、サーバーの役割を持つ自動管制塔は六つ確認されており、今回は一番フローヴァ国の領土に近い第六自動管制塔を制圧するという作戦らしい。
この自動管制塔を制圧できれば、機械兵器の構造データやレクセキュア国の軍事機密情報を入手できる可能性もあり、東西の戦争において大きく有利になる。
「今度も、おもいっきり暴れるぞ〜!」
ソレイユは拳にグッと力を込め、意気揚々と画面を見つめる。
「……今回の作戦も、必ず成功させます」
「あまり無理はしないでね、ふたりとも」
クリス博士は優しい笑みを浮かべたまま答える
「心配しなくても大丈夫!私たち、最強だもん!」
元気よくそう言うと、ソレイユはこちらへ目線を送ってきた。
きらきらと輝く、薄紅色の瞳。
私はそれに笑みを返した後、腰に携えた剣を見つめる。
刀身が魔晶で作られた、半透明な剣。
うっすらと反射した私の顔が、その表面に映る。
私はこれまで多くの戦いと経験を経てきた。
その全てが自分を変えていく。
以前の私はただ戦うだけの兵器、ただ戦うだけの存在だった。
でも、今は違う気がする。
今の私は、どのような存在なのだろうか。
「…………」
「どうかしたのかい?リリィ」
「いえ、何でも。……今度の作戦も、頑張りますね」
これから、私たちはレクセキュア国の第六自動管制塔へと向かう。
以前とやることは変わらないが、自分の戦う意味について、少しずつ考えるようになった。
「……その意味を、いずれ見つけてみせる」
前を向いて、私はメンテナンス室を後にした。
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